伝説のメタル

「ウィザード……」

「あ……」

スティールは害意はないと言うつもりで、宿屋の主人に向かって手を伸ばした。それを襲われると誤解したのか、主人はびくっと身体を硬直させる。

と、次の瞬間。

「うわぁぁぁぁ!」

彼は悲鳴をあげて逃げ出した。

何か言いかけたスティールは、あきらめたように首を振り、急いで窓辺に向かうと窓枠に足をかけた。そのまま、何の躊躇もなく飛び降りる。

三階の高さから落下したスティールの身体は、地響きを立てて膝まで地面に潜ってしまう。しかし、そのまま何事もなかったかのように、足を地面から引き抜くと、とんでもないスピードで走り出した。

 

「まずったなぁ」

スティールは走りながら、どう聞いてもまずいと思っているとは思えない、のんびりした口調でつぶやく。その名の通り鋼鉄製の体で、一歩ごとに地面に大穴をあけながら、宿屋の裏手の森に向かって走りつづけた。

森に入ってスピードを落とすと、ようやく落ち着いたのか、スティールはタバコを取り出し、火をつけて深深と吸い込んだ。

メタルメン。それがスティールの所属するカテゴリ(種)だ。

二足歩行のロボットと言うのは、姿勢の制御だけに、莫大な計算を費やさなくてはならない。しかしそれでは、はるか昔21世紀初頭に作られた、歩いたり踊ったりするロボットと同じでしかない。

そのため、膨大な情報処理を効率よく瞬時に行う制御装置として、動物の脳が使われ始めたのは、今世紀に入ってからだ。倫理的な問題を山積しつつも、実験は頻繁に行われた。

そしてついに実験は成功し、動物の脳を姿勢制御に使ったロボットは、電子頭脳のパフォーマンスを姿勢制御の計算に盗られることなく、それぞれの仕事に効率よく使えるようになったのである。

つまり、人間が無意識に計算しながら行っている、二本の足による直立と運動。この複雑な計算を動物の脳に任せて、コンピュータはそれ以外のもっと重要な計算に、その能力を発揮できる。

まさに鉄腕アトムの時代がやってきたのだ。

しかし、今世紀最大の技術革命と言われる機械と生物の合成。その輝かしい足跡の裏には、当然のことながら暗い一面もある。

高等な生物であればあるほど複雑な動きをすることが出来ると言う、わかりきったことだが危険な誘惑に、科学者たちは打ち勝つことが出来なかった。

科学者たちは、小動物の脳だけで満足できず、だんだんと大動物の脳の使用を試みるようになり、ついに禁断の領域に足を踏み込んだ。

人間の脳を使ったのだ。

 

「さて、どうしよう」

スティールはタバコをもみ消すと、サングラスをして帽子をかぶり、バイク用の防塵マスクをつけた。革ジャンやジーパンとあいまって、何とか普通の人間に見えないこともない。

夏でも厚着をしていることを妙に思われないためには、バイク乗りの格好は都合がよかった。この上さらにヘルメットをつけてしまえば、まず疑われる心配はない。

「やっぱり都会はダメだ。人が多すぎる。とりあえずどこかの田舎町に行かなくちゃならないな」

スティールは先ほど盗んできたキーをつかむと、森に隠れながら宿屋を迂回して、正面の駐車場に回りこむ。駐車場にとめてあるバイクの前まで行くと、キーを差し込んでエンジンをかけ、リアタイアを空転させながら走り出した。

単車の持ち主は、マッコイ。スティールの胸の中に収められた脳の、元の持ち主だ。もっとも、「処理」のせいで、スティールはそのことを知識として知ってはいても、実感はまるっきり持てないでいる。

人間の脳を使った実験は、大成功したかに見えた。いや、事実、大成功を収めたのだが、科学の実験にはよくあることで、何例かの失敗もあった。スティールもその一人だ。

姿勢制御するために脳を使うのだから、当然それ以外の機能は削除しなくてはならない。しかし、脳と言うものの事は、今世紀に入っても、21世紀の医学と大差ない程度にしかわかっていないのが現状だ。

そのため、実験体の中の何例かは、他の機能を残したまま金属の身体に埋め込まれてしまったのである。一番最初の実験体であるマッコイ青年に関して言えば、ボーダーがわからないためにマージンを取りすぎて、結果、ほとんど脳のすべての機能を残したままになっているのである。

記憶の一部や、感情の一部に欠損がある意外、スティールはマッコイと同じと言っていい。ただ、「処理」によって感情の起伏が少ないために、彼は自分の境遇を嘆いたり、自分をこんな目にあわせた人間に対して怒りを持ったりしないのである。

のんきに田舎町を目指そうなどと言っているのが、そのいい証拠だ。

 

バイクを走らせながら、陽気に歌を歌っていたスティールの目の前に、何かが突然走り出てくる。しかし、彼はパニックになったりしないで、間一髪それをよけると、そのまま路肩に停止した。

スティールの頭部に搭載されたカメラが、飛び出してきたものを認識すると同時に、身体が勝手に最適の方法で衝突を避けたのだ。スティールの感覚的には、その一連の動作は自動で行われたようなものである。

もっとも感情のほとんどないスティールはパニックになることがないから、例え生身のままだったとしても、上手に避けたには違いないのだが。

単車を止めて振り向いたスティールは、飛び出してきたそれに向かって話し掛けた。

「大丈夫か?怪我はないかい?急に飛び出したりしちゃあ危ないよ」

それ……9歳くらいの女の子が不思議そうな顔でこちらを見ている。そこに大声をあげながら、男が飛んできた。先ほどの宿屋の主人である。

「おぉ!マリコ!」

それ以降は声にならない。彼は孫娘が道路に飛び出し、単車に轢かれかかった一部始終を、全身を凍らせて目撃したのだ。恐怖にすくみあがった心が、ようやく緊張を解き、彼は言葉を発せられるようになった。

そこであらためて、単車の男が先ほど目撃した「ウィザード」だと言うことに気付く。男はまた飛び上がったが、しかし、ある意味娘を助けられたと言う事実が、彼に勇気と考える余裕を与えた。

「よくぞ、よくぞ避けてくれなすった。私はもう、絶対にぶつかると思ったよ。あんたの運転がうまくて助かった。礼を言う。さっきの盗みも警察には言わないでやるから、早く逃げろ」

「しかし、主人。この単車は俺のものだ。少なくとも、俺の胸の中に入っている脳の持ち主のものだ。だからこれは、盗んだわけじゃないんだよ。あんたが俺の姿を見て、冷静に話が出来るとは思えなかったから、こんなまねをしなくちゃならなかったのだ」

「あんた、ウィザードじゃないのか?」

「ウィザード……一般に魔法使いと言われている、サイボーグ集団のことだな?いいや、違うよ。彼らは身体の一部を機械に変えている。俺は機械の中に脳が納まっているんだ」

「ウィザードではないのか……しかし、私にはその違いがよくわからない」

「高性能の義手や義足の性能をさらに暴力的な方向に違法改造し、悪くもない身体と取り替えてイキがっているのが彼らだ。俺は姿勢制御用の脳として、犬やサルの代わりにこのロボットに埋め込まれたのさ」

「人間の脳を、姿勢制御に使うだと?そんな冒涜的な話が」

「あるのさ。俺がその証拠だ。手違いで俺の脳は、ほとんどもとのまま残された。その代わりに大活躍するはずだったコンピュータは、俺の頭の中で、一生懸命に姿勢制御の計算をしているがね」

主人はスティールの境遇に同情し、スティールに行く当てがないことを知ると、自分の宿屋にとどまるようすすめた。

「ついこの間、例の研究所の人間が来たばかりだから、ウチは逆に一番の盲点だろうよ。それに、実はあんたに頼みたいこともあるんだ」

宿屋は、研究機関が実験用の人間に用意した、彼らのための宿泊施設だったのである。率のいいアルバイトだとノコノコやってきたマッコイは、人間としての最後の夜を、そこで過ごしたのだ。

「かまわないよ。どうせ行く所はないし、こんな身体になった以上、ほかにやりたいこともないから」

 

宿屋の一番広い一室に、近所の人間が集まっている。

みな、この近所で商売をしている人間だ。

彼らの頼みと言うのは単純だった。研究機関からスティールの身を隠す代わりに、ここらいったいを荒らしているサイバー強盗団「ウィザード」を退治して欲しいと言うのだ。

この村は、普通、遊離状態では極めてまれにしか産出しない、水銀の産地だ。だから、電池を主とするモーターマシンに乗る「ウィザード」たちにとっては、油田と同じくらい重要な場所なのである。

そのために村は、いつも彼らに狙われ、略奪を繰り返されていた。

その彼らの悲痛な訴えに、スティールは、あたりまえのようにうなずいた。スティールに他の選択肢はないのだから、あたりまえと言えばあたりまえなのだが。

スティールの「機械の方の脳」が出した結論は、村人の虚を突いた。

「つまりね、俺も含めてサイボーグやロボットって言うのは、水に弱いんだよ。そりゃ、ある程度の防水加工はされているけれど、水深が50メーターを越えたら、まずたいていの義手や義足はいかれちまうんだ」

「と言うことは、うまく誘い出して村はずれの湖にでも沈めてしまえば、彼らは死んでしまうと?」

「少なくとも機械部分はイカれるよ。まあ、一番死ぬ可能性が高いのは俺だけど」

村人の間に異様な興奮が高まり、熱を帯びてくる。その日の集会は、翌日の夕方まで続けられた。

数日後、村人は一致団結して、「ウィザード」の連中とにらみ合っていた。数十馬力の力を持つ義手だとか、車並みの速度を持つ義足などで武装したならず者たちは、村人などものともせず、一気に攻撃を仕掛けてくる。

しかし村人には、練りに練った作戦と、彼らの数倍の能力を誇る守護神、スティールがいる。スティールは、機械の頭脳の圧倒的な能力と、生身の脳のひらめきとで、巧妙に「ウィザード」を村の湖まで誘い出した。

崖に仕掛けた爆弾のところまで誘い出すと、彼の合図とともにウィザードの足元の地面が崩れ、彼らはみな湖に飲まれてしまった。村人はついに、悪の魔法使い集団を退治することに成功したのである。

「今度は君たちが俺を守ってくれよな?」

スティールの言葉に、村人はみな、含みのある笑いを浮かべた。

 

「裏切ったな?卑怯者め!「ウィザード」から守ってやった恩も忘れやがって!」

宿屋の娘マリコに誘い出されたスティールは、悔しそうな叫び声とともに、湖の中に沈んでいった。村人たちからは、一言の声もあがらない。

やがてスティールが完全に沈んでしまった頃、白衣の男が数人、村人の前に現れた。

「村長、ご協力ありがとうございました。あのような化け物を作ったことが世間に知られては、我々の今までの研究が台無しになってしまうところでしたよ。あなたは我々の恩人です」

村長である宿屋の主人は、やりきれないと言った顔でうなずいた。村の人々も、一様に暗い顔をしている。その様子をみた白衣の男は、白々しい大声で言った。

「あなた方は、ロボット産業の未来を救ったのです。あなた方が湖に沈めたのは、いわば産業廃棄物だったのです。決して人を殺したわけじゃありません。出来の悪い、しかも危険性の高い機械を、みなで協力して廃棄処分にしただけなのですよ」

それでも人々の顔は晴れない。

村の恩人を裏切った罪悪感は、なかなか消えないのだろうと判断した白衣の男は、肩をすくめて言葉を継いだ。

「我々は、研究施設を移転します。もう二度と、あなた方の前に姿をあらわすことはないでしょう。ですからあなた方も、この不幸な事件のことは忘れて、今までどおり平和に暮らしてください」

好き勝手なことを言い捨てて、白衣の男は帰っていった。

その下品な高級車の後ろ姿を見送りながら、村人は誰ひとり口をきかず、悲しそうな、不安げな面持ちで湖を見つめていた。

長いこと、そのまま誰も動かないでいる。

万感の思いを込めた沈黙だけが、あたりに広がる。

みんな黙ったまま、湖に向かって祈るように立ち尽くしていた。

いつまでも、いつまでも。

 

と。

突然、湖の水が盛り上がる。

次の瞬間、水面からスティールが飛び出してきた。

一瞬の間を置いて、村中に歓声が湧き上がる。

走りよってきたマリコを抱えあげると、スティールはいつもののんびりした口調で話し出した。

「いやぁ、10メータ程度なら平気だとわかってはいても、やっぱり不安だったよ。俺にもまだ、少しは感情が残っているんだな」

村長である宿屋の主人は、孫娘を抱いた村の恩人を見ながら、安堵のため息を漏らすと、嬉しそうに言った。

「私らも不安だったよ。このままあんたが上がってこなかったら、本当の裏切り者になってしまうからね」

「ははは、俺は別にそれでもよかったんだけどね。どうせもう、人間ではないんだし。出来そこないのロボットなんだから、あのまま水の中で眠りにつくのも悪くなかったさ」

そうつぶやくと、スティールは村人の方に向き直り、みんなに聞こえる様、少し大きな声で言った。

「しかし、あんたの作戦は見事にはまったな。村のみんなも、なかなかどうして、いい役者ばかりじゃないか」

言われて村人はテレ笑いを浮かべる。

村人は恩人のスティールを救うために、村一丸となって芝居をうった。大切な湖をダメにする覚悟で、湖に、村の特産品である水銀を流し込んだのである。

鉄製のスティールの身体は湖の水の中を10メータだけ沈み、その下に流し込まれていた水銀の上に浮かんで、白衣の男たちが帰るのを息を殺して待っていたのである。

「スティール」

急に怒ったような顔で、村長がスティールに向き直った。村人に囲まれていたスティールは、呼ばれて振り向く。

「他の誰がなんと言おうと、この村の人間はみな、君のことを人間、いや、友人だと思っているよ。君はこの村の仲間だ。頼むから悲しいことは言わないでおくれ」

スティールはしばらく黙り込んだ後、やさしい、やさしい声で言った。

「ふふふ、涙を流せない身体でよかった。みんなに泣いているところを見られてしまうところだったからね」

その言葉に、誰もが微笑を持ってsうなずき返す。スティールは、マリコの頭をなでながら、乏しい感情を総動員して、喜びをかみ締めていた。

それは、ロボットには決して持ち得ない、心の底からの感情だ。

 

やがて辺境の一村長から、動物の脳を使ったロボットの廃止運動の祖として名を残すメタルメン、スティールの伝説。

これは、その最初のエピソードである。

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