| 保健所ブルース |
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キルロイがレストランで食後のコーヒーを楽しんでいると、隣の家族連れの方から、けたたましい声が上がった。 何事かとそちらを見れば、化鳥のような奇声を発しているのは、5〜6歳の子供である。キルロイは不愉快そうに舌打ちをしたが、それでも黙ったままコーヒーを飲む。就業時間までは、後5分ほどある。 子供の親は必死に黙らせようとしていたが、何が気に入らないのか、子供の上げる悲鳴はだんだん大きくなる。 隣の席の男が席を立ったところで、キルロイはため息をついて立ち上がる。 立ち上がった男がこちらを見ているので、キルロイはポケットから名刺を出す。 名刺を見た男は黙ってうなずくと、席について食事をし始めた。 キルロイは家族連れに向かって歩き出す。 何人か腰を浮かしかけていた人間は、それを見て席に着いた。 キルロイが近づいてくるのを見ると、子供の父親が申し訳なさそうな顔をして頭を下げた。 「お食事を邪魔して申し訳ありません。今すぐ連れ出しますので、どうかご勘弁ください」 「そうは行かないな」 その答を聞いて、子供の母親らしき女が悲鳴に近い声を上げる。 「そんな。どうかお願いします。すぐに、今すぐに出て行きますから。今日はこの子の誕生日だったんです。騒がないと言う約束でつれてきたのですが……」 「動物と約束すること自体がおかしいんだ」 「そんな……」 「どうもあんたたちは今までツイてたみたいだな。そうやって情にすがれば、人間、誰だって子供だった頃はあるんだし、中には自分の子供を持つ親もいるから、今まではカンベンしてもらえたのかもしれないが」 どうやらキルロイが許さないと言うのはポーズや懲らしめではなく、本気なんだと感じた両親は、これまでの中途半端な謝罪の姿勢を捨てて、本気で謝りはじめた。 「お騒がせしたことは、心から謝罪します。ですからどうか、許してやってください。どうか、保健所だけは」 キルロイは黙ったまま胸のポケットから名刺を出す。 受けとった父親は、その内容を見て血相を変えた。のぞきこんだ母親の顔から、血の気が引いてゆく。 「そんな……あなたは保健所の職員」 「そのとおり。そして私がここにいるのは偶然じゃない」 おびえきった両親のただならぬ様子に、騒いでいた子供も息を飲んで、キルロイの顔を見上げる。無邪気な可愛らしい顔だが、キルロイの心にはさざなみさえ立たない。 「お宅の子供は、どうも躾(しつけ)がなってないみたいだな。今までは懇意にしている園長がもみ消していたようだが、今度は相手が悪かった。昨日の午後、その子供に腕を噛まれた先生が、保健所に届出を出したよ」 キルロイの言葉に、両親は一瞬固まる。それから絶望的な声を上げた。 「ああ、そんな……」 そんな様子にはかまわず、キルロイは腕時計を見る。ちょうど時間だった。 「今ちょうど、私の就業時間に入った。保険所員として勧告する。本日夕方5時までに、あなたの長男を保健所までつれてくるように。5時を過ぎた場合、強制的に捕獲する」 がっくりとうなだれた両親に命令書を手渡すと、キルロイはレストランを後にした。
未成年の犯罪があまりに増加し、もはや現行の少年法だけで対処できなくなった政府は、ついに少年法の改正に着手した。 新しい法律によって、15歳以上の子供には成人と同じ刑法が適用されることになったのだ。しかし、情報過多の社会では、その程度の甘い法律の効果はたがが知れていた。 それならと言うことで、15歳以下の犯罪が激増したのである。刑法が適用される前に、やりたい事をやっておけなどと言う愚かな者が増えた。根本的に何かを勘違いしたこれらの未成年を甘やかすことを、ついに社会は許さなくなった。 5年前、新少年法が適用されるようになり、15歳以下の子供は動物とほぼ同じ扱いになったのである。 殺しても器物破損になると言うわけではないが、それ以外の扱いとしてはほぼ動物に準じることになる。管轄は保健所に移り、人に害をなした子供は、捕獲され、場合によっては薬殺された。 親が責任を取れない以上、国が責任を取るのである。 もちろん反対する声は爆発的に多かったが、それ以上に未成年犯罪の犠牲者になった者たちやその家族の支持は、絶大なものだった。そしてその声は、あまりに多すぎたのだ。 子供の人権を叫ぶ声は、殺された者の人権を叫ぶ声の前に屈した。
キルロイはリストを見ながら、ため息をついた。 時間は深夜。 今日最後のターゲットは、この時間にならないと巣穴から出てこない。両親も協力して巣穴……つまり潜伏先を隠そうとしているが、簡単に人を殺すような子供が、いつまでもひとところにじっとしていられないことを、キルロイはよく知っているのだ。 案の定張り込みを始めて1時間もしないうちに、ターゲットは盛り場に顔を出す。 キルロイはターゲットの前に立ち、麻酔銃を構えた。 ターゲットの少年の顔が、恐怖に引きつる。 「保健所だ。大人しくしろ。言うことを聞けば麻酔銃も使わないし、両親にも会わせてやる」 「うるせえ!」 少年は叫ぶと、反対方向に向かって駆け出した。 「まったく、往生際が悪い」 つぶやきながら、キルロイも駆け出した。 とは言っても、15にも満たぬうちから酒タバコで身体機能を荒らしている少年と、日々ターゲットを追っているプロフェッショナルでは、最初から勝負にならない。 あっという間に少年を追い詰めたキルロイは、少年に向かって麻酔銃を突きつけた。周りには野次馬が集まっている。 「観念しろ」 すると少年は、ふてぶてしく笑いながら言う。おそらく野次馬の視線も意識しているのだろう。少年の態度は芝居がかっていた。オーバーなアクションで腕を指差す。 「時計を見てみなよ、おっさん。もう0時を過ぎたぜ。これで俺は15歳になった。とっとと帰って警察を呼んできな。ここからは警察の仕事だろうが? リーマンならリーマンらしく、てめえの仕事以外に関わるんじゃねえよ、おっさん」 しまった。 ヤツの狙いはこれだったのか。 キルロイはしばらく思案していたが、こうなっては手出しすることはできない。あきらめて麻酔銃を放り出すと、肩をすくめた。 「してやられた、ってワケか」 「へへへ、ざまあみやがれ。リーマンのおっさんが。俺のほうが一枚上手だったようだな? ちょうどいい、これから警察とやりあうのに、いいものが手に入った」 言いながら少年は、キルロイの放り出した麻酔銃に近寄った。もちろん、麻酔銃とはいえ当たり所が悪ければ、充分殺傷能力はある強力な銃だ。 「銃なんておっさんには必要ねえだろう」 少年はへらへらしながら、麻酔銃を取り上げようとかがむ。その瞬間を見逃さず、キルロイは少年に飛び掛った。 ごっ! 麻酔銃をとって構えた少年は、キルロイの持っていた警棒によって、一瞬で頭蓋骨を断ち割られ昏倒する。割れた頭から血を吹きだし、ぴくぴくと痙攣していた少年は、やがて動かなくなる。 キルロイは、おそらくはもう助からないであろう少年を見ながら、無機質な声で言った。 「銃を突きつけられてしまっては、俺も手加減できなかったんだよ 。悪いな。まあ、しかし、確か15を過ぎていたんだよな? だったら、自分のやることにリスクがあることは知っていただろう?」 それから後ろを振り向いて、野次馬に言った。 「どなたか正当防衛を証明してくれる方はいらっしゃいませんか?」 その言葉に、何人かの男性が手を上げた。 やがてパトカーのサイレンが近づいてくると、証言を約束してくれた何人かの男たちを残し、野次馬は四方へ散っていった。手続きはすぐに終わり、キルロイは帰宅を許される。 この手の事件は非常に多いから、警察もいちいち細かいことは言わないのだ。ましてキルロイは保健所の職員。警官の中には、仕事を減らしてくれたと喜ぶ者さえいるのである。 救急車に乗せられた少年に向かって、 キルロイは小さくつぶやく。 「場所が悪かったな。平日のこの時間、繁華街にいるのは、おまえらがバカにする「リーマンのおっさん」ばかりなんだよ。おまえの肩を持ってくれる者は、誰一人いないんだ」 その顔が苦渋に満ちているのが、少年のせいなのか、子供をきちんと育てられない親達のせいなのか、それとも自分自身のせいなのかは、キルロイ本人にもよく分からなかった。 キルロイは、疲れた身体を引きずって家路を急ぐ。 もっとも、家に待つものは誰もいない。 保健所職員で家庭を持つものは、ほとんどいないのである。 |