カスタム
僕はあの子が大好きだ。

でも彼女に想いを打ち明けることは、未だに出来ないでいる。なぜなら、僕は自分の容姿に自信がないから。

それでも彼女への思いは募るばかり。

そこで僕は、科学者をやってる友人の元を訪ねた。

日曜日だけど、彼は研究室にいるはずだ。なんたって、生活用品一式から愛車のハーレーまで全て研究室に持ち込んで生活しているようなやつだからね。きっと、そのうち研究室に住み着くはずだよ。この間、家賃がもったいないなんてぼやいてたから。

「よう、どうした?」

「やあ、久しぶり。すまないが挨拶は抜きにして、いきなり本題に入らせてもらうよ?例のレーザーと樹脂を使った研究っていうのは、まだ続けているのかい?」

「うむ。専門じゃないおまえが知らないのも無理はないが、その技術ならもう実用化されている。人工の頭蓋骨なんて、すでに医療現場ではこいつを使って形成されているんだ」

「そうなんだ。それは頼もしいな。ということはだよ?間違ってたら訂正してほしいんだけど、データさえあれば、イチイチ型を作ったりしなくても、レーザーで樹脂粉の中からいきなり製品を作り出せると言うことだよな?どんな複雑な形のものでも」

「間違いない。そういうことだ」

「それを僕に使わせてもらえないだろうか?」

「構わないが、なんに使うんだ?」

「ダークマンと言う映画を知っているか?」

「知ってるよ。悪の組織の争いに巻き込まれて、爆発で大やけどをおった主人公が、自分の研究している人工皮膚を使って誰にでも変身できるヒーローになるって言う、アメリカンコミックだろう?……ん?つまり……そういうこと?」

「あぁ、そういうことなんだ」

「まあ、皮膚の代用になるくらいのものだ。特撮用のマスクの数倍の精度のマスクが作れるよ」

「そんなに精巧に作れるものなのか?」

「精巧の基準にもよるが、頭蓋骨の内側の脳のあたる細かい網目状の部分があるだろう?あのくらいなら、ほぼ完璧に再現できる」

彼のことばに、僕は身を乗り出す。

「まあ、何をするのか知らないけど、誰かに化ける程度なら素人目にはまずわからないくらい、完璧に化けさせてやれるよ」

「素晴らしい!科学バンザイだ」

「そのかわりデータは教えてくれよな?」

「もちろんだとも」

僕は彼とがっちり握手を交わし、意気揚揚と研究室を後にした。

 

僕の生活は一変した。

マスクをつけているせいで、誰と話すのも何をするにしても、気後れと言うものを全く感じないんだ。誰も何も怖くない。

もちろんいろいろ失敗なんかもやらかしたんだけど、それだって僕の明るいキャラクターと美しい容姿が全てチャラにしてくれる。女の子にもモテるようになったし、そうなってくると自信もついてくる。

仕事のときの目立たない僕と、夜の繁華街で幅を効かせてる綺麗な顔の底抜けに明るい遊び人が同じ人間だとは、まさか誰も思うまい。

しかし、そうなってくると、いろいろやっかみを言うやつも出てくる。いくら自信をつけたとは言え、僕の基本は変わらないんだ。そういう誹謗中傷が気になってしょうがない。

そこで考えたのが、次のステップ。もっと綺麗でもっとセクシーな男になろう。今度は全身をカヴァーするんだ。中にコルセットみたいなのをつけて、細くてしなやかな身体と、今のよりもっと美しい顔を手に入れよう。

僕はまた、彼のもとを訪れた。

「その後どうだい?」

「ああ、素晴らしいよ。ところで物は相談なんだけど、このマスクの全身版って言うのは作れないものだろうか?」

「ああ、そんなのお安い御用だよ。ところで、こいつを作り始めたきっかけの、例の彼女にはもう告白したのか?」

「……」

いつのまにか、彼女のことはすっかり忘れていた。何であんなに夢中になったのか、さっぱり判らない。そんなことより、僕の興味は新しい身体に向かっていた。そしてそれは瞬く間に出来上がってくる。全く驚くべき技術だ。

僕は更に美しくしなやかに進化した。今度の僕は、並大抵の悪口は受け付けない。言ってる方が惨めになるくらい、完璧な美しさだからだ。

まさに幸せの絶頂だった。

しかし……いつかは真実がばれてしまうのじゃないか?いや、真実なんか明かせない。僕はこのままずっと、皮を着て生きてゆくのだ。最後まで騙しつづけてみせる。いままで築き上げてきた華麗な男としての自分。それを守ることは、今や自分の命を守ることなんだ。

僕は今では、繁華街でもなかなかの人気者になっている。店を出す計画もあり、援助してくれる人もいる。それらもすべてこの容姿と、その美しさがもたらしてくれた明るさや自信によって手に入れたものだ。

この光の中で生きてゆく味を知ってしまったら、もう、もとの地味な暗い生活に戻ることなんて出来ない。いまさら失えるものか。今が、決断の時だ。

 

それから僕は、皮の下を改造するために、かなりの年月を費やした。研究室へは全く行かなくなり、代わりに懇意の美容整形ができた。

少しずつ、少しずつ、皮と中身が入れ替わってゆく。

そしてついに、最後の手術が無事に終わり、僕は本物の「明るく美しい男」になった。モチロン周りの誰一人として、僕の内側の変化には気づかなかったが、それでも、これでようやく僕は安心して生きてゆくことができる。

今や、すっかり大きくなった自分の店を眺めながら、僕はふと、研究室にいる友のことを思い出した。ずいぶんご無沙汰しているな。

よし、訪ねていってみよう。

久しぶりに研究室を訪ねると、彼は僕をやさしく迎えてくれた。僕が整形をしたことに関しては、彼は驚いたようだったが、非難がましいことは何ひとつ言わなかった。

「ずいぶんと垢抜けたじゃないか。その美しい顔も身体も、すっかり板についたようだな?」

「ああ、今じゃ、昔が夢だったように思えるよ」

「幸せなようで、安心したよ」

久しぶりに心の許せる友と、心置きなく話した。今までの苦労話や、お客さん、従業員の話なんかをしたり、彼の研究の話に聞き入ったり。手術が全て終わったことで、心の重荷が晴れたからかもしれないが、僕の話は尽きることがなかった。

彼がトイレに行くために席をはずしている間、僕はあたりを眺めていた。そして、表に停まっている彼のバイクに気づく。トイレから帰ってきた友人に聞いてみた。

「おや、新しいハーレーかい?」

「いや、アレはハーレィじゃないんだ。知ってるかも知れないけど、ハーレィって言うのは、カスタム(改造)するためのパーツが、それこそ山のように出てるんだよ。大手のパーツメーカになると、ほとんどすべての部品に対して、カスタム用のパーツが用意されてるくらいに」

「まあユーザが多いからメーカもたくさん参入してくるだろうし、それだけ需要もあるんだろうな」

「そうだ。それでな、あるパーツメーカが半分ジョークで、自社のハーレィ用のパーツを集めて単車を組んだんだよ。そうしたら、ちゃんと走る単車が出来上がったんだ。面白いだろう?」

「はは、本末転倒だ」

「それでな、俺も真似して、自分で集めたカスタムパーツを組み立てて、単車を作ってみたんだ。それがあれさ」

「かえって高くついたんじゃないのか?」

「もちろんそうさ。でもな、金は問題じゃないんだよ。なにせ俺たちってのは、もともと「よりカッコよく質のいいパーツをつけたいって」思って改造するわけじゃないか?言ってみればその究極なわけだよ。フレーム(車体)までカスタム用なんだ」

「……」

「前のハーレィは、3割くらいカスタムパーツだったんだけど、今度のはそんなモンじゃない。100%だ。つまり俺の単車には、ハーレィディヴィスン社の製品は何一つ使っていないんだ。だからつまり、俺の単車はハーレィじゃないんだよ。はははははっ」

僕は笑うことなんかできずに、研究室の扉を出た。僕は、今の僕の人生を後悔なんかしちゃいない。人間の本質は中身にあるはずだと思ってるから。でも……今の僕があるのは、あの「皮」のおかげだ。そして僕は、簡単な皮をかぶる変身からはじめて、今ではここにこうしている。

充分に納得し、満足もしているんだけど、それでもなんだかやりきれないような寂しい気持ちになってしまう。僕のすべてはフェイク(偽物)なんじゃないかって想いが、心の隅から消せない。

しばらくそうやって寂しい思いをしていたんだけど、でも、それは間違いだと言うことに気づくと、僕は顔を上げて胸を張った。

それがどうした?自分を変えるために、見てくれを変えていくことの、いったいなにが悪い?僕はそれによって、強い心、明るい心、今の仕事の仲間、今の友達、そのすべてを手に入れたんだ。

そして古くからの友だって失なっていない。

僕と彼の単車は、言わば同じだ。フェイクの塊だ。彼はそんなつもりで話したわけじゃないだろうけれど、もし他の人が真相を知ったら、そう思われても仕方ないだろう。

そして僕は、それが悪いとは思わない。

僕も、彼の単車も、必要としてくれる人がいる。そして、自分の居場所が、帰る場所があるんだ。

それで充分じゃないか。なにを後ろめたく思うことがある?なにを寂しがる必要がある?

僕は立ち止まり、しばらく逡巡したあと、研究室に戻った。勢いよく扉を開けると、彼に向かって大声で訊く。

「単車の作り方を教えてくれないか?僕も作ってみたいんだ」

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