ヒト喰い
同盟裁判所。

太陽系に広がった人類の司法機関において、最も高位に属する組織である。 その裁判所の証言台に、一人の男が立つ。

男の名は桜井博士。地球の科学者である。そして、 被告人席に立つのは、地球の最高指導者、ラルフ・アンダーソン地球連邦大統領。

周りには、水星、金星、月、火星、フォボス、ダイモス、それぞれの星の代表者が居並び、裁判の成り行きを見守っている。

彼らの目には、明らかなる怒りの炎が燃えていた。それはそうだろう。地球人は卑劣なる手段で、太陽系惑星同盟に属する、数百億の人々の命を危険にさらしているのだから。

「桜井博士、証言を」

「は。ま、はっきり言って、どうでもいいコトなんですが、そうおっしゃるなら話しましょうか」

裁判官の言葉にうなずいて、桜井博士はかったるそうにゆっくりとしゃべりだした。その投げやりな姿勢は、地球で見ているはずの数億の同胞の共感など、とても得られそうにない。

 

それは静かに始まった。

起こってからパニックになるまでのタイムラグは、実に3年にもなる。それほどこの大危機は穏やかに訪れたのだった。

「悪魔憑き」

言葉にすればそうとしか言いようがないだろう。

ある日突然、人間が悪魔になるのだ。

悪魔に憑かれた人間は、同胞を襲い、肉を食らって血をすすった。警察に逮捕されてからも、大人しくなることはなく、むしろ隙を見ては人間を襲おうとする。

では、ケダモノのようになってしまうのかと言うとそうではなく、知能指数などはむしろ上昇するし、人間を襲うとき以外は非常に理知的で穏やかで、紳士淑女といってもよいほどであった。

現にスラム街で酒におぼれていた老人が、悪魔憑きになったとたん、穏やかで理性的で非常に優秀な教員となり、山の手の学校に勤めていたという例もあるほどである。

もっともその老人に殺されて喰われた生徒の数は三桁を超えるという、恐ろしい事実とセットではあるが。

局地的な犯罪数の増加が星全体に広がった頃、各星の政府も、どうやらおかしいということに気づく。

惑星単位で行われた調査の結果が持ち寄られ、太陽系惑星同盟の科学アカデミーによる研究結果が出されたときには、被害は甚大なものとなっていた。

そして、アカデミーの出した結論は、その被害数を上回る恐怖と絶望を、太陽系の人々にもたらしたのだった。

「寄生生物」

これが彼らの答だった。

この新生物は、人間の身体に寄生する。寄生された人間は体内の栄養摂取方式を強引に変えられ、凶暴な肉食生物となると言うのだ。

しかし 正体がわかれば、対処する方法も見つかる。 つまり寄生されない防衛策も、同時に提出されたのだ。そして、対処策が防衛策だということは、ひとつの事実を示す。

すでに憑かれてしまった人間は、どうしようもないと言う事実を。

事実、寄生生物の進入を予防することはできても、すでに寄生された人間からこの生物を取り除くことは不可能だった。 神経、血管、内臓器に深く食い込み、生態のシステムごと変えてしまうため、取り除くことはその人間の死を意味する。

そして流れは止めようもない方向に進んだ。

「魔女狩り」

数千年前の悪夢が、また繰り返されることになるはずだった。

しかし、ここでもうひとつ、重大で興味深い事実が発表された。

この生物は、地球人にだけはまったく被害を与えていないと言うのである。調べてみれば、地球人で悪魔憑きになったものは皆無だった。

まったくの例外なし。0%である。

どう考えても不自然なこの数字は、やがて太陽系の人々にひとつの疑惑を抱かせた。

この事態は、地球の謀略なのではないか?

魔女狩りに向かうはずのエネルギーは、地球をつるし上げる力となる。

地球側も、もちろん黙っていたわけではない。誠心誠意、地球のやったことではないと叫び続けたのだが、いかんせん0%と言う数字の不自然さには勝てない。

太陽系全土に地球への怒りが高まり、このままでは先走った星が地球に対して攻撃を仕掛けるのも時間の問題であった。

ここへ来てようやく、世論に押された惑星同盟本部が重い腰を上げる。 最高裁判所から地球の最高司令官、ラルフ・アンダーソンに対して召還令が出たのだった。

もちろん地球とて事態を静観していたわけではない。 地球は最高のブレーンをそろえて、事態の解明に当たっていた。が、その成果はなかなか上がらなかった。

寄生生物にはかなり高度な知能があり、社会的行動や、個体間のコミュニケーションも確立されている。つまり、知的生命体と言ってもいいくらい、高度に発達した生命体なのだと言うことはわかった。

彼らの知能がネズミかそれ以上であることもわかった。

しかし、肝心なことはまったくわからなかったのだ。

「なぜ、地球人だけに寄生しないのか?」という理由が。

召還の期限は迫り、ラルフは何の切り札も持たないまま、太陽系規模のつるし上げの舞台へ行かねばならないと言うことに、絶望的な憂鬱を持つ。

そんなラルフの元に、桜井なる科学者からの書状が届いた。興味なさ気に書状を読んでいたラルフの顔色がかわる。

それもそのはず。

内容は、なぜ地球人だけが寄生生物から逃れられたか。その原因を説明できると言うものだったのだから。

あっという間に大統領専用機が飛び、桜井博士はラルフの前に現れた。およそ覇気というものの感じられない、つかれきった様子の貧相な科学者を見て、ラルフは少なからず失望を覚える。

しかし、もう期限は迫っているのだ。

彼は藁にもすがる気持ちで桜井に説明を求める。

それに対して桜井は人払いを求めた。

桜井の身体検査を済ませ、大統領に銃を持たせて、ボディガードたちは引き下がる。大統領執務室の中で、ラルフと桜井はしばらくの間話し合った。

数十分後、 執務室から出てきたラルフの顔には、桜井と同じ、無気力な表情が浮かんでいた。

 

「桜井博士。あなたは、地球がこの事件の首謀者ではないと言うことを、証明できると聞きましたが?」

「やれとおっしゃるなら」

桜井の なめた返事に鼻白んだ裁判官は、ラルフ・アンダーソンを見る。しかし、地球の最高権力者も同じように無気力な顔で視線を宙に泳がせていた。

あきれて肩をすくめた裁判官は、桜井に向き直る。

「どうも事態がよくわかっていらっしゃらないようですな? これはあながた地球人のための裁判なのですよ? あなたは自分の同胞のために、ここで無実の証明をしなくてはならないのです」

「はあ」

覇気のない返事にいらだちながらも、裁判官は威厳を持って言葉を続けた。

「では、説明してください」

「わかりました。そこまでおっしゃるなら」

相変わらずとぼけた答を返すと、桜井は話し出した。

「つまりですね、あなた方は根本的に勘違いしているんですよ。彼らは我々に害をなそうとしているわけではなく、単純に生存本能に従っているだけなのです」

「と言うと?」

「彼らの星で何があったかはわかりませんし、どうやって太陽系にやってきたのかもわかりません。しかし、間違いないのは、彼らは元いた場所で生きてゆくことができなくなったと言うことです。それが増えすぎたからなのか、他の理由なのかはわかりませんが」

「彼らの星? 彼らは宇宙から来たというのですか? あなた方が作ったのではなく?」

「もちろんです。ここにそれを証明するデータがあります。専門家にでも見せれば、わかるでしょう」

専門家によって桜井の資料の検証がなされ、それが事実だと判明する。

「わかりました。しかし、まだ地球への疑惑が解けたわけではありません。先を続けてください

「彼らには高い知能があります。おそらく地球の生物で言えばネズミ程度の。これは、微生物に近い大きさの生命としては、驚異的な高さです」

何が言いたいのかわからないためにイライラしながらも、裁判官は辛抱強く桜井の話を聞いた。

「彼らは寄生先を求めて宇宙を放浪し、やがて太陽系を見つけました。人類と言う、うってつけの寄生先を発見したのです」

「だからと言って、地球が彼らを利用しなかったとは言い切れないでしょう? 真っ先に発見した地球人が、太陽系での立場を有利にするために、彼らを武器として改良した疑いは晴れませんよ?」

人類発祥の地と言うステイタス以外もはや何も持たない地球が、現在、太陽系での地位を急速に失いつつあるのは、周知の事実である。

しかし、裁判官の質問など聞こえなかったかのように、桜井は淡々と話を進めた。

「彼らは寄生先を見つけました。そして、これ幸いと新しい船に乗り込んでいったのです。しかし、ここで彼らの本能がひとつの危険を訴えました」

「なんです?」

裁判官の問いに、桜井はつかれきった顔を上げた。

「わかりませんか? 「地球人だけは、危険だから寄生してはいけない」という本能的な危険察知ですよ」

「なんですって?」

「彼らは種の危機に際して宇宙へ飛び出すほど、種の保存に必死なんです。そんな彼らがあえて寄生しないと言うんですから、答は明白でしょう?」

今や彼の言葉に聞き入っている太陽系全体の人間に対して、桜井は誇るでもなく、相変わらずの無気力さで言った。

「地球、もしくは地球人が、絶滅寸前だから。理由はこれだけです。それが星としてなのか、種としてなのかはわかりませんがね。つまり彼らは、決して難破船に乗らないネズミと一緒なんですよ」

桜井、ラルフの両人の目は、すでに過去を懐かしむ老人のそれであった。

「地球が滅びるとしても、これだけ環境が違ってしまえば、地球人が他の惑星に住むことはできません。それに万が一環境に耐えられたとしても、逃げ出してきた大量の地球人を受け入れた惑星は、遠からず人口過多で食糧危機に陥り、あっという間に滅ぶことは目に見えています」

もはや裁判官や他の星の人などいないかのように、桜井はいつの間にか、ラルフのそばに来ていた。

ラルフは桜井の顔を見るでもなく、その言葉を聞いている。しかし、その顔は話を聞いていると言うより、音楽でも聴いているかのような、夢見る目つきだった。

「それに、脱出したから助かるかどうかも怪しいものです。彼ら寄生生物たちが嫌っているのが、地球自体なのか地球人という種なのか、我々にはわからないんですから」

ここにいたって人々は理解した。

彼ら地球人にまったく覇気のない理由を。

要するに彼らには、もはや未来がないのだ。だからこそ、地球が疑われることも、どうでもいいと言ったのだろう。しかし、問題はそんなことではない。

言いたいことは言ったとばかりに、桜井はラルフとともに裁判所を後にした。しかし、それを咎めだてるものはいない。

なぜなら彼らには、もっと大きな仕事が待っているからだ。

地球との星交断絶。地球からの大使の引き上げ。これから大量に増えるであろう、地球からの密入星者対策。それに、寄生生物への対処。

やることは山のように残っている。

 

まるで病原菌か何かのように、ロボットによって宇宙船に押し込められたラルフと桜井は、故郷に向かって飛びながら、穏やかに話していた。

「なあ、桜井。君はよくこんなことを考え付いたな?」

「そう、難しいことじゃありませんでしたよ。彼らはネズミ並の知能を持つ、と言ったじゃないですか。ネズミはね、難破しそうな船から逃げ出すんですよ」

「ネズミからの連想か。しかし、唯一の救いは、地球人がお互いに食い合わないでいられることだな」

「そうですね。これで地球がつるし上げられることもなくなりましたしね」

「しかし、これからが大変だぞ? 地球が滅ぶのか、地球人が滅ぶのかわからない以上、地球を飛び出して逃げるやつらも大勢出るだろうから」

「まあ、そういうやつらはそのまま追い出せばいいでしょう。これで他の星からの内政干渉もなくなるし、増えすぎた人口問題も解決するし、一石二鳥ですな」

二人は顔を見合わせて笑った。

やがてラルフは真顔に戻ると、感心したような声を上げる。

「しかし、君はまったく天才だよ。君が、「寄生生物がなぜ地球人だけを避けるのかはわからないが、あなたを窮地から救うことはできる」といってきた時は、正直、狂人だと思った」

「まあ、太陽系のほかの人類を見捨て、恐怖で地球を逃げ出す何億人かの人間を見捨てるんですから、狂人と言えば狂人なのでしょうけれどね」

「そう言うな。それでは私も狂人と言うことになってしまう」

寄生生物を作り出した疑いを晴らしつつ、他星からの内政干渉も抑え、あまつさえ人口調節までやってのけようと言う、一世一代の 大芝居を終えた安堵も手伝って、ラルフはまた笑った。

やがて彼らの故郷、宇宙の宝石、地球が見えてくる。

「ああ、やはり地球は美しい」

ラルフのため息に、桜井は微笑んだ。

「しかし、大統領。これからはもっと美しくなります」

「ああ、そうだな。人間も減り、他の星からの干渉もなくなる。我らの故郷は、永遠に美しくなくてはな」

「ええ。周りの連中から、この宝石を守るのは大変ですが」

「ああ、私の責任は重大だな」

そういって笑いかけたラルフの顔が、途中で凍りついた。信じられないと言った顔で自分の腹部を見ると、そこにはナイフの柄が生えている。それからもう一度桜井に視線を移したラルフは、そのまま瞳の光を失った。

倒れるラルフを見ながら、桜井はにっこりと笑う。

「だから、宝石を守る役目は、私たちが代わってあげますよ、大統領。あなたたちは、この星を汚しすぎた 。我々は、あなた方に代わって、地球の、ひいては宇宙の覇者になる予定です」

桜井はおそらくはもう聞こえないだろうラルフの耳に顔を近づけると、驚くほど優しい声を出す。

「寄生生物自体は、ネズミ程度の知能しか持ちません。ですがね、大統領。寄生された後の人間には、高い知能があるんですよ。我々は、人類でもなく、寄生生物でもない、第三の種族なんです」

第三の種族と言うとき、桜井は少しだけ誇らしげな顔をした。

「我々の仲間が充分な数になる前に、寄生生物の防御方法を見つけられたのは痛かった。おかげでこんな手の込んだ回りくどい計画を立てなくてはならなかったんですから」

桜井の瞳に、怪しい炎が立ち上る。

「地球人は寄生されなかったんじゃないんです。むしろ地球人が一番多かったくらいですよ。ただ、もともと地球人は凶暴でした。だから我々が増えても目立たず、あなた方の対処も遅れたんです。おかげで地球の仲間たちは、お互いに連絡を取りあって、姿を隠すことができました」

世間話でもするように穏やかな口調ながら、ぎらぎらとした瞳で桜井は話し続ける。

「これから我々は、地球でのんびりと増えることにします。他の星からの干渉はないし、多すぎる人口も減るし、我々が増えるにはちょうどいい環境ですよ」

宇宙船の正面には、いまや青く輝く地球が大写しになっている。

「やがて地球の人間を食い尽くす頃には、太陽系の人間を狩れるだけの数に増えているでしょう 。でも、まあ人類は絶滅させませんから、安心してください。我々の食料として、ですけれどね」

しゃべっているうちに、 ついに耐え切れなくなった桜井は、ラルフのなきがらを抱き上げると、その首筋に噛み付いた。

音を立ててむさぼり、唇の端から幾筋もの血を垂れ流しつつ、うっとりとした表情になる。

「それにしても、あなたたちは実に美味い」

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