月下のまりもさん
砂漠の上に、月がかかっている。

泣けてくるほど美しい満月の元で、僕はまりもさんに手紙を書いている。僕の胸いっぱいにつまった想いをこめた、最後の手紙を。

 

僕は君が好きだ。

君といる自分が好きだ。それは喜びが勝った時だ。

君の涼しげな瞳。君のなめらかな肌。君のつややかな唇。
共にすごす、最高にステキな時間。僕の宝物みたいな時間。

きっと君も、同じように僕といられることを喜んでくれているんだと、確信している。

君に会えたから、こんなに幸せなんだよ?

 

僕は君が嫌いだ。

君に心乱される自分が嫌いだ。それは切なさが勝った時だ。

君の一挙手一投足にいちいち反応して、バカみたいに一喜一憂する。何気ない言葉や態度に、いちいち傷ついたり凹んだりする。

面倒で鬱陶しいだろうなと、判っていて、それでも君の心がわからなくて、不安に殺されそうになる。

もちろん、君のせいじゃない。

 

距離と時間を置くことは、きっと愛情を際立たせるエッセンスみたいなもの。

毎日そばにいることもすごく素敵な事だけれど、会えない時間にもだえながら、心のどこかでそのことさえ楽しむ。そんなのもまた、恋なんだろうね。

君に終わりを告げられる夢を、何度も見るんだ。

きっと、切なさに負けそうなとき、君に嫌われることで、この切なさから逃げたくなるんだね。だって自信があるときは、そんな夢見ないもの。

でもね、どんなに苦しくても、それでも僕は君が好きなんだ。今までも、これからもずっと。

だから、どれだけ遠くても、どれだけ時間が開いても、僕は君を愛しつづけるよ。君に嫌われても、君がいなくなっても、僕の心の中には、君の席をリザーブしておく。

世界中でここにだけは、僕の心にだけは、いつだって君の居場所があるんだ。それだけは、忘れないでいてね?

 

僕は砂漠になってしまった東京のど真ん中で、まりもさんへの手紙をつづっている。

傾国の美女。

まさにその言葉通り、まりもさんに惚れ狂ったあの国の国家主席は、彼女に言われるままに、僕らの国へミサイルを発射した。この国のほとんどが砂漠になるまでに、大した時間はいらなかった。

当然の事ながら、彼の国へは同盟国から報復攻撃が成される。あっという間に世界大戦だ。マンガや物語の中だけだと思っていた惨劇が、現実のものとなる。

戦火が下火になると、どこからともなくまりもさんが現れて、その度に思いもかけない国が、思いもかけない国にミサイルを撃つんだ。戦争が終わるまでに、ほとんどの国家が解体された。

世界で生き残った人間なんて、もういくらもいないだろう。そしてそのわずかな人間も、やがて死に絶える。

世界はまりもさんに滅ぼされてしまった。

どうして世界を滅ぼしたのかは結局わからないのだけれど、まりもさんがそれを喜んでしたのじゃない事だけは確かだ。なぜなら、まりもさんはもう何年も、一度も笑ったことがないのだから。

まりもさんは死神だったのだろうか?

いや、もしかしたら、まりもさんは奢り高ぶった人間を滅ぼすために神様が遣わされた、精霊みたいなものなのかもしれない。どっちにしろ、もう死んでゆく僕には、そんなことはどうでもいいのだけれど。

なんだか意識が遠くなってきた。

まりもさんの顔が見える。

ああ、まりもさん。まりもさん。

君に手紙を書いたんだよ。

でも、きっとこの手紙は朽ち果ててしまうだろう。

それでもいいんだ。僕の想いも手紙といっしょに大地に帰って、世界中に広がるんだから。そして僕自身もやがて大地に帰って、君がどこにいても抱きしめるんだよ。

ねえ、まりもさん。見てごらんよ。

綺麗な月だねぇ……

 

まりもさんは男の亡骸のそばにたたずんでいる。そして、手紙を取り上げると、小首をかしげて読みふけった。

月夜の砂漠に優しい風が吹き、まりもさんと男をなでる。

やがて手紙を読み終わると、男の亡骸にそっとキスをした。男の死に顔が少し微笑んだように見えて、まりもさんは驚いて目を見開いたのだけれど、男はそれきり動かない。

「ありがとう」

そっとつぶやいて、まりもさんはきびすを返す。

その言葉が何に対してなのかは、もはや知ることは叶わない。けれども、男の思いは、もしかしたら少しだけ届いたのかもしれない。

まりもさんの唇は、微笑んでいるように見えた。

index