| ハッピーバースディ |
その黒い単車は、肌を切るような極寒の空気を切り裂いて、ドライヴインに入ってきた。 トラックの並ぶ駐車場の隅に停車すると、降り立った男は便所に向かって走り出す。 「う〜寒みぃ寒みぃ」 「あんちゃん単車かい?この寒いのにご苦労なこった」 横に並んだトラックの運転手に話しかけられ、男は顔をしかめる。 「そーなんだよね。俺だってこんな寒い中、走りたくはないんだけどさ。メンドくせえしがらみってのがあってさ」 「ふ〜ん。女がらみかい?」 「ま、そんなとこ」 便所を出て単車のほうに歩いて行くと、行く手には、真っ黒な雲。先ほどからぽつぽつと降り始めた雨は、どうやら雪になりそうな気配を見せている。 男は大きなため息をつ き、彼を待つ者の元へ向かった。
あゆみは泣き出しそうな心細い思いで、待ち合わせの場所に立ち尽くしていた。その不安な気持ちを代弁するかのように、空が泣き出す。 (気持ちをしっかり持たなくちゃ) これはある意味賭けなのだ。 彼は好きだと言ってくれた。でも、あゆみはその言葉が信じきれないでいる。凄く人気のある人だから、他にも女がいるかもしれない。そんな不安は心の中で増殖して、あっという間にあゆみを蝕んでしまう。 今日はあゆみの誕生日。 彼は、寒いし見たいTVがあるから会えないと言った。でもあゆみはあえてわがままを言う。 「どうしても会いたいの。お願い」 そして勝手に場所と時間を告げると、一方的に電話を切った。切った後、哀しくて涙が止まらなかった。 たぶん彼は来ない。 もう彼は自分に飽きてしまったのかもしれない。はっきりとそう言われたわけではないが、あゆみはそんな気がして仕方なかった。 だからこそ、ハッキリさせたいのだ。もうこんな思いで待ちつづけるのはつらすぎるから。 彼を試すと言うより自分の気持ちにケリをつけるために、あゆみは駅前の待ち合わせの場所で立ちつづけた。 降り出した雨は雪へと変わり、あゆみの真っ赤なコートの上にみるみる積もってゆく。 もう、哀しくて切なくて、あゆみはしゃくりあげそうになるのを必死にこらえていた。 と。 バルン!バルルッバルルルルルルル… 大きな単車が、駅前のロータリーに入ってきた。ぶるぶると震えるあゆみのそばまでやってくる。 「あ〜あ、この寒いのにホントに待ってやがったのか。恋心ってのは恐ろしいもんだね」 男はヘルメットを取りながら呟く。 あゆみは驚きで何も喋れない。 その様子を見て男は肩をすくめる。それからくるりと後ろを振り向いた。 「ほれ、あゆみちゃん、待っててくれたぞ?」 同時に単車の後ろから男の子が飛び降りる。 「あゆみちゃん!」 「たかひろくん!」 あゆみの顔に喜びが広がる。大きな瞳にみるみる涙があふれだす。その涙を勘違いしたたかひろは、急いで言い訳をはじめた。 「ホントはね、お誕生日のプレゼントを買えなくて、会えないって言っちゃったんだ。それで、落ち込んでたら、父さんがお小遣いの前借りをさせてくれたの。それで、急いでデパートに行ってね……」 喜びに泣きじゃくるあゆみには、もう、どうでもよかった。 バイクで息子を送ってきた若い父親は、革ジャンのポケットから煙草を取り出す。 「女に会いに行くのに親をこき使うなんざ百年早ぇ」 言いながらも、にやりとして煙草の煙を吐き出した。 雪は当分やみそうにない。 |