| 地獄の星 |
酒も飲まない、タバコも吸わない。仕事を与えればまじめに一生懸命こなすが、言われたこと以上のことには考えが及ばない。与えられたフィールドで地道に積み重ねる。 ビトーはそう言う男だ。 それに対して、要領よく仕事をこなし、全体に考えを及ばせる頭もある。何をどうすればいいかが見えているから、一を聞いて十を知る。 サイオンはそんな男。 「ビトー!例の件は片付いているか?」 「言われたことは終わっているよ、サイオン。次は何をすればいい?」 「それなら、今日の仕事は終わりだ。呑みにいくから、付き合えよ」 酒は飲まなくても、食事なら付き合えるから、ビトーはサイオンの言葉にうなずいて帰り支度をはじめた。 帰り道の途中にあるいつもの酒場へ、二人そろって顔を出す。酒場に入るなり、なじみの連中がサイオンに声をかけてくるが、ビトーの存在には気付いてさえいないようだ。 ボックス席に座り、ビールで乾杯。一通り頼んだものが出てきてから、サイオンはおもむろに話し出す。 「なあ、ビトー。おまえ気付いているんだろう?」 大盛りのぺペロンチーノをほおばりながら、ビトーは首を傾げてサイオンを見た。そして彼の話に思い当たると、パスタを飲み込んでからうなずく。 「ああ、例の入札の話だね?あの話だけは僕に何も話さないから、もしかしたら、とは思っているよ」 「そのとおり、あの入札では談合が行われている。だから、バカ正直なおまえを行かせる訳にはゆかないのさ」 「でも、ばれたらまずいんじゃないか?この前、同業の会社で談合が露見したばかりだし」 「だから逆に平気なんだよ。まさか、この時期に談合をするなんて思わないだろう?まあ、俺に任せておけ。今日、この話をしたのは他でもない。おまえが気付いていて、もしタレ込まれたりしたらまずいと思ったからなんだ」 「人が何人か、死んでいるね?」 「やはりそこまで気付いていたか。いくらおまえでも、殺人があればそりゃ、気付くよな。まあいい。おまえにひとつ頼みがある。わかっているだろうが。とにかく、俺のやることを黙って見ていてくれないか?」 「黙って見ていれば僕も同罪か。でもまあ、気付かなかったことにしておくよ。気をつけてな?出来ればもう、そんな危ない橋は渡らないほうがいい」 「ああ、気をつけてるよ。充分にな」 サイオンはにやりと笑った。
一週間後、談合およびそれに付随する殺人が露見し、当局の調べが入る。そこで発見された数々の書類は、すべてひとりの人間が、この談合を取り仕切っている事実を示唆していた。 浮かんだのはもちろん、ビトーの名前である。 証拠の書類を突きつけられたビトーは、ハメられたなどと騒ぐような無駄なことはせず、ただ大きくため息をついて、捜査官に連行されていった。その間、一度もサイオンのほうを見ようとはしなかった。 会社の連中が野次馬するのにまぎれてその様子を見守っていたサイオンは、ふん、とあざけるような笑いを浮かべると、何事もなかったかのように席につき、仕事の続きに取り掛かった。 裁判が進み、ビトーには流刑星送りが言い渡される。 判決が読み上げられる間、ビトーは身動き一つしないで顔をまっすぐ上げていた。見るものが見れば、その堂々たる態度こそ無実の証であると読み取れたかもしれないが、神ならぬ一般人には、開き直ったふてぶてしい態度にしか見えない。 ビトーは数日のち、流刑星行きのシャトルに乗り込まされていた。 流刑星にはもちろん何の娯楽もないが、もともと酒もタバコも女も博打も何一つやらないビトーには、別にどうと言う事もない。流刑星に送られた後、半年して迎えが来る。そうすれば、地球に戻ってこられるのだ。 もちろん、生きていたら、の話であるが。 流刑星は荒れ果てた星だ。 そこにいるのは、凶悪犯罪を犯した罪人ばかりである。その上、苛酷な労働と、厳しい自然環境が容赦なく襲い掛かるのだ。荒れ狂う嵐や分厚い氷に閉ざされた世界で、ただ生きるためだけに働く。 さらに、周りにいる乱暴で凶悪な連中。 期限を過ぎて帰ってきた犯罪者は、数%にも満たない。しかもその数%さえ、みな精神に異常をきたしてしまって、地球につくなり病院に送られるのが常なのだ。 流刑星送りは、事実上の死刑に等しい。死刑廃止と人道主義の美名の裏に作られた、地球政府の欺瞞だ。殺すのは人間でなく、流刑星と言う地獄が与える厳しい環境だ、と言うわけだ。 ビトーが流刑星に送られる姿を、なじみの酒場のTVで見ながら、サイオンはにやりと薄ら笑いを浮かべて言った。 「だまされるほうがバカなのさ」
半年後、ビトーのことなどすっかり忘れて、得意の策謀で出世街道を驀進していたサイオンの前に、ひとりの男が現れた。流刑星で死んだか気が狂っていたはずの、ビトーである。 無精ひげを生やし、すっかりたくましくなったビトーは、サイオンに向かって銃を突きつけた。サイオンは驚きと恐怖で固まったまま、必死に命乞いをする。 「なあ、ビトー、俺を信じてくれ。騙すつもりじゃなかったんだ」 「とても信じられる話ではないな」 「それに、俺にはいま、でかいバックがついている。何十億と言う仕事も任されている。もしも俺を殺したら、そいつらが黙ってないぞ?」 「大丈夫、そいつらも全員殺してやるから」 氷のように冷たい声で吐き捨てると、ビトーはあっさりと引き金を引いた。頭を打ち抜かれて転がったサイオンの死体を踏みつけると、ビトーは夜の街に向かって駆け出してゆく。
数週間後、追っ手やそれを差し向けた人間を次々と殺し続けたビトーは、ついに警察につかまってしまった。すべての取調べを黙秘で通し、国選弁護人とさえ会おうとしないビトーに、裁判は異例の速度で進み、あっというまに判決が下る。 今度は100年の流刑星送りだ。もう二度と、地球に帰って来ることはできない。判決のあと、弁護人があきれた声で言った。 「なあ、流刑星送りになるのはわかっていたんだろう?地獄に送られたことを恨んで、奴らを殺したことはよくわかる。だが、それじゃあまた、地獄に逆戻りじゃないか。どうして前回の無実を訴えて、少しでも刑を軽くしようとしなかったんだ?」 ビトーは唇の端だけで笑うと、ようやく重い口を開いた。 「サイオンのような奴らが群れるこの星より、荒っぽいけど単純な人間ばかりが住んでいる流刑星のほうが、ずっと性にあっているんだ。騙したり騙されたりよりは、腹が立ったら殴りあうほうがさ。ああ、やっとお国に帰れる。」 弁護士は信じられないと言うように肩をすくめた。 「人間らしい生活を捨てて、便利な機械も、ネオンの明かりもないような辺境で、這いつくばって生きてゆく獣のような生活にもどるのが嬉しいのか?やっぱり過酷な環境にいすぎて、おかしくなってしまったんだな。わざわざ地獄に戻りたがるなんて」 ビトーはすこし小首をかしげて弁護士を覗き込む。 「あのな、流刑星に送られた奴らは、帰って来れないんじゃなくて、帰りたがらないんだよ。俺は半年しかいられなかったから、今度は死ぬまでいられるように、わざわざ追っ手や黒幕を殺して回ったんだ。言っておくが、サイオンへの恨みなんて、これっぽっちもなかったんだぜ?」 鼻白んだ弁護士に向かってウインクすると、ビトーはこれ以上ないとびっきりの笑顔で言った。 「俺には地球のほうが、よっぽど地獄に思えるよ」 |