| 国家元首ガモウ |
| 「このまま何もしなければ、我々の敗北は必至だ。それなのにあなたは、何もしないおつもりか?」 詰め寄るルイに対して、国家元首ガモウは腕を組んだまま答えない。激昂した副官のルイは顔を真っ赤にして声を荒げる。 「敵は大国だ。物資も兵力もたくさん持っている。いざ開戦になれば、ものの数週間でこの国は壊滅に追い込まれる。それなのにあなたは、のらりくらりと答えを引き伸ばすばかりで、何ら効果的な政策を打ち出すことが出来ないではないか」 「とにかく戦争にならないように、あらゆる手を使うのだ」 「そんな悠長なことをいっている場合ではない。国交断絶状態がもう二年も続いているのだぞ?具体的な攻撃理由がないから、敵国も世論を恐れて今のところは輸出入の完全な停止だけで済ませているが、気の短いあの国のことだ。いずれは宣戦布告してくるだろう」 「二年がんばれたんだ。あと二年がんばろうじゃないか」 長年、経済産業大臣を勤め上げたガモウは、二年前、ついに国家元首となった。国家元首になるために、政界にばら撒いた金や薄汚い裏工作は莫大なものだと言われている。 直情型で軍人上がりの副官ルイは、この俗物のカタマリのような男がどうしても好きになれなかった。そのために言葉も、つい激しいものになる。 「そうして、あなたは国家元首の任期を終えるというわけか?いい加減に目を覚ましてくれないか?あなたが戦争という大きな責任を負いたくない気持ちは、個人的には理解する。だが、このままでは国家元首を勤め上げた頃には、この国は敵国の属領となっている可能性があるのだぞ?」 「その時は、その時さ」 あまりのセリフにルイは一瞬、言葉を失う。それからあきれたようにしゃべりだした。 「この国は、何の資源もない小さな島国だ。技術立国などと言ってはいるが、圧倒的な輸入依存国なのだよ。他国からの物資が入ってこなければ、我々はあと数年のうちに蓄えを使い果たし、闘わずして白旗を掲げなければならないのだ」 「だからどうしろと?」 「コンピュータやゲームや家電製品などを作っている場合ではないと言うことだよ。今すぐ戒厳令をしいて、全ての産業を軍事へシフトしよう。幸い、コンピュータは今すぐにでも軍事への転用が利く。餓死を待って数年生き長らえるよりも、のるかそるか、国家の生き残りをかけた戦いの準備をするべきなのだ」 「そんな事は出来ん。今までどおりでいいのだ。このままでな」 「そうしてこの国が壊滅するのを、ただ座して待つというのか?こうなったらもう、戦争しかないのだ!あなたも国家元首なら、国を守るためにできることをしなくてはならない!」 「私にできることはやっている。そして、誰がなんと言おうと私は国家元首だ。次回の選挙で破れない限り、この国の最高の意思決定権は、私にあるのだ」 ルイは危なくつかみ掛かりそうになるのをこらえて、席を蹴って立ち上がった。扉を出てゆく間際に振り返り、怒りの声を上げる。 「心配しなくても、あなたは次回の選挙まで生きられないさ。どうせ向こうから戦争を仕掛けてくるんだ。そうなれば今回の事態の責任は、あんたひとりのものだ。国土が侵略されるときは、私が、真っ先にあなたを地獄に送ってやる」 その言葉に、ガモウは部屋の隅に立っている警備員へ、穏やかな声で告げる。 「ルイ副官の今のせりふを聞いたな?これは脅迫に当たる。副官を逮捕拘束しなさい」 すぐさま動いた警備員に両脇を抱えられながら、ルイは悔しそうに叫んだ。 「貴様のような奴が、この国を滅ぼすんだ!」 警備員を振り払おうとして暴れながら、ルイは扉の向こうに引きずられていった。重い音を立ててしまった扉に向かって、ガモウは恐ろしく冷静な声でつぶやく。 「その言葉、そっくりそのままお返しするよ」
六ヵ月後。 半年の間拘束され外界から閉ざされていたルイに、ガモウの呼び出しがかかった。ルイは隙を見て逃げ出し復讐を遂げる覚悟で、国家元首の元へ向かう。 扉を入ると、その権力の象徴のごとく巨大な椅子に、ガモウが深深と腰掛けている。その顔には、明らかに疲労の色が色濃く浮かんでいた。ガモウは警備員に向かって疲れきった表情で命令した。 「手錠を外しなさい。彼は本日より拘束を解かれる」 それからルイのほうに向かって、うつろな笑みを浮かべた。 「やあ、ルイ。元気そうじゃないか」 「貴様はずいぶんと疲れきっているようだな。急に私の拘束を解くとは、いったいどういう風の吹き回しだ?牢屋の中の俺に何の情報も与えず、いまさら助けを請おうというのか?」 「君のような戦争屋に?まさか。危機は脱出したから、君を拘束しておく必要がなくなっただけだよ」 その言葉に驚愕したルイは、ガモウに詰め寄る。 「なんだと?危機を脱出した?いったいどうやって?」 ガモウは深いため息をつき、悲しそうにルイを見たあと、ぼそぼそとしゃべりだした。 「ルイ、状況を理解していなかったのは君だったんだ。君は、世界における敵国と我々の位置を、まるっきり見失っていたんだよ。君は戦争をしろといったけれど、あの時すでに戦争は始まっていたんだ」 「なんだと?」 「いいかい?我々には資源もなく、兵力も少ない。そんな状態で武力衝突をすれば、万にひとつの勝ち目もないのは、火を見るよりも明らかだった。君を筆頭とした賛戦論者は、それでも背水の陣を敷いて戦えと主張したが、私にはそんな自殺行為は出来なかった。愛する家族を戦争に巻き込むわけには行かなかったからね」 「しかし、それならいったいどうやって?」 「言ったろう?私が国家元首になったときから、戦争は始まっていたんだよ。敵国との国交断絶は、態度をはっきりさせないうちにやむを得ずなったのではなく、最初から私が計画して行った戦略だったのだ」 腑に落ちない顔のルイには視線を向けずに、ガモウはタバコに火をつけると、深深と吸い込んで続けた。 「国交断絶による輸出入の停止。それこそが、私の攻撃だったのだよ。長いこと経済産業を統括してきた私には、敵国とわが国が遠からず戦争になることは読めていたんだ」 「しかし、いったい……」 「ところがいざ戦争の危機がささやかれ始めると、君を含めたこの国の軍人、官僚、政治家は、軒並み賛戦論に傾いていた。状況が見えているのは私ひとりだったのだ。私は仕方なく、国家元首になることを決意したのだ。この国を、いや、私の家族を戦争から守らなくてはならないのだからね」 「すると、裏金をばら撒いたり、裏工作をしたのも?」 「私には時間がなかったのだよ。勝ち方のわかっている詰め将棋を、ルールも知らない子供に解かせるわけには行かなかったからね。今回の危機で最もしてはいけない一手、それが武力衝突なのだよ」 「しかし、では、あなたはいったいどうやってこの危機を乗り越えたというのですか?」 ルイの口調が、いつのまにか変わっている。 「いいかい?この国は技術大国だ。敵国へのわが国の家電やゲームの輸出量は膨大なものなんだよ。わが国の製品は、彼らの機械より安くて、丈夫で、信頼性が高くて、そのうえ便利なのだ」 「……?」 「わからないか?敵国の首脳陣にも家庭があり、妻や子供がいるのだよ。一時的にわが国憎しで不買運動が起こったとしても、結局はわれわれの製品をほしがるのさ。特に家事労働をわが国の便利な製品に頼りきっている彼らの妻や、ゲーム先進国の我々のゲームを垂涎に見ている彼らの子供たちはね」 「しかし、そんなことくらいで……」 「そのヒトコトは、君が何も理解していない証拠だよ?いまや世論を動かしているのは、女性や若者なんだから。ただね、この策には弱点があるんだ。いくら便利なものがいいとはいえ、戦争になってしまえば関係ない。そんな非常事態なら、みなそれなりの我慢はするものだから」 「だから、あなたは戦争を避けようと」 「平和で退屈な毎日。これが私の武器だったのだよ。非常事態なら我慢もしようが、平和で退屈な昨日と代わらぬ日々が続けば、日常の細かい不便は腹立ちの原因になる。隣の人が持っている便利な道具や面白いゲームが、自分には手に入らないという事実は、非常に不愉快なことなのだ。平和であればこそ」 ルイは、ガモウの言葉をかみ締めているかのように、黙り込んでしまった。 「輸出入停止、とにかく戦争をしないこと。私はこの二つだけを行うために、国家元首になったのだ。あとは余計なことさえしなければ、我々が勝つ事ははじめからわかっていた」 ガモウはそう言いながら、ルイに書類を渡した。 敵国からの貿易停止宣言の解除と、わが国に有利な通商条約の締結を求める声明のかかれた書類を読みながら、ルイは完全に言葉を失ってしまった。 「なあ、ルイ。戦争は最後の手段ではない」 顔を上げて、いまや畏敬の念さえ見せているこの副官に対して、ガモウは相変わらず疲れきったような覇気のない声で、穏やかに言った。 「たいていの場合、最悪の手段なんだよ」 参考文献:ファウンデーション/アイザック・アシモフ |