人食い屋敷

人食い屋敷の前で、僕は深呼吸した。

今更やめるなんていっても、きっと許してくれないだろうなぁ、と思いながら振り返ると、案の定、仲間達はニヤニヤしながら僕を眺めている。

ここでやめたら、これからずっと仲間はずれにされちゃうから、僕はなけなしの勇気をふりしぼって、人食い屋敷の中に入っていった。

中学の3年間を虐められて過ごすくらいなら、このくらいなんでもないさ。そう自分に言い聞かせながら、屋敷の扉を開ける。

この屋敷の玄関を入って出てきた者はいない。

いつの頃からかそんな噂がたっていた。実際に入って出てこなかった人がいるらしいんだけど、それもあくまで噂。みんなバカにして笑っているけど、内心は確かめるのが怖いんだ。もちろん僕だって。

で、なんとなく人食い屋敷の話になったときに、実は怖いんじゃないのかって話を振ったら「おまえはどうなんだ?」って聞かれて、ついつい勢いで「怖いわけないだろう!」なんて強がっちゃったんだよ。

それから先はあっという間さ。

気づけば僕はこんな夜中に、人食い屋敷の前。まったく、勢いとは言え余計な事を言っちゃったよ。

僕は恐る恐る扉を開けると、ゆっくりと中に入りこんだ。そこで腹をくくると、大きな声で「こんばんはぁ」と怒鳴った。もし、誰かが出てきて怒られれば、外の連中も巻き込んでしまおうと言う目算があったから。

だけど僕の企みは物の見事に失敗した。真っ暗な屋敷の中からは、なんの答えも返ってこない。もし誰もいなければ、中に入って確かめて来いって言うのが、みんなが決めた段取りだ。

僕は仕方なく、靴を脱いで屋敷の中にあがりこんだ。

長い廊下をまっすぐ行くと、両脇にはドアが並んでいる。重そうなでっかい木のドアだ。僕は一番近いドアをそっと開けてみた。

 

ものすごい大音量の音楽が、僕に叩きつけられる。僕は扉を開けたまま、その場に立ちすくんでしまった。

部屋の中には、大勢の人。たくさんソファが並んでいて、大人の人がお酒を飲んでいる。そばにはきれいな女の人が座って、男の人のグラスに酒を注いでいる。

つまりあれだよ。お父さんが時々行っては、お母さんに怒られてるようなお店だったんだ。僕はなあんだと胸をなでおろした。そりゃあ、入った人は出てこないよな。きっと遅くなったり朝になってから出てゆくんだ。

なんて納得していると、僕に気づいた女の人がそばへ寄って来て「ここは子どもの来るところじゃないよ」と僕を追い払う。

仕方ないから僕は廊下に出たんだけど、今までビビっていたのが悔しくなって、ちょいとこの屋敷を冒険してやろうと言う気になった。ドアがたくさん並んでいるから、それを端から開けてみよう。

向かいの扉を開けると、今度は女の人がソファに座って、カッコイイ男の人がお酒を注いでいる。なるほど、ここはさっきと逆なんだ。

そこでちょっと不思議に思ったのが、女の人達はあんまり嬉しそうじゃないってこと。そういえば、さっきの部屋の男の人達もあんまり楽しそうじゃなかった。

楽しくないならなんでこんなところに来てるんだろうと思いながら、僕は次のドアを開ける。そしてまた、扉の前で固まってしまった。

パラダイス。

そこはゲーム室だった。僕と同じくらいの子ども達が、みんなゲームをやっている。僕は嬉しくなってゲーム機の前に立った。そして財布を出そうとして、重要な事に気づく。

お金を入れるところがない。

ってことはなにか?もしかしてここのゲームって……全て無料って事?

僕はそれこそ狂気乱舞した。こうなりゃここにあるゲーム、全て制覇してやる。そう思ってゲーム機を吟味しながら見てまわっていると、さらに驚くコトが僕を待ち構えていた。

上手い。いや、上手いなんてもんじゃない。ゲームをやってるやつら、みんなものすごい腕前だった。僕だってそうヘタな方ではないけれど、彼らの上手さは常軌を逸してる。

僕はちょっと気後れして、しばらく見学に回った。

と。ひとりの男の子がやってくると、僕に向かってつまらなそうな顔で言い放つ。

「こんなトコに来ないで、とっとと家に帰ったほうがいいよ?」

これには少々カチンときた。そりゃあ、ここでつまらなそうに高得点をたたき出してるやつらよりはヘタかも知れないけど、そんな言い方ってないだろう?

ぼくは俄然闘志を燃やすと、ゲーム機に取りついた。ひたすらやりつづけていくうちに、僕の腕前はぐんぐん上がっていく。そりゃあそうだ。今まで家でもゲーセンでも、こんなに長い時間ゲームをやったコトはないんだから。

コツを忘れないうちにリプレイを繰り返すと、僕はどんどん高得点をたたき出すようになる。腕前に自信がついたところで、さっきの男の子に対戦型のゲームで勝負を挑んだ。

白熱の勝負の末、ぼくは僅差で敗れてしまう。でも、なかなかいい勝負だったな。そう思って男の子に握手を求めると、男の子はつまらなそうな顔でさっさと行ってしまった。

ちぇ、なんてヤツだ。きっと悔しかったんだな。

とりあえず納得がいったんで、そろそろ帰ろうと思って扉を出ると、僕は玄関に向かった。すると、玄関先に人影が立っていた。黒いスーツを着た、なんだか陰気な男だ。

僕は男に構わず外に出ようとする。すると男は僕に向かってとんでもないコトを言い出した。

「お客さま、ゲーム代をお支払いください」

ちょちょちょ、ちょっと待ってくれよ。後払いだなんて聞いてないよ?

「代金はこれだけになります」

男に渡された伝票には、見たこともない額の数字が書かれていた。ダマされた!

それでも男の不気味な雰囲気に気圧された僕は、親に言ってお金を貰ってくると言って外に出ようとした。すると男は相変わらず陰気に笑いながら、それは無理だと言う。

僕は強引に表に出ようとしたが、扉はびくともしない。

「お支払いいただければ、すぐにでもお帰し致します」

僕は払えるはずのない伝票を握りしまたまま、他の部屋の人達がつまらなそうだったわけ、あの男の子が言いたかったコト、みんな異常にゲームが上手かったわけなんかをいっぺんに理解した。

あの人達みんな、こうやってここにいるんだ。払えない以上、ここから出るコトは出来ない。それで仕方なく、ずっとああやって楽しくもない遊びをし続けているんだ。

「大丈夫、この屋敷の中では時間が進まないのです。ですから、ここから出ればあなたは、入ってきたときと同じ時間に表に出られますよ」

僕が払えないコトを知ってるくせに、男は陰気な笑顔でそう言った。悔しかったケドどうしようもない。

僕はゲーム室に戻った。きっと、今の僕の目は彼らと同じくにごっているに違いない。せめて、大人になるまで待てば、他の部屋でも遊べるのが救いだな、と思ってから気づいた。

ああ、ここでは時間が進まないんだっけ。

 

そう言うわけで僕は、今もずっとゲームをやりつづけている。

ちょっとした強がりを後悔しながら。

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