| 技術の進歩 |
| 受験勉強で疲れてしまい、ここのところ煮詰まっている。 このままじゃどうにも勉強の効率が悪いなと感じていた私は、気分転換を兼ねて、久しぶりにおじいちゃんのうちに遊びに行くことにした。 さすがに方向音痴の私でも、おじいちゃんの家には迷わないで行ける。歩いて五分の近さにあるんだもん。おじいちゃんの家について勝手に入りこむと、おじいちゃんは縁側で隣のかみさんと言うおじいさんと将棋に興じていた。 「おぉ、真美ちゃん!よく来たね。今、このヘタレをやっつけるから、ちょっと待ってて。一緒に、何か好きなものを買いに行こうね?」 「ナニをこのヤロウ!真美ちゃん、見てなよ?おじいちゃんを負かしてやるから。負けたら何でも言うことを聞くって言ってるから、好きなものを買ってもらいな」 どっちが勝っても、私は好きなものを買ってもらえるらしい。まあ、何も買ってもらえなくたって、全然構わないんだけどね。私はこのおじいちゃん達が大好きだから。 しばらく二人の将棋を見ていたんだけど、将棋なんてあんまり興味がないから、なんだか飽きてきたんだ。 それで、からかい半分で二人に質問してみた。 「ねえ、おじいちゃん達の若いころってさ、携帯がなかったんでしょう?どうやって好きな人とコミュニケーションを取っていたの?」 軽い気持ちで聞いたのに、おじいちゃん達はアレだけ熱中していた将棋の手を止めて、私に向かって座りなおした。 「俺たちのころはね、とにかく゛女の子の家に電話をかける"ってことが一大事だったんだよ」 かみさんが言うと、私のおじいちゃんもうなづいて続ける。 「そうそう、とにかく彼女が一発で出てくれることを祈りながら、必死の思いでダイアルしたもんさ。お父さんなんか出た日にゃ、慌てふためいて切ったりしてな」 「だって、着暦が残るでしょう?」 「そのころの電話には、そんな気の利いた装置は付いてなかったからね。ま、だから逆に、イタズラ電話なんかも多かったんだが」 「俺なんかさ、一人暮らしだったから、好きな子が電話くれるなんて時は、風呂に入るのももどかしかったんだよ。風呂場の入り口に電話機を置いておいたりしてさ」 「ああ、お前は酒代と電話代だけは、何があっても払ってたもんな。そのためにわざわざ部屋代振込みにしないで。部屋代滞納して電話代払ってるんだから、バカも極まれりだよ」 「うるせえ、バカ。真美ちゃんの前で余計なこと言うな」 私は、このかわいらしいおじいちゃん達のやり取りに、思わず顔をほころばせてしまう。 「でもさ、それだと相手が何をしてても判らないね?浮気したって、悪さしたって何でもやり放題じゃない?」 私がそう言うと、おじいちゃん達は黙り込んでしまった。困ったな、なんか悪いこと言ったかな? たっぷり一分以上間を置いて、じいちゃんが話し始めた。 「そう……そうなんだよな。あのころはとにかく連絡手段ってモノが家の電話くらいしかないから、後はひたすら信じるしかなかったんだよな」 「あぁ、そうだ。連絡がないといろんな悪いことを考えちゃって、それでも愛されているはずだ、なんて自分自身に虚勢を張って」 「そう、それでも不安はぬぐえなくて、その相手を信じきれない自分に嫌気がさしたりしてな。勝手に自家中毒に陥って、勝手に怒って、勝手に別れを持ち出して。誤解して、誤解が解けて。誤解されて、誤解を解いて」 「俺たちの恋愛なんて、そんなのの繰り返しだったな。おまけに今と違って昔のお父さん達は頭が固くてさ」 「そうそう、俺なんか相手のお父さんに気に入られたことなんか、まずもって一度もなかったなぁ……」 「バカめ。あのころのお前なら、今の基準でも充分気に入られないだろうがよ。長髪、ロック、おまけにバイクに大酒呑みだもんよ」 「んなこたぁねえよ。今のお父さん達なら、丸め込む自信がある」 「そりゃ、お前が年を取ったからだよ。俺なら、真美の婿にお前の若いころみたいなのが来たら、いっそのこと刺し違えるね」 「ぬかせ!俺だってもし娘がいたら……」 おじいちゃん達はいつのまにか、自分達の話に興じてしまっていた。私はそれを片耳で聞きながら、彼のことを考えてしまう。 いつもまめにメールはくれるし、いつだって優しくて私のことを想ってくれる、大好きな彼。 でももし携帯がなかったら、彼とここまで仲良くなれただろうか? 私の気持ちとしては、もちろんイエスと言いたい。でも、携帯のない恋愛がどんなものなのか、私には見当がつかない。 「ねえ、おじいちゃん達ってすごいよね?全然連絡も出来ないで、相手が今なにをしているのか全然判らなくて、それでも信じて愛していたんでしょう?それって、本当の愛だよね?」 二人は狐につままれたような顔をしていた。 「真美ちゃん、それって、あたりまえのことだろう?それくらいのことさえ出来ない間柄なら、それは恋愛とは言わないよ?」 「恋なんて、一寸先は闇だろ?だからこそ、会えない間に「もっとカッコよく」「もっとステキに」って努力するんじゃないのかい?」 私は言葉を失う。 おじいちゃんたちは、私が答えられないのを見て取ると、あえて余計なコトは言わずに、また将棋をはじめてしまった。 しばらくして、かみさんが悲鳴を上げ、おじいちゃんが大笑いした。どうやら、勝負がついたらしい。 と、おじいちゃんは、私に向かって微笑んだ。 「真美ちゃん。なにがほしい?」 私はゆっくり考え、充分な間を置いて言った。 「携帯がなくても、私のことをちゃんと信じてくれる、ステキな彼氏」 もちろん大好きな彼がいるんだ。冗談に決まっている。ところが一瞬おいて、おじいちゃんたちは、二人同時に言った。
「俺じゃダメ?」
今だから言うけど、実は結構グッときたんだ。 |