選ばれし民

ハチミツ漬けの音楽が甘ったるい芳香を放ち、澱んだ空気の中をゆるゆると流れてゆく。吐き出された大量の麻薬が、その気だるい音楽と絡み合い緩慢ならせんを描きながら立ちのぼる。

床の上には数人の男女がすっ裸のままで転がっている。すでにオーバーワーク気味の暖房から、絶え間なく熱気が吐き出される。汗ばんだ彼らの素肌はみな一様になまめかしい。

そして、彼らは一様に太っていた。

それは壊滅的な人口過多、絶望的な食糧不足のこの世界において、彼らが特別な存在であることの証だ。太る、というのは最高の贅沢。一国の主でさえ、そんな贅沢が許される者は何人もない。

まさに選ばれた民である、彼らだけの特権なのだ。

「退屈」「飽きた」「なんか面白いことないのか?」

わがままなセリフに、管理者ロボットはいちいち反応する。彼らの願いはすべて叶えられなければならないのだ。なぜならロボットは管理者であり、彼らは尊い存在なのだから。

「食い物は飽きたなぁ」「麻薬も」「セックスも飽きた」「暴力も」

彼らは転がったまま、そのすべてに飽きていた。

「眠られますか?」

ロボットがおずおずと聞く。何人かは首を横に振り、何人かは首を縦に振った。縦に振った者達は、未来なら面白いことがあるだろうと期待して、永い眠りにつくつもりなのだ。

ロボットの合図でストレッチャーが運ばれてくると、彼らは横になったまま運ばれていった。残った何人かは、その姿をつまらなそうに見送ったあと、また思い思いのことをやりはじめた。

「午後には、新しいお仲間がいらっしゃいます」

彼らはロボットのそんな言葉にも全く反応しない。新しいのが何人かやってきて、しばらくそいつらとセックスして、そのあとはまた気だるい日々が続くことを充分によくわかっているのだ。

オモテにいる人間達が日々の食い物にも困っているのに、彼らの悩みといえば退屈だけ。やがて退屈に耐え切れなくなると、彼らは先ほどのように「眠り」につく。

ロボットは甘い香りの立ち込める部屋の中で、彼らがひとりとして健康を害することのないように、いつも最大の注意を払っている。ロボットがその仕事をしくじることは決してない。

彼は機械であるから、この部屋の空気に混ぜられた麻薬には犯されない。そのいつも冷静で完璧な瞳で、部屋の中の彼らの姿を見守っている。

リノリウムの冷たい床の上に、市場の魚のように綺麗に並べられた彼らは、麻薬の作用によって必要なすべてを得ていると勘違いしながら、時間になると合成飼料を口から流し込まれる。必要な者には、高カロリーの点滴もほどこされる。

そして「眠り」につく時期になると、彼らは先ほどのようにストレッチャーで処理室に運ばれ、そこで処理されて「眠り」につく。そこは完全に消毒された、無菌の世界だ。

いや、そこだけではない。今まで彼らが居た部屋の中だって、細菌ひとつたりとも逃さぬほど清潔で、出入りするのは滅菌消毒されたロボットだけ。管理には、細心の注意が払われている。

それはそうだろう。

彼らは大切な、大切な、人類の宝。

食用人なのだから。

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