努力の人
「なんだって、手に入れる努力をすればいつかは手に入るものだ。運命なんて安易な言葉を使うやつほど、その努力を放棄しているだけなのさ」

自信に満ち溢れた態度で、男は傲慢に言い放った。その言葉通り、男は己の人生を己の力で切り開いてきた、まさに「努力の人」であったので、聞いている俺も、いささか異議をさしはさみづらい。

男のほかに、客はもうひとり。ラップトップのコンピュータで忙しそうにキーボードを叩いている、妙齢の女性しかいない。男はバーテンダー、つまり俺に向かって、得意満面で言葉を続ける。

「するべき努力を放棄してるやつに限って、神頼みだ。そして思うような結果にならなければ、運命だったと簡単にあきらめる。バカにした話じゃないか?」

俺はあいまいな笑顔を浮かべる。女は男には目もくれず、カタカタとひたすらキーを叩きつづけている。店に来て、一杯のワインを頼んだあとは、ずっとこの調子なのだ。

女の様子にあきれたような一瞥をくれると、男はまたも自信に満ちあふれたセリフをしゃべり出した。

「だいたい神様なんているものか。運命などで人生が決まるなら、世にこれほど不公平が存在するはずがないだろう?仮にいたとしても、そんな存在がいちいち個人の運命なんかに首を突っ込むわけがない。俺は俺の力で運命を切り開いてきたんだ。神様の力など、これっぽっちも関係ないね」

そう言って大口を開けて笑う。そのやかましい笑い声に、コンピュータのキーを叩いていた女が、ふいに顔を上げた。男と目が合うと、女はすこし底意地の悪い印象の笑いを浮かべる。

酔っていた男は、それが癇に障ったようだ。アゴをあげ、唇を尖らせて、今にも女に詰め寄ろうとした。女は男の顔から目をそらすと、指先を躍らせてキーを叩く。

突然。

男は白目をむいて倒れた。

俺はビックリして、急いで男に駆け寄る。しかし、完全に事切れているようで、そのまま、意識が戻ることはなかった。

救急車の音が聞こえてくると、女はカウンターに金を置いて店を出る。救急隊に事情を話した後、俺は女の後を追った。

なぜって、こんな騒ぎの後では、彼女は二度と店に来てくれないかもしれないだろう?綺麗な人だったから、このままお別れになるのが、チト惜しかったのだ。

店の外は初夏のさわやかな風が吹いていた。追いかけてきた俺に向かってくるりと振り向いて、その風に髪をあそばせながら、彼女はため息をつく。

「まったく冗談じゃない。こっちが寝る間も惜しんで、みんなのために運命を作ってやっているって言うのに」

「え?」

口元まで出かかった誘いの言葉を飲み込んで、俺はバカみたいに聞き返した。

「だから、私がその運命の女神なのよ。信じなくてもいいけどね」

俺は彼女の言葉を信じた。理由なんてない。まあ、あんただって実際に女神の前に立って、美しい声でそういわれればわかるだろうよ。

「朝から晩まで、次々に生まれてくる、世界中の人間の運命を立案し、決定し、調整しつづける。これがどんなに大変な仕事か、あなたにわかる?」

女神は、しかし、口調ほど機嫌を損ねているようには見えなかった。

むしろ、かなりご機嫌なようにさえ見える。やはり、女神は心が広いのだと言う事だろうか?

俺の疑問に、彼女は一瞬あっけに取られた後、コロコロと笑った。

「そうじゃないの。私の任期が終わるのよ。これでやっとあの人のところへ行けるわ」

「任期?あのひと?」

「そう。私の大好きな、恋人のところ。二人いっしょに死んだのに、私だけがこんな仕事をさせられていたのよ」

「し、死んだ?」

「うん。交通事故でね。あの人は信心深い人だったから、まっすぐに天国へ。そして、神様なんて信じてなかった私は、その罰で運命の管理をさせられていたってワケ」

俺も今日から、せいぜい祈りを欠かさないようにしよう。

「でも、それももう終わり。こんどはさっきの男が、私の代わりに運命の管理をするコトになるの」

「あの男が?」

「そうよ。任期がきれた時、一番近くで死んだ不信心者が、運命をつかさどるにふさわしい者なら、そこで交代。あの男なら大丈夫そうね。なんたって「努力の人」らしいから」

そう言って彼女はくすりと笑った。

「まさか、そのためにアナタが男を殺した?」

「まさか。偶然よ」

彼女の任期が切れる時「偶然」そばにいた不信心者が、「偶然」突然死し、その男が「偶然」努力家だった?

「本当に偶然なんだってば。ま、信じなくてもいいけどね」

恐ろしい想像に戦慄する俺の前で、彼女は髪を揺らせながらにっこりと微笑んだ。

「それより今度は、随分ひねくれた「運命の神」になりそうだから、あなたたちも苦労するわね」

そう言ってウインクする彼女の姿が、だんだん朧気(おぼろげ)になる。バカみたいに立ち尽くす俺の前で、やがて彼女の姿は完全に消え去ってしまった。後には、やさしい夜風が吹くばかり。

しばらくして俺は、ようやく彼女の言葉の意味に思い当たった。

運命なんか信じずに、ひたすら努力してきたあの男は、今までの人生を全て否定されてしまったのだ。

そんな「努力の人」が運命の神となったら……

ろくに努力もしないで、俺たちは簡単に神頼みしてしまうことがある。意識などしないで、つい「神様!」って言ってしまうこと、あんたにだってあるだろう?

これから、そんな俺たちを待ち受ける運命は、いったいどんな過酷なものになるのだろう。

やがてきびすを返すと、俺は酒場に向かう。

これが呑まずにいられるか。

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