恋を止めないで
「ああ、何て綺麗なんだろう」

彼はそう言って恋人に口づけすると、うっとりしていた。

「こんなに綺麗で、可愛らしくて、非の打ち所のない人間を作った神様に、僕は何べんだって感謝する」

俺は彼の両親に頼まれて、道ならぬ恋に陥っている彼を説得しに来たのだ。恋に盲目になっている人間を説得するなんて、俺に出来るとは思えないんだが、他にやるやつがいないんだ。仕方なかろう。

「放っておいてくれないか?僕らは両思いなんだ」

「でも、君らの間には、大きな壁がある。普通の人が聞いたら眉をひそめること間違いなしの大きな壁だ」

「性別のこと?性別が同じことなんて、今時そうたいした障害じゃないさ。それに見てごらんよ。こんなに綺麗な人が、たとえ女にだっていると思うかい?」

「醜美の基準は人それぞれだから、それに口出しするつもりはない。まあそれに、一般的な基準から見ても、彼女が美しいことは認めるよ」

「そうだろう?」

彼は嬉しそうに笑った。

「君らの最大の障害は、親が同じだってこと……」

「そんなことをイチイチ気にしなくちゃならないなんて、まったく、くだらない話だよ。それでも、その壁だって、僕の想いに比べたら全然たいしたことないんだけどね」

彼は全く聞く耳を持たないようだ。

「さ、そろそろいいかな?時間なんだ。はっきり言って君なんかと話しているヒマに、僕らは少しでも見つめあっていたいんだよ。僕の恋は誰にも止められないのさ。判るだろう?じゃ、とっとと帰ってくれたまえ」

ひと息に言うと、彼は視線を自分の恋する人に移した。

「さてと……ああ、綺麗だ。何て綺麗で、可愛らしくて、非の打ち所がないんだろう…………僕って」

カツラをつけ、化粧をして、驚くほど美しくなった彼は、鏡台に向かってうっとりと自分の姿に見入っている。

しばらくその様子を見ていたのだが、これは説得できそうもないと思った俺は、彼を部屋に残して帰路についた。

 

車のエンジンをかけると、もう一度彼の安アパートを見上げため息をつく。彼の両親には、訳を話してお詫びするしかないな。

ハンドルを握っていると、いろんなことが頭に浮かんできた。浮かんでは消え、やがて、ひとつの形を取ってゆく。

それは、今さっき別れてきた男の顔だった。そのまましばらく車を走らせていた俺は、自分がいつのまにか彼、いや、「彼女」のことばかり考えている事に気づく。

しばらく逡巡したあと、俺は車をUターンさせた。

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