| 遠きにありて |
| 「まあ、よくもやってくれたもんだよなぁ、福田よぉ?」 松沢は唇の端を吊り上げ、皮肉な笑顔らしきものを作りながら、福田に向かってそう言った。松沢の手下に取り囲まれて殴る蹴るの暴行にあった福田は、肩で息をしながらキッと睨み返す。 「この街で俺に逆らって、本当に逃げ切れるとでも思っていたのか?俺たちゃプロだぞ?福田ぁおまえ、あんまり舐めた真似しすぎたよ。俺たち本職の顔をつぶして、そのままってわけにはいかねえぜ?覚悟は出来てるんだろうな?」 福田は松沢を睨みつけた。 「なんだ、その顔は?いいか、よく聞けよ福田。俺に逆らうことは許されねえんだよ。あの世に行ってもこれだけは覚えとけ。ここは俺の街なんだってことをな」 福田は睨みつけていた視線をがっくりと落とすと、力なくうなずいた。その様子に松沢の顔がほころぶ。 「そうそう、そうやって素直になんなくちゃいけねえよ。そうすりゃおめえ、最後の望みくらいは聞いてやるってもんだ、げはははは」 松沢の暗い笑いにつられて、周りの連中も下卑た笑い声を上げた。福田は悔しそうに下を向いたまましばらく沈黙していたが、やがて顔を上げると哀願するような口調で言った。 「もう、生きていられるとは思っていないよ。ただ、どうせ死ぬなら故郷の土に還りたい。故郷で殺してくれ」 松沢はしばらく福田の表情を見ていたが、やがてゆっくりとうなずいた。 「いいだろう。故郷の山の中に埋めてやるよ」 福田は手下どもに囲まれて、黒塗りの高級車に乗った。
福田の故郷についた頃には、日が昇り始めていた。福田は車の後部座席でポケットからタバコを出すと、窓を開けながら松沢に聞いた。 「タバコ吸ってもいいか?」 「かまわねえよ。ただ、それ以上窓は開けるなよ?窓から逃げ出されちゃタマらねえからな」 「今更逃げやしないさ」 福田は不敵に笑うと窓を2/3ほど開けて、故郷の懐かしい風景を眺めながらタバコを吸った。畑仕事をしている連中がこちらを見ている。 「おい、窓を閉めろ。人に見られる」 「田舎町だから、高級車が珍しいんだよ。ずいぶん神経質なんだな、松沢さんよ?」 言い終わらないうちに、福田は松沢に殴られた。口の端から血を流しながら福田は黙ってそっぽを向く。やがて車は山の中に入っていった。 ある程度まで登ったあと、一行は車を降りて更に山奥へ向かう。かなり奥まで入りこんで、松沢は足を止めた。 「ここいらでいいだだろう。おい、おめえら穴を掘れ」 福田は自分が埋められる穴が掘られてゆくのを、無表情で眺めていた。そばでは松沢がタバコを吸っている。もちろん吸殻は持参の灰皿に入れて、証拠を残すようなへまはしない。 穴が掘りあがると、松沢はナイフを取り出して福田に近寄った。逃げ出さないように、周りを手下が取り囲んで手足を押さえつける。 「騒がないでくれるのは助かるぜ。猿轡なんて面倒だからな。まあ俺もプロだ。あっという間に楽にしてやるよ」 言いながらナイフを構えたそのとき、銀色の光が疾る。 次の瞬間、松沢の背中に何かが生えていた。 鎌だ。 手下どもが驚いて周りを見回すと、いつのまにか何十人もの男たちに囲まれていた。手下どもは威嚇するまもなく、男たちに寄ってたかってぶちのめされてしまう。 福田はその騒ぎを尻目に、松沢に向かって行った。背中から鎌を生やし、出血多量で青ざめている松沢の顔を眺め、にやりと微笑む。 「松沢さんよ、この町で俺を殺せると思っていたのかい?この町の人間の中にはな、 (東京に行ったはずのフクダ雑貨店の長男坊が、物騒な男たちに連れられていた。遠藤ン家の山ン中に、いかにも不信な黒塗りの高級車が勝手に入っていった) てな話を聞いて黙ってるような薄情者は、ひとりもいねえんだよ。いいか?あの世に行ってもこれだけは覚えとけ。この町は俺の町だってことをな。はははは」 屈強な男たちは松沢とその手下を山の中に埋めてしまうと、早々に山を降りていった。もちろん、福田ン家の長男坊が帰ってきた祝宴の準備をするためである。 男たちを仕切っていたひとりが、福田に近づいてくる。 「福田。こうなりゃ、こっちに帰ってくるしかないぜ?」 「わかってるよ。そのつもりだからこそ、こっちで殺してくれなんていったんだからな。ちっ、そうニヤニヤするな」 「へへ。3年前、俺の事件とき、たまたま帰省していて手伝ってくれたおまえは何て言ったっけ?「俺は絶対そんなドジは踏まねえ!」なんて言ってなかったっけか?」 「ちぇ、つまらねえこと覚えてやがるな。わかったよ。俺が悪かった。ちゃんとこっちで嫁さん貰って、町とこの山を守って行くさ。なんたって、俺たち町の若いもんの秘密がいっぱい詰まった山だからな」 「そう不貞腐れるな。都会にいられなくなった女の子達だって、みんな戻ってきてるんだから。なまじな都会より、この町のほうが綺麗な女が多いんだぜ?みんな一度は都会の水で磨かれてるからな」 「なるほど、そりゃ悪くないな。しかし……この山には一体何人埋まっているんだろう?」 「さあな。100はいるだろうよ。俺も結構、埋めたから」 「それで一度も前のとバッティングしなかったのか?おまえ、墓堀りの才能あるぞ?ははは」 「うるせえや!おまえだってこれからは、やらなくちゃいけねえんだからな?しかし、町長さんもすげえこと考えるよ。俺たちの町の町おこしが、日本中でいちばん上手く行ってるンじゃあないか?」 「ああ、そうだろうな。みんな故郷に帰ればなんとかなると思っているから、向こうでも大胆なことが出来て、結果的には成功してる奴も多いし」 話をしながら山を降りてゆくと、宴会の準備を整えた若い連中がみんな集まって、こっちに向かって手を振っている。みんな、同じ秘密を共有する、絶対的に信頼できる仲間だ。 男はそれに手を振り返しながら、福田に向かってしみじみと言った。 「なあ、福田。故郷っていいな?」 福田は抜けるような青空を見上げて、にっこりと笑う。 「ああ、故郷はいい」 なんの屈託もない、晴れやかな笑顔だった。 |