博士の薬
「博士! やもめ暮らしの上に、悲しくなるほど貧乏で、おまけに夢見がちって言う、手におえない厄介者の博士! ついに凄い発明をしたんだってね?」

「おう、隣の健太じゃないか。勝手に研究室に入ってくるなり、罵詈雑言か? まあいい、私は今日、非常に機嫌がいいから多目に見てやろう」

「ちぇ、調子狂うなぁ。ところで、どんな発明をしたの?」

「遺伝子工学の大道に、大きな新しい一歩を刻み付けたのだ!」

「なんかよくわからないな」

「倫理的な問題など、色々と障害が多かったが、その分、こうして成功した嬉しさも大きいな。こうして科学の礎となれたことは、私の人生最大の喜びだ。思い起こせば学生時代……」

「いや博士。僕、勝利者インタビューとかしてないから。あ〜あ、完全に舞い上がっちゃってるなぁ。ま、そう言うからには、発明は遺伝子操作がらみなんだね?」

「もちろんだ。いろいろな動物の、本来持っている要素を抽出して、人間に適応する薬を発明したのだ」

「う〜ん、つまり狼男とか、半魚人みたいな人間が作れるってこと?」

「ちょっとちがうな。姿かたちはそのままなんだよ。ただ、動物の持つ本能みたいなものを会得することができるんだ」

「鳥みたいに空を飛んだり、魚みたいにずっと水の中に潜れたりするの?」

「そりゃ無理だ。人間は、そう言う風な身体のつくりになってないから。身体的には、人間の域を出ることは出来ないよ」

「なんだ、つまんない」

「だが、例えば人間と言うのは本来、遺伝子的にはみな女なんだが、Y遺伝子によって男の子になるだろう?」

「なるだろうって言われても、そんなこと知らないよ」

「なに? 常識だぞ?」

「ウチのお母さんは、博士はいつもちゃんとゴミを分別しないから、常識がないって言ってるよ?」

「ち、よけいなことを。まあいい。とにかくこの薬を飲めば、そのY遺伝子の働きを押さえて、完全な女性になることが出来たりするわけだ」

「でも、僕、女の子になんかなりたくないよ」

「うむ。まあ、世の中にはなりたい人もいるんだよ。そう言う人には朗報なのだ」

「僕にも朗報がほしいなぁ」

「あーもー、うるさいガキだなぁ。もういいから帰りなさい。私はノーベル賞の授賞式の練習で忙しいんだ」

「ちぇ、例えノーベル賞とったって、どうせキャラが立ってないから、一瞬の騒ぎで終わるのに」

「ヤなガキだね、まったく」

 

「博士! どうしてくれるんだよ!」

「また! 勝手に入ってくるんじゃない!」

「博士のところの薬、孝明君にあげたら、孝明君、弟を殺そうとしたんだぞ? やい! どう責任取る気だ」

「なにぃ? どうも薬が足りないと思ったら、おまえがかっぱらったのか、このクソガキ!」

「わ、わ、子供に暴力をふるうなんて最低だぞ?」

「やかましい、おまえみたいな悪ガキには……」

「ノーベル賞もらえなくなるぞ?」

「う……ち、痛いところを突くな。まあいい、それよりおまえがかっぱらった薬がどうしたって?」

「だから、孝明君にアレ飲ませたら、孝明君、弟をマンションの10階から落とそうとしたんだってば」

「ああ、なんだ、そんなことか」

「うわ、そんなことだって? こんな重大な事件に、まるで無関心だなんて、人間として何かが欠けてるとしか思えないね! やっぱり博士はマッドサイエンティストだったんだ」

「マッドをつけるな! おまえが持っていったのは、「カッコウ」の本能を抽出した薬だったんだよ。孝明君てのはあれだろ?お父さんの連れ子だろう?」

「あ、そう言うヒトコトが、子供の精神にトラウマを……」

「だから、カッコウの雛と同じように、寄生先の子供を殺してだな」

「寄生先! なんてひどい言い草だろう。まったく博士は人としての……」

「かっぱらった薬で、友達相手に人体実験するやつに、「人としての」とか言われたくないね」

「……ま、それはいいとして」

「おまえのがマッドサイエンティストの素質あると思うぞ?」

「あのまま孝明君ほっといてもいいかな?」

「もう少し大きくなれば、そう言う本能は薄れるからな。まあ、放っておいてよかろう」

「へえ、そう言うもんなんだ。でね、博士。実はお願いが……」

「頭のよくなる薬なら、ないぞ? モテモテになる薬なら、まあ、ないこともないけど、これはもう製品化して大もうけする目処が立ってるから、ただと言うわけには……」

「いらないよ。僕、モテるもん」

「おまえ、心底ムカつくな」

「そうじゃなくて、強くなる薬はないの?」

「う〜ん? まあ、ないこともないが」

「やた! それ頂戴よ。近所のよしみで、出世払いって事で」

「おまえが出世するとは、到底思えないんだが……ま、よかろう」

「へえ、これ? 何の動物?」

「ライオン」

「わお! わかってるね博士! それだけ消費者のニーズに的確に応えられるなら、きっとこれからの博士のバクチみたいな商売も……」

「余計なこと言ってないで、それもって帰りなさい」

「うん、さんきゅー博士。金持ちになって、ふたまわり若い嫁さんもらえるように、僕、祈ってるよ」

「うるさい!」

 

「はーかーせー!」

「うわ!また出た! 何しに来たんだ?」

「どーしてくれるんだよー?」

「何が?」

「薬飲んでから、学校の成績が下がりっぱなしなんだよ」

「ああ、なんだ。そんなことか」

「そんなことかじゃないよ! 薬のおかげでバカになっちゃったんだよ? 僕の将来、だいなしだよ! こうなったらこの失敗をマスコミにリークして、博士の残り少ない将来も、めちゃくちゃにしてやる!」

「ヤなこと言うね、このガキは。だいたい、おまえの成績が悪いのは元からだろう?」

「いや、ここまで悪くはなかった。だって、新しいことがぜんぜん覚えられないんだよ? いくらケンカが強くなっても、これじゃああんまりだ!」

「しょうがないだろう、ライオンって言うのは、生まれてから死ぬまでほとんど本能だけで生き抜くんだから。学習しなくても、本能的に狩りの仕方とか、生きるのに必要なことは全部知ってるんだよ」

「なるほど、それで新しいコトがちっとも覚えられないんだな……って、博士のバカ! なんで教えてくれないんだよ!」

「何言ってるんだ。勉強なんか必要ないだろう?」

「だって、将来が……」

「いいか? おまえはもともとモテモテの綺麗な顔してるだろう? その上ライオンの遺伝子を組み込まれてるんだぞ?」

「それが将来なんの役に立つんだよ? ケンカなんて子供のうちしか役に立たないじゃないか!」

「バカだなぁ。ヒモになればいいじゃないか。ライオンってのは、ほとんどメスに働かせて、オスはのんびりしてればいいんだぞ?」

「え〜? そうなの?」

「そうだ。もちろん、敵がくれば戦わなきゃならないけど、おまえはライオンの遺伝子のおかげで、腕っ節も強くなったじゃないか。もう、ヒモになるために生まれてきたようなもんだ。まさにライオンのような男」

「う〜ん、そう言われると」

「世界中の男の夢だぞ? いや、多分だけど」

「それもそうだなぁ。うん、それも悪くないな」

「だろう?」

「でもさ、この間のカッコウみたいに、大人になったら本能が弱くなったりしない?」

「いや、そんなことはないよ。ますます強くなるだろう」

「へえ、そりゃいいや」

「そのうち立派なタテガミが、もうもうと生えてくる」

「おい!」

「その上、顔がどんどんデカくなって、そのデカい顔から、縄張りを示すための分泌物が出るようになる。も、くっさいのが」

「くっさいのが、じゃねえよ! このバカ!」

「そうそう、寿命は15〜20年だよ?」

「……ねえ、博士」

「うん?」

「食い殺される用意は出来たか?」

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