鋼鉄の意思
「ふうっ」

大きなため息をつくと、ネイルはモニターから視線をはずし、首をぐるぐると回した。かれこれ12時間、コンピュータに向かいっぱなしなのである。

牛馬のごとくこき使われ、給料は雀の涙。それでも、仕事があるだけネイルは、FHのなかではマシな方だと言える。

「さて、もうひと頑張りするか。これが終われば、ずいぶんとまとまった金が入るからな」

無理に自分を元気付けてモニターに向かうが、しかし、集中力は続かない。数十分もすると、盛大なあくびをしながらイスの背にもたれ、大きく伸びをする。

「ああ、早く人間になりたいなぁ」

どれだけ言っただろう、同じセリフをまた今日も、ネイルは深いため息と共に吐き出した。

フェイク。

ネイルたちはそう呼ばれる。

何に対してのフェイク、つまりニセモノなのかと言えば、もちろん、この世界を牛耳る一握りの支配者。人間である。そう、ネイルらの正式な名前は、フェイクヒューマン (FH)なのだ。

ネイルたちは人間に作り出された、人工進化型の高等類人猿である。つまり、元はサルの一種で、遺伝子操作によって、高い知能(サルにしては、と人間は笑うが)を持たされたのである。

フェイクヒューマン(FH)は法律上、亜人に属す。

「人間に準じ」と言う条件付ながら、人権も与えられている。もっとも生物学的に言えば、遺伝子上の差異はほとんどない。FHと人間を分けるのは、身分証明書に記されたIDのみ、といってもいいだろう。

しかし、その差異が天地を分けるのである。

判りやすく言えば、現代によみがえった奴隷制度だ。

FHは被差別階級として、と言う明確な目的を持って創造された。

皮肉なことに、FH制度が導入されててから、人種差別が原因の事件が激減した。もっとも、人種差別がなくなったわけではない。むしろ差別は激しくなったと言えよう。しかし、下にFHがいると言うだけで、被差別民族の不満は、驚くほど解消されたのだ。

江戸時代、被差別階級「えた・非人」の存在によって、最下層の不満をそらした政策と同じことを、遺伝子操作によっておこなっているのである。

人間の本質と言うものは、数百年、数千年たっても、基本的に変わらないのだろう。自分よりも下のランクを見て、安心するのだ。下があるうちは、追い込まれでもしない限り、不満 に耐えてそれなりにやれるのである。

もっとも、最下層のFHにも、まったく希望がないわけではない。大金を払って闇でIDを買えば、人間として暮らすことも可能なのだ。

しかし、遺伝子スキャンだけはごまかせない。そのため、IDを買ったFHは、ひとりの例外もなく、品行方正な生活を送る。万が一にも、FHであることを悟られないように。

政治家や有名人の中にも、実はFHだと言う人物は、かなりの人数いるのである。もっとも、彼らは死に物狂いでその過去を隠すので、公にその存在が指摘されることはほとんどない。

数時間後、ようやくネイルは仕事を片付けた。

「さて、帰るか」

ネイルは粗末な上着を着込むと、いそいそと帰路に着く。

途中で寄り道など、とんでもない。普通の酒場でもしFHだとばれれば、不愉快な思いをするどころではないし、FH専門の酒場で安酒を喰らいながら人間への呪詛をつぶやくには、ネイルは若すぎる。

何よりそんなことに、大切な金を使うのは馬鹿馬鹿しいではないか。貯めた金でIDを買い、人間になる。これがネイルの、いや、FHに生まれついた若者なら、誰でも見る夢だ。

「ネイル、どこに行くんだ?」

声をかけられて振り向くと、ガレーが酔っ払って半分閉じた瞳のまま、ふらふらと近づいてきた。中学生のころ机を並べていた男だ。

高校、大学と順調に進んだ(FH用の、だが)ネイルと反対に、ガレーは高校を中退したあと、色を転々としていると聞く。もちろん、その仕事と言うのも、ひとつとして公に出来る類(たぐい)のものではない。

いずれ闇でIDを買おうと思っているネイルにとっては、必要な友人であった。そしてまた、できれば普段は会いたくない類の人間でもある。あまり邪険にするわけにも行かず、ネイルは心の中で顔をしかめてから、愛想笑いを浮かべて答えた。

「やあ、ガレー。久しぶりだね」

するとガレーは、大きなため息をつき、それからにっこりと微笑む。

「ネイル、おまえだけは、俺がいつ声をかけても、にっこりと笑ってくれる。俺はなぁ、本当に、おまえのおかげで何度も救われたよ」

「そんな……だって、友達じゃないか」

さすがに、「面と向かって顔をしかめるガッツがないんだ」とは言えず、相変わらずうすら笑いのまま、ネイルは肩をすくめた。しかし、今日のガレーは何かおかしい。

驚くほど真摯な表情で、ネイルに近寄ってきた。

「本当なんだ。俺は世界中が敵なんじゃないかと不安になったときとか、俺なんかこの世に誰も必要としていないんじゃないかと不安になったとき、いつもおまえの笑顔を思い浮かべるんだよ。それで、今まで何とかやって来れたんだ」

そう言われて、自分も実は将来ガレーを利用しようと思って付き合っているという事実が、なんとも恥ずかしくなり、ネイルは下を向いてしまう。

「ネイル、今まで本当にありがとう」

「いったいどうしたんだい? 何か、あったのかい?」

ガレーは一瞬言葉に詰まると、自嘲気味に笑った。

「まあ、ちょっとしたトラブルがあったんだが、それを聞くとおまえも巻き込んでしまうから、勘弁してくれ。俺は、おまえにだけは迷惑をかけたくないんだ」

「そう……それじゃあ、聞かないけど」

というより、そんな物騒な話は心底ゴメンだから、できれば今すぐ開放してくれないかなぁ、というのがネイルの正直な気持ちだった。もっとも、それを口に出して言えるわけもない。

「それで、俺はこの町を離れなきゃならないんだけど、その前に、おまえに渡しておきたいものがあるんだ」

「……?」

「これ。おまえならこんなもの要らないかもしれないけど、邪魔になるものじゃないから、受け取ってくれ」

ガレーが差し出したものを見て、ネイルの息が止まる。

分厚い札束と……IDカード。

「ガレー……これは……?」

「いいから、受け取ってくれ。俺が今まで生きてこられたのは、おまえのおかげなんだから」

躊躇するネイルの手に無理やりそれらを押し付けると、ガレーはにっこりと笑って言った。

「なあ、ネイル。俺たち、友達だよな?」

ネイルはもう、恥ずかしいやら、申し訳ないやらで身の縮む思いをしながら、何度も何度も、ぶんぶんと力強くうなずいた。それを見て嬉しそうに微笑んだガレーは、それじゃあと手を上げると、それきり、あっという間に町の雑踏へ姿を消した。

あっけに取られてたたずんでいたネイルは、やがて我に帰ると、一目散に駆け出す。そのまま一気に自宅の安アパートまで帰り着くと、がちゃりと鍵をかけて、ベッドに倒れこんだ。部屋の明かりは消したままだ。

札束とIDを目の前に持ってきて、月明かりに浮かび上がるそれらを眺めているうちに、ようやく念願のものを手に入れたことを実感し、自然と笑いがこみ上げてきた。

「やった……やった……やったぁ!」

ネイルは明かりを消した部屋の中で、歓喜の声を上げながら転げまわった。

「手に入れたぞ! ついに手に入れたぞ!」

しばらくそうしているうちに、冷静になってくる。

「ところで、このIDは誰のものなんだろう? まさか、女じゃあるまいな?」

ネイルは部屋の明かりをつけると、PCを立ち上げた。

もちろん、IDスロットにカードを差し込むような馬鹿な真似はしない。これが誰のものかわかるまでは、不用意なことは出来ないのだ。女ならまだしも、死人のものだという可能性だってあるのだから。

いくつもプロクシを通して身元を隠し、アンダーグラウンドのウエブサイトにアクセスすると、IDの確認をしてくれるサイトを探す。この手のサイトは需要が多いので、見つけるのにそう時間はかからなかった。

架空名義で作った電子口座で支払いを済ませると、早速IDを打ち込んで確認ボタンを押す。時刻的なものなのか、プロクシを通しているからなのかは判らないが、ずいぶんと待った後、ようやく確認が取れた。

瞬間、ネイルは驚愕する。

そのIDはネイル・ストライダー、つまり彼のモノだったのだ。少なくとも名前と顔写真は、ネイルのものだ。表示された解析結果を読み進むうち、ネイルの驚愕はさらに重なる。

このIDの持ち主、ネイル・ストライダーは自分とまったく同じ名前、性別、生年月日を持っていて、なおかつ、「人間」だった。FHではない、真の人間。ネイルは一瞬、ワケがわからなくなる。

しかし、冷静になって考えれば、簡単なことだ。

つまり、ガレーはネイルが優しく接したお礼に、ネイルのためのカンペキな偽造IDを用意してくれたのだ。すでにいる人物から買い上げたのではなく、ネイルと言う個人のまま、人間にしてくれたのだ。

金のためにIDを売る人間というのも、少なからずいる。例えば犯罪者だったり、フェイクヒューマンの女と一緒になるために、人間を捨てたり、理由はさまざまだが。

IDを買ったFHは、犯罪者のIDであれば、まず服役し、他人の罪を償ってから、人間として生きることが出来るのである。金のない、しかし、どうしても人間になりたい者が、捨て値で売っている殺人犯のIDを買って、10年以上服役してから人間として生きるなんてこともあるくらいだ。

それから考えると、アンダーグラウンドのハッカーでさえ見抜けないような、カンペキな偽造IDというのは、目の玉が飛び出るような高値であることは想像できるだろう。

「すごい! UGサイトでもバレない偽造IDなら、警察でもない限り、まず、ばれることはないじゃないか! そのうえこれだけの現金があれば、明日からでも人間として暮らして行ける!」

まさに、有頂天。

ネイルは早速、街の酒場に祝杯をあげに繰り出した。

貧しい格好のネイルを見た酒場の店主に、「失礼ですが、IDをお見せいただけますか?」と、今までなら夢で見たって冷や汗をかきそうなせりふを言われたときも、ネイルはいたって冷静だった。

むしろ、待ってましたと喜んだくらいである。あれからあと二つ三つほどのアンダーグラウンドサイトで確認して、このIDがカンペキに「人間、ネイル・ストライダー」のものであると確信していたからだ。

「失礼しました、ミスター・ストライダー。これは店からのおごりです」

恐縮しながらマスターが差し出したカクテルの、なんと美味いこと。 鷹揚にうなずく心の中に、大音量で流れるのはベートーヴェンの「歓喜」。

ご機嫌に酔っ払いながら、ネイルは街を闊歩した。

いつもと同じはずの街の風景は、まるで違った表情を見せる。人間だということは、こんなにも素晴らしいことなんだ。ネイルは涙さえ浮かべそうになりながら、この世の春を満喫した。

と。

なにやら、向こうの方が騒がしい。

いつもなら面倒ごとは避けて、とっとと家に帰るネイルだが、今は違う。「人間」ネイル・ストライダーなのだ。好奇心を刺激されたネイルは、騒ぎの方に向かって歩みだした。

途中、同じようにそちらへ向かう男と話す余裕さえある。

「何事でしょうな?」

「さあ、ケンカか何かじゃないですか?」

「この辺も、物騒になりましたねぇ」

「ですね。FHが増えたからかもしれませんね」

男のそんな言葉にも動揺せずに、

「かもしれませんね」

なんて答えられた自分に少々驚きながら、ネイルは足早に騒ぎの中心へ向かう。すでに集まっている野次馬をかき分けて進んでみると、どうやら男の言ったように、ケンカ沙汰のようである。

「どうしたんです?」

そばにいた男に聞くと、

「なんでも、暴力団の下っ端FHが、組の金やらID偽造ソフトを盗んで逃げて、捕まったようですよ? まあ、係わり合いにならない方が賢明ですな」

ID偽造という言葉に ドキッとして、殴られている男を見れば、果たしてそれはガレーだった。

もう、顔の形もわからなくなるほど殴られて、血だらけになり、息も絶え絶えの様子ながら、しかし、ガレーは叫んでいた。

「そうだよ、俺はFHだ! あんたら人間が作った、少しばかり賢いサルだよ! だがな、サルにはサルのプライドがあるんだ! 人間だって、サルだって、動物には変わらないだろう?」

「うるせえ! 人間様に向かって、生意気な口を利くんじゃねえ、このサルが! 人間と変わらない? ふざけるな! てめえらサルと人間様が同じわけないだろうが! てめえらは下等な生き物なんだ。俺たちのおかげで、喋ったり、仕事が出来るようになったんだぞ?」

暴力団員の言葉は、ネイルの心をえぐった。しかし、ガレーの心には、毛ほどの傷もつけなかったようだ。彼は誇り高く胸を張って、叫び返す。

「俺を生んでくれたのは、俺の母親だ。俺を育ててくれたのは、俺の仲間だ。俺は人間に利用されたことはあっても、人間に恩を受けた覚えはない」

「そう言う生意気な口を利けるようにしてくれたのが、人間様なんだよ! 仕事をくれたのも、人間様じゃねえか。その恩も判らず、裏切って組の金や大事なソフトを、おまえは盗んだんだ。これだからFHなんてのは」

「FHがなんだってんだ!」

「ケダモノだってんだよ。畜生に義理を説いた俺が間違ってた」

言うなり、男はガレーの身体にスタンガンを押し付ける。高圧電流を流されてびくんと身体を痙攣させ、ガレーは抵抗力を失った。それでも意識はあるのだろう。血走った目を見開いて、噛み付かんばかりに男を睨みつける。

ネイルの心に中に、葛藤が生じていた。

ガレーは自分を友達だと言ってくれた。そして、彼を疎んでいる自分のために、盗んだ金の一部や偽造IDをくれた。それなのに、自分はここで、引きずられてゆくガレーを見ているだけなのか?

しかし、ここで口を挟めば、厄介ごとに巻き込まれることは目に見えている。もしかしたら、自分がFHであることもばれてしまうかもしれない。やっと手に入れた、人間の暮らしだ。手放すわけには行かない。

だが、その暮らしを与えてくれたのは、ガレーだ。

だが……

長いこと考え込んでいた。

そのとき、男がガレーのアタマを蹴飛ばして、その顔につばを吐きかけ、なんとも言えない嫌らしい顔で、笑いながらつぶやいた。

「この、ケダモノが」

瞬間。

ネイルの腹は決まった。つかつかと男の前に歩み出ると、いぶかしげな顔をする男を、思いっきり殴りつける。意表を突かれて倒れこんだ男が、叫び声をあげながら立ち上がる。

「何しやがる!」

「貴様のやったことは、このくらいじゃ済まされない」

「なんだと?」

「盗んだのは、この男が悪いだろう。だが、アタマを蹴りつけ、つばを吐きかけるのは、やりすぎだ。この男の尊厳を侮辱している。許される行為ではない」

「バカか、てめえは。こいつは、FHなんだよ! 畜生の分際でご主人様にたてつきやがるから、教育してやったんだ。それより、てめえ、よくも殴りやがったな?」

「FHだって、人間だ」

ネイルの言葉にあっけに取られたのか、一瞬唖然とした男は、すぐに嫌らしい笑いを浮かべる。

「ははぁ、てめえFHだな?」

一瞬ドキリと心臓が高鳴る。

しかし、あくまで平然とした顔を作り、ネイルは答えた。

「私がFHかどうかは、関係ない。貴様のやったこと、人間だろうがFHだろうが、自我を持ち、理性を持ち、感情を持っているものに対して、その尊厳を傷つけたのだ」

「うるせえ! てめえFHだろうが? 違うって言うんなら、ID出してみやがれ」

IDに記された数字の、上5ケタを見れば、人間かFHかは一目瞭然なのである。ネイルは黙ってIDを出した。男はそれを見て、一瞬黙り込むが、やがて今まで以上に感情的になって叫んだ。

「なんで、人間がFHをかばうんだ! てめえだって、こんなケダモノ、本当は人間だなんて思ってないんだろうが! カッコつけるんじゃねえよ!」

「どうでもいいが、警察が来たようだぞ?」

その言葉に、野次馬は散り始める。ネイルが人間であるなら、これ以上面白い見世物に発展するとは思えないからだ。しかし、男は平然とした体で、肩をいからせた。

「だからどうした? てめえは俺を殴ったんだ。俺は被害者さ」

「そして、FHに違法な仕事をさせていた、犯罪者だ」

男は黙り込む。

「そのFHをこちらに渡せ。そうしたら、全部、黙っててやる。野次馬はどうせ、係わり合いになるのを恐れて、みんな証言してくれないぞ? 私の傷害を立証するのと、おまえの犯罪を立証するのと、どちらが簡単だと思うんだ?」

男はしばらく考え込んでいたが、警察にかかわるには、後ろめたいことが多いのだろう。やがて、悔しそうに叫んだ。

「わかったよ、ここは引いてやる。だが、そのFHの盗んだものは、必ず取り返しに行くからな? 逃げられると思うなよ?」

それだけ言うと、男は足早に去ってゆく。そこへ警察がやってきたので、ネイルもガレーを抱えて、立ち上がった。

「何がありました?」

「何でもありません。この男がやくざ者に殴られていたので、私が止めに入ったのです。やくざ者は……ホラ、あそこを逃げてゆくのがそうです」

「そうですか。それではお手数ですが、IDを」

警察のIDスキャナは、一般のものとは精度が違う。これをごまかすのは無理だろうと判断したネイルは、黙って首を振った。

「私もこの男も、FHなんです」

とたんに、警察官の態度が変わった。

「なんだ、FHか。キサマ、態度がでかいぞ? 畜生の癖に、人間みたいに振舞うんじゃない。人間様の手を患わせやがって」

カチンと来たが、ここでもめればFHであるネイルとガレーは、すぐさま逮捕、いや、捕獲され、下手をすれば保健所行きだ。仕方なく黙って頭を下げると、ネイルはガレーを抱き上げて歩き出した。

そして、警官のブツブツと文句を言いながら帰る後ろ姿を一度だけ振り返ると、ネイルは人間たちが、「ケダモノ」と言う言葉を使うときと、まったく同じ表情で言った。

「この……人間が!」

 

 

「せっかくIDを偽造したのに、あんなことしたら、FHだとばれてしまったかもしれないじゃないか。なんで、あんな無茶をした?」

アパートのベッドに寝かせたガレーが、つぶやくように言った。ネイルは小首を傾げて考える。どうしてだろう?

「でも、嬉しかったよ、ネイル。やっぱり、おまえは友達だ」

そう 言われて、はっとしたネイルは、しばらく唇をかみ締めて考えたあと、おずおずと真実を語りだした。

自分は人間になりたかったこと。いつか闇でIDを買おうとしていたこと。そのためにガレーと仲良くしていたこと。内心はガレーをなんとも思っていなかったこと。

ネイルはすべてを打ち明けた。

ガレーは黙ったまま話を聞いていたが、ネイルが語り終わると、満面の笑みを浮かべる。

「そうか……俺の勘違いだったんだな?」

「すまない」

「だが、勘違いじゃなかったんだな」

「え?」

ネイルがガレーの顔を見ると、彼は自信に満ちた顔でゆっくりと語った。

「俺がIDをあげた時までは、おまえは俺の友達じゃなかったのかもしれない。だけど、そのIDをパーにする危険を犯してでも、おまえは俺を助けてくれた。だったら、やっぱりおまえは俺の友達さ」

「ガレー……俺を友と呼んでくれるのか?」

「あたりまえだ」

「ガレー……」

ネイルは泣いていた。

泣きながら、どうしたらいいか考えていた。

そして、どうするべきか思いついた彼は、だまって右手を差し出しす。

ガレーはにっこりと笑って、その手を強く握り締めた。

ふたりは、硬く握手を交わした。

やがて、ネイルが自嘲気味に笑う。

「俺はFHでいい。今日、心底そう思った。アレが人間だというのなら、俺は人間になんてなりたくない。これからは、FHとしての尊厳をもって、強く生きてゆくよ」

するとガレーはイタズラっぽく笑う。

「そうかい? 俺は人間になるよ?」

「ガレー?」

「そして、おまえも人間になるんだ。ふたりで人間になるんだ」

「ガレー、人間なんかになりたいのか? 他の者の尊厳などまったく意に介さない、自らを「人間様」などと呼ぶ、驕り高ぶった人間なんかに?」

「ああ、なりたいね。いや、成らなくちゃならないんだよ。そのために俺は、偽造IDをつくるソフトを、苦労して盗み出したんだから」

「どうして?」

ネイルの問いに、ガレーは胸を張って答える。

「人間じゃなきゃ、作れないだろう? FHの尊厳を守る法律なんてさ 。俺は馬鹿だから、無理かもしれないけど、おまえなら、なれるだろう? FHだということを恥じず、FHのために戦える政治家に」

たっぷり数十秒の間、穴が開くほどガレーの顔を見つめたあと、ネイルは弾けるように笑い出した。ガレーも続いて大笑いする。

やがて笑いやんだ二人は、凛とした表情でお互いの瞳を見つめる。

ふたり顔に浮かぶのは、困難な道を進むために、もっとも必要なもの。

 

鋼鉄の意志だ。


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