| モンゴルのジャック |
僕は絶望のどん底にいた。 シティでの研修が終わり、今日、派遣地が決まったからだ。そう言えば、僕が絶望している訳も、だいたい察しがつくだろう?そう、僕の担当地区は、とんでもないド田舎だったんだ。 そりゃあ、国際医師連盟に名を連ねるというのは、むちゃくちゃ名誉なことだ。どこの担当だって、謹んで受けなければいけないのは判ってるさ。僕だって別に、トーキョーやニューヨークへ行こうとは思っていなかったよ。 アジアアフリカ地域の、貧困にあえぐ人々の力になれたら、それはすごくやり甲斐のあることだし。特別ボランティアに興味があったわけではないけれど、医師としていい経験が積めると思えば、どこだってかまわなかった。 でもね、いくらなんでもこりゃないよ。 よりによって僕が派遣されるのは、あの悪名高い「モンゴル地区」なんだもの。物資が足りないとか、設備が足りないって言うのは僕も充分覚悟していたさ。だけど、モンゴル地区はそれとは別に大きな問題があるんだ。 それは、人口密度。言い換えれば、広さ。 僕が担当に決まった地区の広さ、教えてあげようか?400キロ平方だ。わかるかい?400キロだよ?僕の担当地区に、北海道が丸々入るんだってさ。北海道全域を、僕ひとりが面倒見るようなもんだ。聞いた瞬間、気が遠くなったね。 物資の少なさを、医師としての腕とか機転でカヴァーしていくなんて話なら、これは都会で最先端機器を扱うのと同じくらい、ものすごく勉強になる。お金では決して得ることの出来ない貴重な体験だよ。 だけど、モンゴル地区のキツさはそこにはないんだ。物資が足りないのはもちろんだけれど、それ以上に大変なのが…… 移動。 この地区の大変さはこれに尽きる。一度往診に出たら、三四日帰ってこられないのは日常茶飯事だ。 長旅を経てやっとたどり着いた先で、「急患だから来てほしい」。言われてついてゆけば、マイナス10℃の山の上なんていうんじゃ、得られるのは医師としての経験より、レンジャー部隊のそれだろう? 3年間の任期で、他の仲間が最先端機器の扱いや、物資のないところでの緊急医療に精通してゆく中で、僕だけが馬の乗り方や、オフロードマシンの扱いに精通してゆくんだよ?まったくやりきれないよ。 それでも、国際医師会のメンバーという肩書きを得るために、僕は仕方なくモンゴル地区の担当を承諾した。まったく、遊牧民族なんてクソ喰らえだ。 僕は、自分の部屋の中で、周り中のモノに当り散らした。 子供時代に描いた絵が、額縁ごとひっくり返って落ちる。くもの巣のようにひびの入ったガラスの奥に、僕と同じく医師であった父親の働く姿が描かれている。 昔、賞を取った絵だ。 何ヶ月かは、シティの美術館に飾られたこともある。そこそこ評価もされた。おそらく絵そのものより、そこに書き込まれた僕の文字が、審査員の好みに合ったんだろう。くだらない話だが。 働く父の姿のそばに、稚拙な字で「僕は人を治す人になりたい」と書いてある。これがつまり、審査員を感動させたベタな文字ってやつだ。 「父親への尊敬と、人を癒したいというやさしい心が表れていて、胸を打つ作品である」てな、いかにもな後付けの理由が、受賞の理由だったと思う。くだらない。医師なら人を治すのは当然だっての。 この頃の純粋な気持ちは、複雑にして報われない医療の現場にいるうちに、いつのまにかなくなっていた。もちろんそんなことはあたりまえだし、別に気にしてもいない。 いまどき「人のために」なんて言っている奴は、詐欺師か本物のバカだ。世の中って言うのは、理想論では渡ってゆけないんだから。 とにかく僕は、昔の自分の無知な純粋さと、今の自分の不幸な境遇に腹が立って、床に落っこちた絵を思いっきり踏みつけた。
僕の前任者が、数ヶ月間指導をしてくれるんだけど、これがまた、とんでもない男だった。そりゃ、セクシーな女医さんを連想していたわけじゃないけど、よりによってこんな男だなんて。 彼の名前はジャック。 何でこんな男が国際医師会のメンバーなんだろう?てな愚痴もいいたくなるって。肩まである黒い髪を無造作に束ね、シルバーアクセサリをジャラジャラつけたこの軽薄な男は、片手にバーボンのボトルを持ったまま、僕を迎えに来たんだから。 「おう、おまえがキールか。なるほどひ弱そうな白人だなぁ。都会から出たことがないそうだが、特別扱いはしねぇからな?とりあえず飯を食って、体力を蓄えておけ」 空港のロビーでいきなり先制パンチを食らった僕があっけに取られていると、ジャックはすたすたと歩いていってしまう。しかたなく僕は、大きなスーツケースを抱えたまま、後に続いた。 てっきりクルマが用意してあると思っていた僕の前に現れたのは、バイクが二台。それも一台は軽量なオフロードバイクだけれど、もう一台はとんでもなく大きなアメリカンバイクだ。 「バ、バイクなんですか?」 思わずそういった僕に向かって、ジャックは無表情のまま肩をすくめた。 「馬、乗れるのか?」 慌てて首を横に振ると、彼はにやりと笑って、 「じゃ、バイクで正解じゃねえか」 とだけ言った。仕方なくスーツケースをオフロードバイクにつもうとすると、ジャックはケースを取り上げて、アメリカンバイクに積む。そして、バイクをまたぐと、僕に向かって言った。 「最初だからな。サービスだ。がんばってついて来いよ?」 言うと同時に走り出してしまう。僕は急いでオフロードバイクにまたがると、彼の後を追って走り出した。 延々と走る。 メーター読みで80キロほど行ったところで、テント村が見えてきた。モンゴル系遊牧民特有のテント、ゲルだ。ジャックはゲルの前にバイクを止めると、僕を待たずにそのままゲルの中に入ってゆく。 僕が彼のバイクの横にオフロードマシンを止めてゲルに入ると、ジャックが女の人を裸にしているところだった。驚いた僕には一瞥もくれず、ジャックは女の人に説明をした。 「こいつが新しい医者だ。若いが国際医師会の医師だから、腕は確かだ。しばらくは俺の後をついて回るから、よろしく頼むな?」 そう僕を紹介しながら、彼は女性のわき腹のあたりを触っている。女性はそのあたりが痛いと訴えていた。勉強したから、僕もそのくらいのモンゴル語は出来る。 その後、彼は背中のほうに回り、背骨の横をぐいぐいと押し始めた。 おそらく過酷な生活に脊柱起立筋が緊張しつづけ、それが神経を圧迫して、わき腹への放散通を発生させたのだろう。いわゆる広義の肋間神経痛だ。 それである程度痛みが取れたところで、背中に針で傷をつける。広口のビンを取り出して、中に燃やした新聞紙を入れると、そのまま針で傷つけた背中に押し付けた。 火が消えて中の空気が収縮し、皮膚を吸い込む。同時に背中の傷からどす黒い静脈血が溢れ出す。中国で言うところの寫血療法だ。 全部が終わってゲルの外へ出たとき、僕は彼に向かって礼を言った。 「誉めていただいて、ありがとうございます」 ジャックはつまらなそうに応える。 「バカ、ああでも言わなきゃ、みんなおまえに心を開いて治療させてくれないんだよ。遊牧民って言うのは、見たこともない他人に対してもすごく親切だが、その反面、本当の意味で心を開かせるのはすごく難しいんだ。いいか?認めてもらいたかったら、最初の一発で結果を出すことだ」 医療というものは、往々にして患者自身のメンタルに左右される場合が多い。簡単に言えば、病は気からって奴だ。治す気のない人間は、どんな名医でも治すことは出来ない。 未開の地で、文明国の医者がしばしば神聖視されるのは、もちろん病を治したからなのだが、それ以上にそう思わせるような行動を医者のほうが意識して行う場合が多いからだ。 別に祭り上げられたいからではなく、そのほうが治療効果があがりやすいから。少なくとも最初はそうである場合がほとんどである。祭り上げられているうちに勘違いをしてしまう輩も、もちろんいるのだが。 なんにせよこのジャックという男、単なるめちゃくちゃな奴ではなさそうだ。
次のゲルまでは、70キロあった。 ついたところに待っていたのは、歯痛に悩む老人だ。すると患者を診ていたジャックは、突然老人の息子に向かって「ペンチをもってこい」という。持ってきたペンチで虫歯を挟み込むと、一気に力を入れた。 おいおい、麻酔なしで歯を引っこ抜くのか?と思っていたら、鈍い音がして患者の奥歯が割れた。引っこ抜くのではなく割ってしまったのだ。信じられない膂力である。僕の握力は45キロだが、後で聞いたらジャックの握力は90キロを超えるらしい。化け物だ。 「おまえだって、ココで医者を続けていれば、嫌でもそのくらいの体力はつくさ」 そう言ってジャックはカラカラと笑う。いや、別に握力は要らないってば。欲しいのは医師としての重要な経験だよ。僕は相変わらず憂鬱な気持ちで彼の後に続いた。 結局400キロ四方の担当地区すべてを回るのに、一週間かかった。それからようやく国際医療機関のモンゴル本部に行って、この地区の全貌の地図を見せられる。それによると、ジャックの通ったルートは、えらく無駄が多い。 「ずいぶんと無駄が多くないですか?」 そういった矢先、ジャックに怒鳴りつけられた。 「てめえは何のために医者になったんだ?医師会から与えられた仕事を効率よくこなすためか?それなら俺が今から言ってやるから、どこにでも行きたいところに行け!」 それは願ってもない申し出だったのだが、ルートの無駄を指摘したくらいでココまで言われては、僕だって面白くない。 「どうして無駄を指摘されて怒るんです?そりゃあ、無駄なルートを設定して実際には行かず、経費を浮かせて着服しようなんてことじゃないのは判ります。実際にいっしょに走ったんですから。でも、ルートをもう少し効率よくすれば、一週間かかっているところを、四日で済ますことも出来るんではないですか?」 僕的にはしごくまっとうなこの意見に対して、ジャックは爆発した。 「だからよ、何を持って無駄って言ってるんだ、おまえは?」 「たとえば、ココからココへ行くのに、わざわざ一度ソコへ行ってから戻ってますよね?じゃなくて順番に回ればいいんじゃないかと?」 「うるせえ!死ね!」 そう言い放つと、ジャックは簡易ベッドの上に仰向けになって寝てしまった。 ほんと信じられない傍若無人さだ。たとえ年下だろうが後輩だろうが、論理的に出された意見に対しては、論理的に検討するべきではないだろうか?言うに事欠いて「うるせえ!死ね!」はないだろう? 下のものの意見を無条件で撥ね付ける、ダメな上司の典型だ。僕は憤慨しながら、それでも「俺が今から言ってやるから、どこにでも行きたいところに行け!」と言う言質を取ったので、ゆっくり眠ることが出来た。こんなド田舎と理不尽な上司からは、もうすぐおさらばさ。
次の朝早く、僕はジャックにたたき起こされた。 「早く起きろ、ガキ」 僕が文句を言う前に、ジャックは馬鹿でかいアメリカンバイクに乗っかって走り出す。こんな荒野に、アメリカンバイクで走っていること自体が、こいつの俗物さ加減を物語っているよね? 機能で言えばオフロードバイクがいいに決まってるんだから、こいつがわざわざアメリカンに乗るのは、自分の好きなバイクを見せびらかしたいだけなんだ。 また延々100キロ近く走って、僕たちは一番北よりのゲルについた。 ソコに待っていたのは、ひとりの女の子。名前は、ユマ。名前まで覚えたコトからもわかるように、僕は一発で恋をしたんだ。いや、ものすげえ、かわいいんだってば。 で、ユマが言うには「お母さんが死にそう」。 当然一刻も早くユマの家に行かなくちゃならないのに、ジャックはどうでもいいようなほかの患者を診てまわっている。僕は痺れを切らせて、ジャックを置いてユマの家に向かった。 ユマは馬、僕はバイクだったんだけど、彼女の家は遥か山の中で、たどり着くまでに5時間かかった。ほうほうの体でたどり着いた後、休むまもなく僕はユマのお母さんを診察する。 しかし、カイモク見当がつかない。ユマに聞いても既往歴はないと言うし、これはもう、町の病院まで運ぶしかないかな。と、思っていたら、ジャックが顔を出した。 僕が出るとき、まだ患者は10人くらい残っていたのだから、それから来てこの程度の時間差しかないというのは、相当に単車をぶっ飛ばしてきた証拠だ。この雪の山道を、あの馬鹿でかいアメリカンバイクで。 するとジャックは、いきなりオペの準備をはじめた。それでようやく僕は彼がアメリカンバイクに乗っている理由がわかった。簡易無菌室を含めた、手術用具一式を、彼はいつも持ち歩いているのだ。 確かにこれだけの荷物は、オフロードバイクの細いシートには積めない。なんて感心しているうちに、ジャックはあっという間に手術を終わらせた。 のんびりとした口調で、ジャックはユマに「心配ない」と告げる。ユマは、目に見えるほど大きく安心する。それから僕に向かって、ジャックは怒鳴った。 「このバカが。どう診てもこれは糖尿から来るものだろうが?ユマの母親は糖尿を持っているんだよ」 「え?でも、ユマはそんなことヒトコトも」 「もちろん何回も説明したさ。でも、ここいらの山の人々は、そんな病気自体をよく知らないんだ。この人はたまたま発症したけれど、基本的に成人病とは無縁の人々だからな」 「それじゃ何で……」 「俺が知っていたかって?あたりまえだ、俺はこの人の主治医だ。他の患者を診てまわってからでも間に合うと思ったから、先に彼らを診たんだよ。いいか?チェックポイントを回るだけの、オリエンテーリングみたいな診療をする気なら、何度も言ったようにいつでも帰れ!」 僕はココでようやく理解した。彼が、あんなに怒っていた理由を。 僕が言った「効率」は僕の効率だ。でも、彼の言う効率は患者さん側から見た効率なのだ。巡回の効率ではなく、疾患の重度を優先したまわり方だったのだ。考えてみればあたりまえのことだ。 でも、僕は自分の都合ばかりを見て、患者さんのことをおろそかにしていた。研修や、大病院に勤めていたせいだとは言わないが、しかし、そういう惰性的なルーティン思考が身についていたことは間違いないだろう。 ジャックはそれに対して激怒し、「死ね」と言ったのだ。僕は恥ずかしさで顔を上げられなかった。
その晩僕らは、ユマの家に泊めてもらうことになった。昼間の衝撃があって僕は眠れずに、満天の星空の中、ゲルを出て立ち尽くす。泣けてくるほど美しい空を見ながら独りごちた。 「僕は医者になりたかったんだ。点数を稼ぐんでもなく、箔をつけたり金を稼いだりでもなく、ただ、人を癒す仕事をしたかったんだ。コータ先生のように」 コータ先生は、僕の先天的な疾患を治してくれた恩人である。 私生活はめちゃくちゃなのに、医師としては最高の腕を持つ型破りな先生だ。彼を目指して医療業界に入った僕は、しかし、いつのまにか権威や効率や利益といった毒に犯されて、最初の目的を見失っていたのかもしれない。 「医師失格だなぁ……」 つぶやいた僕の独り言に、ジャックの声が返ってきた。 「そうでもねえさ。そうやって自分を疑いつづけているうちはな」 驚いて振り返ると、出会って初めて、ジャックは満面の笑みを浮かべていた。戸惑っている僕に、 「せっかくこんな厄介な道を目指したんだ。ここで学べることは学んでいくといい。最先端機器もないし、難解な症例もないけれど、医療人として一番大切にしなければならないことだけはたくさん学べる」 僕はしばらく考えてから、この軽薄そうな、しかし僕がであった中では、いちばん医療のことを真剣に考えている男に向かって言った。 「患者の求めているものを与える、ですね?」 最高にシンプルで、最高に深く難しい、いちばん基本的な医療人への命題。 こんなものはあくまで理想だと突っぱねてきた。でも、世界で一番厄介な場所で、世界でいちばん患者のことを考えて駆けずり回っている、この男の前でなら、すごく素直に言うことが出来る。 僕は、人の痛みをなくすために、この道を選んだのだ。 くさいだの、建前だの、言いたい奴は言えばいいさ。僕は心の底から胸を張って、堂々と答えるよ。これが僕の天職なんだってね。 それから三ヵ月後、ジャックは去っていった。 僕はといえば、あのときのジャックのように、僕の担当地区を駆けずり回っている。今年でちょうど15年だ。三年の任期が終わったとき、僕は迷わず期間延期の届を出したのさ。こんなところに好んでくる奴はそうそういないから、僕の願いはすぐに受理された。 いや、そりゃね。ユマのことがないとは言わないよ? 彼女は今では僕のかわいい妻だ。任期が来たときにはすでに結婚式も終わっていたし、ユマのおなかの中には僕らの子供がいた。それももちろん、この地に僕をとどめた理由ではある。 だけど、もっと大きな理由は、ここが僕の医療人としての原点を思い出させてくれたところだからなんだ。そして、金や権力に魅せられていたころの自分を恥ずかしく思える、僕の心の灯台であり道しるべなのさ。 僕はジャックの後を継いで、世界でいちばん厄介なこの地に骨をうずめるつもりだ。 え?ジャック? ああ、彼は元気だよ。今でも一級の治療家としてがんばってる。 どこにいるかって? 世界でもっとも危険な場所さ。 彼は今、紛争まっただ中の中東で、ひとりでも多くの命を救うために働いている。もともと彼はあそこで働きたがっていたからね。 彼は、自分が戦場を求めていることを知っていた。たまたま配属されたモンゴル地区で、一生懸命がんばってはいたけれど、もっと切羽詰った人たちを救いたくてしょうがなかったんだ。 戦場なんて、モンゴル以上に行きたがる人はいなかったから、そこにずっといるという条件で、国際医師会に渡りをつけたんだそうだ。そして後任に、わざわざ僕を指名して選んだってコトらしい。後で聞いた話だけど。
ある日、何で僕を選んだかって聞いたら、彼は笑って答えたよ。 「昔、シティの美術館で、おまえの絵を見たのさ。サラリーマンドクターばっかりで気の利いた後任が見つからず困っていた俺の頭に、あの時のおまえの絵が浮かんだんだ。それで国際医師会に連絡した。あの時のキールってガキは医師になっているか?ってな」 「それだけ?」 「ああ。もちろん評論家の言っている、クソみたいな理由に感動したからじゃない。おまえの絵と文字はまっすぐだった。ガキの頃まっすぐに生きてた奴は、後でどれだけ駆け引きや小細工を覚えても、いずれはまっすぐに生きるものなんだよ」 「そんなもんかな?しっかし、それだけでよく僕を選んだね?あの頃の僕は、間違いなくジャックのいちばん嫌いな部類のドクターだったろうに。あんな賞を取った絵一枚で、そこまで信用できるものなのかい?ま、結果的には正解だったんだけどさ」 茶化しながら言った僕に、ジャックは少し照れくさそうに笑う。 「俺も昔、同じ賞を取ったことがあるんだよ」 おどろいてジャックを見たら、彼は恥ずかしそうに下を向いた。 その様子が何だかヤケにおかしくて、僕は思わず吹き出す。 つられてジャックも笑い出した。 僕らは、モンゴルの果てしない大地と、抜けるような青い空の下で、いつまでも大声で笑いつづけた。 |