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| 「おう、後輩!なにやってるんだ?」 「なんだ、先輩ですか。また暇つぶしに来たんですか?」 あきれたような声を上げて、後輩の科学者が言った。遊び人風の先輩は、ニヤニヤしながら近寄ってくる。 「まーな。つーかさ、最近、自分のホームページを作ったんだよ。それをお前に見せてやろうと思ってな」 「へえ、そうなんですか。じゃあ、見てみましょう。URLは?」 「知らん。んなもの、ソラで覚えてるわけがなかろう。いいからコンピュータを俺に貸せ。ちょちょいのちょい、っと。ほら、これだ」 「へえ、日記サイトですか……ってなんだこれ? 全然コンテンツがないじゃないですか。ここ3日分の日記だけですか?」 「うるさいなぁ、これから作るんだよ」 「つーか、とりあえず、もう少し出来上がってからアップしたほうがいいですよ? あーあ、こんな無駄に画像ばっかり使って。これじゃあ、重くて仕方ないじゃないですか。ADSL接続で表示にこんなにじゃ間がかかるんじゃ、手軽さが命のテキストサイトとしては致命的ですよ?」 「えーそうなの? 最終的にはトップページに派手なフラッシュを置こうと思ってるんだけど」 「だめですよ。イメージ優先の企業サイトじゃないんだから。ちんたらロードなんかして、中身がこんな日記だけじゃ、誰も見てくれませんって。うわぁ、ひどいな、このソース。ごみタグばっかりじゃないですか。もう少し無駄なタグを削って……」 「ち、うるさいやつだ。まあ、いい。それよりこれは何だ? ロボットか?」 先輩の指した先には、寸胴の身体にボールのような顔をした、不細工なロボットらしきものが置かれている。 「ええ、そうです。新しい理論で動くロボットを作ったんですよ」 「ふうん。新しい理論ね。まあ、説明されても俺にはわからないから、余計な説明はしなくていいぞ?」 「これだ。ひどいなぁ。でもね、これはすごいんですよ? 先輩でもプログラムできるんです。画期的なロボットなんですから」 「だって俺、プログラムなんてビタイチわからねえぞ? なんたってコンピュータはじめてまだ3ヶ月だからな。このホームページだって、作るのに3日もかかったんだし」 「こんなのに3日もかかったんですか? まあ、でも最初はそれが楽しいんですよね。つーか大丈夫ですよ。誰でも簡単に扱える、スーパーロボットですから」 「へえ、どうやって?」 「このロボットはなんと! ハイパーテキストマークアップランゲージで動くんですよ! すごいでしょう?」 「すごいでしょう? って言われてもなぁ。あのよ、俺はシロートなんだから、もうちっとわかりやすい表現をしてくれないかね?」 「先輩もよく知ってるハズなんだけどなぁ。あれですよ、つまりHTML言語で動くんです」 「なに? なに言ってんの? HTML? それってホームページ作る時に使う、あれ?」 「そうですよ? 画期的でしょう?」 「いや、意味がわかんねえ。HTMLったら、タグを挿入して、テキストのデザインを変えるあれのことだよな? 同じ名前のプログラム言語とかじゃなくて?」 「ええ、そのとおりです。その「タグ」で動くんですよ、こいつは」 「HTMLとロボットと、いったい何の関係があるんだ? カイモク意味がわからん」 「ま、やって見せましょう。そのほうが早い」 科学者はそう言うと、ロボットにコンピュータをつないだ。画面にテキストエディタが立ち上がり、ソースリストが表示される。 「これがこいつのソースです。いいですか、たとえばこの部分に<B>というタグを挿入します。なんだか知ってます?」 「知ってるよ。フォントを太文字にするタグだ」 「そのとおり。では、こうやってこの部分に<B>を挿入して、ここで</B>で閉じる、と。それから、上書き保存して更新っと」 科学者が更新ボタンを押すと、突然、ロボットからウインウインと音が鳴り、右腕の部分が太くなった。 「ね?」 うれしそうに笑う科学者のわきで、先輩はあっけに取られたままその様子に見入っている。やがてすべてを理解したのか、先輩は科学者に向かって満面の笑みを見せた。 「おぉ! すごいじゃないか。どういう理屈なのかはわからんが、これなら俺にも簡単に使えそうだ」 「ま、そう簡単でもないんですがね。このロボット特有のタグもありますし。でも、とりあえず普通のタグを知っていれば、思い通りにカスタムすることはできますよ」 「わかった! 買う、買うよ。売ってくれ」 「そうせっつかなくても、あげますよ。その代わり、モニターとして週に二回、感想や不具合を報告してください」 「おーげー! 任せろ。やっべ、すげえ面白そう」 「先輩、最近コンピュータ覚えたばかりなんでしょう? サイトもHTMLエディターで書いてるみたいじゃないですか。ごみタグとか閉じわすれとか、あと初歩的なミスにも気をつけてくださいね? なんたって、作った僕にも、まだ何がどうなるかカイモク見当がつかないんですから」 「わーったよ。任せとけ!」 「心配だなぁ……」 「さて、早速タグを入れて遊んでみよう。まずは……そうだ」 先輩は顔の部分と思しきソースをテーブルタグで囲み、範囲を指定する。そして、更新ボタンを押すと、突然、ロボットの顔が球形から、長方形になった。 「おぉ! こりゃ面白い。テーブルを複雑にすれば、もっと変な形にできるな。よし、今度は色だ」 先輩はタグを挿入して、ロボットの色を次々と変えてゆく。さらに、画像挿入タグで、ロボットの外観に写真を貼り付けたりした。そして写真の凹凸の通りに、ロボットの形を変えてゆく。 「おう! これで顔がアイドル歌手になった。今度は体の外観を変えよう」 ぶつぶつといいながら作業を進めるうちに、ロボットはだんだん曲線的な体つきになる。さらに先輩が画像を指定し更新ボタンを押すと、裸の女の身体に、アイドル歌手の顔を持つロボットが出来上がった。 「どうだ! 完璧な立体アイコラだ」 「あきれてものも言えません。なんでそう、ろくでもないことを思いつくんですかね? 先輩の頭の中身のソースを見てみたい」 「お前が言うと、本当にできそうだから、やめれ。つーかね、誰でも最初にやるのはこれだと思うぞ? これができるってのが、このロボットを普及させる、大いなる原動力になるのだ。かつてビディオデッキやコンピュータがエロパワーで蔓延したがごとく」 「ものすごく自信満々でそう言い切られると、なんだかそんな気になってきますよ。とにかくそのまま表に出さないでくださいね? 肖像権だか著作権だかの問題が出てきそうだから」 「あたぼうよ! 何のためにこんなものを作ったと思うんだ? どう考えても、自宅でひそかに楽しむ以外、使い道がないだろうが」 「頭の中身が、ものすごくエロに限定されてるんですね? ヒトによってはVIPの影武者にするとか、ファッションモデルにするとか、美容院なんかで鏡の変わりにヒトの姿を3Dで見せるために使うとか、もっと気の利いたことを考えると思いますが」 「なるほど、そういう使い方もあるか。しかし、そんなのはツマランな。やっぱりここは、よりグレードの高い3Dアイコラの製作こそ、平和的、人道的、かつ高尚な使い方だと思うぞ?」 「まあ、平和だってのは間違いないでしょうが」 「うるさい。つーかあれだな。俺的には、髪はやっぱり黒髪だな」 「あ、先輩、気をつけてくださいね? ちゃんとタグを……」 ロボットの頭を構成するソースにカラー指定をして、先輩は更新ボタンを押した。 と。 あっという間に目の前が真っ暗になる。 「あぁ、なんだぁ?」 「あー! 大変だぁ! 先輩! なにやってるんですか! だからあれほど言ったでしょう!」 「なんだ? 何が起こったんだ?」 「タグの閉じ忘れですよ! ちゃんと閉じないから、ぜんぶブラックで指定されちゃったんです!」 「ロボットだけじゃないのか? なんで俺たちまで真っ黒なんだ?」 「わかりませんよ! だから言ったでしょう? このシステムは、作った僕にもわからないところが多いんですって!」 「とりあえず、どうしたらいい?」 「カーソルの位置を動かさないように今の位置から、バックスペースでタグを削ってください。慎重に! 僕は先輩がどこにいるのか、ぜんぜんわからないんで、手伝えませんからね?」 「わかった……って、バックスペースってキーボードのどの辺にあるの? 俺、自慢じゃないけど、ブラインドタッチできないんだよ」 「ホントに自慢になりませんよ。エンターの上です」 「えーと。この大きいのがエンターか。んじゃ、この上のこれだな? カチカチカチと、これで更新すればいいんだな? おりゃ!」 ぱっとあたりが明るくなる。 「ああ、よかった。ホントびっくりした」 「まったく、気をつけてくださいよ」 「でもよ、あれだな。このロボットはタグの効果を、周りの世界にも反映させられるんだな」 「ええ、そうみたいですね。これはもう少し研究してみる価値があるな。面白い」 「ほれみろ、俺が失敗したから、こんな効果も知ることができたんだぞ? な? 失敗は成功のもとって言うだろ?」 「なんか納得いかないけど、確かに僕なら、こんな初歩的な失敗はしませんからね。偶然とはいえ、先輩のおかげです」 「もう少し素直にほめられないものかね? ま、いいや。ひとつ面白いことを考え付いた」 「ま、待ってください。そうやって調子に乗って余計なことをすると、また何が起こるかわからないですよ」 「心配するな。ものすげ金儲けにつながる、エクセレントなことを思いついた」 「だめです! どうせろくなことじゃないんでしょう?」 「バカを言うな。一攫千金は間違いないってグレートな案だぞ? タグを閉じなければ、そのタグの効果がこの世界にまで反映されるんだから、たとえばこの一万円札……は同じ番号じゃ使えないから、なんか金儲けできるものは……お、そうだ。このビールを……」 「あー! 無限ループのタグなんか使っちゃだめー!」
科学者の悲鳴と共に、世界はビールの海に沈んだ。 もちろん今度は、どうすることもできない。
なぜなら、コンピュータはビールに弱いのである。 |