或る男の一生
冷蔵庫の中の菜っ葉。

どっかで聞いたような言い回しだが、今の俺こそ、まさにその菜っ葉だ。腐ることも出来ないで、冷気の中でゆっくりと萎びてゆくのを感じながら、それでもそこにいるしかないのだから。

10代でバンド活動をはじめ、インディーズシーンではそこそこの売れっ子になった。毎日のように、グルーピーの女の子を連れて遊びまわり、彼女達のヒモのごとき生活を送っていた。

そこに降って湧いたような、メジャーからの誘い。俺は完全に天狗になっていた。有頂天ってヤツだ。その誘いはバンドとしてではなく、俺個人に対してのものだったが、俺はろくに考えもせず、簡単に仲間を裏切った。

「俺がメジャーで活躍することが、裏切った仲間への償いだ」などと自分勝手な理屈をつけて、罪悪感をごまかしていたのだ。

そこそこ売れた1曲目以降、2曲目、3曲目と、俺のCDはろくすっぽ売れなかった。「ファンが付いていたのは俺だとしても、音楽を作っていたのは俺ではなかったのだ」と気づいたときにはすでに遅く、ファーストアルバムが泣かず飛ばずだったところで、会社との契約内容が変わった。

俺はスタジオミュージシャンになって、アイドルのバックで弾くようになる。音楽が好きで音楽の世界にいる、他の真剣なスタジオミュージシャンと違い、この位置にいることを都落ちとしか考えられなかった俺は腐った。

そんな人間が、心を打つ曲を作ったり、光る演奏をすることが出来るか?出来るわけがない。遅まきながら真剣にやらなくては、と思い立ったときには、すでにろくに仕事は来なくなっていた。

全て後手、後手。

いつも失ってから、ようやく現実に気づく。

昔の仲間や女のもとに帰るわけにもいかず、かと言って音楽の世界で花を咲かせるアテもなく、それでも別の世界に飛びこむ勇気もない。中途半端を絵に書いたような人生だ。

もうイヤだ。もうご免だ。

決心しよう。全て失ってもいい。もう中途半端はナシだ。現実を見て、それを受け入れよう。俺に才能はない。華もない。それを認めよう。

こうなったら昔の仲間だろうが、女だろうが、利用できるヤツは全て利用して、這い上がってやる。

そう思っていた矢先、俺は交通事故にあってあっさり死んでしまった。

 

「はい、次の方どうぞ」

やっと俺の順番がまわって来た。

俺は悪魔だか、地獄の番人だか知らないが、どっちにしろとてもそうは見えない地味な黒いスーツを着た男の前に立つ。いったいコレから何が起こるんだろう?

事故の直後、俺は自分の遺体を上から見下ろしながら、ぼけっとそこに立っていた。すると、お迎えとやらがきて、ココへ連れてこられたのだ。長い列の最後尾に並ばされ、ワケもわからず順番を待たされる。

一大決心をした矢先の事故死で呆然としていた俺は、ただぼけっと順番を待っていた。他に何ができる?

「あの……一体ココは」

「おや、またあなたですか。ミュージシャンはどうでした?ひと花咲かせられました?」

「は?あなた俺を知ってるんですか?」

「ああ、あなたの方は記憶を消されてるんでしたね。コレは失礼しました」

「あの……ココはなんです?地獄ですか?」

「いえ、地獄でも天国でもありませんよ。ココは死後の世界です。次に生まれ変わる手続きをする場所です」

「生まれ変わり、ですか。じゃあ、ろくな人生を送ってこなかった俺は、今度は動物か虫にでもされちゃうんですか?」

なんだか全てどうでもよくなっていた俺は、意外に冷静にそんなセリフを吐いていた。

「いいえ。特に希望がなければ、次も人間ですよ。それとも他の動物がいいんですか?」

「いや、人間がいいですよ、もちろん。それで?俺はどんな人間に生まれ変わるんです?」

「なんでも、と言うわけにはいきませんが、できるだけ、ご要望には沿うようにしますよ」

「へえ、意外に親切なんだなぁ。それじゃ、お金持ちがいいなァ」

「またですか?」

「え?また?」

「前回のあなたのご要望、お金持ちで女の子にモテモテのミュージシャンでしたよ?」

「ええ?でも俺は……」

「ええ、成功したミュージシャンとは言いがたいですね。でもね、我々ができるのは、あくまで可能性のある人生を用意するところまでです。それから先は言わば、あなたの才覚次第なんですよ」

……」

「ちなみにあなた人間になったの95回目ですけど、1度も要望通りの人生を送ったことはありません。だれでも、1回2回は成功するんですがね。まあ、ある意味、驚愕に価しますよ」

「な……」

「あと、神様になるなんて選択肢もありますけど、これもあなたの場合3回挑戦して失敗してますから、あんまりお勧めできません」

「それじゃ、俺はいったい……」

「う〜ん、虫とか動物も、そんなに悪くはないんですがね。あなたよほど運が悪いのか、そう言うのになるとすぐに死んじゃって、戻ってくるのが早いんですよね」

俺の中途半端さは、ある意味筋金入りだってワケだ。きっと、この絶望感も毎度のコトなんだろうなぁ。

記憶を持ったまま生まれ変わるってのはダメなんだろうか?ダメなんだろうな。

「そんなこともないですよ。現にあなたも何回かやってます。でも、記憶を持ったままの人は、持ったままの人が集まる世界で生きなければなりませんからね。普通の人生より、実力とか今までの蓄えが重要なんです。今回送ってきた人生より、ずっとシビアですよ?」

なるほどね、どこもそんなに甘かないってわけだ。

「じゃあ、俺はどうしたらいいんです?」

「どうしろと私のほうから言うわけにはいきませんが、一番いいパターンとしては、普通の人生でまず成功して、それから、そこでの経験と記憶を持ったまま頑張ってみる。それがうまくいったら、神の領域に行くってのがいいみたいですよ?」

「そうですか。それじゃ、どっちにしても普通の人生で成功しなきゃいけないんだ……ちなみに、あなたなら、どんな人生を選んだらいいと思います?」

「申し訳ない、それは言えないんですよ。ただ、たとえ記憶は残らなくても、あなたが人間界で身に付けた考え方や行動力みたいなモノは残りますから、自分を信じて選ぶといいです」

他の人生は全部ダメだったみたいだし、それならやっぱり金持ちでモテモテがいいなぁ。

少なくとも、ミュージシャンは途中までうまくいっていたんだ。今度はうまく行く可能性が高いだろう。

決心はついた。

「ミュージシャン、もう一回やります」

「そうですか、わかりました」

彼がそう言うと同時に、意識がブラックアウトした。

 

「お疲れさん。交代の時間だ」

「お、もうそんな時間か」

「あれ?なんだ、あいつまた来たのか?」

「ああ、96回目だ。今度は何を選んだと思う?」

「また、ミュージシャンだろ?いくら記憶がないとは言え、懲りないヤツだな。普通は人間やってくるたびに、少しづつ進歩してくるもんだがな」

「ああ、まったくだ。俺が「あんたは全部経験してる」と言った言葉を鵜呑みにして、新しい道には一度も進もうとしない。かといって音楽がやりたくてミュージシャンになるわけでもない」

「90回以上も生まれ変わって、踏み出す勇気も、積み重ねる忍耐も、何一つ身につけてこないんだ……呆れたもんだな」

「楽なほう、楽なほうへいくもんな。楽して得したくて、なにかっちゃ考える前に誰かにお伺いを立ててみる。今回もまた、俺に全部聞いてきたよ。相変わらず、何一つ自分で考えようとしない。そのくせ、徹底的に自堕落にもなれないで、急に頑張ってみたりするんだよ。続かないくせに」

「あと何回生まれ変わったら、あいつ変われるのかな?それとも、このまま永遠に中途半端なままなのかな?」

「さあな。金や知識ではない、あいつ自身に備わる財産ってものがあるってことに気付かないうちはダメだろうな」

「ああ、それを身につけたものだけが、上に上がれるんだもんな。まあ当分は無理か……」

「今度こそ少しは成長してきて欲しいモンだよ、まったく。いったいあいつ、いつまで人間なんかで留まっている気なんだか……」

「とりあえずお疲れ。ゆっくり休んでくれ」

「ああ、ありがとう」

「それじゃ、次の方どうぞ。

ほら、そこのあなた。

あなたですよ!

そこでモニター覗き込んでる……そう、あなたです。

さ、あなたは次、何に生まれ変わります?

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