最後の競演

「ねえ、僕はこんなに上手にバイオリンが弾けるんだよ?素敵だろう?」

「世界が終わる寸前じゃなければ、確かに素敵で美しいバイオリンの音色だとは思います」

「世界が終わる?まだそんな妄想にとらわれているのかい?」

「妄想じゃない。これは事実ですよ」

「ふ〜ん。まあ、君がそう言うんならそれでもいいよ。でもね、たとえすべてが終わる時だって、いや、すべてが終わるときだからこそ、楽しくすることは大事だと思うんだ」

「バイオリンなんて結局、人に聞かせるものでしょう?人のためのものでしょう?いや、わかってますよ。自分のために弾く場合も、もちろんあるでしょう。でも、少なくとも、今、することじゃない。世界が終わることが、それほど嬉しいんじゃなければ、ですが」

「嬉しいのさ。やっとこのくだらない世界が終わりになるんだからね」

「最悪ですね、あなたは。そうやって自分の生きる世界をハスに見て、さも自分だけは違うんだとばかりに判ったような口をきく、そう言う傲慢な人間が私は一番嫌いなんですよ」

「僕はね、君みたいに偽善のカタマリじゃないんだよ。口先で何とでも言う前に、何かひとつでも行動してみたらいいんじゃないかな?そのほうがよっぽど、言うことに説得力があるよ」

「何を偉そうに語ってるんです?行動に移すことがそんなに尊いのですか?くだらない。行動を起こすことで、思いもかけないメイワクを、ほかの誰かに与えるかもしれないって可能性には、カケラも思い及ばないのですか?」

「行動する僕と、口先だけで理屈をもてあそぶ君と、どちらも世界には何の影響も及ぼさないって事では変わらない、とは思うよ。むしろ、バイオリンを弾いて誰かを楽しませる分だけ、僕のほうが上等じゃないかな」

「世界が終わるって時に、バイオリンの音色に何の意味があるんです?確かに、大いなる結果を伴わないとしたら、気休めの行動と、口先の議論に何の差異もないことは認めますよ。ただ、短絡的、脊髄反射的に行われる行動と、次の展開を見据えてなされる思考とをいっしょにされるのは納得がいかないですね」

「逆にいえば、結果を出せる行動と、愚にもつかない井戸端批評をいっしょにされるのも納得がいかない、って理屈も成り立つよ?いいかい?例えわずかでも可能性がある以上、行動することこそ正しいんだ。安楽いすの上で好き勝手なことを言いながら、高い評価を受けようなんて図々しいにもほどがあるよ」

「冗談じゃありませんね。思考こそ、人類の誇るべき長所じゃないですか。もちろん行動が悪いとは言いませんが、闇雲になされるそれが引き起こす混乱と、熟慮熟考の上になされる行動とは、雲泥の違いがあるでしょう?」

「君はレアケースばかりを例に挙げる、姑息な論法に走っているよ?もともとわがままな人だけれど、理論を最上とするんなら、それなりに理論的に話を展開して欲しいな」

「わがままなんて、他の誰に言われても、あなたには言われたくないですな。行動を是とするわりには、ドラッグにおぼれている時間のほうが長いようですし」

「君のように、しらふでテンパってる人にはわからないだろうね。僕の感受性にとって、この世界はあまりにも無神経すぎるんだよ」

「無神経と言うのは、あなたのことを言うんですよ。周りの人間に対する敬意とか感謝って気持ちを、少しはあなたも持つべきです」

「ははは、君にだけは言われたくないな。君に比べれば、僕が周りにかけているメイワクなんて高が知れてるよ」

突然扉が開いて、ふたりの男が入ってきた。言い争いをしていた二人は、驚いて固まる。なぜなら男たちの手には、拳銃が握られていたからだ。拳銃を突きつけたまま、ふたりは怖いものの混じった低い声で言う。

「きさまら、いい加減にしろ」

動揺した先のふたりは、あたふたと説得にかかった。

「まて、君、そんな……」「おい、君たち、いったいどうして……」

乱入してきたふたりは叫ぶ。

「もう終わりなんだ!これだけ個性的な奴らがたくさん出てきたら、もう終わりなんだよ。君たちの傲慢さは、もう、何のセールスポイントにもならないんだ!いまどき、後半のカタルシスだけで読者を引っ張るのは無理なんだよ。君たちだって気付いているだろう?」

「判っている。もう我々の世界が終わりだと言うことは充分判っているよ。だからって、何も……っていうか、そのために我々は、自分のポリシーを捨ててまで競演したって言うのに……」

期せずして先の二人は同じセリフを吐く。

それに答えて相棒のふたりは、皮肉な表情のまま、言った。

「だから、我々も最後の望みを持って君たちの話を聞いていた。ところが君たちは、お互いのポリシーを主張するばかりで、ちっとも協力する気配がないじゃないか」

「いや、それはこいつが」「いや、おまえこそ」

責任をなすりあう二人に向かって、彼らは最後通告を突きつける。

「最後の切り札である夢の競演が失敗した以上、禁断の意外性で勝負するしかないじゃないか。残っているのはシリーズキャラクターが犯人って言う、ありきたりだけど意外性のある結末しかないんだよ!」

銃口を突きつけられながら、二人は絶望的な声で、それぞれの相棒の名前を叫んだ。

「ワトソン!」「ヘイスティングス!」

銃声が響いて、古典的本格推理小説の二台巨頭が命を絶たれる。

ふたりの灰色の脳細胞が破壊されるのを確認したのち、存在意義を失った脇役ふたりも姿を消す。

二度目の生還はなく、

そして誰もいなくなった。

index