恋は盲目
「こんなにも幸せでいいんだろうか?」  

犬神はトロンとした目つきで同じ話をはじめた。同じ話をし始めるのは犬神が酔っ払ってきた証拠だ。五杯目の中生にしてようやくアルコールが効いてきたというところか。

「なあ、田村。聞いてるか?」

「その話は、さっき聞いた」

「こんなドラマみたいな出会いが本当になるなんて、俺は信じられないよ。いや、それを言うなら、あんなにステキな人が俺の恋人になる、なんてこと自体が信じられないが」

「俺は、そんな話で仕事中の俺を呼び出して、昼日中から酒を飲ませるお前の非常識さが信じられない」

「まあ、そう言うな。さんざん渋ってたくせに、おごるって言ったとたんに態度を豹変させて飛んできたじゃないか」

「それを今、後悔しまくってるんじゃねえか」

「聞いてくれよ。マリアってさ、可愛いんだぜ?昨日もメールで「泣いちゃった」なんて言うからびっくりして問いただしたら、俺と相思相愛になれたことが嬉しくて泣いちゃったなんて言うんだもん」

「あー聞きたくねえ、耳が腐る。つーかさ、彼女アメリカなんだろ?遠距離恋愛って言うのはさ、大抵うまくいかないもんだよな?ケッケッケ」

「へへへ、悔し紛れに何を言っても、俺とマリアの中は裂けないぜ?羨ましくて仕方ないんだろ?」

「べつにお前の恋の行方なんざ、心底、どうでもいい。だいたいお前、英語しゃべれないだろう?会話できなくちゃ、いずれ破綻するぜ?」

「心配ご無用!お茶の間留学してる。講師は全部外国人!今ならお得な年間契約がお勧め」」

「宣伝文句じゃなくて、英語教わって来いよ」

「でな、そもそも俺がマリアと会ったのはさ……」

「さっき聞いたつってんだろうが」

「いいから聞けよ。あれは雨のニューヨークの、ある小さなカフェでの出来事だった」

「なんで解説調なんだよ。「その時、思いもよらない光景が!」とか言い出すんじゃねえだろうな?」

「英語のちょっと不得意な俺が、ウエイターとのやり取りに四苦八苦していると、後ろの席にいた彼女が「何がほしいんですか?通訳しましょうか?」って言ってくれたんだ。まさに運命の出会い!」

「彼女、日本語しゃべれるのかよ!お茶の間留学、意味ないじゃんか。しかも地味に「英語がちょっと不得意な」とかボケてるし。ちょっと不得意じゃなくて、まったく話せない、だろうが!」

「そこで俺は言ったね。「お礼にお食事でもどうですか?」ってな。彼女も初めて俺を見たときから、こうなる予感があったんだってさ。仕事柄いろんな人に会うから、人を見る目が肥えてるんだよな、きっと」

「なんだよ、予感って。彼女の仕事、インチキ霊媒師か?」

「そう妬くなって。彼女はな、病院で働きながら、日本文化の研究をしてるんだよ。いつか日本に行きたいと前から思っていたんだってさ。そこに現れたのが運命の人、犬神君。コレを運命といわずしてなんと言う?あ、一句できた。恋人の、故郷を聞けば、日本人」

「そこまではさっき聞いたっての。できそこないの俳句も」

「でさ、俺、彼女のところに行くために貯金してるんだよね」

「ああ。ま、それならいいや。これが「彼女が日本に行きたくて旅費を貯めてる話を聞いて、金を渡してきた」なんて話だったら「バカが、引っかかりやがった」って大笑いしてるところだけど」

「そんな娼婦もいるらしいな。でも、彼女はそんなんじゃないよ」

「ああ、判ってるよ。それで?金は貯まったのか?」

「俺、安月給だからさ、手っ取り早く臓器でも売ろうと思って」

「バカだな、お前」

「ああ、判ってるよ。でも、お前ほどじゃないさ」

「……」

「そろそろ眠くなってきたんじゃないか?お前の酒には、睡眠薬を入れさせてもらったよ。お前の臓器はすべて綺麗に売りさばいて、俺と彼女の新しい出発のための資金にさせてもらう。ルートは彼女が確保してくれるんだ。悪く思わないでくれよな?お前の分まで、俺達は……」

言いながら、犬神は突然突っ伏したまま寝てしまった。ようやく俺の入れた睡眠薬が効いてきたらしい。

ふう、やっと寝てくれたか。

お前の分まで、俺達は?それは本当は俺のセリフだったのさ……彼女に騙されてるとも知らないで、おめでたいヤツだ。

お前の性根はよくわかった。彼女に持ちかけられたこんな荒唐無稽な話を、まさか実行に移すとはね。

恋は盲目とは、よく言ったもんだ。

実はな、俺も同じ話を持ちかけられているんだよ。マリアにな。俺とおまえが知り合いだったのが、ヤツの運の尽きさ。

俺はこれからアメリカに飛んで、あの女にキツいお灸を据えてくるよ。帰ってきたら、お前にも大説教してやるからな?覚えてやがれ?

大体よ、俺のどの臓器を売ろうと思ったんだ?

売れるものは、もう、ほとんど売っちまったのに……

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