不死の里

その里は不死の里と呼ばれていた。

そこの住人は死なないといわれている。もっとも、本当かどうかはわからない。ただ、とんでもなく長寿の人間が住んでいることだけは確かだった。

ペイルは好奇心の強い少年だ。

そんなうわさを耳にすれば、そりゃあ居ても立ってもいられなくなるのも無理はない。不死の里へ入ることは、村の掟(おきて)でかたく禁じられていたけれど、少年の好奇心を殺すことはできない。

ある朝、決心したペイルは、学校をサボって不死の里へ向かった。村を出て北の山に向かって2時間も歩けば、不死の里へ行くことはできる。

もっとも、そういう者が居ないように、村の北側には見張り小屋があるのだが、この村の住人はもともと信心深く、掟を破ろうとする者がほとんど居ないので、見張り小屋の番人もひどくいい加減な仕事しかしないのはわかっていたから、案外あっさりと出し抜くことができた。

山に向かってペイルがずんずん歩いてゆくと、やがて深く背の高い竹林に囲まれた一角が出現する。

ははあ、これが不死の里だな? と合点したペイルは、竹林に向かって踏み込んでゆく。獣道のような貧弱な道を、もうずいぶんと林の奥まで入り込んでみると、突然目の前が開けた。

同時にペイルの天地がひっくり返る。

「うわぁ」

驚いて声を上げると、向こうのほうからかったるそうな、不機嫌な顔をした男がやってくる。そこでようやく、ペイルは自分が獣を獲る罠にかかったことを理解した。

地面に網が埋めてあって、獲物がかかると竹の戻る力で空中にからめ獲られてしまう、よくある罠だ。

「罠に引っかかってしまいました。助けてください」

ペイルが頼み込むと、男は面白くなさそうにぶすっとしたまま、網を下ろしてペイルを助け出してくれた。

「ありがとう。罠をムダにしてしまってごめんなさい」

男はそう言うペイルの顔をじろりとにらみつけると、ふんと鼻を鳴らす。ペイルは申し訳なくて、小さくなっていた。それから、恐る恐る、聞きたかった質問を口にする。

「あの、こ、ここは不死の里ですか?」

と。

ペイルの言葉に、男の表情が一変する。

「なんだ? 坊やはこの里に人間ではないのか?」

彼の表情は輝かんばかりに晴れわたっている。「上機嫌」というのを形にするとしたら、まさにこの男のようになるに違いない。

ペイルが驚いてうなずくと、男は満面の笑みを浮かべて言った。

「そうか、それは遠いところからよく来たね。疲れただろう? 私の家に来て、ゆっくり休みなさい。おいしいものも食べさせてあげよう」

なんだ、ずいぶんと親切な人じゃないか。不死だなんていうから、なにやら恐ろしいイメージを持っていたけれど、ちっとも怖くない。

ペイルはうれしくなって、にこにこと男のあとについてゆく。もちろん、「おいしいもの」の一言が背中を押したことは言うまでもない。

竹林の真ん中に不死の里はあった。

一体何人の人間が暮らしているのだろう?

そう思った矢先、男がニコニコと話し出した。

「ここらに住んで居るのはね、10人くらいなんだよ。もっともお互いに顔を合わせることはないけれどね。ここ一キロ四方に住んでいるのは、私一人だよ」

「あなたひとり? ほかには誰も居ないの?」

「そうだよ。たまに里に住むほかの連中の子供がやってきて、さっきの君みたいに罠を壊してしまうことがあるけれど、それ以外はほとんど交流がないんだ」

「それじゃあ、ずいぶんさびしいね? あなたは寂しくないの?」

男は少し困ったような顔をした後、優しい顔でうなずいた。それから粗末だけれどずいぶんとこざっぱりした家に上げて、お菓子をたくさん出してくれると、立ち上がって言った。

「今からおいしい料理を作ってくるから、君はここでお菓子を食べていなさい」

ペイルはうれしくて、何度もうなずくとお菓子にかぶりついた。男はその様子に、目を細めてうなずくと、奥の台所に向かった。

しばらくして、男は大きな皿に盛られた、いいにおいのする料理を持って現れた。肉の焼ける香ばしい香りが、部屋一杯に広がる。

ペイルは待ってましたと料理にかぶりついた。

うまい!

あまりのうまさに、ペイルはあっという間に皿に盛られた料理を平らげる。おなか一杯になって心地よくなり、うとうとし始めると、男はにこやかに言った。

「しばらく眠るといい」

男の言葉が終わる前に、ペイルはぐっすりと寝込んでしまった。

 

ほう、ほう、というふくろうの声に目を覚ますと、あたりはとっぷりと日が暮れている。ペイルは驚いて飛び起きた。

帰らなくちゃ。

そう思って男の姿を探す。家の中を見て回ると、男は寝室の布団の中に居た。なんだかやけに苦しそうだ。

「大丈夫ですか? 病気?」

その声に男はうっすらと目を開けると、意地悪な顔で微笑んだ。

「いいや、もうすぐ死ぬんだよ」

「ええ? どうして?」

不死の里の人間が死ぬ?

驚くペイルに、男は布団をはいで見せる。

なんと、男の胸に大きな穴が開いているではないか。その空洞には、本来あるべきものの姿がなかった。

「わかるか? 俺は心臓を取ってしまったから、もうすぐ死ぬんだ。お前が俺の心臓を食べてしまったからな」

それでは、あの料理は彼の心臓だったのか?

あまりの恐ろしさにガクガクと震えだしたペイルに向かって、男は心底うれしそうに言う。

「だましてゴメンな? だけど、我々不死の里の人間はこうしないと死ねないんだよ。ああ、うれしいな。やっと死ねる」

「どうして、そんなに死にたいの? ずっと生きていけるほうがいいでしょう?」

ペイルがそう言うと、男は「今にわかるよ」とつぶやいて、ゆっくりと目を閉じる。そして、それきり、永遠に眠ってしまった。

ペイルは家の裏手にゆくと、穴を掘って男のなきがらを埋めた。ずいぶんと大変な作業だったけれど、なんとかやり遂げる。

さて、家に帰ろうかと思ったとき、驚くべきことが起こった。

さっき男を埋めるときに、あやまってスコップで切ってしまった手の傷が、見る見るうちに治ってゆくのだ。

なるほど。不死の人間の心臓を食べたから、今度は僕が死なない身体になったんだな。

ペイルは合点すると同時に、うれしくて踊りだしたくなった。

僕は不死の人間なんだ!

いそいで里を出て、村に帰る。

村では心配した大人たちがペイルの捜索に出かけるところだった。

ペイルは散々怒られたが、不死の里へ行ったことはかたくなに隠した。掟を破れば、自分だけでなく父や母まで村に居られなくなるからだ。

布団をかぶっても、あまりの興奮にしばらくは眠れなかった。

 

ペイルは笑わなくなった。

最初のころこそ、自分の身体に傷をつけて、それがどのくらいで治るかを試したりしていた。思ったとおり、がけから落ちても、一番高い木のてっぺんから飛び降りても、ペイルは死なない身体になっていた。

死なないだけではない。傷を負っても痛くないのだ。

足を折れば歩くことはできないけれど、痛くないからそのまま転がっていればいい。ものの30分もしないうちに、身体は元通りに治ってしまうのである。

だが。

その代償は、あまりに大きかった。

痛みを感じないだけではない。それ以外の感覚のほとんどが失われてしまったのだ。食欲もなく、無理に食べても味がしない。ものを触っても感触がない。

ペイルは子供だったが、もし彼が青年だったら、女性に触れても何の感触も興奮もないことに気づき、絶望的な気分を味わったことだろう。

やがて、ペイルの秘密が村の住人にばれる。

それはそうだ。同い年の子供たちが日々成長しているのに、ペイルだけがいつまでも子供なのだから。村の人間が掟を破った裁きを下す前に、両親は、ペイルを連れて村を逃げ出した。

しかし、 永遠に成長しない子供をつれていては、どこへ行っても長く住むことができない。似たような年の子供が成長してゆけば、年をとらないペイルはすぐに目立ってしまうのだ。

かれらは放浪暮らしを続け、やがて両親は心労がたたって、失意のうちに亡くなった。

独りぼっちになったペイルは、かつての村に戻る。もう、彼を覚えているものは居なかったが、しかし、どうせここにいたって同じことだ。

ペイルはそのまま村を通り過ぎると、例の竹林に入り込んだ。竹林にはすっかり寂れたあの家があった。

ペイルは家を修理し、掃除して住めるようにすると、たった一人そこへ暮らし始める。

見た目は子供ではあっても、すでにペイルの精神年齢は40近い。

その上、食欲、性欲、睡眠欲、そのほか生物として持っているはずのほとんどの欲を持たない彼は、ただ、家の中でじっとしていても生きてゆけるのである。

ペイルは家の中でじっと座った切り、考え続けた。

永遠に生きること、不死である事がどういうことなのか?

いや、そんな哲学的な問題を考えるわけはない。

彼はただ、この理不尽な状態に憤(いきどお)っていたのだ。すべての欲を奪われ、すべての快感を奪われ、彼はただ、ものすごい不満を持った塊になっていた。

圧倒的な怒り。その純粋な結晶。

長いことそうして、怒り続け、やがて怒ることにも倦(う)みはじめる。

ためしに自殺してみようと、心臓を抉(えぐ)り出しても、その心臓を切り刻んで捨てても、心臓はいつの間にか胸の中に現れる。やはり誰かに喰ってもらうしかないのだ。

いつか昔の自分のように間抜けな者が来ることを、待ち続けるしかないようだ。

そこでようやく、自分に心臓を食わせたあの男が、罠を張って動物を捕まえていた理由に思い当たった。

まったく欲望を持たない彼が、ほかの生物より優れているたったひとつのもの。

不死であると言うこと。

それを確認し、ちっぽけな優越感を得るための退屈しのぎ。

そう。

ペイルは生き物を殺すために、罠を仕掛けるようになった。捕らえた生き物を、じわじわと殺しながら、その苦しむ姿を眺めるのだ。

ほんのすこしの快感と、気が遠くなるほどのうらやましさを味わいながら。


index