差別階級
「タロウ!いけません」

母親は血相を変えて飛んでくると、タロウをエバの眼前でひっぱたき、チカラづくでひっぱる。彼女のあまりの勢いに、タロウはビックリして固まったまま、なすすべもなく引っ張られてゆく。

何が起こったのか理解できないエバを尻目に、母子はあっというまに彼女の前から姿を消した。

エバも今年は小学校に上がる。

周りの人間の反応から、自分が普通の子とは違うと言うことには薄々感づいている。しかしそれを問いただしたときの、母親の寂しげな顔を思い出すと、二度と理由を聞くことはためらわれていた。

自分には父親がいないことが、今の状況を作っている原因だと言うことくらいは、さすがにわかっていたが……

しかし、今日はさすがに黙っていられない。

大好きなタロウにまで会えないとなっては、さすがの彼女も母親に食って掛かる。どうして?なぜ?明確な答えを引き出すまでは、引き下がるわけには行かないのだ。

彼女は帰るなり、母親に詰め寄る。

「おかあさん!どうして?何で私はタロウ君と遊んじゃいけないの?なんでタロウ君のお母さんは、私とタロウ君をあそばせてくれないの?」

そのことばを聞いて、母親は真っ青になる。

「おまえ、まさか……タロウ君となにしたの?変なことしてないでしょうね?正直に言いなさい。なにしたの?」

エバは母親の剣幕にビックリして、顔色をうかがいながら、おそるおそる事のあらましを話す。

「よかった……大変なことにならなくてすんだ……」

「なにが?」

母親は安堵のため息を漏らしながら、その場にへたり込んだ。

それきり、エバが何を言っても放心したままだった。

 

「タロウ、エバには触ってないわね?」

母親はエバが見えなくなるところまで息子を引っ張ってくると、何より先にそれを聞いた」

息子がうなずくのを見ると、安堵のためだろう、深い深いため息をついて力を抜いた。息子は不思議そうに、

「おかあさん、どうしてエバと遊んじゃいけないの?」

母親はとたんに息子の口を抑えてあたりを見回す。周りに誰もいないことを確認してから、可愛い息子に諭した。

「いい?エバのことを口にしちゃいけません。エバはあの子だけじゃないんですからね?エバって言うのは、オゥの女性全員のことなんです」

「オゥってなに?」

「オゥはオゥよ。私達シィとは違うの。あの子はあの子のお母さんから生まれてきたのよ」

「うそだぁ、子供は工場で作られるんだよ?社会科の先生が教えてくれたもん!先生は嘘つかないよ?」

「そうよ、わたしたち普通の人、シィならそうだけど、彼女達オゥは違うの。人間の中から生まれてくるのよ」

息子は衝撃に、口もきけない。

母親は意を決したように、話し始めた。

「いい?太郎、よく聞きなさい。ずうっと昔に、すごく強くて深刻な病気が流行ったことがあってね。そのときに人間のほとんどは、繁殖能力、赤ちゃんを作る力を失ってしまったの」

「???」

「それから、繁殖能力を持つ人間は保護されて世界政府の管轄下に置かれる、世界資産になったの。彼らはすべての労働から開放され、望むもののほとんどを手に入れることができるの」

「すごいね、王様みたいだ。わかった、オゥって王様のこと?」

母親は困ったような顔で続ける。

「彼らが手にできないのは結婚だけ。彼らの精子や卵子は、ひとりや二人の子供を作るために使うには貴重すぎるのよ。彼らのそれは専用の場所でそれぞれ取り出されるの」

息子は半分もわかっていないようだったが、母親はいい機会だと思い、すべてを話す。

「そこから生まれたのが、私達シィなの。私達は一代限りで繁殖できないから、結局人類を存続させるには、オゥの遺伝子に頼るしかないのよ。男性アダムと女性エバ……「オリジナル」は人類の宝物なのよ。私達シィ……「コピィ」は彼らとは決して結ばれないの?判った?」

息子はよくわからないなりに、エバに手を触れてはいけないという事だけは理解したようで、ひどく真剣にうなずいた。

母親はその様子を見て安心すると、息子を連れてコピィに割り当てられる、狭い集合住宅へ帰ってゆく。

帰り際に彼女は、オリジナルの住む山の手の豪邸を眺めながら、切なげにつぶやいた。

「私達は何のために生まれてきたのかしら?」

つぶやいてから、慌てて周りを見回す。それから頭を振って物騒な考えを振り払うと、強く真一文字に唇を結んで、息子の手を引っ張った。

余計なことを考えるのはやめて、今の幸せだけを考える。

長生きの秘訣だ。

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