時計仕掛けのニコル

「……第五分隊はリアード、第六分隊はハンス、第七分隊はニコルの指揮で動くように。以上、解散」

小隊長の言葉に、隊員は言葉を失った。中でも第七分隊に指名された連中の動揺は群を抜いている。それはそうだ。よりにもよってニコルが分隊長だというのだから。

動揺の次に彼らを襲ったのは、失望とあきらめであった。

考えてみれば、ニコルが分隊長を負かされること自体は、むしろありうるべくして起こったことである。彼はこの小隊、いや大隊どころか連隊に於いてさえ、もっとも優秀な兵士であるのだから。

ただ、実際に自分の指揮官として迎えるということになれば、俄然、話は違ってくる。ニコルほど上官にしたくない人間も、そうそういないだろう。

CWニコル。それが彼の通り名だ。

CWは、ClockWork(クロックワーク:時計仕掛け)の略で、その名の通り、彼は神経質なほど、すべてにおいて計算しつくされた結果を好む。

もとはコンピュータ技師をしていて、趣味は数学パズル。

まあ、そんな男だ。

彼ならば、コンピュータのごとき冷静さで状況を把握し、数学パズルやチェスの要領で、同僚の命を扱うに決まっている。

指揮官として、軍人としては優秀であるけれども、現場で自分の背中を預ける相手としては最悪の部類だ。

ニコルおよび周りの連中双方にとって不幸なことに、彼は一介の兵士であった。これが連隊長か、せめて大隊長であったなら、彼の率いる部隊は並々ならぬ戦果を上げていただろう。

それほど、ニコルの状況判断や大局を見る目は秀出たものがあるのだ。

しかし、判断が戦況に関係ない分隊レベルに於いては、彼の手腕は発揮する場所を失う。

仲間の命と部隊の目的を天秤にかけたときに、ためらうことなく目的を取る類(たぐい)の人間は、小さなコミューンで人望を得ることはできないのだ。

「おいおい、ニコルが分隊長だってよ。俺らぁ、死んだな?」

絶望的な声を上げたのは、ジョナサンである。マッコイ、フランツ、キースも憂鬱そうにうなずいた。つまりこれにニコルを加えた5人が、第七分隊というわけだ。

作戦の内容は絶望的だった。

これで生還できる人間がいるのだろうかと疑いたくなるほど、生きて帰る望みは少ない。

これが普通の上官なら、だいたい適当なところで作戦実行不可能の判断を下し、自分や仲間を守ることにウエイトを置くだろう。

しかし、第七分隊はニコルの分隊である。

あのニコルが、そんなことを考えるとは到底思えない。

ほかの分隊の人間も、第七分隊に列せられた彼らを気の毒そうに見ていた。彼らの中では、第七分隊はもはや死んだものとみなされているのだろう。

ニコルは相変わらずの無表情で、その場に立っていた。挑発したジョナサンも、この見事な黙殺には、肩をすくめて黙り込むしかない。

第七分隊はこうして、不穏な空気をはらみながら成立した。

 

「おい! ニコル! いったいどうするんだよ?」

「どうするも何もない。命令どおりに動くだけだ」

「冗談じゃねえよ! ここはもうだめだ。見りゃあ判るだろう! どだい始めからこの作戦には無理があったんだ。囮(おとり)役で死ぬなんて、俺は真っ平だぜ!」

「何度も言わせるな。ここで引いては、敵が反転して本隊に向かってしまう。あと一時間、こちらにひきつけてから、ゆっくりと撤退だ」

厳しい口調でそう言ったニコルの顔を殴りつけたい衝動に駆られ、苦労してそれを押さえ込んだジョナサンは、黙ったままその場を去った。ニコルと組むキースが、その後姿を気の毒そうに見つめる。

「キース、弾丸だ」

ニコルに言われて我に帰ったキースは、あわてて弾丸を補充した。耳元で轟音を上げるマシンガンが、ニコルの操作で正確に敵を倒してゆく。

(嫌なヤツだが、こうして一緒に戦うときは、やはり頼もしいな)

キースはそんなことを考えながら、必死に補給を繰り返した。

一方ジョナサンは数歩離れた隣の壕へ行くとマッコイの隣、彼の本来の持ち場へ着く。マッコイが首をかしげて成果を聞くと、ジョナサンはふてくされたように口を尖らせて、首を横に振った。

「あと一時間、予定通りここでがんばるんだってよ」

それを聞いてマッコイは絶望的な声を上げる。

「冗談じゃねえよ! 俺たちに死ねって言うのか?」

そこへ裏の弾薬置き場から補給を持ってきたフランツが、どさりと弾薬を置きながらジョナサンに食って掛かる。

「一時間ですって? 無理に決まってるじゃないですか。俺は嫌ですよ。撤退しなきゃ、死にますよ?」

「俺だって嫌だ。だが、ニコルの馬鹿が動かないってんだから、どうしようもねえだろう! それともなにか? 任務を放り出して、敵前逃亡するか?」

さすがにそこまではできない。フランツは黙り込むと、残りの弾丸を持ってニコルの壕の方へ向かった。

それから一時間、途中から大雨が降ったこともあって、彼らはどうにか生き延びることができた。

抵抗しながら徐々に後退し、雨にまぎれて姿を消す。敵は追撃をやめて本戦場へ向かったが、ときすでに遅く、勝敗は決していた。

ニコルの分隊の陽動は大成功だったといえる。

しかし、キャンプ地での彼らに、笑顔はなかった。

絶望的な死地から、一人も欠けることなく生還してきた彼らに、周りの人間は大喝采を送る。奇跡だとの声さえ上がる始末だ。

ラッキーな人間は、戦地において人気を博しやすい。みな、自分もあやかりたいからだ。おかげで第七分隊は、一気に隊の人気者になった。

しかし、当の本人たちは、 周りの連中から喝采を持って迎えられても、愛想笑いを返すゆとりさえない。まさに、命からがら、ぎりぎりまで戦ってきたのだ。

「あそこで雨が降らなかったら、俺達は死んでいた」

四人だけになると、ジョナサンが切り出した。ニコルは戦果の報告などで上官のところに行っている。

「ああ、間違いないな」

マッコイが同意し、キースは無言でうなずいた。

「でも、これでまたニコル隊長の評価が上がりましたね?」

フランツが皮肉な笑みを浮かべる。一同面白くなさそうに肩をすくめた。

「いっそのことこのまま昇進して、はるか上のほうへ行ってくれねえかな。大隊長としてなら、いくらでも言うこと聞いてやるのに」

ジョナサンの軽口に、キースが無言でうなずいた。この男はいつも寡黙なのだ。代わりにお調子者のマッコイがジョナサンに答える。

「まったくだ。だいたい、あの男には感情ってモノがないのかね? 別に俺らの前でかっこつけてるんじゃなさそうだし。あいつ、本当に戦場が、死ぬことが怖くないんだろうか?」

そのセリフにジョナサンとフランツが答えようとしたとき、扉が開いて当のニコルが顔を出した。

「明日の起床は0430時だ。今日より過酷な戦いになるだろうから、しっかりと身体を休めて置くように。以上、解散」

それだけ言ってその場を離れる。

三人は唖然としたまま、その場に凍り付いていた。

「きょ、今日よりきつい? 冗談だろう? 俺たちはスーパーマンじゃねえんだぞ?」

マッコイが口を開き、その自分の言葉で余計に絶望感を強くしたのだろう、天を仰いで深いため息をついた。

「どうします?」

フランツの立てたお伺いに、キースは黙ったまま目を閉じ、ジョナサンは肩をすくめて十字を切った。

「俺、逃げますよ。冗談じゃない。こんなところで死んでたまるか」

「フランツ、めったなことは言うな」

「でも、ジョナサン! あんただって本当はそう思っているんじゃないんですか?」

「フランツ、やめろよ。ジョナサンだって、キースだって、もちろん俺だって本当は逃げ出したいさ。だけど……」

「大戦果を挙げた最強の第七分隊は、逃げるわけには行かないってワケですか?」

「そうじゃねえよ! 俺だってあんなアダナは迷惑だと思ってる」

今日の作戦で超人的な成果を見せた第七分隊は、すでに仲間内の英雄に祭り上げられていたが、しかし、当の本人達はそれどころの騒ぎではないようだ。

「そうじゃなくて、敵前逃亡なんてしちまったら、国にいる家族がどんな思いをすると思うんだ? 卑怯者の家族として、周り中から非難されるんだぞ?」

マッコイの言葉に、フランツも黙るしかない。

「しかし、英雄として死ぬなんて、真っ平ごめんだな」

ジョナサンがぽつりと言った。

そして、それきり誰も口を開く者はなかった。

 

「ニコルが捕虜になった」

もたらされた報告に、全部隊が一瞬フリーズする。

帰還した第七分隊はすぐさま上官たちに呼ばれた。

居並ぶ高官の中、小隊長が前に出て声を上げる。

「詳細を」

端的な命令に、ジョナサンが一歩前へ進み出た。

「ジョナサン・スレッガー、報告いたします。我々は0600時、予定通り、友軍の第四から第六分隊とともに、敵軍後方より攻撃を開始しました。しかし、どういうわけか敵にその情報が漏れていたようで、我々は敵の組織 的な反撃にあい、壊滅寸前にまで追い込まれたのです」

「それで?」

「第七分隊はニコル隊長の指示のもと、友軍の脱出を図るために殿軍(しんがり)を勤めました。何とか友軍を脱出させた時には、我々は敵に包囲されかけていました。すると突然、隊長が武器を捨てて投降してしまったのです」

「それでおまえ達はどうして退却してこられたのだ?」

「それが、隊長が投降すると、敵は掃討戦もせずに引き返していったのです。これは私見ですが、もしやニコル隊長は敵のスパイだったのでは」

「控えろ、ジョナサン。キサマは事実だけを報告すればよい」

小隊長がジョナサンをたしなめる。ジョナサンは「以上です」とだけ言うと、一歩下がって仲間の列に加わった。

「では、さがれ」

「小隊長殿、ひとつだけお伺いしたいのですが」

「なんだ?」

「第七分隊はどうなるのでしょう? 新しい隊長がいると愚考する次第でありますが」

マッコイの問いに、小隊長は威厳を持って答える。

「どうもしない。第七分隊の隊長はニコルだ。ニコルが帰るまで、貴様らはそのまま待機せよ」

唖然とする第七分隊に手を振って退出を命じると、小隊長はそれきり口を開かなかった。

第七分隊の四人は、食堂に集まって不平を漏らしていた。

「冗談じゃねえよ! なんだって逃げ出したニコルが「お咎めなし」なんだ? あのやろう、なんか上官たちの弱みでも握っているんじゃねえか?」

憤慨するジョナサンの言葉に残りの三人も激しくうなずいた。

「確かに解せませんね。なんか引っかかる」

と、後ろから声がかかった。

「だろうな」

その声に驚いて振り向いた先に、小隊長が立っていた。三人はあわてて立ち上がり、直立不動で敬礼する。

「かまわん、楽にしろ」

「小隊長、どうしてこのようなところへ?」

「貴様らが納得していなかったようだから、説明しに来てやったのだ。本来ならいちいち一兵卒にそんなことをする義理はないのだが、貴様らはこの部隊で人気がある。貴様らが疑惑を持ったままだと、全軍の 士気にもかかわりかねない」

四人はうなずいて小隊長の言葉の続きを待った。

「これを見てみろ」

小隊長は内ポケットから封書を取り出すと、彼らの前に放る。受け取ったジョナサンが中身を開くと、それはニコルの書いた文章であった。

四人は頭を寄せてそれを読む。

やがて。

顔を上げ、驚愕に目を見開いた四人に、小隊長はにこりともせずに言った。

「理解したか? つまりそう言うことだ。ニコルというのは不器用だが、決して卑怯者ではない」

そこに書かれてあったのは、ニコルが立案し実行した作戦の詳細であった。マル秘の印が押してあるので、小隊長以上の階級を持つ者以外には知らされていないはずである。

「つまり、こうですか? 上からの作戦があまりにも無謀であったため、作戦の失敗を予見したニコル隊長は、この作戦を立案し、上申したと?」

「そうだ。昨日の戦いでも、ニコルは雨が降るのを計算に入れて、あそこまで戦線を維持し続けたのだ。しかし、それを判らない上の連中は、大戦果を上げた第七分隊に、昨日以上の過酷な作戦を実行させようとした」

ニコルや心あるもの達は、最初から作戦の強引さを危惧していた。このまま戦線に投入されれば、第七分隊はおろか、他の隊までも危険なことは目に見えている。

しかし、そのことを上申したとしても、頭の固い上層部には一顧だにされないこともまた、目に見えていた。

ニコルはいつものように冷静に分析し、頼りにされている自分があえてだらしのない姿を見せることで、一部隊に重責を負わせる作戦の危険性を指摘しようとしたのである。

戦場にヒーローは要らない。

慎重に無理のない作戦を立て、それを淡々と実行することこそ、勝利するために一番必要なこと。

ニコルはそう考えて、一部隊の戦力のみに頼った作戦の馬鹿さ加減をたしなめるべく、あえて卑怯者の汚名を着たのだ。 他人を平気で駒のように扱うニコルは、自分自身をも、駒として扱ったのである。

「それでは、作戦が敵に漏れていたのは?」

「ニコルではない。他のスパイがやったことだ。そのこともニコルに指摘され、極秘裏に調査中なのだ。それともうひとつ」

小隊長はあくまで無表情のまま、淡々と驚くべき真実を述べる。

「彼が投降したことで追撃がなくなったのは、彼が敵内部に偽の情報を持ち込んだからだ。その情報により、敵は自分たちが包囲殲滅される危険があると判断し、退却したものと思われる。完全に、ニコルの作戦勝ちだ」

唖然。

真実を聞かされた一同は、黙ったままその意味を噛み締めている。

と。

続けて小隊長は、厳しい表情を崩さず、まるで独り言のようにつぶやいた。

「で、どうする? もちろん、ニコルをこのままにしても、きさまらには何の咎めもないが」

いきなり聞かされた真相と、ニコルの心中を思い、しばらく、誰も口を開けない。

が、やがて。

「あーあ、ちくしょう。あのヤロウ、カッコつけやがって」

ジョナサンが叫ぶ。

そして、みなの視線が集まると、いたずらっぽく肩をすくめ、

「なあ、あいつ、俺達が助けに行ったら、どんな顔するかな?」

照れくさそうに言った。

その言葉を聞いて、小隊長は初めて表情をゆるめると、くるりときびすを返し、足早に立ち去ってゆく。その後ろ姿は相変わらず軍人の鑑とばかりに厳格だったが、しかし、心もち嬉しそうにも見えた。

そうして彼らだけになると、マッコイが唇の端をゆがめてジョナサンに答えた。

「さあ、どんな顔だろう。たぶん、当たり前だって顔で、相変わらずムッツリ黙ってるんじゃねえか? それとも、「ご苦労」くらいは言うかな?」

その言葉にフランツが破顔しながらうなずく。

「へへへ。まあ、そんなとこでしょう。まったく、可愛気なんて言葉、薬にしたくても持ち合わせちゃいないヒトですからねぇ」

すると珍しく、キースも口を開く。

「しかし、今度は生きて帰れないかもしれないな。敵の真ん中に忍び込んで、ニコル隊長を連れ出さなくちゃならないんだから」

そう言いながらもキースの、いや、その場にいる全員の顔は、きらきらと輝いていた。

 

後年、最強のはぐれもの部隊と呼ばれるようになる伝説の第七分隊は、こうして生まれたのである。


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