ジャイアント
「君が哀れな新人か」

デスクの前で本部長の伊藤は不機嫌に言った。新たに配属されたエージェントが、目の前に立っている。その顔をじろりとにらむと、ほとんど表情を変えずに続ける。

「ようこそ、G対策本部へ。まあ、配属早々希望を壊すようで悪いが、はっきり言ってココは閑職だ。コードネームG……本名、年齢、そのほかほとんどの項目がブランクのまま。わかっているのは、国籍が日本と言うことだけ。この男についての情報を集めるのが仕事なんだが、過去五年間で集めることの出来た情報は0に等しい」

自嘲気味に薄く笑うと、目をそらす。

「初めは五人いたエージェントも、今は私と君だけだ。ついこの間まではもう一人いたんだが、彼は先日、Gに消された」

伊藤本部長の前に立ったまま、その新人……骨川は片頬を吊り上げて笑顔らしきものを作る。

「骨川だったな?いったい、何がおかしい?」

「失礼しました。しかし、本部長。Gについてはどの国家諜報機関も似たようなものです。そして、そのためにこそ、私はこの部署に配属されたのです。対G活動の切り札として」

「何?どういうことだ?」

「私は対G専門要員としてこの組織にスカウトされ、対G活動だけを任務とするエージェントです。なぜなら私は……」

ここで一度言葉を切ると、骨川は大きく息を吸いこみ、自分の言葉の効果を確かめるように本部長を覗き込みながら言った。

「Gと個人的に付き合っていたことがあるのですよ」

その言葉に驚き言葉を失った伊藤の顔を、いつもの皮肉っぽい表情で眺めながら、骨川はゆっくりと続ける。

「G……本名、剛田武。純酔の日本人で、東京都出身。年齢は私と一緒で今年40歳。血縁は母親、妹の二人」

「それは本当なのか?」

尋ねる本部長に笑顔でうなづくと、骨川は続ける。

「そして一番重要なことです。Gの活動をバックアップしているやつらがいるのはご存知ですよね?通称チームD。犯罪者の逃亡援助と、犯罪現場の後始末を引き受ける闇の掃除屋です」

「うむ。非常に厄介なヤツラだが、こいつらの正体もわかっていない」

「チームDの主要メンバーは源静香をトップに、出来杉英才、星野スミレ、野比玉子、神成老人など他数名で構成されています」

「そ、そこまで判っているのか?」

「いえ、タネを明かせば、彼らも私の知りあいなんですよ。私とG、源静香、出来杉英才らは幼馴染なんです」

「幼馴染ね。他の幼馴染はほとんどG側に属しているようだが、君だけは違う。よくGに消されなかったものだな?」

「お疑いになるのは尤もです。お察しの通り、私もチームDの一員です。それも幹部と言っていいでしょうね」

伊藤は、にやりと含み笑いをする骨川に向かって、決然とした表情のまま話し掛ける。

「そんなことを明かすと言うことは、君は私をG側に取り込もうと言うのかな?私を殺しても代わりの者が立つだけだし、それならばウルサイ諜報部を身内で押さえてしまおうと?そんなことが可能だと思っているのか?」

本部長がわずかに動こうとするのを、骨川は判っていると言うように片手を挙げて制す。

「デスクの下の警報なら、この部屋に入る前に切断してあります。それに今日の当直のスタッフは全員私の指揮下、つまりチームDの配下にあります」

「ま、まさか……あ、ありえん」

「現実は認めましょうよ、本部長。あなたに選択の余地はないんですよ。それから、余談ですがね。お嬢さん、つばささんでしたっけ?」

その名を聞いた瞬間、本部長は真っ青になって叫んだ。

「娘には手を出すな!キサマ!娘に手を出したら……」

「いえ、そうじゃありません。あなたにとっては残念なことながら、あなたの娘、伊藤つばさは5年前から我々の同志なんですよ。お嬢さんのためにもぜひ、我々に協力していただきたいんですがね?」

骨川は尖り気味の唇に酷薄な笑みを浮かべて、しかしあくまで慇懃な態度のまま伊藤を追いつめる。

「な……」

結局、茫然自失の伊藤本部長が陥落するまでに、いくらの時間も要しなかった。これによってG対策本部は有名無実化し、実質゛G支援本部"となってしまったのである。

「それで……私は何をすればいいんだ?」

伊藤本部長は力なく問う。とは言っても、もはや実質上この本部の長は、骨川スネ夫その人にとって代わられていたのだが。

「Gのバックアップをすればいいのか?」

「いえ、それは結構です。チームDがその任にあたりますから。我々、つまり私とあなたは当局に疑われない程度にGを調べながら、今まで通り、何の具体的な結果も出さなければいいのですよ」

「ひどい言われようだが、しかし、事実だな」

伊藤が自嘲気味に笑う。骨川はここで表情を引き締めると、伊藤に向かって強い口調で言った。

「伊藤本部長。今だけです。今はまだ、あなたは当局に対する裏切りに心を苛まれているでしょう。しかし、その罪悪感もGの意志が実現すれば、まるっきりなくなりますよ。保証します」

「Gの意志?Gと君達チームDはいったい何を目的として、暗殺やテロ活動を行うんだ?言っておくがな、歴史上、テロによって歴史が動いたことはないぞ?」

「それはですね、成功したテロ行為は、革命とか政権交代といった美名に隠れてしまうからですよ。どんな思想を持とうが、どれだけ正義を標榜しようが、暴力によって成されるそれはすべてテロなんです。我々は中途半端な言い訳をしないで、結果のみを持って後世に評価してもらおうと考えています」

「なるほどな。それが君らの言い分か。私自身はテロ行為を肯定したいとは露ほども思わないが、狂信者なりに一理あるのは認めよう。それで?君達の目的は?」

その言葉に、突然、何かに酔いしれるかのような顔で、骨川は答える。その顔に浮かぶのは、明らかなる至福。

「G、つまり、ジャイアンのジャイアンによるジャイアンのための世界。それを現実にするために、倒さなければならない敵がいるんです。そのためだけに我々は存在し、そのためだけに、あなたにも働いていただくんです」

「なんだと?」

「簡単に言ってしまえば、世界統一国家による帝政の樹立です。ジャイアンを皇帝にいただき、我々がその側近を勤める、世界帝国の樹立です」

「そんなこと、不可能に決まっているだろう!」

「それがね、可能なんですよ。我々には神がついていますから。神は降臨し、Gに言われたのです。神の前に軍団をそろえることが来たら、神の力によってこの世界を我々のものとしてくださると」

「やはり宗教がかってきたな。狂信者どもめ。君達は、神などいると本当に信じているのか?」

「神はいるんですよ。間違いなくね。私もその奇跡を目の当たりにしたんですから。あのお力があれば、世界征服などはたやすいことです。あなたも一度、神のお力をご覧になれば、必ず納得しますよ」

「信じられん」

「見れば判りますよ。あの偉大なる絶対神……」

バシュッ!

突然、骨川の額にぽつんと黒い穴があいた。骨川は夢見るような笑顔のまま、恍惚と共に床に崩れ落ちる。

驚いて振り向いた伊藤の眼前に、男がひとり右手に銃を持ったまま立っていた。その瞳は怒りに満ち、その眉宇には秘められた英知を宿し、男は決然と立っていた。

「お袋までたばかった外道どもが。地獄で後悔するがいい」

驚きに固まっていた伊藤が、ようやく口を開く。

「お前は?何者だ?」

男は骨川の遺体を蹴り上げながら、無表情で答える。

「このバカどもが神とあがめるクソッタレに、復讐を誓った男さ。ジャイアン、静香、出来杉、お袋……みんな騙されて狂っちまった……あのクソッタレの猫型ロボットの口車に乗ってな」

男のメガネの奥の瞳が、悲しげに光る。

「お前はいったい……」

言い募る伊藤には目もくれず、男は携帯を取り出すとボタンを押した。

「ドラミ!こっちは終わった。迎えに来てくれ」

それだけ言って携帯を切ると、男は改めて伊藤に向き直る。

「娘を人質にされているんだな?ヤツラのやりそうなことだ。いいか?ハラをくくって聞いてくれ。世界中のどんな軍隊も、世界中のどんな組織も、ジャイアンとその後ろにいる猫型ロボットには手も足も出ない。これは俺やこいつらの妄想ではなく、紛れもない事実だ」

伊藤はもはや、唖然としたまま男の話を聞くだけだった。

「唯一抵抗できるとしたら、それは俺と相棒のドラミだけだ。相棒が迎えにくるまで一分ある。その間に、ヤツラにつくか俺達につくか決めろ!」

メガネの男はそれだけ言い放つと、タバコに火をつける。

その様子を目にしながら、伊藤は絶望的な思いで選択を考えていた。冷や汗が背中をぬらす。

突然、本部長室の何もない空間に、木製の立派なドアが、それもドアだけが忽然と現れた。ドアが開き、中から黄色い丸みを帯びたロボットが現れる。

そのころになってようやく、本部長室の外が騒がしくなる。

「時間だ。さあ、伊藤さん。どうする?」

ドアの向こうに消えかかりながら、Gに仇なす者、孤高のレジスタンス、野比のび太が尋ねる。

伊藤の全身は汗をかきながら、ガタガタと震えていた。その脳裏に、伊藤つばさ〜かつてアイドルと呼ばれ、今はGの配下にいるという愛娘の笑顔が浮かぶ。

伊藤は決心すると、のび太に向かってうなづいた。

「戦うよ」

それを受けて、のび太はにっこりと微笑む。

「つばさちゃんは必ず助け出すよ。洗脳されているだけだから、必ず元に戻してやる。あんたは正しい選択をした」

のび太、ドラミ、そして新しい戦士伊藤は、空間にぽっかり口を開けたドアの向こうに向かって駆け出した。

愛するものを救い、自由のために戦う、

修羅の日々へ向かって……

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