大好き!
「僕もあの子が好きなんですよ」

男はいきなり切り出した。俺は驚いて男を見つめたまま、固まってしまう。そりゃそうだろう?この男とは知り合いでもなんでもないのだから。

「わかりますよ。あなた、毎日この店に通っては閉店まであの子を見つめているじゃないですか」

う〜む。そう改まって客観的に表現されると、俺ってストーカだな。しかし、それはこちらも同じだ。おまえだって毎日顔を見るぞ?

「ええ、だから言ったんですよ。僕「も」あの子が好きだって。はっきり言って、邪魔なんですよね、あなた。出来ればあの子には二度と近づいて欲しくないんです」

お互い様だ。俺だって、おまえは気に入らない。

「それじゃあ、こうしましょう。あの子に気に入られた方が勝ちで、負けた方は二度とこの店に近づかないって言うのはどうです?」

俺は別にお近づきになんかなれなくても、あの子を眺めていられればいいのだがなぁ。しかし、このままコイツがあの子にまとわりつくのも気に入らない。いいだろう、その勝負、受けて立とうじゃないか。

「それじゃ、明日。あの子とヒトコトか二言だけしゃべり、店を出てゆく。そのあと僕の知り合いの女の子に、僕らのどちらが気に入ったかを聞く、ということでいいですね?」

ものすごく勝手な勝負だが、まあ、よかろう。あの子の好みはなんとなくわかっているんだ。俺が負ける訳がないさ。

 

次の日、俺は完全武装で店を訪れた。

といってもブランド物のスーツなんかを着込んだわけじゃない。俺は毎日閉店までいるから知っているんだが、あの子は店が終わると、革ジャンを着込んでバイクで帰っているんだ。つまりバイカーなのさ。

だから今日の俺は、ジーンズに革ジャンとブーツ。首から手首から指先まで、シルバーアクセサリをジャラジャラとつけて、ごついサングラスで固めた、いかにもなバイカースタイルで決めてきたんだ。

そして、店先に友人から借りてきたハーレーで乗りつける。カンペキだ。これで俺が話し掛ければ、きっとバイクの話で盛り上がれるだろう。少なくとも、印象に残ることは間違いない。

店には男が先にきていた。奴のカッコウを見た瞬間、俺の頭の中に流れたのはベートーベンの「歓喜」。エルガーの「威風堂々」。まあそんな感じだ。やつめ、高級ブランドのスーツに身を固めて、にやけた笑い顔で彼女に話し掛けている。

へへへ、いくら気の利いた話をしたってだめさ。こっちには、バイクって言う共通話題があるんだ。案の定、しばらくして注文を取りに来た彼女は、俺に向かって目を輝かせながら言った。

「凄いバイクですね?」

「ありがとう、俺のお気に入りさ」

「そのシルバーも凄いですね?クロムハーツですか?」

「ああ、それにガボールとクレイジーピッグかな。まあ、ブランドなんか関係なく、気に入ったら買っちゃうんだけどね」

シルバー雑誌なんかを読むと、有名人は大抵こんなふうに「ブランドじゃなくて、デザインが気に入ったんだ」なんて言っている。このセリフは、きっと彼女の心を捉えたに違いない。

やがて俺も店を出た。曲がり角の向こうで、男が待っている。

明らかに俺の作戦勝ちに気付いたのだろう。やたらと悔しそうだ。しばらくふたりでまっていると、奴の知り合いだと言う女の子がやってきた。

「聞いて来たよー。ヘンなこと聞く人だなって顔されちゃったよ。ああ、恥ずかしかった。しかし、こんなくだらない勝負を本当にやるなんて、あんたたちも、ヘタレだねぇ。普通に口説きゃいいじゃない」

「うるさいですよ。そんなことより彼女はなんて言ってました?」

女は奴の方を見て鼻で笑った。

「あのね、気に入るも気に入らないも、あんたのことなんか、全然覚えてないってさ。おあいにく様」

それから俺の方に向き直ると、続けて言った。

「あんたのことは覚えてたよ。「あのバイクの人ですね?シルバーアクセサリを一杯つけた」だってさ。よかったね」

きゃほーい!俺の勝ちだ!

俺が叫ぶ横で、男は悔しそうにつぶやいている。

「なんてことだ。このスーツとジュエリーで、100万近くつかったのに」

くっくっく、ざまあみろ。それに俺だって、シルバーアクセだけで50万は使ったんだ。もっとも、勝てばそんなもの、なんてこともないがね。

はっきりと分かれた明暗に、俺たちが一喜一憂している横で、女がぼそりとつぶやいた。

「あのさ、あんたわかってるの?あの子、「あのバイクの人」「あのシルバーの人」って言ってたんだよ?あんた毎日あの店に行ってるんだろ?」

その言葉の意味を理解すると同時に、俺の喜びは急速にしぼんでゆく。

「あの子きっと、あんたの顔なんて覚えてないだろうね。覚えているのはバイクとシルバーだけ」

言い捨てると、女は男からお礼の金を受け取って、町の雑踏に消えていった。俺たちはいつまでもその場所に、ふたりぽつんとたたずむ。

 

しとしとと、雨が降り出してきた。

俺は男に向かって、ゆっくりと口を開いた。

「勝負は引き分けだ。これからはさ、ふたりでいっしょにあの子のことを眺めないか?」

俺の言葉に、男はうなずく。それから急に目を輝かすと、俺に向かって微笑みながら言った。

「実はですね、僕、あの子の写真をたくさん持ってるんですよ。もちろん盗み撮りしたんですけどね。どうです?これから僕のうちで、写真の鑑賞会をやりませんか?」

悪くないな。

「それなら白状するが、俺もあの子の使ったティッシュだとか、あの子の持ち物なんかを、たくさん持ってるんだ。集めるのに苦労したんだぜ?それをもっていくから、ふたりでいろいろと討論しないか?」

「いいですね。あ、そうだ!いいことを思いついた。この際だから、あの子に近づく人間を、我々ですべて排除しませんか?」

「すばらしい!それもやろう。しかしまずは君の家に行こうじゃないか。どちらがより彼女に詳しいか、本当の勝負はこれからだな?」

「ふふふ、負けませんよ?」

いつのまにか悲しい気分が吹っ飛んで、なんだかわくわくしてくる。

そりゃあそうだろう?

素敵な仲間が出来たのだから。

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