恋がすべて
「フィレを100グラム、レアで。ソースはトマト系のがいいな。それとクラウスターラー」

え?それだけ?

フリンのオーダを聞いて、レイは内心で目を丸くした。

細くしなやかな身体に、陶磁器のような白い肌。肩にかかる細いブロンド。長いまつげの下には、淡いブルーの瞳。少女漫画に出てきそうな、飛び切り美しい男である。

だからもちろん、ガツガツ食べるような人ではないと思っていたけれど、幾らなんでもこんなに小食だとは。

「お客様、申しわけありません。クラウスターラーは……」

「そう、じゃあ、テキサスセレクトならある?」

「はい、かしこまりました」

「レイは?僕に合わせなくていいよ」

そう言われても、ノンアルコールビールとフィレステーキ100グラムのそばで、まさか中生とサーロインというわけにも行かないではないか。まして相手が密かに想いを寄せる男性なんだから。

「私はボイルドシュリンプ。ソースはお任せします。それとキールを」

帰ったらおなかいっぱい食べようと決心して、レイはいつもの数分の一の食事をオーダする。さすがにノンアルコールは寂しいから、キールくらいなら構わないだろう。

「僕もあまり食べるほうじゃないけど、レイも小食なんだね?よかったよ。ガツガツ食べる人は苦手なんだ」

レイはほっと胸をなでおろすと、はにかみながら優しく微笑んだ。鏡の前で何度も練習した笑顔だ。自分で言うのもなんだが、かなり男心をくすぐるに違いない。

その甲斐はあった。食事の後、バーで軽く呑んだ二人は、きわめて自然に近くのホテルで抱き合う。レイはフリンの大理石の彫刻の様に真っ白で引き締まった身体に抱かれ、夢のような一夜を過ごした。フリンはなまめかしい唇をレイの耳に寄せて、優しくささやく。

「レイ。木曜日は空いている?」

レイは嬉しくて、子供みたいに何度も首を縦に振った。

 

「焼き鳥塩に皮焼きタレ十本ずつ、カンパチと真鯛2人前、揚げ出汁豆腐、カレイの煮つけ、ブリカマ、それから菊水を一升瓶ごと持って来てくれ。おっと、おめえは?なんか食うか?酒は日本酒でいいな?」

トントンと三、四人前を頼んでおいて、思い出した様にレイを見ると、トロンはニッコリと笑った。捲り上げたダンガリーの袖から、たくましい前腕がのぞいている。

がっしりとしたアゴに太い眉。眉根を寄せるとかなりおっかない顔だが、ニッコリ笑った今は子どものような印象だ。図太くてゴツい荒縄をよったような筋肉の固まり。

フリンとは正反対だなぁと想いながら、レイはその笑顔に微笑み返した。フリンの繊細な美しさもいいが、下手をすると女としての自信さえ失ってしまいかねないほど、彼は美しすぎる。それに緊張してしまって、フリンと別れた後は少し疲労さえ感じるほどだ。

その点、トロンは男臭さの塊。たくましく、すべてを預けておける安心感みたいなものがいっぱいだ。トロンにはわがままも言ってしまうし、リラックスして素の自分に近いものを見せる事も出来る。

美味しい料理に舌鼓をうったあと、ふたりは近くのホテルで明け方近くまで愛し合った。こういう激しいのもたまにはいいな、などと思いながら、レイはトロンの胸で安らかに眠りにつく。

 

シオンは少し動揺していた。レイが突然別れ話を切り出したからだ。だが、無理に食い下がるようなみっともない真似はしたくない。勤めて冷静な声を出すと、「そうか、判った」とだけ言った。

シオンの連れて行ってくれるお店は、どれもすごく美味しい。いままでのは知っているからいいとして、これから先、シオンが紹介してくれるお店にいけないのは少し残念だな、と思いながら、レイはシオンに言った。

「最後だから楽しく終わりたかったの。あなたが紳士で嬉しいわ」

シオンは苦笑すると、席を立った。レイもいっしょに立ち上がり、シオンと腕を組んで店を出る。近くのホテルでシオンと愛し合うためだ。

ところが、店を出たところでレイは思いがけない人に会う。

レイとシオンの前には、フリンとトロンが立っていたのだ。ふたりはニヤニヤしながら、レイに向かって言った。

「おや?レイ。シオンと別れてしまうのかい?」

レイは、なぜここにふたりが?と、困惑した様子でうなずく。

「うん。フリンと付き合う事になったから」

するとフリンは、にっこりと笑う。

「レイ、シオンと別れる事はないと思うよ?」

レイはびっくりして叫んだ。

「どうして?ま、まさか……フリンは私と付き合ってくれないの?」

するとトロンがたくましい笑顔で答えた。

「フリンが、こんどおまえと付き合うと聞いたときはびっくりしたぜ?」

トロンがそう言いながらフリンを見ると、フリンもうなずいている。

「僕も驚いたよ。親友のトロンが君と付き合っているなんて、今の今まで知らなかったからね。それでさ、君の話をトロンからよく聞いて、二人で決めた事があるんだ」

レイは恐る恐ると言った様子で、フリンの話を聞いている。シオンはその横でこれもどうしていいのかわからずに、ただ黙って立っていた。二人に向かってトロンが話し出す。

「俺とフリンは友達だ。フリンが嫌な事は俺もしたくない。だからおまえに言っておくんだが、ちょっと付き合う相手を考えてみないか?」

「どういうこと?」

「あいつだよ、火曜日のドラムロだ。あいつ前から気に入らなかったんだけど、実はフリンも前に重複していた事があったらしい。ほら、フリンの水曜日の子、マリアが土曜日にドラムロと付き合っているんだ」

後を引き取って、フリンが続ける。

「それでね、僕は今のところ木曜日しか空いていないんだけれど、あの嫌味なドラムロと重複しているのが嫌なんだよ。だから、ドラムロと別れてくれないか?君がドラムロを切ってくれれば、僕は火曜日の子と話して、何とか木曜日にしてもらうから」

ドラムロはお金持ちで、結構色んなものを買ってもらっている。それを切るのはなかなか惜しい気がした。しかし、ここで金を取ると、フリンどころかトロンまで失ってしまいかねない勢いを感じたレイは、さっぱりとドラムロを諦める事にした。

やっぱり大切なのは、お金より愛よね?などと思いながら彼女がうなずくのを見ると、ふたりは、いや、シオンも含めて三人の男は嬉しそうに笑っている。シオンは、みんなに向かって言った。

「よかった。実はレイと別れたくなかったんだよね。可愛いし、セックスも合うし、それにトロンとファミリーだと、厄介ごとに巻き込まれたとき何かと助かるしさ」

それを聞いてトロンは、豪快に笑う。

「ははは、調子のいい奴だ。ドラムロの金がなくなるのは痛いけど、フリンみたいな美形が入ってくれれば、こっちのファミリーもきっと有名になれるぜ?実は俺、もうひとり別の子のローテーションでもフリンと同じファミリーなんだ。そこに、すげえ金持ちの女の子がいるから、ドラムロのことも切れたんだけどさ」

レイはそれを聞いて、可愛いほっぺたを膨らませる。

「あ、ずるいんだー!だから惜しげもなくドラムロを切れなんて言ったのね?でも、フリンからお金持ちにつながっているなら、まあ、いいか。その子とも仲良くなれるかなぁ……」

フリンはにっこりと微笑みながら、レイの髪をなでる。

「大丈夫だよ。お金持ちって言ったって、別にわがままな子でも嫌味な子でもないから。わがままって言ったら、トロンに聞いたけどレイも結構わがままなんだって?」

レイは慌てて手を振りながら、フリンに言い訳する。

「そんな事ないよ。トロンにだけだよ。ね、シオン?」

シオンはわざと意地悪に小首を傾げると「さあ」と言って笑った。

「ひっどーい。もう、全部トロンのせいじゃない!」

むくれるレイを尻目に、トロンはシオンの肩を叩きながら、その顔をイタズラっぽく覗き込む。

「なんにせよ、シオンの美味い料理屋の情報を失わずに済むわけだ。めでたいじゃないか?今日はみんなで呑み明かそう」

「え?でもトロンとフリンの今日の子は?」

レイのセリフにトロンが後ろを指差すと、そこには女の子がふたり立っていた。トロンに呼ばれて、二人はこっちへ近づいてくる。

第一印象は悪くない。仲良くなれそうだな。

レイはこんな素敵なファミリーにいられることを嬉しく思いながら、シオンの腕を取って唇を寄せる。それから、優しい声で言った。

「ねえ、シオン。今日は飛びっきりステキな店に連れて行ってね?」

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