恋しくて

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男は、ことに男らしい男ってものは、生涯一回だけ、いきなりヒゲを剃りはじめたり、着る物を新調したり、そわそわして歩き回ったり、花束を買って娘っこの窓の下で、歌えもしねえマドガリルを歌ったりするもんなんだ

〜グインサーガよりアトキアのトールの言葉〜

 

月の夜。

蒼い蒼い満月の夜。

その男は、月光の下で哄笑していた。

両の拳は、殴り倒された犠牲者の血で朱に染まっている。思う存分人を殴り倒し、蹴りつけ、血を流し、ほとんど性的な快感に包まれて、男は高笑いしつづける。

狂ったようなその笑いは、男が立つ大きな橋の上を流れて川に降り、夜を映した暗い水面(みなも)に広がってゆく。

肩にかかる漆黒の髪を夜風になぶらせ、ひるがえし、顔を返り血で赤く染めたまま、狂気の笑いを響かせる。

その顔は、しかし、美しいと言ってもいいだろう。にもかかわらず、男はすべてに倦み、病み、絶望していた。世界中のすべてに怒り、絶望できるほど男は若かった。

美袋竜馬(みなぎりょうま)

それが男の名である。

 

きっかけは単純なことだった。

どんな小さな街の盛り場にでも必ず転がっている、目つきが、態度が、といった類の酔っ払い同士のケンカである。

竜馬は若く、力を持て余していた。力をぶつける対象を探し、毎晩、飲んでは暴れる。盛り場の女と一夜限りの夜を過ごす。バクチをするか、貢がせるか、強奪することで金を得る。

得ればまた、夜の街へ出かける。

機嫌がよければ、なかなかに人なつっこい性格と明るい笑顔で、それなりに盛り場でも人気を博しているのだが、機嫌が悪ければ悪魔のような暴力に訴える一面が厭われ、心を開くほどの友人は作れないでいる。

ただの”野生動物”なのである。

一ヶ所に住むということがなかなか出来ないこの獣は、盛り場で大暴れを繰り返し、そこにいられなくなると次の町へ、といったすさんだ生活を繰り返していた。

この町へ来たのは、この日の昼過ぎのコトである。そして、夜にはもう、このありさまなのだ。彼自身もこのままでいいとは思っていないのだろうが、その有り余る力を、ではいったい何にぶつければいいのか?という段になると、彼の脳髄のキャパシティには余る。

結果、酒を飲んで憂さ晴らしにケンカ、となるのである。

「なに見てやがる?見世モンじゃねえぞ!」

さんざん笑って己の強さに酔いしれたあと、警察のくる前に逃げ出そうとして、竜馬は自分をみている女に気づいた。道のど真ん中に、まるで竜馬をあざけるかのように女は立っていた。

昂然と立っていた。

淡い茶色の髪。くりっとした大きな瞳。暗闇の中に月の光を浴びて浮かび上がる、真っ白な肌。少し大きめの口元には、嘲笑らしきものが浮かんでいる。

東雲凛(しののめりん)

女の名である。

「そんなことして楽しいの?」

「あ?」

「そんなになるまで人を殴って楽しいのか?って訊いてるの」

「知らねえよ。なんなんだ?おまえ」

「楽しくないのに、あんなに笑ってたの?」

「うるせえ女だな。犯っちまうぞ?!」

「へえ、逃げるんだ?強がってもだめ。警察は怖いんでしょ?」

「怖かねえ!鬱陶しいだけだ」

吐き捨てると、竜馬は女を無視して駆け出した。

しばらく走って、もう大丈夫というところまで来てから、竜馬はようやく足を止める。

追っ手がこないかどうか確認しようと振り返ると、ビルの隙間から差す月光を背負って東雲凛が立っていた。

竜馬はうんざりして怒声をあげる。

「なんなんだ、てめえはよ!マジで犯っちまうぞ?!」

「犯れば?たかが犯られたくらいで黙ってるほど、私は大人しくないけど」

「上等だ、このやろう!なめやがって!」

言いながら、竜馬は凛に近づいていく。

基本的に激昂しやすく、侮られることを何より嫌う男なのである。実際に女に手を上げることこそなかったが、怒れば大声を出して女を威嚇することなど、あたりまえのようにやってきた。周りにいた女もまた、単純な威嚇で大人しくなる者がほとんどだった。

そんな竜馬にとって、怒声を挙げる自分に対して正面から意見を述べるような女が存在することさえ、驚きでありまた、腹立たしいことだったのである。

「てめえ、女のクセに生意気なヤツだな。吐いたセリフ後悔するなよ」

「私の言ってること間違ってないからね。女のクセにってセリフで、アナタの安っぽさがわかるよ。後悔するのはそっち。まあ、後悔できるだけの頭があれば、だけど」

強気のセリフに少々気おされた竜馬は、戸惑いながら一旦怒りを納めて改めて凛を見た。

(生意気な女だが、いい女なのは間違いねえな)

竜馬の感想は無理もない。確かに凛は美しい女だった。

こころもちアゴを上げて、挑戦的に竜馬をにらみつける姿は、逆に彼女の美しさを引き立てる役割を果たしている。

それはしかし「可憐」というような類の美しさではない。猫科の動物を思わせるしなやかな肢体、とあいまって表現される、力強い美しさだ。野生美と言ってもいいだろう。

彼女は明らかに怒っていた。その怒りさえ、彼女の魅力を損なうことはなかったが、強い意思を込めたその瞳ににらまれれば、気の弱いものなら震えだしてしまうだろう、という力強さを持っていた。

しかし、よく目を凝らしてみれば、先ほどまでの言動とは裏腹に彼女の膝は震えている。彼女は決して、竜馬をナメて突っかかってきたわけではないのだ。

それまでの竜馬の残虐な行動の一部始終を見て、彼の怖さは充分にわかっている。コントロールの効かない、突然噛みつく性悪な犬の怖さを。

それでも、彼のやりようがあまりに常軌を逸していたため、ある意味、義憤にかられて突っかかり、追いかけてきたのだ。よくいえば行動派。つまり、あまり後先を考えて行動するタイプではない。

ここへ来て凛は、自分の行動を猛烈に後悔していた。

もちろん勝気な彼女であるから、犯されること自体は覚悟もしている。むしろ、そんなことでは、彼女の肉体を傷つけることは出来ても、心に関しては毛ほどのダメージを与えることも出来ない。

それどころか、弱いものに対して力に訴えるような愚劣さは嘲けり笑い、決して弱みを見せず、その後きっちり落としまえをつけるつもりなのだ。実際、彼女にはそれを実行できるだけの人脈があった。

これでも彼女は、それなりに修羅場をくぐってきたと、少なくとも自分では考えていて、騙し騙され、普通の女の子なら一生の傷として心に刻まれるような体験もしてきたのである。

心に傷がないわけではないが、彼女の周りの状況が感傷や自己憐憫を許さなかったのだ。女であること、いや、人間としての尊厳を陵辱されて、それでも彼女は自らを哀れんで殻に閉じこもるかわりに、その事実を冷静に見つめ、毅然と立ち向かい、いつしか

強い女

という称号を獲得した。

荒っぽい連中に一目置かれ、それなりにシンパも得て、年下の男の子女の子からは憧れられている。

気の強い、きっぷのいい姉ご肌

彼女を評する言葉からわかるような、そんな女だった。

その強い女凛は、しかし、震えていた。

目の前のまともな日本語が通用しそうもない、未知の動物に勢いでからんでしまった事を、今さらながらに後悔していたのである。もちろん男にそんなことを気取らせるほど気の弱い女ではないが……

何かされたらその後必ず復讐してやる、くらいの強い気持ちで男に突っかかっていったのだが、いざ、男の前に対峙してその強気は霧散してしまっていた。

バックグラウンドとか人脈という、彼女のよく知っている力や荒っぽい男たちの諍いがらみの暴力ではなく、あとさきやしがらみなど一切想像の外にあるような、野生動物の暴力というシンプルで、しかし圧倒的な力。

肉食獣の前に素手で立つような、本能的な恐怖。

今、凛を震えさせるのは、そんな恐怖だった。

それでも、界隈では一目置かれている、という矜持が今の彼女を支えていた。彼女の愛する、彼女の街で、こんな好き勝手はさせられないのだ。たまたま、先ほど竜馬の犠牲になったモノの中に彼女の知り合いはいなかったが、それでも、ここは彼女の街なのだ。

友人やかわいい後輩を襲うかもしれないこんな獣は、姉たる彼女が排除しなくてはならない。

「この街で、あんまり舞い上がったことしないほうがいいよ?私の友達に手を出したりしたら、ゼッタイ許さないからね」

「あのよ。おまえ、肉喰う時、肉の親とかそいつを育てた人間とか、いちいち考えるか?俺に上等きってくるなら俺は差別はしないぜ?博愛主義者だからよ」

およそ博愛とは縁遠そうなこの獣は、そう言ってにやりと方頬をあげた。

凄惨な笑みであった。

「だったら、あんたみたいな狼には、この街から出て行ってもらわないと」

「それは、おまえじゃない。俺が決めることだ」

「私が決めることなの。あんたみたいなのは、この街にはいらないの。出て行かないんなら、無理にでも出て行かせるよ?脅しだと思ってなめてると、痛い目見るよ」

「なるほどな。ちっとばかし顔がいいてんで、バカどもに担がれてるんだな?おめえの大切な友達とやらは、ホントにそんなに頼りになるのか?」

凛は黙ったまま、左のソデを捲り上げた。上腕から前腕にかけて、大きな傷跡が走っている。

「友達を守った時の傷。友達にもおんなじような傷があるよ。みんなね。あんたみたいなバカにはわからないかもしれないけど、ホントの友達てのは頼りにするモノじゃないんだよ。お互いに気遣いながらも自立してて、信頼なんて陳腐な言葉じゃ表現できない絆があるものなんだよ」

「あーあー、はいはい。わかった、わかった。そーゆーお涙話は、俺のいないところでやってくれ。いや、ちょっと待てよ……ふむ……ってこたあ、その友達とやらがおまえを裏切ったら、さぞかし面白いだろうな?」

凶悪な笑いを浮かべる竜馬の言葉に凛は戦慄した。

自分自身はどうなっても大して気にかけるほうではないのだが、友人に害が及ぶとなると話は別である。

友人に類が及ぶ。想像しただけで、走る恐怖にめまいを覚えるほどであった。怒りに打ち震えながら、先ほどまでの恐怖などまるっきり忘れて凛は叫んだ。

「私の友達に傷ひとつつけてごらん。ゼッタイ許さないから。考えられる限り、いちばん残酷な方法で復讐してやるからね」

「俺は何もしないさ。裏切るのは、おめえの友達だ」

「畜生!ゼッタイ、ゼッタイ許さない!この野良犬!今すぐ出て行け!この街を出て行け!」

「あーわかったよ!おまえの友達と一緒にな、へへへ」

「殺してやる!友達に手を出したら、殺してやる!」

自分がからかい半分で言った言葉に、これほど激昂する凛をみて、竜馬は少々辟易し始めていた。

「あーわかった、わかった。もういいよ。おまえのダチには手は出さないよ。まったく、そんなことでそこまで怒ることはないだろう?誰だって本当は自分がいちばん可愛いってのが本音なんだから」

「おまえみたいな獣には、ゼッタイわからないんだよ!ホントの友達っていうのは、自分の命なんかよりよっぽど重いんだ!」

「へえ……そんなモンかね?ま、せいぜい裏切られないようにな?とりあえず、お前の名前を出したヤツには手は出さないからよ。おまえ名前は?」

「東雲凛(しののめりん)

凛は、怒り覚めやらぬまま憮然と答える。

「俺は美袋竜馬(みなぎりょうま)だ。凛という名前を聞いたら、そいつらには手出ししない。約束する。わかったか?わかったら消えてくれ。俺はちょっとばかり暴れたりないからよ。もうひと暴れしてくらあ」

言い放つと、まだ何か言いかけた凛に背を向けて、竜馬は駆け出した。夜の街の喧騒へ向かって、あっというまに消え去る。

ぽつんと一人残されて、凛はしばらく呆然とその後姿を見送っていた。

凛が再び竜馬と出逢ったのは、それから3日後の夜である。

 

その3日間で、竜馬の名前はたいそう売れていた。もちろん、悪いほうの売れ方である。

町に永住する気もなく、どこの組織にも属さず、金儲けをするわけでも何か魂胆や策略があるのでもない、

ただの狂犬。

それが、この3日間で得た竜馬の評価だ。

その狂犬がまた暴れている、という話をきいて、凛は行きつけの店から飛び出すと現場へ走った。まだ警察は来ていなかったが、見物する野次馬で黒山の人だかりが出来ていた。

その人だかりの中心で、またもあの狂犬は笑っていた。楽しいとか嬉しいとか言うたぐいの笑いではない。言うなれば”狂笑”である。

獣が吠える代わりに、竜馬は笑うのだ。

身体中の毒を周りに吐き散らすように笑うのだ。

血だらけの男たちがのた打ち回る中、血に染まった狂おしい姿のまま、あの日はじめて見たときと同じように竜馬は立っていた。その姿を見て凛は、戦慄とともに、不思議な感動を覚えていた。

遠巻きにみている野次馬を掻き分けて、凛は竜馬の前に立つ。

哄笑していた竜馬は一瞬、まだ敵が残っていたかと笑いやめる。

そのまましばらく凛をにらみつけたあと、突然、破顔した。今までの狂笑とは違った、人なつっこい笑みである。これが今の今まで血に飢えた獣のように暴れていた男だとはとても思えないほど、その笑顔は、なかなかに魅力的だった。

「おう!おまえか!凛だったな?約束は守ってるぞ?まあ、名前を出したやつは何人もいなかったがな」

「知ってる。友達が言ってた。私の話を聞いてた友達が、あんたに絡まれて半信半疑で名前を出したら、あんたは何もしないで行っちゃった、って言ってた」

「約束は約束だからな。でもよ、ホントはすげえ後悔してたんだよ。みんながお前の名前を出したら、暴れるに暴れられないからな。ケンカできないなら、この街、出て行こうかと思ってたんだぜ?ま、幸いそんなこともなくて、堪能させて貰ったけどな」

言いながら竜馬は悪戯っぽく笑った。

実際は悪魔のような、狂犬のような男だとわかっていても、その笑顔には確かに、明るい人なつっこい輝きがあった。

暴れ、すさんだその裏には、実はやさしい顔が潜んでいるのではないか?本当はさみしいだけの、かわいそうな男なのではないか?

思わずそんなことを思ってしまうほど、その笑顔は底抜けに明るかった。

「ありがとうって言うのもおかしな話だけど、一応、礼はいっとくよ。ついでにそのまま出て行ってくれると、もっとありがとうなんだけどね」

「へ。そうはいかねえよ。なかなか面白い街だからな。ま、当分は腰を据えるつもりだ。残念だろうがあきらめな」

「これからどうするの?また暴れに行くの?」

「う〜ん、そうだなぁ……いや、今日はもういいや。それより、これからどっかで飲まないか?お礼の気持ちってのは、言葉だけじゃ伝わらないぜ?」

冗談めかしながら、それでも結構本気で竜馬は言った。その言葉にしばらく逡巡したあと、凛はうなづいた。

「いいよ、私の行きつけの店に行こう。おごってあげるよ。そのかわり、暴れるのはナシだからね?警察来るの早いよ?」

「わかったわかった、暴れねえよ!そんかわしヤらしてくれよ」

「冗談でしょ?獣姦の趣味はないわ!」

「ちぇ、ケチ!」

ふたりは並んで歩き出した。

成り行きを興味深げに見守っていた野次馬も、ばらけはじめている。これ以上ケンカがないとわかれば、とどまっていても仕方ないのだ。いつまでも終わったケンカが人々の興味をつなぎとめておくには、この街は刺激が多すぎるのである。

人々は別の快楽を求めて散り散りになり、街はいつもの夜を取り戻した。

 

その晩、ふたりは大いに飲んだ。

話してみれば竜馬というのは、飲み相手としては、これでなかなかのモノなのだ。渡り歩いた街街での面白い話や、数々のケンカであげた武勇伝を、酔っ払って自慢気に話す竜馬は、終始ご機嫌であった。その顔からは険が取れて、無邪気とさえ言えるはしゃぎっぷりである。

凛は退屈することもなく、次々飛び出す竜馬の話に飲みながら、笑いながら、聞きいっていた。考え方、価値観。そう言ったものが意外に共通していたのも、話の盛り上がった要因かもしれない。

竜馬の馬鹿話がひと通り終ると、適度に酔いの回ったふたりは、今度はもう少し突っ込んだ話をはじめた。凛にしても竜馬は友達とは違って、自分の生活にあまりかかわりのない男だけに、逆に遠慮なくいろいろな話ができる。

そしてそれが、意外に心地いいコトを発見していた。

何を話しても実生活にあまりかかわらないこの男に話す分には、リアルさで我に返ることがないのだ。具体的な人物やしがらみを忘れ、単純に自分の考え方や思いを話すには、竜馬はなかなか都合がよかった。

ふたりは意気投合した、と言ってもよかったであろう。

店を出るころには、肩を組んで放歌するまでに仲良くなっていた。歌いながらふたりは、はじめて逢った橋の上に差し掛かる。川面には凛の張りのある美しい歌声と、竜馬の馬鹿でかい怒鳴り声が、妙にマッチしたまま絡み合って流れてゆく。

凛が不意に足を止めた。

竜馬を振り返ると、心配そうに眉をひそめる。

「あんた、意外にいいやつじゃない!なんで、あんなに暴れるの?」

「しょーがねえさ。暴れたくなるんだから。なんでか?なんて俺にだってわかんねえよ!」

「暴れないって約束してくれたら、この街にいてもいいのに」

「いてもいい?いて欲しい、だろ?」

笑いながら凛の目をのぞきこんだ竜馬から笑顔が消えた。凛は真剣な顔で竜馬をみていた。

「あんなこと続けてたら、いつか殺されちゃうよ?もう、やめなよ!私たちと一緒にいれば、そんなことしなくて済むから。友達にも紹介してあげるよ」

「友達はいらねえよ。ただ……おまえが欲しい」

言いながら、竜馬は強引に凛の唇をふさいだ。この段階で、彼のキスは単なる気まぐれでしかなかったかもしれない。しかしその気まぐれは、後に彼の人生を一変させることになる。

わずかに抵抗した凛は、しかし、すぐに力を抜いた。遠くに夜の街の喧騒を聞きながら、ふたりはお互いの唇を求めて抱き合っていた。

少し荒くなった息遣いだけが、橋の上に響いている。

しばらくして、二人の影はゆっくりとはなれた。

「なんでだろう?俺は今、お前の言うことを聞いて暴れないようにしようかって考えてる。そんな風に縛り付けられるのは、いちばん嫌いだったはずなのに」

「あなたが、すきだよ」

突然凛は短く、しかし、この上なく優しい声でそう言った。

その声を聞いたとたん、竜馬は雷に打たれたようにビクンと震える。しばらく黙ったまま、凛を見つめる。まったく表情を変えず、ひたすら凛を見つめる。

ふいに竜馬は叫んだ。

「ああ……おまえだったんだ!俺はおまえを探していたんだ!」

晴れ晴れとした顔で、竜馬は叫んだ。

漠然とした怒りや不安は、もう、竜馬の身体のどこを探しても、影も形も見当たらない。強烈な確信が、激流のような幸福感が、竜馬の全身を包んでいた。

彼の感じた思いは、あるいは酒のもたらした幻想だったかもしれない。何を求めているのか自分でもわからないまま生きてきた。そんな竜馬の疲れた心が、単に安らぐ場所を求めていた。そんなことだったのかもしれない。

しかし今の竜馬には、そんなことを考えるゆとりはなかった。

彼は単純に、自分の発見に酔いしれていた。

運命の人

そう思わせるほど、確かに凛は強く、優しく、美しかった。

「わかったよ。もう、暴れない。約束する。だから……ずっとそばにいろ」

凛に、いらえはない。

今度は凛がずっと竜馬を見つめる。答えない凛に竜馬が不安を隠せなくなったころ、ようやく凛の口が開いた。

「あなたが、すきだよ」

それで充分だった。

 

東雲凛にとっては、決して相容れない野生動物として。美袋竜馬にとっては、見栄えはいいが生意気な女として。

ふたりは出会った。

 

そして、ふたりは恋をした。

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