悪者と愚者
ワール大臣は悪党である。はっきりそう言っていいだろう。

もちろん大臣になるだけあって、人望はある。

しかしそれは、利権に基づいた人望だ。彼はすり寄って来る商人や建築業者のために、彼らに有利な法律や規制を作り、その見返りとして莫大な賄賂を手にしている。

だが、彼に力があることもまた、間違いのない事実だ。だからゲイルは、表面上だけでも彼に取り入って、そこそこの影響力を持つに至っている。もちろん、彼の失脚によって自分の立場が危うくなるほど深入りはしない。

グッド大臣は真面目だが愚か者だ。

精錬潔白、質実剛健。実直を絵に描いたような人柄のため、やはり人望がある。だが彼には清濁併せ呑むフトコロの深さがない。悪は悪、善は善といった底の浅い二元論でしか、物事を見ることが出来ないのだ。

言うまでもなく、グッド大臣はワール大臣の政敵である。

そこでゲイルは小心者を装って、「自分は小物であるから、オモテだって協力することは出来ないが、心はあなたと共にある」と言った具合に、グッド大臣の陣営に参加する足固めも怠らない。

現在は資金の多さによってワール勢力が優勢ではあるが、ひとたび彼らの悪事が明るみに出れば、壊滅的な打撃をこうむることは間違いない。そんなとき、精錬潔白なグッド陣営に参加できれば、ゲイルの地位は安泰だ。

もちろんゲイル自身、自分の卑怯さは充分わかっている。しかし、政治家と言うものは、清濁併せ呑む覚悟と器量がなければ、決して大成することは出来ないのだ、と言う考えにゲイルは絶対的な自信を持っていた。

「自分の言葉は詭弁であり、結局はただの自己保身である。だが、自分を守れないものが、果たして国家を守れるだろうか?」

と、ゲイルは問う。

「答えは否だ。彼らのように己の利権や信念に沿って、盲目的に突っ走るような偏った人間は、国の原動力とはなれても、国の舵取りをすることは出来ない」

それがゲイルの本音であった。

バランス感覚。

ゲイルの主張の全ては、最終的にここへ行きつく。

あるときは雄雄しく力強く己の大儀や正当性を主張し、あるときは小ずるく柔軟に立ちまわれなくては、国際社会で生きぬく事は出来ない。

バランス感覚に優れたものが、この国の行く末を握ることが出来るのだ。と、彼は信じていた。

 

やがて、ワールの悪事が露見するときが来る。

国民は、ワールに対して怒りの声をあげた。

しかし、グッド陣営はこの件に関して沈黙を通した。精錬潔白なグッドらしく、政敵の自滅に対して追い討ちをかけるようなまねはしない、と言うことなのだろう。

だが、怒りに燃えた国民は、その沈黙に対して反感を持った。グッドこそこの国の良心であるはず。その良心がこんな悪事に対して沈黙しているとは何事か、と言った風潮が国中に広がる。

チャンスだ。

ゲイルはここぞとばかりに、ワールの隠された悪事を暴き立てた。同時に、グッドが沈黙しているのは、ワールの裏の力を恐れているからだと言った風聞も流す。

追い風を得たゲイルは、あっという間に新しいこの国の良心となり、正義の人となった。

ワールのスキャンダルからわずか数ヶ月で、ゲイルはこの国の大臣連中の中では、一歩ぬきんでた存在となる。いつのまにか、ゲイルにすり寄って来る大臣さえ出てくるようになる。

そして、ついに、国王の大臣召喚がかかった。

名君アリオン陛下の元に、12人の大臣が集結する。

悪事の露見したワール、沈黙を通したグッド、国民の圧倒的支持を得たゲイルの3人が筆頭の席に座る。

ワールの後ろには、彼との結びつきを否定することが出来ないほど深入りした大臣が二人。グッドの後ろには、彼と同じく清廉さだけが売りの無能者が二人。残りの5人は、全てゲイルの側についていた。

これはそのまま、現在の力関係をあらわす。

国王はその配置を見て、何事かを考えていた。

おそらくは、グッドの処遇に困っているのだろうと、ゲイルは内心でうなずく。ワールと違って悪事を働いたわけでも、何か失策をしたわけでもない。

ただ、「グッドは無能なり」と言う国民の声を考えれば、国王としては、このまま何もしないわけにもゆかないだろうな、と考えをすすめる。

まあ、どちらにしろゲイルには関係のないことだ。グッドとの関係だって悪いわけではないのだし、ワールとだってオモテだって対立したわけではない。

なにより、ゲイルにつく大臣の数から言って、どう転んでもこれから先、自分の天下なのは間違いないのだ。

長い沈黙の後、国王はついに最後通告を発した。

「ゲイル。おまえを国外追放とする」

ゲイルの頭の中は、真っ白になる。なぜ?なぜ自分が?

「陛下!どうしてです?本日はワール大臣、グッド大臣の進退についての御前会議ではなかったのですか?」

「余はそんなことを言った覚えはない。はじめから、おまえの進退を通告するために、みなを集めたのだ」

「なぜです?なぜ私が?私利私欲によって悪事を働いていたワール大臣こそ、罪を弾劾されるべきではないのですか?」

「うむ。ワールの罪は確かにある。しかし、ワールは交通網の整備や、建築業の活性化によって、国に大きな貢献もしているではないか。それで帳消しだ」

「しかし、だからと言って、なぜ私が?私はないもしていない!」

国王は大きくうなずくと、ゲイルに指を突きつけた。

「そう、おまえは何もしていない。ワールやグッドのように、国のためになるような結果を出していないではないか。おまえの罪は何かを犯したことではなく、何もしなかったことにあるのだ」

「そんな、何もしないことが罪になるなんて」

「一般の国民であれば、何もしないことは罪にはならない。しかし、おまえは政治家だ。怠惰な政治家を国民の税金で養うような、愚かで無駄なことをするわけには行かない。なせぜなら、いいか?ここは私の王国だからだ」

「悪事を働いたワールがお咎(とが)めナシで、私が追放だなんて……」

国王は力強い声で、厳(おごそ)かに言った。

「国というものは、悪によって滅びるのではない。政治を行う者の愚かさによって滅びるのだ」

 

それ以来ゲイルは国を追われ、自由主義、民主主義社会に逃れてきた。故郷も、地位も、名誉も、ゲイルは全て失ってしまった。

しかし、彼は思いのほか楽観している。

国王を持つ専制国家では失敗したが、ここ、自由主義、民主主義社会でなら成り上がることが出来るだろう。

なぜならここでは、ゲイルのように上手く立ち回り、己の保身のみを考える「行動しない者」こそ、より高い地位につくことが出来るのだから。

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