伝説の男

この町に住んでいれば、誰でも聞いたことがあるはずだ。

「伝説の男、ガッツ」

誰より腕っ節が強くて、誰よりやさしくて、いつだって弱い者の味方。モノスゲエいい男で、神出鬼没で、数々の目撃証言があるにもかかわらず、どこの誰だか一向にわからない。

まさに、伝説の男。

それがガッツだ。

たとえばほら、俺の後ろの席でハムスターの一食分くらいのこじんまりした料理を食いながら、ブツブツ独り言を言っているおねえちゃんでさえ、その存在だけは知っているくらいだ。

「ガッツって、どんな男なんだろう? 一度会ってみたいなぁ」

誰に言うともなく、そう独り言を言っていたおねえちゃんだったが、残念ながらと言うか、なんと言うか、そのセリフを聞き逃さなかった奴がいる。

いや、もちろん俺のことじゃなくて、俺の2つ先のテーブルについていた、ガラの悪い連中だ。

俺はベーコンとキャベツとキクラゲを炒めた夕飯をかきこみながら、コトの成り行きを見守っていた。

外で食事するには、少しばかり寒いんだが、このオープンカフェは安くてうまい。せっかくの夕飯をあきらめるほど、俺の胃袋は大人じゃないのである。

「ねえちゃん、ガッツなんて都市伝説信じちゃイケねえよ。そんな理想の男がいるわけないだろう。強いて言えば、俺が一番近いんじゃないか?」

突っ込みどころ満載のセリフを吐きながら、リーダー格と思しき男が、その女に声をかける。

まあ、強引にちょっかいかけたくなるのも無理もないってなもんで、確かにその女は、ふるいつきたくなるようないい女だった。

「ふん、私の勝手でしょ? ガッツがどんな男かは知らないけど、噂をどう好意的に解釈しても、あんたみたいなクソ野郎じゃないってことだけはわかるよ」

おねえちゃんも、大概きつい。

もちろん男はトサカにきた。周りの取り巻きと一緒に、おねえちゃんを囲む。そばにいた他の客は、君子危うきになんとやらで、あっという間に避難してしまっていた。

そういうわけで、このオープンカフェの周辺には、その女の子とガラの悪い連中と、俺だけってな状況になる。

すると、面白がって様子を見ていた俺の方に火の粉が飛んできた。

「なんだ、てめえ」

何だといわれても、ただ、飯を食っているだけなんだが、もちろんこの手の連中には言ったって通じないだろう。こちらも、それなりの応対するしかない。

「あ? なに? いいから勝手にやっててくれよ。俺は飯を食ってるんだ。俺のじゃましなければ、ナニやったって文句はいわねえから」

この傲慢な言い草は、奴らの逆鱗を正確に捉えたようだ。

わかりやすい表情で、ほんの一瞬だけ激昂しそうになり、それから変な余裕を取り戻して、男たちはいやらしく笑う。

「俺たちに逆らうってんだ? いい度胸だな」

「いい度胸? なんで?」

男たちは顔を見合わせて、次の瞬間、大笑いする。

「俺たちは、レイモンドファミリーの後ろ盾があるんだよ。つまりだ。お前が何者だろうと、俺たちに逆らって生きてはいられないってことだ。わかるか?」

彼らの生意気な笑い声が妙に鼻についたので、俺も意地悪な物言いで答えることにした。

「へえ、なるほど。つまり、俺じゃお前らには勝てないってのか? なんでだ?」

「バカじゃねえのか? レイモンドファミリーに逆らって、生きている奴はいねえからだよ」

「いくらレイモンドファミリーだからって、この街のすべてを牛耳っているわけじゃない。逆らう人間だっているだろう。俺は好き勝手に生きたいんだ。レイモンドファミリーだろうがなんだろうが、俺の生き方に口出しはさせない」

「チンピラが、生意気な口を利きやがって。何を寝ぼけていやがる。そんなことができるのは、それこそ有名なあの男、伝説のガッツくらいのもんだっての」

男たちの間に、失笑が漏れる。俺は当然、思いっきり余裕の笑顔を見せながら、切り替えした。

「だからよ、てめえは、その伝説ってのにケンカ売ってるんだよ」

「なんだと?」

きょとんとしたその顔に、俺は最高に気持ちのいいセリフを投げつける。ま、この瞬間のために生きているって言っても、過言じゃないね。

「鈍いなぁ……わからねえのか? 俺が、ガッツだ」

男たちの間に、明らかな動揺が走る。

そりゃ、そうだ。

「伝説の男」「最強の男」「この街でもっとも有名な男」「なのに、謎だらけの男」である、レイモンドファミリーさえその正体を知らない、この街の生ける伝説、ガッツさんのお出ましなんだからな。

俺は奴らの、「こういう時、誰もが見せるいつもの通りの反応」に気をよくして、彼らの求めるガッツらしいセリフってのを吐いてやった。 いや、彼らじゃなくて、人々の、か。まあ、どっちでもいいが。

「俺にはバックなんて通用しないぜ? やるなら、ハラくくってこいよ?」

「くっ……」

「く、じゃねえ。そのおねえちゃんに絡むのをやめて、この場から消えるか。それとも、この俺、ガッツを相手にして、しなくていい怪我を増やして帰るか。選ぶのはお前らだ」

にらみを利かせながらそう言うと、彼らはあっという間に方針を定めた。ああ、もちろん、ガッツに逆らおうなんて根性のある奴がいるわけはない。彼らの結論は、この場から逃げ去ることだった。

「勘弁してください。ホント、すいませんでした」

男たちは、へこへこと頭を下げながら、足早に去ってゆく。まあ、いつものことだ。ガッツの名を聞いて、平気でケンカを売ってくるほど根性の座った人間は、もう、この街には残ってないのさ。

「へ、だらしねえ奴らだ。もう少し根性見せろって言うんだ」

俺が嘲笑していると、女は瞳を輝かせながら俺に頭を下げた。

「ありがとうございます。おかげで助かりました、ミスターガッツ。噂は聞いてますよ。噂どおり、正義の味方なんですね?」

カー! これだよ。ヘドが出るぜ。なにが正義の味方だ。この女も、何もわかっちゃいねえんだ。ガッツ伝説に踊らされてるだけだってコトに。

俺はなんだか無性に腹が立ってきて、女に向かってわざと下卑た顔を見せ、言った。

「そんなことよりよ、おまえ、時間あるか? 今から、呑みに行かねえか?」

「え?」

何を言っているんだ? という顔つきをした女は、一瞬考えてから、ばつが悪そうに控えめな調子で答えた。

「ごめんなさい。申し訳ないんだけれど、お友達と約束が……」

そういいながら、女は足早にこの場を去ろうとする。明らかにウソだ。約束のお友達なんて、世界中のどこにも待ってない方に、今月の稼ぎを賭けたっていい。

俺は思わず女の腕をつかんだ。

振り向いた女の顔が、今度は明らかに怒っている。が、もちろん、いちいち気にする俺じゃない。

「ちっと、気の利いた店があるんだ。そこで、一杯やろうぜ?」

「手を離して」

「助けてやったじぇねえか」

女は一瞬あっけにとられたような顔をした後、嫌悪をあらわにして叫んだ。

「助けたのを恩に着せるわけ? ガッツって、もっと男らしいと聞いてたのに。噂なんて、当てにならないわね」

「そりゃあ、ほかのやつらが勝手に伝説にしちまってるだけさ。俺だって人形じゃない。お前みたいにいい女なら、抱きたいと思ったって当たり前だろう?」

俺はいつものようにそうふてぶてしく言った。なんだってみんな、ガッツと言う男にそんな幻想を抱いているんだ? まったく、ムナクソ悪いったらねえ。

「なあ、呑みに行こうぜ?」

「いやよ。助けてくれたのは感謝してるけど、あなたがこんな人だって知らなかった。最低ね!」

ち、どうやらこの女はには、ソノ気がないらしい。

まあ、あんまり強引にやっても、いろいろと問題が起こるし、今夜はあきらめたほうがよさそうだな。

なんて思っていたところに、後ろから突然。

「おいおい、そのくらいにしておけよ」

声に振り返ると、そこにはやけにガタイのでかい男が立っている。ち、またこんなのに絡まれるのかよ。どうも今夜は、厄日のようだ。

しかし、こいつだってどうせ俺の名前を聞けば、尻尾を巻いて逃げるに違いない。

そんな風に思っている矢先、男はとんでもないことを言い出した。そしてそれは、俺が最も恐れるせりふだった。

「カタりやがって」

「あ?」

精一杯ふてぶてしくとぼけても、心臓の鼓動が、どくんと跳ね上がるのは抑えられない。

「おまえはガッツじゃねえ」

俺の 時間が止まる。

しかし、世界の時間は変わらずに動いている。無情にも。

「な、何を……」

言いながら、自分の声がひどく動揺しているのに気づく。気づいたからといって、どうすることもできないのだが。

そんな俺の態度など眼中なく、男はしゃべり続けた。

「ガッツはな、そんな男じゃねえんだよ。おめえ、ガッツをカタるには、漢(おとこ)が小さすぎる」

なんと言う事だ。こいつは、本物のガッツを知っているんだ! よりによって、ガッツの知り合いに会うなんて。

俺は、絶望と、苛立ちがこみ上げてくるのを抑えられなかった。

女の視線が、あからさまに侮蔑を含んだものになっている。 恥ずかしいのと、逃げ出したいのと、むかつくのと、暴れたいのと、イロイロな気持ちが混ざり合いながら浮かんでは消える。

で、結局行き着くところは、怒りだ。

これだ。

またこれだよ。

いつも、いいところまで来るとこうやって邪魔が入るんだ。

俺は開き直って怒鳴った。

「ああ、そうだよ。俺はガッツじゃない。だが、それが何だって言うんだ? 彼女を助けたのは俺だ」

「違うね」

男は嘲笑らしきものを浮かべながら、ずいっと俺に近づいてくると言った。

「助けたのは、ガッツの名前だ」

「うるせえ! 助けたのは俺だ! ガッツがいくら凄くたって、それだけは違いない。やつはここにいないんだからな」

「まあ、そうだな。じゃあ、助けたのはお前ってコトでいい。だけど、その後はいただけねえだろ? 彼女、嫌がっているじゃねえか」

なんだよ! なんだよ!

なんだって、俺のやることに文句ばかりつけるんだ?

守ったろうが? 助けたろうが? カタったとは言え、ガッツの名を汚したわけじゃなかろう?  正当に評価してくれたって、罰は当たらないだろうが!

「嫌がる女の腕を引っ張っておいて、助けましたって言ったって、ちと、話が通らねえとは思うわねえか?」

うるさい! うるさい! うるさい!

「俺だって! 俺だってカタリたくなんかないさ! 誰がヒトの名前でカッコつけたいと思う? だけど、俺にはそんな腕っ節もなけりゃ、みんなに慕われる人望もない。だから……だから……」

「ガッツをカタったのか?」

まただよ!

そうやっていつも、誰かしらが責めるんだ。ガッツをカタった、って。そして、俺を虫けらか何かみたいに見下して、嘲るんだ。

どいつも、こいつも!

俺の中のいろんなものが、急速に圧力を増し、爆発した。

「そうだ! だから、カタったんだ。それの何が悪い?! 現にこうして女の子が一人、助かったじゃねえか!」

「ふ〜む。まあ、それは確かに間違いねえ」

「俺がやったことが、そんなに悪いことか? 女の子を助けて、その女を誘っただけだろう! 別に、その子を強引にどうにかする気なんてなかったさ。現にお前が現れる前に、あきらめようとしていたところだったんだ」

「なるほどな」

男の反応が鈍いので、俺はさらに躍起になって言い募った。

「カタって悪さをしたわけじゃない。むしろ、人助けをしたんだ。ガッツだって文句はねえはずだろう。それとも何か? あんたこそ、ガッツだって言うのか?」

男は笑いながら首を横に振る。

「俺はガッツじゃねえよ。だがな、ガッツってのがどんな男かは知ってる。ガッツってのはな、もっと熱い男なんだ。誰かが困っていたら、無条件にすっ飛んでゆくような、てめえの財産を投げ出して笑っているような、そんな熱くて「カッコいい」男なんだよ」

「そんな風に、なれるわけないだろう! 俺は普通の男なんだ!」

とたんに、驚くな? その男は破願したのだ。怒り狂って反撃されても、嘲笑されても、それほど驚きはしない。情けない話だが、慣れてるからな。

だけど、男はそのどれでもなく、心の底から、屈託なく笑ったんだ。

「ははは、そうさ。俺たちみんな普通の人間だ。ガッツみたいに強くて、やさしくて、カッコよくなんて、そうそうできるもんじゃない」

わかってるよ。

「だけどな?」

男は俺の顔を覗き込んで、真面目な顔になる。俺はその真剣さに呑まれて、声も出せずに男の顔を見つめた。男はひとことひとこと、噛んで含めるように言葉を発する。

「おめえの行動はな、下心がスケスケなんだよ。どうせ助けるなら、もうちっとカッコよくやってみろや。せっかくガッツをカタるなら、最後までガッツらしくしてみろ」

「最後まで、ガッツらしく……」

「そうだ。おめえは普通の人間だ。俺ももちろん普通の男だ。だけどな、ココ一番、大事な場面「だけ」ならどうだ? いつもじゃねえ、本当に大事なその一瞬だけなら、俺たちにだって、ガッツの真似くらいできるんじゃねえか?」

「……そりゃ、後先考えないで、その一瞬だけなら」

「そうだろう? それでいいんだよ。どうせ俺たちはただの男さ。だが、いつもは無理でも、ここ一番だけなら、カッコつけるくらいはできる。それでいいんだ」

「だけど、それじゃあ……なんて言うんだろう……いつも適当にやってる俺みたいなやつが、その一瞬だけカッコつけたって、どうせ続きゃしない。それじゃあ、なんて言うか……言葉と行動が首尾一貫していないって言うか……」

「ば〜か! それこそ、何を思い上がってやがる。そんなガッツみたいにカッコよく生きられるわけないだろう! 無理をしなくていいんだよ。ただ、心のどこかにガッツをしまっておいて、ここぞって時だけ、そいつを引っ張りだしゃいいんだ」

心のどこかに、ガッツをしまっておく……

なんだろう。

俺は、男の言うことに感心していた。いや、感激と言い換えてもいい。男の言うことは、やけに素直に、俺の心にしみてきた。俺は心の底からつぶやく。

「なるほどな」

なるほど、それでいいんだ。いつも最高の男でいようったって、虫が良すぎるのか。それをやろうとするから、どっかに変なモノが溜まっちまって、あんなふうに煮詰まっちまうんだな。

俺は、憑き物が落ちたような気分で、男に向かって笑った。

「ふふん、あんたの言う通りかもしれないな。おかげで、なんだか楽になったよ。俺さ、本当は女の子にモテたかっただけなんだ。だけど、いくらガッツをカタっても 全然モテない。思ったように行かなくて、それでも、自信がなくてガッツをカタる。内心、自分のそんな姿に嫌気がさしてたんだよ」

「だが、もう大丈夫だろう? おめえ、今、すげえいい顔で笑ってるぜ?」

「そうかい?」

照れくさくて苦笑いした俺の横に、さっき助けた女の子が近づいてくる。

「さっきはありがとう。強引に誘われたときは、いやな感じだったけど、今、話を聞いてたら、そうでもなくなったよ。今日、暇なんだけど、これから一緒に呑みにでも行かない?」

唖然とする俺の顔を、面白くて仕方ないといった風な表情で、男が覗き込む。

「ほらな? 早速、ご利益があったじゃねえか? これからは……」

「わかってるさ!」

俺は男に皆まで言わせずに、にっこり笑って親指を立てた。

「ここ一番だけガッツに、だろ?」

男はうれしそうに笑ってうなずくと、じゃあと右手を上げて、街の雑踏の中に消えてゆく。

で。

俺はといえば、女の子と一緒にどこの店に行こうかと、うれしい悩みで頭の中がいっぱいだった。

 

上機嫌で歩く男は、一度だけ振り返る。

ガッツをカタった若者と女の子が、仲良く繁華街へ歩き出すのを満足そうに見つめてから、小さな声でつぶやいた。

「これで、また一人増えたな」

それからタバコをくわえると火をつけ、うまそうに吐き出す。

「小僧、おめえもいつか気づくだろうよ。ガッツなんて男は、この街のどこにもいないってな。ガッツってのは都市伝説みたいなモノなんだ」

男の視線の先には、幾人もの人々が、普通に、しかし、楽しそうに歩いてゆく。その様子を、目を細めて見ながら、男は独り言ちた。

「ガッツの伝説を作っているのは、おめえみたいに心の中にガッツを抱えた男たち、ひとりひとりなんだよ。みんなの「ここ一番、カッコいい一瞬」が積み重なって、ガッツの伝説を作ったんだ」

不意に立ち止まった男は、高層ビルに切り取られた夜空を見上げ、にやりと笑った。

「都市伝説の中じゃ、かなりイケてると思わねえか?」


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