| 決心の時 |
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家族や友人が集まって、盛大なパーティが開かれた。 私と妻の還暦祝いだ。私たちは同い年だから、ふたり仲良く今年60を迎える。 もっとも、歳の違う人と結婚する人間は減ってきているらしいし、後数十年もすれば、おそらくほとんどいなくなるだろう。やはり誰でも、こう言うものは夫婦いっしょに迎えたいだろうから。 いつまで続くかと思われたパーティも、やがて終わりを迎える。 みな、穏やかな笑みを浮かべながら、さよならを言って帰っていった。もちろん胸中には複雑な思いもあるのだろうが、それを我々に見せるほど心無い人は、私の家族や友人にはいない。 私は妻とふたり、なんだかひどく疲れきった気持ちで、ゆったりと酒を飲んでいた。普段なら先に休んでしまう妻も、今日は一緒にブランディを飲んでいる。 思えば妻には、苦労のかけ通しだっただった。 私は仕事人間だったから、家庭を省みずに仕事一筋にやってきた。彼女は大人しく、控えめな女性だから、それでも文句ひとつ言わずに私について来てくれたが、内心は寂しい思いをしていたに違いない。 実際、こうしてゆとりを持てるようになってから彼女とそんな話をしたら、やはりその時はずいぶんと寂しかったと言っていた。 自分が精一杯生きているうちは気付かなかったが、50を過ぎてゆとりがでてきてからは、私は自分が、いかに彼女につらい、寂しい思いをさせたかと言うことに気付き、それからはいつも妻への感謝を持ちつづけている。 彼女は自己主張の少ない人だから、彼女のために何をしたらいいか、どうしてあげれば一番喜ぶか、仕事をリタイアしてはじめの頃は、ずいぶんと戸惑ったものである。 結局私には、なにかを買ってやるとか、一緒に旅行に行くとか、月並みなことしか思いつかなかった。それでも彼女は、私といる時間を、ニコニコと笑って幸せそうにすごしてくれた。 私はその笑顔を見て、胸が一杯になるとともに、もっと若い頃から、こうしていればよかったと、少なからず後悔したものだ。 私たちはアルバムを引っ張り出して思い出に浸りながら、いつまでもふたり話しつづけた。 やがて、空が白み始める。 しかし私たちは眠気や疲れを無視して、いろんな話をしつづけた。もう、あまり時間がない。今やることは眠ることではなく、愛する妻との時間を、少しでも長く持つことなのだ。 ピンポーン! 玄関のチャイムが鳴り、私たちは顔を見合わせる。もう一度チャイムが鳴ったが、それでもなかなか立ち上がる気になれない。それはそうだ。 どこの世界に死神を喜んで玄関まで迎えに行く者がいると言うのだ? それでも、チャイムは鳴らされる。イライラと連打されることもなく、一定の間隔を置いて、根気よく鳴らされつづけた。やがて私は立ち上がる。妻が悲しみと諦めの混じった瞳で、私の顔を見上げた。 「心配ないよ。私がずっとそばにいる」 妻は安心して、何度も何度も強くうなづいた。私は玄関に向かうと、一度大きく深呼吸してから、ゆっくりと玄関を開けた。 扉の向こうには、死神が立っていた。 「お迎えに上がりました」 私は力なくうなづく。 いつのまにか私の後ろには、妻がやってきていた。私たちは死神の車に乗せられて、長いこと住んだ我が家を後にした。 子供たちや、昨夜泊まったはずの遠くからきた友人たちが出てこないのは、私たちがそう望んだからだ。もっとも、家の中、窓の奥から、私たちの姿を見ていてくれることは間違いないだろう。 私たちを乗せた車は、静かに走り出した。黄泉の国へ向かって。
60歳法が成立したのは、もう、50年以上前になる。 人口の過密は限界をはるかに超え、「地球に優しく」「自然を取り戻せ」などと耳障りのいいおためごかしがまかり通っていた平和な時代は、とっくの昔に過ぎ去っていた。 山を削り、海を埋め立て、それでも200億を超える人類の住むところは、この星にはどこを探してもなくなっている。のんきに戦争などやっていられたのも、はるか昔のことだ。 もはや局地戦程度の規模では、人類増加の恐るべきスピードの前には、まさに焼け石に水でしかない。世界大戦でもやらなくては、増えすぎた人口はいかんともし難いところまできていたのだ。 皮肉なことに、この危機によって、人類はその歴史上初めて、世界統一政府をその手にしたのだった。 なぜなら、その方がコストが安いからである。もっとも、世界政府の代表者になっても、この世の栄華を謳歌できるような状態ではなかったからこそ、大した反発も受けずに成立したと言う側面もあるのだが。 しかし、成立してしまえば、世界唯一にして最大の政府機関である。世界政府は今まで出来なかった大胆な改革を進めた。 もはや農作物や家畜を持つ余裕のない人類は、できる限り効率のよい方法で200億人の腹を満たさねばならない。人工蛋白、人工炭水化物、そのほか必要な栄養素は全て工場で作られ、最も合理的でローコストな方法で、世界中に配られる。 産児制限法が成立し、許可を得たもの以外は、まったく子供を持つことが許されなくなった。人道などと言っている場合ではない。これ以上の人間を作ることは、自分の首をしめることになるのだ。 しかしそれでも、人は自分の子供がほしいものだ。まして、世界政府の政策により、今までより若干なりとも、生活に余裕が出てきたのである。 「だからこそ、きちんと産児制限をして、人口をコントロールしてゆけば、人類は生き残れる」 単純なことなのだが、それが人々に理解されることはなかった。少しでも生活にゆとりの出来た者は、陰に隠れてこっそりと子供を持った。一時は無登録の子供の数が、人口の数%にまでのぼったと言う。 政府は考え方を変えた。 生むことをやめないなら、死ぬ方をコントロールするしかない。 かくして、最狂、最悪の法律である「60歳法」が生まれたのである。 60歳を迎えたものは、政府の専門機関に強制的に収容され、その後、誰とも一切の連絡を取ることは許されない。たとえ肉親であっても、である。 つまりその専門機関に入った後は、たとえ死んでも、肉親にさえわからないのである。法律化された現代の「姥捨て山」だ。 そして最初の頃こそ、ものすごい反発があったものの、その後、ゆるくはなったが相変わらず存在する産児制限法と相まって、総人口90億にまで減らしたという結果によって、しぶしぶながらもその有効性を認められることとなる。
私たちが連れてゆかれたのは、だだっ広い一室だった。 そこに、今年60を迎えた人間が集まっている。いや、もちろんこの一室だけであるわけはないだろうが、他の部屋のことはわからない。 そして、世界中で今年60を向かえる人間が、ここと同じような施設に集められているのだろう。 世界統一政府が出来てから、子供たちは日本語のほかに公用語である英語をしゃべるようになっていたが、私たちの世代の人間は、まだそれほど英語を上手に使えるものはいない。 だからだろうが、この部屋に集められているのは、みな日本人だったし、やってきた係りの者と称する男も、日本語をしゃべった。 「それでは皆さん、おひとりづつ順番に、お隣の部屋へ映っていただきます」 つまり、そこが処刑室と言うわけだ。当然、ここにいる人間のみなが、そのことは理解していた。 「わしらは殺された後、いったいどうなるのだ?」 それでも不安に耐え切れなくなったひとりが、そう叫んだ。 いったい、そんなことを聞いてどうするつもりなのだろう? 死んだ後、きちんと荼毘に付してもらいたいとでも言うつもりだろうか。姥捨て山で、きちんと葬式をやってもらえると期待するほうが、どうかしているだろうに。 「ははは、何も向こうで殺すわけじゃありませんよ。安心していらしてください」 男はそう笑うだけで、結局彼の質問には答えずじまいだった。やがて悲壮な諦観が漂う中、ひとり、またひとりと部屋を出てゆく。しかし、誰ひとり帰って来る者はいなかった。 そしてついに、私の番が回ってきた。私は妻の手を取ると、なるべく声が震えないように注意しながら、できるだけ穏やかに微笑んだ。 「行って来るよ」 それから少し考えて、妻にキスをする。 妻の瞳からこぼれる涙を見ないようにしながら、係りの男の後に従った。
部屋の中には、何人かの男たちがいた。私は彼らの前に向かい合う形で座らされる。 「あなたは満60歳となりましたので、この施設に収容されました」 男のひとりが、言わなくもいいようなことを言った。まあ、お役所だから、仕方あるまい。と思っていたら、男は急に人なつっこい笑みを浮かべると、明るい調子で言った。 「まあ、60年無事に生きてこられたことですし、思い残すこともないのではありませんか?」 私は怒りが湧いてくるのを押さえることが出来なかった。 「冗談じゃない! 誰が死にたいものか!」 「しかし、病気や怪我で、もっと若くして亡くなってしまう方もいるのですよ? それに、60までと判っていれば、人生の計画も立てやすかったでしょう? 大体皆さん、50からの10年をお好きに使って、最後のひと時をエンジョイなさるようですし」 「確かに、この10年はのんびり楽しく暮らさせてもらった。それに、早くになくなった方よりは幸せだったかもしれない。だからと言って……」 「では、もういいでしょう? これから生きたとしても長くて30年くらい。その間家族の負担になったりするより、ずっといいとは思いませんか?」 なるほど、要はここで、最後の死の恐怖を取り除くためのディスカッションをしようというのか。いや、むしろ洗脳と言ってもいいだろうな。 最終的にここで説得されて、むしろ意気揚揚と死んでゆけるのだろう。まあ、その方が幸せだと思う人もいるかもしれない。 しかし、私は違う。 そんな風にごまかして死を迎えるつもりはない。これが法律だからと、諦めて死ぬつもりもない。 私の身体は、なるほど老いている。だが、私の心、私の魂までが老いてしまったわけではないのだ。 これしか方法がないのだから、私はそれを受け入れよう。しかしそれは、愛する子供たち、孫たちが生きてゆく場所を奪いたくないから。 ただそれだけだ。 彼らのために、そしてこれから生まれてくる子供たちのために、この命をくれてやることに、カケラも恐怖や異議はない。むしろ私は、誇りを持って死んでゆくつもりだ。 だからこそ、いまさらこんなところで、マニュアルどおりの洗脳を受けて、訳もわからないまま死んでゆくつもりはない。なぜなら私は家族を守るために戦って死んでゆく、誇りを持った戦士なのだから。 「なるほど、あなたのおっしゃりたいコトはよくわかりました。確かにここでは、洗脳に近いことをやっています。あなたのように強く、誇り高い方はめったにいませんので、大概の方にはその方が親切だと判断したからです」 「わかってくれればいい。私には必要がないのだ。それよりもむしろ、妻の……」 「ですが、あなたはひとつだけ勘違いなさっております。私たちは何も、あなたを殺したいわけじゃないのですよ」 私は驚いて係員の顔をまじまじと見つめた。彼のほうは、こう言う事態にもなれているのだろう。表情一つ変えず、淡々と語った。 「我々は、あなた方を役立たずの老人だ。などとは思っておりません。むしろ、人生経験を積んだ人間の完成形とさえ思っております」 「なにを、心にもないことを」 「いいえ、お世辞ではありません。我々は常に、あなた方がどれほど強く、どれほど柔軟で、どれほどすばらしいか、その証拠を見せられているのですから」 「どういうことだ?」 私の問いに、男は黙って部屋の片隅を指差した。そこには大型のモニターが置かれていて、今まさに映像が映し出されようとしている。 しばらくそれを眺めているうちに、私は全てを理解した。 「開拓か」 私の言葉に、男は黙ってうなづいた。 モニターに映し出されていたのは、どこかは知らないが、地平線の彼方まで見えるほど広大な、しかし荒れ果てた大地を耕す人間たちの姿だった。この地球に、そんな場所はもう残っているはずがない。 つまりここは、他の星なのだろう。 「人類が居住可能な惑星、衛星は、かなりの数発見されています。しかし、そこは居住可能というだけで、とても快適な場所ではない。むしろ、凍てつく寒さ、灼熱の熱さなど、ものすごく厳しい環境の星のほうが多いくらいなのです」 「なるほど、それでは開拓民を募集しても、誰も行きたがらないだろうな。200億の人間がひしめいていた頃ならともかく、快適な今となっては」 「そうなのです。これらの星が、100年、いや、50年早く発見されていれば、人類は新しいフロンティアに向かって飛び出していったことでしょう。しかし、今はもう無理です。人々は、安全で快適な生活に慣れきってしまっています」 「だから、我々がそこを開拓し、安全で快適になってから移住してゆこう、と言うことか。ずいぶんと勝手な話だ」 「しかし、そうなればむしろ、地球より広くて快適な生活が待っています。60年法も、産児制限もありません。その世界への優先的な移住権は、あなた方、開拓民とその家族にあるのです」 「なるほど、私の息子や孫たちに、快適な生活を約束してやれるわけだな?」 「ええ、そうです。それこそ、あなたの望んでいたことでしょう?」 男は笑いながら、誓約書を差し出した。
私は結局、開拓星行きを承諾しなかった。 なぜなら、考えても見るがいい。そうやって私たちが開拓したとして、そこにやってくる息子や孫たちは、何一つ苦労をしていないのだ。目先の快適さや欲望につられて、何の苦労もせずにいることが、本当に彼らのためになるとは思えない。 それに、開拓先はいずれ、言わば昔の避暑地のように、一部の裕福なものが行く場所となるだろう。何の苦労もしないで、そんなところにきた人間が、くだらない特権階級意識や、選民意識をもつであろうことは、容易に想像できる。 私は彼らに、そんな人間になって欲しくないのだ。 と、まあ、それも理由なのだが、しかし、一番の理由は妻だ。 ここでは「一人づつ」洗脳してゆく。妻が私のようにそれを跳ね除けられるとはとても思えない。彼女はきっと、彼らに言いくるめられて、死を選んでしまうだろう。 それなのに、私だけが生きて、彼女のいない他の星に行くなど、とても耐えられるものではない。 たとえ殺された後、人口蛋白に混ぜられて人々に食われる、と言うあまりぞっとしない未来が待っているとしても、私は妻と共にいるほうを選びたい。 それに万が一彼女が開拓星に行く道を選んだとしても、そこではまた仕事に忙殺される私の面倒を見なくてはならないのだ。 私はいままで、ずいぶんと彼女につらい、寂しい思いをさせてしまった。 だから二度と、彼女にそんな思いをさせるわけにはゆかないのである。 |