カラフルメモリー
彼がいい具合に酔っ払ったところに、変な男が話し掛けてきた。青白い顔をした、いやに生気のない男だ。

「買って欲しいものがあるんですが」

「なんだい?変なものを売り付けようってのかい?」

「いいえ。アイメモリーです」

「何だそりゃ?」

「映像記憶ですよ。例えば、あなたが昔体験した面白いコトってのがあるでしょう?その時の記憶の映像を抽出して他の人に移せたら、その人は面白い記憶で楽しい気分になれるじゃないですか?」

「まあ、そうだろうけど……何かい?そう言うことのできる機械でもあるって言うのかい?」

「ええ、そのとおり。あるんですよ。それで、あなたに面白い記憶ってのを買ってもらおうかと」

「ふむ。そりゃ本当にできるなら、面白そうだけど」

「出来ます。なんなら一部だけみて見ます?それで気に入ったら、全部買って頂くってコトで」

「ああ、それならいいよ」

彼は冗談半分でそう答えた。

すると男は、なにやらウオークマンのような形をした機械を取り出して目盛りをセットしたあと、ヘッドホンのような部分を彼の頭にかぶせた。

「目をつぶってください」

言われたとおりにすると、突然、彼の頭の中に映像がなだれ込んできた。驚愕に、彼の身体は凍りついてしまう。

「凄い、凄い。映画やDVDなんか目じゃない」

それはそうだ。なんたって、目の前どころか頭の中に、まるで実際に体験した記憶のごとく、映像がなだれ込んでくるのである。

彼の五感の全てが反応していた。

映像、音、臭い、味、感触、全てがげんじつにそこにあるかのごとく、鮮明に感じられるのだ。彼の人生ではじめての、ものすごい体験だった。彼は全身の感覚を尖らせて、この強烈な刺激に没頭する。

と、突然、周りが真っ暗になった。

男がヘッドホンを外す。

「どうです?」

「凄い!まったく凄い!買うよ。機械もソフトも全部買う。いったい幾らするんだい?」

男の口にした額は、彼の貯金全額くらいの高額だった。しかし、彼はそれを払った。

ウキウキしながら家路につく。

さっき体験した記憶は、未だに鮮明に残っている。続きを体験できると言う期待に、彼の歩調は自然に速くなった。

 

「ずいぶん嬉しそうに帰っていったな、あの男。きっと全てのソフトを体験してしまうに違いない。まったく愚かな男だ。」

男の呟いたセリフに、バーテンダーが不思議そうな顔をする。その顔に気付いた男は、苦笑しながら話を続けた。

「いいかい?映画やDVDではなくて、実際に体験したかのような刺激なんだぜ?それが思い出となって、彼の心には一生残るんだぜ?」

「ええ、素晴らしいことだと思えますけど?」

「馬鹿言っちゃいけない。それじゃ聞くが、君なら、それだけたくさんの刺激的な思い出を持ったまま、これから先ずっと今までどおりの平凡な人生を過ごせるかい?」

バーテンダーは少し考え込んだあと、納得したような顔で言う。

ああ、なるほど。無理そうですね」

男は憂鬱そうな顔のままでうなずくと、話を続けた。

「実際には平凡なただの男なのに、思い出だけは世界中の誰よりも刺激に満ちているんだ。しかも、それが偽物だってコトは、彼自身が一番よくわかってるんだぜ?

これからの彼の人生、いったい何色なんだろうな?」

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