満月に笑う
リュウ大臣がやってくると、皇帝はほっとした顔で玉座に深く身体をうずめた。

これでもう、大臣たちの難しい議論に付き合わなくてすむのだ。話を聞いているフリをして、最後はリュウに同意すればいい。それで間違いない。

若干18歳にして地球の半分を治める権力者、少なくとも建前上は巨大な権力を持っている中華帝国皇帝、ソウゲツは安堵のため息をつく。

反対に居並ぶ大臣連中は、リュウの顔を見て眉根をひそめた。

皇帝がリュウの傀儡(かいらい)と成り果てていることは、みなの知るところであったが、それでも中華帝国軍総司令官であり、将兵に絶大な人気を持つリュウに、表立って逆らうことはできない。

長々と続いた論議も、リュウのヒトコトで決着がつくだろう。今までと同じように。

今までの議論の概要を聞いたリュウは、いつものしかめっ面のままで言った。

「結局のところ、また人口調節の問題に行き着くわけだな?」

リュウの言葉に、彼を支持する数少ない大臣、シバタクはうなずいた。若いシバタクは、帝国随一の権力者であるリュウに心酔しているのである。

もっとも、リュウについていれば、自分もより出世できると言う野心があることも、間違いはない。

「わが帝国がかつて今の半分以下の国土で、人民共和国を名乗っていたころから、人口問題は深刻なものでした。しかし、現在の人口飽和は、もはや深刻などと言うレヴェルではありません」

「そんなことはみな、充分わかっている。改めて言う必要はないだろう」

リュウに次ぐ力を持つ老大臣、ソンジュン(そんじゅん)が、苦虫を噛み潰したような顔でたしなめる。

ソンジュンはシバタクが、いや、若い政治家や将兵がリュウに肩入れするのを、面白く思っていないのである。

今年50になるリュウは、精力にあふれたその顔に明らかな苛立ちを浮かべて、大臣たちを見渡した。

「かつて施行された一家庭一子の法は、結局、無登録の流民を生むだけの結果となった。そのためにわれわれのすばらしい祖先は、戦って新しい領土を勝ち取り、増えた民以上の土地を切り取った。そしてついには、これだけの帝国を築く事ができたのだ」

21世紀末に先進国を襲った大地震の影響が、中華帝国(当時は中華人民共和国)をかつてのモンゴル帝国をしのぐ大国にしたと言う事実には触れないのが、中華帝国国民のエチケットである。

「その偉大な血を引くわれわれが、同じ問題で右往左往している姿を先祖の方々がご覧になったとしたら、さぞや落胆なされるであろうな」

「ならばリュウ大臣、あなたには何か策があると言うのか?」

意地悪い嘲笑を浮かべながら、ソンジュンが聞く。その尊大な態度を意にも介さず、リュウは眉間のしわを深めながら、ゆっくりとうなずいた。

「人口問題を解決するには、いくつかの方法がある。まずは供給を断つ。つまり生ませないわけだが、これが非常に難しいことは、かつての政策の失敗で充分によくわかっている」

「うむ。それで?」

「一番効率がいいのは、戦争だ。国民を養うに足る肥沃な土地を、これは農業的な意味だけでなく、産業や特産も含めて肥沃な、と言う意味だが、そういう肥沃な土地を切り取りつつ、さらに戦闘によって増えすぎた人口を減らすこともできる」

「おやおや、リュウ大臣はずいぶんと恐ろしいことを言う。国民に聞かれたら、あっという間に失脚ですな」

ソンジュンが大口を開けて笑いながら、リュウを皮肉った。もっとも、ソンジュンは国一番の好戦論者だから、彼の内心も今のリュウの意見とほぼ同じであることは間違いない。

その証拠に、自分で「失脚ですな」と言っておきながら、それ以上リュウの言葉を責めるでもなく、むしろニヤニヤと笑いを隠さないでいる。

「しかしまあ、リュウ大臣の意見は確かに一番現実的だ。戦争が人口調節の一番効率のいいやり方だというのは、はるか昔からわかっていることだからな。問題は、簡単に切り取れる土地が、この世界にはもう残っていないということだ」

その指摘に、若いシバタクが反論する。

「そんなことはありません。わが帝国の力と皇帝の威光を持ってすれば、西欧諸国などおそるるに足りない」

「ひかえろシバタク。そのような建前論は、国民の前でやるもので、国政の場において、したり顔で唱えるものではない。貴様のような若造とて、国政に携わる大臣である以上、場所によって発言するべき事柄くらいは判断せよ」

ソンジュンに一喝されてシバタクはむすりと黙り込む。

もっとも、皇帝の手前、ああは言ったが、発言したシバタク自身が、「皇帝の威光」などと言う幻想を、微塵も信じていない。

国政に携わるものなら誰も、西欧諸国と中華帝国のパワーバランスが、危ういところで拮抗していることはわかっているのだから。

「それで、リュウ大臣。あなたはどこの国を攻めるというのです?」

シバタクをやり込めておいてから、ご機嫌な様子でソンジュンが言った。リュウは相変わらず無表情のまま、軽くうなずいて話し出す。

「ソンジュン大臣のおっしゃるように、この世界に、新たに切り取ることのできる場所は見当たらない。だから、戦争と言う選択肢も、捨てざるを得なくなる。そこで、第三の選択肢だ。これこそが、私の主張したかったものなのだ」

「それは?」

リュウはにこりともせずに言った。

「新しい開拓地への移民である」

「ばかな! 今、「この世界には切り取る場所がない」と言った同じ口で、なにを世迷いごとを」

「落ち着かれよ、ソンジュン大臣。切り取るべき土地は、まだうなるほどあるのだよ。我々の頭上に」

リュウの言葉に、みなが一斉に上を見上げる。

5階まで吹き抜けの大会議室の天窓には、その大臣たちをあざ笑うかのように、満月が輝いていた。

「まさか……」

一番最初にリュウの言葉を理解したのは、やはり若くて柔軟な頭を持つ、シバタクであった。若者の驚愕にカケラも動じず、リュウは天空の満月を指差しながら言った。

「あそこに、誰のものでもない、たくさんの土地が余っているではないか」

「ばかな! 何を夢みたいなことを言ってるんだ!」

ソンジュンの叫びに、リュウは首をかしげる。

「ソンジュン大臣こそ、何をおっしゃっているのやら。確かに月への一番乗りは、はるか昔に米国がやってのけた。だが、天界に住むべき真の選民は、中華民族でなければならないと言うのは、自明の理だと思うのだが?」

そう言う論法で来られては、ソンジュンも黙るしかない。それに、リュウの発した「選民」と言う言葉が、ソンジュンの心を動かしたことも間違いないだろう。

自らを「中華」民族と名乗っているように、「選ばれた民」「世界の中心の民」そんな言葉に中華民族は弱いのである。

結局会議は、「余った国民をどこへやるか」と言う話から、「月へ選民を送り、彼らが地球を支配する」と言う話に、いつのまにか摩り替わっていた。

大臣たちにとっては、言わば「ゴミ捨て場」に悩んでいたはずが、「選ばれた自分たちが、月で支配者となる」と言う魅力的な話にとって代わったわけで、これはもう、今までとは熱の入り方が違う。

誰が優れている(彼らの基準で)か? 誰が選ばれるべきか? この手の話は、彼ら支配階級の、最も好きな話なのだから。

技術的には簡単に実現可能な話だけに、彼らの皮算用は、微に入り細に渡るまで、事細かに構築されていった。

なんと、月の居住区域へ誰が最初に入るか、などと言う、実にどうでもいいことにまで議論が費やされたのだ。

解散する時の大臣たちの顔は、すでに地球を支配する貴族らしいとでも言うべき、傲慢で尊大なものになっていた。

 

移住計画は、最後の段階に達していた。

月にはすでに、居住に充分どころか、華美すぎるほどの施設が構築されている。もちろんそのための費用は、「一部の者」を除いた中華帝国の国民が平等に負うのだ。

そして、その「一部の者」たちは、今や遅しと移住の時を待っている。

そんな折であった。

ある流言が支配階級の間に流れる。

「リュウ大臣は、皇帝以下、自分の支配の邪魔になる人々を全て月へ送り、自分は地球上に残って巨大な権力を握ろうとしている」

と言うものである。月へ行こうとしていた大臣たちは、言葉を失ってしまった。それと同時に、なぜ月への移民リストの中に、リュウ大臣以下関係者の名前が入っていないのかと言う謎の答えを知った。

彼らは当然のごとく怒り狂う。

それはそうだろう。

リュウ大臣は、自分たちを言いくるめて月へ送り、自分は地球でこの世の春を謳歌しようとしているのだから。

非公式にみなを集めて、ソンジュンは言った。

「冷静になって考えてみれば、月へ行くということは非情に危険を伴うことだ。地球から見上げている分には、天界だとか、天国だとか、好き勝手なことを言える。しかしいざ向こうへ行ってみた時の事を考えてみればいい」

リュウを除いた大臣たちを前にして、彼は怒りをあらわにしながら叫ぶ。

「空気もなく、重力も少なく、あるのは莫大な鉱物資源だけ。考えてみれば、我々支配者の行くところではない。資源を掘り出すのは、開拓民の仕事であり、我々貴族は、彼らの生み出す物を取り上げ、安楽椅子で恩恵に浸っているべきものでではないだろうか?」

ソンジュンの言葉に、大臣たちはいっせいにうなずく。ソンジュンはその様子を満足げに眺めてから、さらに言い募った。

「天界、という甘美な言葉の魔力に騙され、貴族が開拓民のマネをさせられる。これほどの屈辱があるだろうか?」

貴族たる大臣たちは、このことについて話し合った。

いや、話し合うまでもないだろう。

リュウは自分たちをワナにはめて、この地球を自分のものにしようとしていることは、もはや疑いもないのだから、彼の罪は明白である。

リュウを支持していたはずのシバタクでさえ、怒りをあらわにしていた。裏切られたという思いが、若いシバタクを極端から極端へ走らせる。彼はソンジュンの腹心となって、 リュウを追い詰める任務を買って出た。

数日後に、緊急会議が開かれると、その席でリュウは、反リュウの急先鋒であるシバタクによって、国家反逆罪を言い渡された。

一族郎党ほか彼に関わる全ての人々、そして、彼にくみする将兵まで、とにかく全ての人間ごと、月への流刑を言い渡される。

判決の間中、リュウはうなだれていた。それが、世界征服に失敗したからなのか、己の罪を悔いているのかは、彼以外の者には知る由もなかったのだが。

 

月に構築されたドーム郡の中でも一番大きな中央ドーム。

その大講堂の壇上で、リュウは満面の笑みを浮かべていた。

「我が子たち、私たちはついに手に入れた」

そのセリフが終わるか終わらないかのうちに、講堂を満たした数万の人間から、地鳴りのような大歓声が起こる。

「すこし、昔話をさせて欲しい」

リュウの言葉に、一斉に拍手が沸き起こる。

「私は皇帝を操って権力を手に入れた。しかし、それは非情に危ういバランスの上に成り立っていた。なぜなら、最終決定権は18の子供にあり、かつ、私と同じくらいの力を持つ大臣がほかにいたからだ」

ドームの中は、数万の人間がいるとは思えないほど、静まり返っている。その静寂の中にリュウの声だけが響き渡った。

「私はずいぶん前から、信頼できる者たちで構成された組織を作ることを夢見ていたのだ。しかし、私の権力が逆にそれを許さなかった。私が人間を集めれば、私に敵対する大臣たちは、国家反逆罪を適用して、私を消しにかかることは充分予測できたのだから」

壇上の水呑みを取って喉を潤すと、リュウは続ける。

「それで私は、その敵対する「彼ら自身」が、私の仲間全てを集めてくれる、今回の作戦を考えついたのだ。彼らは「月は天界」という幻想が破れた反動で、「月こそ監獄」「月こそ地獄」と思っている。月に送られた我々が、落胆し、後悔していると信じているのだ」

ここで、小さく歓声が上がるが、リュウはそれを片手を挙げて制しながら、話を続けた。

「ならば、彼らにはそう思わせておこう。「中華民族こそ、世界の中心」彼らがそう思いたいのだから、こちらの準備が整うまでは、そう思わせておこう」

またも歓声。

しばらくそれを笑顔で聞いた後、リュウはまた手を上げて制す。

「我々には、月の地下に眠る、莫大な資源がある。そして、それを欲しがる人間も、地球には数え切れないほどいるのだ。中華帝国を快く思わない人々が」

歓声とリュウの制止。

「彼らはわかっていないのだ。重力6分の一の月からミサイルを打ち出すことの容易さや、彼らの撃ち出すミサイルを迎撃することの容易さが。そして、周りの小惑星群から得られる、我々の資源の多さが!」

リュウ万歳の声が、どこからともなくあがり、やがてドームを満たした数万の全員に広がってゆく。

リュウはかつて大臣であった頃には決して見せたことのない笑顔で、人々に微笑みかけた。

そして、大声で叫ぶ。

「地球はついに念願の、「世界統一政府」を得ることができるだろう。我々月人の支配の元にっ!」

その瞬間、ドームが割れんばかりの歓声と、地鳴りのような拍手や足踏みが起こる。

今度の歓声は、もう、誰にも止めようがなかった。

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