時間の止め方

俺は時間を止められる。

おっと、逃げなくていい。別に頭がおかしいわけじゃないから。その証拠に、今から解りやすく説明するよ。

時間を止めるったって、マンガの主人公みたいに時間を止めて、その間に好き勝手できるってワケじゃない。俺には猫型ロボットの友人もいないし、石仮面をかぶったコトもないからな。

時間をゆっくり進ませる方法ってわかるか?

すごく簡単なことだ。脳を速く働かせればいいんだよ。例えば、他の人が十分かかる道を五分で歩けば、周りの人の動きが遅く見えるだろう?一分で走れば、歩いてるやつなんかとまって見える。

身体を速く動かすには限界があるけど、思考というのは脳の電気的、化学的な反応だから、かなり光速に近いところまで速度を上げることができるんだ。そして俺はそれができる。だから、俺は時間が止められるというわけさ。

なぁんだ、って感じだろう?確かに止まった時間の中で動けるわけじゃないから、マンガみたいに色んなことができるわけじゃない。つーか、あんなことができたら世界を征服できるよ。

でも、高速思考というのも、これでなかなか使い道が多くてね。

パニックになるコトがまずない。そりゃあそうさ。とりあえず時間を止めてから、ゆっくり考えればいいんだから。だから俺は、反射神経を使うゲームとか、制限時間があるゲームなんか大得意なのさ。

もちろん仕事だってドンと来いだ。なんたって俺には時間が無限にあるんだから、企画だろうがアイディアだろうが、充分に時間をかけて練ったものを提出できる。まさにエリート街道まっしぐらさ。

だが、あの子の気持ちだけは別だ。

誰ってもちろん、俺の恋人さ。彼女の気持ちが、同僚の男に傾き始めていたことは俺も気がついていた。俺は、時間を止める能力のおかげで、傍目には完璧な人間だから、彼女も失敗が出来なくて緊張していたんだろう。

それで、あの失敗ばっかりしてるダメ男に惹かれたのかもしれない。まあ、そんな経緯はどうだっていい。問題は、彼女をこんなダメ男に奪われたってコトなんだ。俺の自尊心の問題さ。

よりによってこいつかよ!ってな気持ちがあったことは確かだ。それで俺は、奴のところに行って決着をつけようとした。ところがこいつがまた心底ダメ男で、逃げ口上ばかりでちゃんと話し合いさえ出来ない。

挙句の果てに、俺がトイレに行っている隙に、彼女に電話までしやがった。助けてくれ〜ってなバカ電話さ。まったく情けないコトこの上ない。

が、彼女はそれをまに受けたらしくて、あろうコトか警察に電話しやがった。そんなこととは知らない俺は、勢いあまってこのダメ男を刺し殺してしまったんだ。

俺の持ったナイフが男の心臓に刺さったと同時に、連絡を受けた警察官が扉をノックした。

当然俺はそこで時間を止める。

で、ゆっくり考えたんだが、どうにもまずいんだよな。だってさ、俺の持ったナイフは今まさに男の心臓に刺されたばかりだ。表には警官。彼女を取り合って俺と男が反目していたのは周知の事実。

これで時間の中で動けるなら、どうにでもしようがあるんだけど、いかんせん止まった時間で動かせるのは、頭の中だけ。

どうにもいい考えが浮かばなくて、俺は自分の主観の時間で、もう一週間ほど、どうしようか考えたまま時間を止めているんだ。まあ、いずれはうまい考えも浮かぶだろうし、それまではこのまま考えつづけるしかないだろうなぁ。

それでさ。まあ、仕方ないことではあるんだけど、ひとつだけどうしてもやりきれないことがあるんだよね。

動かせるのは頭の中だけだから、当然身体の器官すべては固定されたままだろう?それがつらいんだよ。

いや、別に筋肉痛になるとかじゃないんだ。だって、俺の頭の中が高速で動いてるだけで、実際の時間は数秒しかたってないんだから、身体の方は一年だって平気な理屈だろ?

そうじゃなくてつらいのは「俺が刺してる男が、ずっとこっちを見てる」ってコトなんだよね。驚きと、恐怖と、怨嗟の入り混じった、なんともいえない薄気味悪い顔で、俺をひたすらにらんでるんだ。

一週間もそんな顔ににらみ続けられるのは、実際、かなりコタエるんだよ。

うまい考えが浮かぶのと、この薄気味悪く俺をにらむ視線に俺が絶えられなくなるのと……

どっちが先だと思う?

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