ボクはケンイチ
「○▼○△×!」

拡声器から流れる罵詈雑言に、ケンイチは驚いて振り向いた。

なんだろうと目を凝らせば、街宣車に乗ったいわゆるその手の人々が、車の周りに集まった人々にわめき散らしている。

平日の連休では友人と予定も会わないため、一人で町をうろうろしていたケンイチは、これまた格好の暇つぶしだと野次馬を決めに近寄る。

街宣車の人ともめているのは、どうやら外国人だ。

ずいぶん人数が集まっているなと思って周りを見れば、ここは車のオークション会場。戦闘服を着た人たちは、オークションにクルマを買い付けに来た外国人に向かって「国へ帰れ!」と叫んでいるのである。

ケンイチはなるほどと合点した。

彼らはおそらくパキスタン人あたりだろう。現在、日本のオークション会場にクルマを買い付けに来る人間の何割かは外国人である。

日本で値段がつかないような中古車でも、向こうに持ってゆけばいい値で売れるのだ。

街宣車をみれば、普通の日本人なら係わり合いにならないようにするものだが、彼らには関係ないらしく、怒った外国人は街宣車を囲み始めている。

その数、およそ200人。その大人数が、街宣車に取り付いてゆすり始めた。蹴る者や棒で殴る者もいる。あっという間に街宣車はボコボコにされ、ひっくり返されてしまった。

さすがに命の危険を感じたのか、戦闘服を着た男達は逃げ出した。外国人たちは、口々に喝采を叫んで大騒ぎしている。

「あ〜あ、バカだねぇ。このまま右翼のヤツラが引き下がるわけねえのに。こりゃ来週あたり復讐戦があるな」

つぶやく声にケンイチが振り向くと、そこには大男が一人立っていた。

「そうなの?」

聞き返すケンイチに、にやりと笑った大男がうなずいて見せる。

「そりゃそうさ。ヤツラにとって「ナメられる」と言うのは死活問題だからな。あのパキスタン人たちは後ろに誰かがいてあんなことをしたわけじゃない。言わば同胞意識で団結しただけだ」

「バックがいないことがわかっている素人にナメられたままではいない、ってこと?」

「ま、そういうことだ。おそらく次の土曜日あたりだな。あいつら狩られるぜ」

「うわ、怖ぇ」

「そうでもねえさ。まさか殺すまではしないだろうし。多分、エアガンかなんかで撃ちまくられるだけじゃねえの?」

「エアガン?」

なんだか急に話が平和的になったので、ケンイチは安心半分、がっかり半分といったところ。まあ、考えてみれば、本物の銃で戦うわけもない。

「でもよ、パキスタン人の方だって、そのまま狩られるとは思えねえな。なんたってヤツラの中には、実弾の下を潜り抜けてきたやつもいるだろう。そいつらがエアガンで撃たれたくらいで、大人しくなるとも思えない」

「ああ、紛争地域で生きてきたなら、エアガンじゃ脅しにもならないだろうね。もしかしたらホンモノ持ち出してくるなんてことは?」

「さすがにそりゃねえだろ。まあ、もめた右翼もでかいスポンサーのいる大組織ってワケじゃない。どっちかって言うと中小の部類に入るところだから、ホンモノ人数分用意して戦争ってこともないだろうし」

「じゃあ、エアガンでケンカするだけ?」

「それもどうかな。おそらく今度は最初から機動隊が出る。にらみ合って終わっちまうよ」

「それじゃあ、面子が立たないんじゃない?」

「だから、土曜の狩りは陽動だ。実際は今晩あたりから、水面下で動き出すよ」

「水面下で動く?」

「つまり、あのパキスタン人たちのリーダー格の人間をさらっちまうんだ」

「なるほどね。怖いなぁ……」

「ところが、そう上手くはいかない。リーダー格は、その前に姿を消してしまうから」

「え?」

驚いて大男の顔を見ると、彼はにやりと笑って自分を指差す。

「俺が先にさらっちまうから」

「…………」

目を剥いたケンイチに、男は肩をすくめて見せる。

「とりあえず確保しておいて、高く買ってくれるほうに売るんだよ。まあ、パキスタン人のほうは金なんてそんなに持ってないだろうから、別のモノになるだろうけど」

「あ、あんたは……」

「俺? 俺はデス。デスペラード(ならずもの)のデスだ」

「あ、ぼ、僕はケンイチ」

あわてて名乗った健一の顔をまじまじと眺めてから、デスはいたずらっぽい笑みを浮かべた。

「ケンイチ。おまえ、暇か? ちっと手伝わねえか?」

なにを? という疑問を飲み込んだ。もちろん誘拐に決まっているじゃないか。

本来なら高見の見物を決め込むはずの話だ。物騒な話に首を突っ込んで、仕事をクビになってもいいのか?

ケンイチは冷や汗をかきながら、しかし、迷っていた。

うだつの上がらない今の生活から抜け出す、いいチャンスではないか? お前は今の生活にうんざりして、一発当てたいと思っていたんじゃないのか?

答えないケンイチに、肩をすくめて歩き出そうとしたデスをあわてて呼び止める。

「やるよ。手伝わせて……ください」

デスは振り返って首をかしげたあと、ふんと笑ってうなずいた。

 

時間がなかった。

土曜日まであと二日。それまでにパキスタン人のリーダー格を見つけて誘拐し、両陣営とワタリを付けなくてはならないのだ。しかし、あせるケンイチを尻目に、デスは悠々としている。

「ねえ、デス。パキスタン人のリーダーを探しにいかないんですか?」

タバコをくゆらせながらマンガを読んでいたデスは、かったるそうに振り向く。

「どこに?」

「え、いや、それは……」

「闇雲に探したって見つかるわけねえだろ。今、探してるところだから、おまえは心配しないで待ってろ」

「探してる?」

どう見てもそうは見えないのだが。

と。

デスの携帯がなる。

「ん……そうか。わかった。すぐに向かう。途中でキルロイを拾ってゆくから、20分だな。おう、わかった」

携帯を切って立ち上がると、健一に向かってキーを放る。

「ほれ、行くぞケンイチ。車のエンジンかけておけ」

ケンイチはキーを受け取ると、ガレージに向かって駆け出した。

「途中で仲間を拾ってゆくから、まずは国道に向かえ」

走り出すとすぐ、デスが言った。ケンイチは黙ってうなずくと、ハンドルを切る。デスの指示通り走って、車は大きなマンションの前に停まる。

程なくエントランスからえらく背の高い、細身の男が出てきた。鋭い目つきをふちなしメガネの奥に光らせたその男は、車に乗り込むなりケンイチを指差して言った。

「こいつが?」

「ああ」

それで紹介は終わったらしい。ケンイチの名前も聞かずに、その男キルロイ(もちろんデスと一緒で、本名ではないだろう)は、かばんの中からラップトップのパソコンを取り出した。

「ガストのいるところで90%間違いないとは思うが、一応可能性のあるところにも、俺の舎弟を張り込ませてある。万が一そっちだったら、とりあえず跡をつけろといってあるが、それでかまわないな?」

デスは黙ってうなずく。キルロイはクルマのナビにパソコンをつなぐと、健一に向かって無愛想に言った。

「ナビの通りに運転しろ」

ケンイチも愛想良くする義理はない。黙ったままうなずいた。

やがてクルマはとある港の突堤に着く。車のエンジンを切って、三人は黙ったまま待った。ケンイチは情報を仕入れるならここだと思い、デスに質問する。

「しかし、何で港なんですかね? 本国に逃げるほどおっかない組織でもないんでしょう? たしか、小さい所帯の右翼だって言いましたよね?」

「逆だよ。兵隊をかき集めたんだ。どうやらこのパキスタン人、思ったより力があるな。ただの中古車ブローカーかと思ったが」

なるほどとうなずいていると、横からキルロイが口を挟んだ。

「おまえは余計なことを知らなくていい。いわれた事だけやってろ」

カチンときたがここで怒るわけにはいかない。ケンイチは憮然として黙り込んだ。デスが面白そうに、その顔を見ている。

やがて。

人影が近寄ってくると、コンコンとウインドウを叩いた。

デスがウインドウをおろすと、そこに立っていた小男が甲高い声でしゃべりだした。

「ヤツラ、この先の24号にいるぜ。全部で10人だ。兵隊はまだついてない。それと予定外なんだが、この話に首を突っ込んだ女がいるぜ」

「女? まさか……」

デスが、わずかに声を高くした。その顔に向かって小男〜ガストが黙ったままうなずく。キルロイが舌打ちすると吐き捨てた。

「また不二子かよ。おい、デス。てめえ判ってるんだろうな?」

デスは何かに気を取られていたのか、一瞬ぽかんとキルロイを見たあと、あわててブンブンとうなずく。その姿に小男〜ガストが苦笑を浮かべ、キルロイは肩をすくめて首を横に振った。

それからキルロイはケンイチに向き直る。

「おまえ、名前は?」

「ケンイチ」

「ケンイチ、いいか? ハラくくれ。今回、本当はおまえを囮(おとり)にしてヤツラをひきつける作戦だったんだが、事情が変わった。一緒にやるのは今回限りだろうが、おまえを使い捨てにしてヤツラにくれてやったりしない代わりに、デスの分まで働いてもらう」

なんと、自分は使い捨てにされる予定だったのか?

しかも、そうしない代わりに働けときた。

あまりに傲慢なせりふに、ケンイチは怒るのを通り越してあきれてしまった。しかしまあ、何も知らされずに使い捨てにされるよりはよかったのかな? と思い直して、キルロイへうなずく。

「でも、どうして?」

すかさず横からガストがちゃちゃをいれる。

「デスが使い物にならなくなるからだ」

「そんなことはねえ。仕事とプライベートは分ける」

キルロイはそう言うデスにきつい一瞥をくれると、完全に無視してケンイチに答えた。

「この馬鹿は、その女にべた惚れなんだ。本名も歳も知らないくせによ」

何か言い返そうとしたデスは、キルロイににらまれてぶつぶついいながらそっぽを向く。ケンイチは思わずひざを打って叫んだ。

「ああ、もしかして、だから不二子って呼んでるの?」

ふたりの苦々しげな表情が、すべてを語っていた。デスも強く言い返さないところを見ると、一応自覚はあるらしい。

「本人がそう呼んでくれって言ったんだと。ま、どこまで本当か知れたもんじゃねえがな」

キルロイがそうあきれた声を出したところで、24番倉庫のほうが騒がしくなる。

「お、どうやら来たようだな」

デスの言葉に窓の外を見てみれば、闇にまぎれてボートが数十艘やってくるところだった。

キルロイは携帯を取り出すと、ボタンを押しながらデスにむかって冷たく言い放つ。

「そう言うわけで、デス。おまえとケンイチの役どころは交代だ。いいな?」

「待てよ、キルロイ。そりゃあいくらなんでも……」

「不二子に会えるぞ? 俺達は途中で車を捨てる。落ち合うのはいつものところだ」

その言葉に考え込んだデスを見て、ガストがケケケと笑う。

「考えるまでもねえだろう?」

やがてデスはうなずくと、クルマを飛び出した。キルロイは電話をかけながら、健一に向かって厳しい表情で言う。

「今警察を呼ぶ。パトカーが来るまで5分強。デスが突っ込んでかく乱してるところへ、クルマごと突っ込んで目標をさらう。いいな?」

ずいぶんずさんな計画だとは思ったが、口に出しては「わかった」とだけ答えるとケンイチはステアリングを握りなおした。

やがて、向こうがさらに騒がしくなる。

「はじめたな」

キルロイの言葉に目を凝らしてみると、どうやらデスが大騒ぎしながらパキスタン人の中へ飛び込んでゆくところだった。

予期せぬ訪問者に一瞬戸惑った後、彼らはみんなでデスを追いかけ始める。デスは駆け回りながら一人の女に近づいていった。

妖艶な美貌と豊満な肉体を持つその女が、どうやら件(くだん)の不二子らしい。何事かと叫んでいるが、デスの周りには大勢いるために、その言葉は届いてないようだ。

双眼鏡でその様子を伺っていたガストが、不意に声を上げる。

「いた。あの男だ。間違いない。俺が指示するから、そのとおりに走れ」

ケンイチはうなずいて前方をにらんだ。

「ゴー!」

キルロイの合図で、アクセルを思いっきり踏み込む。車は激しいスキール音を響かせて、パキスタン人の群れに突っ込んだ。

 

「デス! あんた何しに来たのよ! ちょっと! やめなさい!」

不二子の叫びもむなしく、デスは10人の男たちに追いかけ回されている。港の騒ぎを見て、ボートに乗った男たちはいったん逃げかけた。

しかし、どうやら警察ではないとわかると、あわてて港に引き返す。彼らが上陸するまで、あと2,3分と言うところだろうか。

デスはつかまりかけるのを器用にかわしながら、男たちを港から離れたほうに誘導していった。

少しでもボートの男たちと合流するのを遅らせるためである。いくらなんでも、これ以上の大人数に追いかけられれば、すぐにつかまってしまうからだ。

と、暗闇に突然ライトが光り、車がスキール音を響かせながらやってくる。もちろん、ケンイチの運転する車だ。

車はデスの横をすり抜けると、男たちの群れをかき回しながら、一人の男にまっすぐ向かってゆく。

その男、パキスタン人たちのリーダーの前までやってくると、ドアが勢いよく開いて、中からガストが風をまいて飛び出した。驚いて硬直している男に、スタンガンを押し付けて気絶させると、車の中に放り込んで走り出そうとする。

「まちなさいよ!」

そこへ乗り込んできたのは、もちろん不二子だ。

「降りろクソ女!」

キルロイの叫びなど歯牙にもかけず、不二子は後ろを指差した。

「来るわよ? 逃げないの?」

指差す先には、パキスタン人たちが怒りの咆哮をあげて駆けてくる姿。さらに、港のほうからも男たちがやってくる。こちらはおそらく100人以上はいるだろう。

「クソッタレ! ケンイチ、出せ!」

「デスを助けなくちゃ!」

「バカ! いいんだ! やつならうまく逃げるはずだ!」

「だめです! みんな一緒に行くんです!」

タイヤを鳴らしながらUターンすると、車をデスのほうに向ける。 ライトの先に浮かび上がったデスは、一人の男に銃を突きつけられている。

「やばい! 銃だ! ヤロウ、銃を持ってる」

キルロイが叫ぶのと、ケンイチが急ブレーキをかけるのは、ほとんど一緒だった。

激しい音に銃を持った男が振り返ったところに、車が横滑りしながら飛び込んでくる。思わず男がのけぞった瞬間、運転席の扉が開いてケンイチが飛び出した。

「デス!」

ケンイチに気を取られていた 男が気づいて振り向くより早く、デスの巨体が男に向かって飛び掛った。二人はもんどりうって倒れ、地面をごろごろと転がる。

「きたぞ! 急げ!」

近づいて来るパキスタン人の大群を指差しながら、ガストが悲鳴に近い声を上げた。

ケンイチは二人に近づくと、男の手から拳銃を蹴り飛ばす。すかさずデスのパンチが男を昏倒させた。

「デス! いそいで!」

ケンイチが叫ぶと、デスは

「バカヤロウ! なんで来やがった!」

と叫びながら、車に転がり込んだ。

ケンイチは運転席に飛び乗って、間一髪、車を発進させる。

ほう、とため息をついたケンイチに向かって、キルロイとデスが同時に叫んだ!

「バカヤロウが!」

ケンイチは首をすくめると、にやりと笑った。キルロイはそれでも怒りの表情をとかず、ケンイチをにらむ。

「てめえのせいで、計画はめちゃくちゃだ。見ろ!」

目の前に、先ほどキルロイの呼んだパトカーが数台。

「これじゃ、逃げられないじゃないか! いいか? 港の出口はあそこ一箇所しかないんだぞ? さっき逃げていれば、パトカーより早くここを抜け出すことができたんだ!」

ケンイチはそれでも、ニヤニヤ笑いを崩さない。

今度はデスが痺れを切らせて言った。

「ケンイチ! あのパトカーを巻いても駄目なんだ。港の出口は封鎖されている。パキスタン人どもだけを捕まえさせるはずが、これじゃ俺たちまで捕まっちまうんだぞ?」

いいながら、三列シートの最後部にのせたパキスタン人のリーダーをにらんだ。

「ちくしょう、どうする?」

ガストがわめくと、不二子が肩をすくめて言った。

「さあね。私にはどうしようもないわ。でも、その坊やには、何か考えがあるんじゃないの? さっきからあんたたちの言葉を聴いても、ぜんぜん余裕の表情じゃない」

不二子に言われて、みなはいっせいにケンイチを見る。ケンイチは運転しながら、とぼけた表情で言った。

「みんな黙っててください。不二子さん、そのパキスタン人に毛布をかけて怪我人に見せかけてください」

「バカ! そんなんで検問を突破できるわけねえだろうが!」

「まあ、見ててくださいよ」

吼えたデスににっこりと微笑みかけると、ケンイチは車の速度を落とした。港の入り口では、検問が敷かれている。

「とまって」

警官が近づいてきて、車を止めさせた。

「免許証を拝見」

と言うセリフにかぶせるように、ケンイチが凛とした声を上げる。

「港東署の江村です。巻き込まれた一般人を保護し、怪我したパキスタン人を本署まで連行するところです」

言いながら差し出したのは、なんと警察手帳。

あっけにとられる車内の人間を尻目に、ケンイチは警官と敬礼を交し合うと、悠々と車を発進させた。

港を出て、国道に乗ったところで、ようやくデスが口を開く。

「たまげた。お前、警察の人間だったのか?」

ケンイチはにやりと笑うと親指を立てた。そして、なんともうれしそうな顔で

「どうします? このまま自首しますか? それとも、僕を仲間に入れてくれますか?」

思わぬセリフに唖然としたみなを楽しそうに眺める。

そして。

「このままみんなを署まで連れて行けば、騒ぎの張本人を逮捕した大手柄。仲間にしてくれるなら、警察内部に詳しい新メンバー。どっちに転んでも、僕、 大歓迎されそうですね?」

ケンイチがいたずらっぽく微笑んだ数秒後、車内は爆笑に包まれた。


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