easy come easy go

人間の全ては、数値に置き換えることが出来る。

簡単なところで言えばDNAから始まって、いちばん難しいといわれる「個性」や「気まぐれ」さえ、最終的には1と0の数字の羅列に変換できる。

もちろんその数は膨大だ。

一ミリ角の大きさの1と0を並べれば、地球と冥王星を往復できるほどのデータ量である。それでも、「出来る」ことは出来るのだ。その膨大な1と0を読み取って、処理して、変換できる装置が完成したのだ。だれって、もちろん今世紀最大の天才である私の手によって。

もちろん疑問は残るだろう。たとえば自分を数値に置き換え、それに基づいて構築した生物は、外見上どころか細かな部分全てにおいて、自分とまったく差異はない。では、果たしてどちらが本物の自分なのか?

案ずることはない。

1と0に置き換えられたそのデータの最後の1か0が与えられた瞬間、あなたの意識は突然広がり、四つの目でものを見ることになるのだ。つまり、幾つの自分をコピーしても、意識は常にひとつなのである。

漫画のように、別の自分とケンカしたり話し合うことは出来ない。コピーが出来た瞬間に、コピーされたものの意識は二つの肉体のを持つことになるだけで、別の自分と言うものは認識できないのだから。

わかりやすく言えば、コピーを作れば作っただけ、自分の肉体が大きくなるような感じを覚えるのである。極端に言えば、各都道府県に自分のコピーを作った瞬間、その人間は日本中に広がったバカでかい自分を感じるだけなのである。

一度読み込んでしまいさえすれば、そのコピーを作ることはたやすい。そして、例えひと組みでもそのデータが残ってさえいれば、少なくとも感覚的には、永遠に生きられるのだ。

もしコピーを作って、たとえ自分とそっくりでも、それが違う意識をもっていれば、それを自分自身と認めたがる人間はいない。しかし実際はそうではなく、コピーを作った瞬間に意識が広がるだけなのだ。

たとえばNと言う意識とAとBと言う二つの肉体があって、Aがオリジナルだとする。そこでBに最後の1か0が組み込まれた瞬間、Nの感覚としては突然自分が大きくなったような気がするだけで、別の人格が生まれると言うわけではないのだ。

だから、そのあとAが破棄されBだけになったとしても、Nの主観としては体が小さくなったと言うだけで、取り立てて変化を感じない。この瞬間、NはAからBへ生まれ変わったわけだが、本人としては何ほどの感慨もないと言う結果になるのだ。

永遠に生命を維持するシステムである。

私はもちろん、自分のコピーを作りまくった。作れば作るだけ、自分の意識は広がり、やがて私は地球の全てを網羅する肉体を持つ、不死の生物となった。

私は世界を手にした快感で、有頂天だった。

 

しかし。

世界中に突然現れた、同じ顔を尾もつ人間の集団。

これほど薄気味悪いものはない。政府や国家が決断を下す前に、人々は本能的な恐怖を感じて、同じ顔を持つ人間たちを、よってたかって殺し始めた。

つまり、私の分身を、だ。

痛い、痛い、痛い。

あれから私は、絶え間ない苦痛の中で、しかし意識を失うことも、正気を失うことも出来ずに生きつづけている。体が世界中に広がった感覚があるとは言え、個体一つ一つが受ける刺激は、ひとりのときと変わらない。

私の存在に気付き、それに不快を感じるものたちは、今日もどこかで私を殺す。そのたびに私は、毎回同じだけの恐怖と苦痛を得るのだ。ひどいときには、数時間ぶっ続けで殺されることもある。

それでも私は、自分のコピーを止めなかった。

やめれば永遠の命を失うから?

それもある。

しかし、いちばんの理由は、死の苦痛や恐怖と同じくらい頻繁かつ大量に送られてくる、性的快感のためだ。

死の恐怖と苦痛、絶え間ない性的絶頂感。

私は常に、イキながら死んでいるのだ。

ああ、最高だ。

ああ、最悪だ。

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