| クロスロード |
十字路で跪(ひざまず)き、僕は魂を売った。 あの十字路の悪魔に。 悪魔の音を欲しがる僕の手から丸めた札束をむしり取ると、ヤツは全然足りないと言って笑った。僕は十字路の伝説を思い出して、悪魔に尋ねる。 「魂でも欲しいのかい?」 「お話の読み過ぎだ。そんなものを貰ってどうしろというのだ?俺がおまえらと取引をするのは、退屈をしのぐためなんだぞ?」 「ならば、どうしたらいい?」 「一つだけ条件をつけよう。それを飲むなら、おまえに悪魔の音をくれてやる」 条件は驚くべきものだったが、僕はしばらく考えて首を縦に振った。全てを投げ出すつもりで、この十字路に来たのだ。今更後に引けるものか。 僕が条件を飲むと言うと、ヤツはうなずいた。 「ほほう、飲むか。なかなか決心したものだ。そこまでして悪魔の音を手に入れたいのか。手に入れてどうする?」 「富と名声を得たいのだ。そんな動機ではいけないか?」 悪魔はにやりと笑う。 「いいや、それこそ悪魔の歌の、もっとも正しい使い方だ」
その週末、僕の元にレコード会社からのオファがあった。悪魔の音を手に入れた僕が、路上で弾き語りをはじめて三日目の話だ。まったく、恐ろしいほどの力だ。 僕はあっという間に売れた。売れすぎて困るくらい売れた。金は貯水池に流れこむ水のように、後から後から流れ込んで来る。 僕はどんどん有名になり、世界的なミュージシャン達と競演した。彼らはみな一様に僕の音楽に驚愕し、僕に反発したり共感したりしながら、最終的には僕の前に跪(ひざまず)いていった。 幸せか?と聞かれれば、しかし僕は幸せではなかった。 なんのために音楽をやっていたのだろう?僕はいつもそんな思いで沈んでいた。その様子がまた、憂いを含んだ美しい音楽と見事に調和していると評判になり、僕の名声はますます高くなってゆく。 イライラした僕は、周りの人間にあたるようになった。ひとり、またひとりと僕の周りからは人が消えて行く。それでも、僕の名声や金に引かれて集まってくる者が多かったから、僕は自分がだんだん孤独になっている事に気づかなかった。 イラつきが頂点に達したころ最後の一人、貧しいストリート時代から僕のそばに居続けてくれた最愛の彼女が、ついに僕の元を去ってしまった。 そこでようやく僕は、自分の力で手に入れたものを全てなくしてしまった事に気づく。もう、全てが手遅れだった。愛する人も、愛する友も失った僕には、何も残っていない。 残ったのは、僕の名声と金に群がる蟲だけ。僕は毎晩、泣きながら眠った。そうするしかなかったのだ。 哀しい時、つらい時、僕を慰めてくれる音楽は、もうこの世に存在しない。僕が紡ぐ僕の歌はもう存在しない。僕にとってだけは。 自分の歌が聞こえない。 それが悪魔の出した条件だった。 あの十字路で悪魔に会った日から、僕には自分の紡ぐ音楽が聞こえない。哀しい、優しい、まさに天上のしらべだと世界中で絶賛されている僕の音を、僕は一度も聞いた事がない。 受け取るべきではない絶賛を受けながら、僕の魂はゆっくりと枯れてゆく。悪魔はきっと、僕の絶望を見ながら笑っているのだろう。だが僕は、死ぬことさえ出来ない。 なぜなら僕は気づいてしまったから。彼らはこうやって魂を手に入れているんだと言うことに。せめて少しでも長く生きて、彼らの元に行く時間を延ばしてやる。 もう、そのくらいしか僕に出来る事はないのだから。
十字路で跪(ひざまず)き、僕は魂を売った。 あの十字路の悪魔に。 僕は富と名声を手に入れ、同時に愛とやすらぎを失った。そして、手に入れたもの、失ったものを想いながら、僕は今こうしてゆっくりと死んでゆく。 |