| ハンプティ・ダンプティ |
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Humpty Dumpty sat on a wall,
Humpty Dumpty had a great fall.
All the king's horses,
And all the king's men,
Couldn't put Humpty together again.
気が遠くなってきた。 自分の顔から血の気が引いてゆくのが判る。 くそっ、血を流しすぎたか。俺は気を抜けばふっと向こう側へ行ってしまいそうになる意識と、歯を食いしばって戦っていた。 ここで気を失うわけにはゆかない。そう言い聞かせながら視線を落とすと、手の中のハンプティ・ダンプティがその気迫に、にぶい銀光で答える。 人の血を吸えば吸っただけ輝きを増す、悪魔の銃ハンプティ・ダンプティ。復讐者にはぴったりの相棒だ。俺は血まみれの顔でにやりと笑った。 途端に、ごふっと血を吐き出す。どうやら長くはないらしいな。しかし、まだ死ぬわけにはいかない。ライアンをしとめるまでは。シーラの復讐を果たすまでは。 俺の脳裏に、シーラの笑顔が浮かぶ。 シーラ。愛するシーラ。 風の便りにレイモンドと結婚したことを聞いた。悲しいが、それでいい。レイモンドはシーラを幸せにしてくれるだろう。俺は復讐を果たす。俺なりの結末の付け方だ。 俺は肩で息をしながら、小さく微笑んだ。それが凄惨な笑みだと言うことは、自分でもよくわかる。ハンプティ・ダンプティを持つにふさわしい、悪魔の笑顔だろう。 するとまた、あの日のことが思い出される。 忘れたくても忘れられない記憶だ。 俺、レイモンド、シーラの三人は、幼馴染(おさななじみ)だった。ふたりともシーラに惚れていた。レイモンドは動く前に先に考え、俺は動いてから考える。 ふたりともお互いのシーラに対する気持ちは知っていたが、それを口にすることはなかった。そしてシーラは、ふたりに対していつも同じ微笑を見せてくれた。 三人とも、この穏やかで心地よい関係が永遠に続くと思っていた。 しかし、事件は起こる。 ゴロツキ のライアンが、単なる気まぐれで、目に付いた女を犯した。それはライアンにとっては日常のことだったが、犯されたシーラと、レイモンド、俺にとっては、恐ろしい悲劇だ。 シーラは死を決意した。 俺は怒り狂った。 レイモンドは黙ったままシーラのそばにいた。 死のうとしたシーラを、レイモンドは抱きしめる。俺は彼女を襲ったライアンたちの行方を調べる。シーラはレイモンドの腕の中で眠り、俺はひとり敵(かたき)を追い始めた。 誰に頼まれたことでもない。 俺が俺としてあるために、戦う道を取ったのだ。 レイモンドは穏やかにシーラのそばで微笑んでいたが、俺にそんなまねはできない。レイモンドは守る人間で、俺は攻める人間だということなんだろう。 とにかく俺にとっては、シーラを襲った連中すべてが、復讐の対象なのだ。 シーラを襲ったライアンとその一味は全部で7人。 俺はこれまでに、そのうち4人を葬った。一人一人生活パターンを調べ、決して邪魔の入らない場所や方法を模索する。状況が整ったとき、電光石火で攻撃を仕掛ける。 4人を始末するのに、丸々一年かかった。 しかし、それももうすぐ終わりだ。残りのうちふたり殺せば、あとは簡単。もう、捕まることを恐れる必要はないのだから。最後の一人、ライアンを殺して、俺の復讐劇は幕を閉じる。 しかし、ライアンたちもまるっきりバカではない。 彼らはボディガードを雇い、身辺を強固に警備させた。おかげで俺の捨て身の攻撃は失敗し、こうして血を流しながら、命からがら逃げて来る羽目になった。 しかし、あきらめるつもりは毛頭ない。 俺は内ポケットからシーラの写真を取り出し、じっと見つめながら、復讐の炎を再燃させた。
ハンプティ・ダンプティの強力な弾丸が、男の胸に吸い込まれる。次の瞬間、まるで爆薬でも詰めたかのように、男の胸は弾けた。飛び散った内臓が、俺の足元にまで転がってくる。 俺はそれを踏みつけると、ライアンが隠れているはずの部屋に向かった。ほかのヤツラはすべて殺した。あとはライアンを討ち取るだけ。 扉の前に立つと、俺は深呼吸する。 それからおもむろに拳銃をドアノブに向けると、バンバンと連射した。魔銃ハンプティ・ダンプティの凶弾はドアノブごと扉を吹き飛ばし、大穴を開ける。 ぶらぶらになった扉を蹴飛ばして、俺は部屋の中に飛び込んだ。 大きな机の向こうにライアンが真っ青な顔をして立っている。しかしライアンに弾丸を撃ち込もうとした俺は、すぐそばに人の気配を感じて横っ飛びに転がった。が、すでに遅く、 そいつの放った弾丸は俺の左腕を貫いた。 俺はそれでも銃を離さず、起き上がりながら銃口をその人影に向ける。そしてそのまま凍りついてしまった。思いもかけない顔が、そこにあったからだ。 「レイモンド? なぜここに?」 「おまえにこの男を殺させるわけには行かないからだ」 あまりのことにパニックを起こしかけていた俺は、しかし、数瞬で正気を取り戻した。脳裏に、この状況を説明する、驚くべき真相が走ったからだ。 「ま、まさか……おまえがたくらんだ事だったのか? おまえがこいつらにシーラを襲わせたのか?」 まず、戸惑い。 それから、ハラワタを喰いちぎられそうなほど強烈な怒りが、俺の全身を満たす。レイモンドは俺の視線をさらりと流し、ライアンに向かって言った。 「ライアン。ここは俺に任せて、早く逃げなさい」 ライアンはうなずくと、一目散に逃げ出す。あわてて後を追おうとした俺の右脚に、レイモンドの弾丸が突き刺さる。思わず悲鳴を上げて転がった俺を、レイモンドが上から踏みつけた。 俺はレイモンドをにらみつける。殺せるなら、にらみ殺してしまいたい! この外道を撃ち殺したい! 「キサマ……レイモンド……このド外道が……ぐあっ!!」 レイモンドが俺の傷口を踏みつけた。 「黙れよ、ジェイル」 「うるせえ! このクソ野郎! まさかてめえが裏で糸を弾いていたとはな! あれもこれも、すべてシーラを手に入れるための算段だったってことか。このクソ野郎……うぐぁっ!」 レイモンドは、傷の上にさらに体重をかけて、踏みにじりながら言う。 「黙れと言ったろう? はらわたが煮えくり返っているのは、むしろこっちなんだよ。てめえのおかげで、何もかも台無しになるところだった」 レイモンドは俺をにらみ、俺はレイモンドをにらみつける。 俺の食いしばった歯の間からは数条の血が流れ出し、体中が爆発しそうに高まった内圧で熱くなる。ぎりぎりと歯を鳴らしながら、俺は純粋な怒りの塊になっていた。 と、レイモンドは銃を俺の口に突っ込む。銃身は俺の歯を叩き割り、のどの奥に突き刺さった。俺は、げえ、と血を吐き出した。レイモンドはかまわず銃口をのどの奥にねじ込みながら、叫ぶ。 「この馬鹿が! てめえがあちこちでライアンの手下をぶっ殺してたせいで、あいつは異常に用心深くなった。おかげで俺がライアンのフトコロにもぐりこむのに、一年もかかっちまったんだぞ? 判ってるのか、この単細胞が」 話の様子がおかしくなったため、のどに銃身を突っ込まれて動けなくなりながらも、俺は少し冷静さを取り戻した。そこへレイモンドが畳み掛ける。 「シーラにあんなことをされて、銃で撃ち殺して終わりか? てめえはそれでいいかもしれないが、俺やシーラはそのくらいじゃ気がすまないんだよ! てめえのひとり勝手な3流アクション映画気取りで、俺達の計画まで台無しにされてたまるか」 俺は銃を突っ込まれて満足にしゃべれないため、もごもごと口を動かした。レイモンドは少し落ち着いたのか、俺ののどから銃を引っこ抜いた。たまった血を吐き出しながら俺は聞き返す。 「どういうことだ? おまえとシーラの計画ってのはなんだ?」 レイモンドはそこで、怒りを噛み締める表情を見せる。 「てめえは結局、てめえ自身のことしか考えてないんだよ。だから調子こいて次々にヤツラをぶっ殺したんだ。英雄気取りでよ」 「俺は英雄だなんて思ってない。ただ、シーラの敵(かたき)を……」 「黙れバカ。あの時一番傷ついたのはシーラなんだ。あの時するべきことは、シーラのそばにいてやることだったんだ。シーラは死のうとしていたんだから、彼女のことを思うなら、彼女が冷静になるまで、そばにいてやることだったんだよ」 「しかし、それはお前がやっていた。だから俺は彼女の敵(かたき)を……」 これにレイモンドは激昂する。 「シーラがそばにいて欲しかったのは、おまえだったんだ! いいか? おまえだったんだよ!」 レイモンドは泣いていた。 「俺は彼女のそばにいた。彼女のためなら何でもした。やがて彼女は少しずつ傷を癒し、俺に感謝してくれた。だけど! それでも! 彼女がそばにいて欲しかったのは、おまえだったんだ!」 俺は唖然としてレイモンドの顔を見つめる。 「わかるか? わかるかよ? 彼女のためにライアンたちへの怒りを抑えて、愛されないのがわかりながらも尽くし続けた、俺の惨めな気持ちが! 一番そばにいてほしい人間にいてもらえず、俺の気持ちに応えられないのに、それでも俺を頼りにしなくてはならなかった、彼女のどうしようもない切なさが! おまえにわかるかよ? 」 「レイモンド……」 レイモンドはさらに強く傷を踏みつけ、修羅の形相になる。 「気安く呼ぶな!」 それから、気を取り直したのか、心もち冷静になって話を続けた。 「俺とシーラは、似たもの同士だ。愛するものに傷つけられた。しかしひとつだけ違うのは、彼女は俺に感謝しても愛せないことをきちんと言ってくれたし、それが俺を傷つけていることも知っている。ところがおまえは、彼女の気持ちを無視したどころか、彼女を傷つけていることにさえ気づかず、自分勝手に英雄気取りではしゃぎまわってるだけなんだ」 話しているうちにまた激昂してきたのか、レイモンドの瞳から涙があふれていた。それでも口調だけは、あくまでも淡々としている。 「俺とシーラは考えた。シーラは俺と結婚し、昔のことなど忘れたふりをした。俺はシーラのことなどおくびにも出さず、ライアンの配下にもぐりこんだ。忠誠を尽くすマネをし、彼の信頼を勝ち得た。そして、下準備がようやく整ったところだったんだ」 「し、下準備?」 ぐりっと銃傷を踏みつけ、俺に悲鳴を上げさせてから、レイモンドは答えた。 「そうだ。ヤツの仕事、プライベート、そのほかすべてを把握した。俺とシーラの復讐は、これから始まるんだ。真綿で首を絞めるように、じわじわと周りから攻め込んで、ライアンを破滅させる。簡単には殺さない。この世の地獄を味わってもらわなくてはな。それが俺とシーラの計画なんだ」 つまり、俺は彼らの周到な計画をぶち壊しにする、ただの邪魔者だったということか。俺は驚愕に目を見開いた。 「もう、すべては整った。おまえは邪魔なだけだ。ただ闇雲に銃を振り回して暴れ、シーラの無念を弾丸一発で終わらせるなんて事は、俺が絶対に許さない」 俺は完全に打ちのめされ、力を抜いた。 なんてことだ。今までのことがまるっきり無駄だったどころか、シーラの邪魔にさえなっていたとは。 しかし、レイモンドの言うことの、正しさは判った。 俺はあの時、真っ先にシーラを見るべきだった。それなのに、俺の視線はあれからずっと、ライアンとその一味だけに注がれていた。確かに、俺はシーラより自分の気持ちを優先したんだ。 彼女のためと言いながら、自分のために復讐していたんだ。 俺は自嘲の笑いを浮かべながら、レイモンドに言った。 「わかった。俺が間違っていた。殺してくれ」 レイモンドはにやりと笑うと、銃を引っ込める。 「冗談じゃない。そう簡単に楽にしてやるものか。おまえは今や、ライアンたちと同じくらい、いや、それ以上に許せない敵だからな。おまえがシーラに付けた傷の分、しっかり苦しんでもらうよ」 そういってレイモンドはケタケタと高笑いした。その瞳には、狂気が宿っている。俺はレイモンドを見つめながら、すべてに疲れきっていた。 「もう、何もかも遅いんだ」 そう吐きすてると、レイモンドはくるりときびすを返した。 そのうしろ姿が扉の向こうに消えた後、俺はうつろな心を抱いて転がっている。すべてが徒労だったと言う絶望と、シーラを傷つけた後悔に身動きできず、ただそこに転がっている。 やがて、大きくため息をついた。 もはや、やるべきことはひとつ。 なあに、簡単なことだ。 俺はゆっくりと右手を持ち上げた。 銃口は静かに静かに、俺自身の頭へ向かって鎌首をもたげる。 凶銃ハンプティ・ダンプティが今までで一番輝いた。 俺の唇は、うっすらと微笑んだ。 そして……
ぱん!
Couldn't put Humpty together again. (詩訳 谷川俊太郎) |