人として
「なあ、面白いネタがあるんだが、調べて記事にしてみる気はないか?」

同窓会の三次会。キャバクラへ行く奴らと別れ、ショットバー組で訪れた小さな店のカウンターに陣取るなり、ジェイナスがそう言った。

「内容によるね。いったいどんな話だ?」

「俺の仕事は話したっけ?」

「ロボット工学関係の研究所に勤めているんだろう?」

「ああ、そうだ。でな、おまえが結構名前の通ったジャーナリストだと言うのを見込んで、ひとつ面白い情報をリークしようと思っているんだが」

ああ、つまり研究所のスキャンダルをばらすから、金をよこせと言うことか。俺はわかったとうなずいて、話を促した。ジェイナスは大げさに声をひそめると、早口に話し出す。

「実はうちの研究所の関連施設に、一般職員立ち入り禁止の、なんだか謎めいた施設があるんだ」

「ほほう、一般職員立ち入り禁止ね。すると、その中で外部に漏れては困るような、非合法なことが行われているということか?」

「まあ、そう言うことだ。人道的に許しがたい、ある実験が行われている」

「許しがたい……ね。それで?その実験と言うのは、いったいどんなものなんだ?」

ジェイナスは、やたら自慢気に胸を張ると、それでも相変わらずひそめた声で言った。

「 ロボットが人間を育ててるんだ」

「な、なんだって?」

俺は思わず大声で聞き返す。ジェイナスが慌てて唇に人差し指を当てた。幸い飲んだくれるのに忙しいようで、周りの人間は誰もこちらを見てはいない。

「言葉のとおりだよ。ロボットが人間の子供の親のふりをしてその子供を育てているんだ。な?信じられない話だろう?」

「ああ、まったく信じられない。だが、勤めているおまえが言うんだ、きっとガセではないんだろう」

「もちろんだ。なあ、面白い話だろう?」

「面白い?バカな。それが本当なら、とんでもないことだ。人権侵害どころの騒ぎじゃない」

俺のケンマクに、ジェイナスは少し鼻白んだ。

「ああ、もちろんだ。俺も許せないと思っているよ。だから、こうしておまえに情報をリークしてるんじゃないか」

「ああ、感情的になってすまん」

二十歳のころ亡くなった両親が、愛情一杯に育ててくれたおかげで、俺は幸せだったし、今こうして一人前に生きていられる。だから、親の勤めを果たさないバカな親や、子供に危害を与えるような話を聞くとものすごく不愉快になるのだ。

俺の書く記事は、その手の話が多い。この間賞を取ったスクープも、児童虐待に関する記事だった。弱いものを虐げるような話には、義憤を駆られるってわけだ。

俺は研究所の場所と、忍び込むためのIDを受け取ると、ジェイナスと同級生を置いて店を出た。

 

高い塀に囲まれたその施設は、信じられないほど巨大な敷地の中に、さらに塀で隔離されたゾーンを幾つも持っていた。忍びこんだ瞬間、俺は絶句してしまう。なぜって、その塀の内側にあったのは、画に書いたような幸せな家庭だったからだ。

大きくて綺麗な家。緑の芝生。木々や花々にあふれた、趣味のいい庭。大き目のガレージには、ファミリーカーにキャンピングカー。庭先に寝そべる大きくいて真っ白な犬。

普通の人間なら郷愁をそそられること間違いない、まさにドラマから切り取ってきたような一般的な家庭の姿がそこにあった。

しばらく様子をうかがっていると、中から、この家の住人と思しき親子が姿をあらわした。子供は犬に駆け寄って、サッカーボールでいっしょに遊びだす。その姿を優しそうに見つめる両親は、言われなければロボットとは思えないほど、精巧な作りだ。

俺はいやな気持ちになりながら、彼らをうかがいつづけた。

子供が犬をいじめてそれを父親がたしなめた時は、少しはっとした。父親は聞かない子供の尻を叩いたのだ。ロボットが人間に危害を加えている!

しかし、危うく飛び出しそうになって、俺は思いとどまった。

よく考えれば、アレは親として当然の行為だ。

そこらのバカな親よりも、きちんと子供をしつけている分、こちらの方が正しいのではいか。現に子供は叩かれて泣いたが、それによって意地を張ることもやめ、泣き止んだ後にはきちんと謝ったのだ。

俺は幸せそうなこの家族を見ながら、思わず自信を無くしそうになり、慌てて頭を振った。ロボットがいかに完璧だとしても、本当の親の愛情にかなうはずはない……

「さあ、坊や。おうちに入ろう」

父親が突然そう言ったとき、俺は不信に思うべきだったのだろう。彼らが家の中に戻ってしまった矢先、後ろから声がかかる。

「こんなところで何をやっている?」

振り向くと白衣を着た所員らしき男二人が、警備員数人を従えて立っていた。なるほど、つまりこの捕り物を見せないために、ロボットは子供を家の中へ入れたのだ。俺は警備員に両腕をつかまれながら、そんなことに感心していた。

 

「すると、どうしてもここの事を書くと言うのかね?」

所長と名乗る男は、タバコをふかしながら、俺に聞く。俺は喰ってかかった。

「当たり前だ!いくらここのロボットが優れてるとはいえ、ロボットに子供を育てさせるなど、言語道断だ!」

「なぜ?」

「なぜ、だと?当たり前じゃないか!子供がまっとうに育つには、親の愛が必要なんだ!」

「ほほう、すると親のない人間は、まっとうではないと言うことですか?」

言葉に詰まった俺をおかしそうに眺めながら、所長は言葉を継ぐ。

「あなた自身、児童虐待を許せないとして、ずいぶんといろいろな文を書いているじゃないですか?私たちの研究は、その児童虐待をなくす試みなんですよ?」

「バカな!児童虐待の問題と言うのは、もっと複雑なものなんだ。ロボットの親に任せればいいというような、単純な問題では……」

「あなたが言いたいコトは判りますよ。虐待を受けた子供が親になったとき、知らず知らずに子供を虐待してしまう心理プロセスとか、表面化することのない、精神的虐待の話だとかは、我々も充分研究しています」

「ならば」

「ですがね、それはあくまで「親側の問題」なわけですよ。生まれてきた子供には、何の罪もない」

「親側の問題……」

「そうです。今言ったような問題は全て、生んだ親がその子供を育てる場合にのみ、発生するわけです」

「自分の子供を産んだ親が育てるのは……」

あたりまえじゃないか!と言おうとして、俺は口をつぐんだ。その当たり前が行われていない現状を思い出したからだ。そこで話を切り替える。

「ロボットの親は、理想的に見える。だがな、そんな風に人の人生をデザインすることが、人間に許されると思っているのか?それは人の人生に対する冒涜だ!」

「おや?では人間の親なら、子供の人生をデザインするのは許されるとでも言うのですか?」

俺はまたしても口をつぐんだ。大数学者や、美形の俳優の精子が金で売り買いされている事実を、まさか「ない」とは言えない。黙り込んだ俺の様子を見て、所長は穏やかに微笑むと、うなずいた。

「そう言うことです。過剰に干渉し、自分の設計図に当てはめ、金をかけて「デキのいい子」を「造る」。金がかかるから何人もは育てられないと、産児制限をする。これは立派なデザインでしょう?それも全て「親側の都合」によって成される」

「だが……」

「親側にも人生があるのは、わかってますよ?だから、親に「子供のために人生を犠牲にしろ」と言うのはナンセンスです。子育てしかなかった時代ならともかく、今の時代、犠牲にするには人生は刺激と興奮にあふれすぎているのですから」

「……」

「だから、ロボットなんです。彼らは「犠牲」になどなりません。そのためだけに作られた、スペシャリストなんです。彼らは子供の人生だけを考えます」

「……」

「自主性を重んじながらも、正すべきところはただし、子供の持つ本来の可能性を損なうことは決してしません。彼らに育てられた子供は、充分な選択肢を与えられ、その上でそれをきちんと自分で選択して歩んでいけるような、立派な「大人」になるんです」

もはや俺は論理的に言い返すことは出来なくなっていた。それはそうだろう?俺が弁護しているのは、不完全で、わがままで、自分勝手な「人間の親」なのだから。

しかしそれでも、俺は亡くなった自分の両親の笑顔を思い出し、感情的に言い返した。

「人間には、人間の親が必要なんだ!」

所長は諦めたように首を振ると、周りにいた警備員に言った。

「彼は少し混乱して、興奮しているようだ。D区域に連れて行って、休んでいただきなさい」

俺は引っ立てられて、D区域とやらに連れていかれる。D区域の入り口に、誰かが立っていた。その姿を見て、俺は怒声を上げる。

「ジェイナス!貴様!裏切ったな?」

ジェイナスは肩をすくめると言い返した。

「裏切った?なに言ってるんだ。これは最初から仕組まれたことなんだよ。君のような人間に、我々の研究を邪魔されては困るんだ」

「悪魔め!俺を監禁したって無駄だぞ?俺はここに来る前に、俺が連絡を絶ったらこの研究所を調べろと言ってあるんだ」

「監禁?何か勘違いしているようだね?ここは、使わなくなった旧型の子育てロボットが保管されている場所だよ」

ジェイナスはまた肩をすくめると、それっきり行ってしまった。俺はD地区とやらに放り込まれた。

古びた建物の一室。

応接間のような場所に座らされ、警備の人間は出てゆく。俺はひとりにされたので、早速立ち上がり、応接間を調べることにする。う〜む。どうやら、簡単には脱出できないようだ。どうやって脱出しようか考えていると、その応接間の扉が遠慮がちにノックされた。

がちゃりとノブが回り、扉がゆっくりと開く。

「あ……」

入ってきた人物を見て、俺の呼吸が止まる。

応接間で俺を迎えてくれたのは……

俺の両親だった。

死んだはずの両親が、そこたっているのを見た瞬間、俺は全てを理解した。

施設に郷愁を感じた理由。所長が余裕を持っていた理由。ジェイナスが言った、「君のような人間」に、我々の研究を邪魔されては困る、と言う言葉の意味。その全てが、俺の中で繋がった。

しかし、そんなことはもう、どうでもいい。

「父さん、母さん……」

両親は変わらぬ優しい笑顔で微笑むと、両腕を広げる。俺は、その暖かく懐かしい胸の中に飛び込んだ。

 

所長室に通されると、その部屋の主は相変わらず穏やかに笑っていた。

「落ち着かれました?」

「ええ、だいぶ。先ほどは興奮してしまい、色々と失礼なことを言いました。お詫びします」

俺がそう言うと、所長はうなずいた。

「いいえ、いいのです。それでは、ごきげんよう」

所長がそう言うと同時に、警備員が退き、ドアが開けられる。俺は立ち上がって所長と握手を交わすと、研究所を後にした。

所長は何も言わなかった。まあ、それはそうだろう。もはや俺がここの事を記事にするはずがないのだから。俺が大切な両親を、マスコミ攻勢の餌食にする訳がないだろう?

むしろ俺は全てのマスコミから、この研究所を守らなくてはならないのだ。それは大変な仕事だが、やり甲斐のある仕事でもある。俺を育ててくれた、優しくて、聡明で、完璧な両親に、やっと恩返しができるのだから。

愛するものを守る。人として当たり前のことだ。

俺は両親にそう育てられたし、それが正しいことだと確信している。教えてくれたのが人間かどうかなんて、取るに足りないことだ。言葉の本質には何のかかわりもない。

振り返るとそこには、今や俺の宝物とも言うべき研究所の塀が、たくましい姿で俺の両親を守っている。俺は研究所に向かってつぶやいた。

父さん、母さん。俺はあなたたちの子供で、本当に幸せです……

両親が亡くなってからは取り出すことのなかった、子供のころの暖かい思い出を、心の引出しから取り出して、俺は幸せに浸った。が、やがて大事なことを思い出す。

「そうだ、早いところ仲間に連絡しなければ。ここに来られちゃ、大変なことになるからな」

俺はまたここに来ることを楽しみに思いながら、車に乗り込んでエンジンをかけた。

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