クレイジーロウ
ヒエンシティでモルグを知らないヤツは幸せだ。

そいつはきっと、この街の薄汚い裏の顔を知らないだろうから。だが、残念なことにと言うか、幸いにと言うか、生まれたての子供以外に、この街でモルグの名前を知らない者はいない。

なぜかって?決まってるだろう。

そんな気が遠くなるほどのんきなヤツは、この街では生きていけないからさ。賭けてもいい。モルグに逆らって一週間以上生きていられたら、そいつはホンモノだ。

彼に逆らうものは、この街ではたったひとり。

そう、あのイカれた保険屋、クレイジーロウだけだ。

おっと、今アタマの中に描いたワイルドなアウトローのイメージは、さっさとゴミ箱に捨てちまいな。あの男の顔を知らないで噂だけで見つけられたら、今すぐ100万クレジット払ってやるよ。

世界最大の保険屋「インペリアル」は知ってるよな?

あの「どんなモノに対する損害保険も受け付ける」ってうたい文句のさ。掛け金はそれ相応にべらぼうに高いけど、女優の肌から一国の王室の存続まで、とにかく何でも受け付けるって保険屋なのは知ってるだろう?

あの会社の契約書にはさ、小さな文字で「損害を防ぐために、当該事項に対して当社が干渉することを認める」って要綱が書かれているんだよ。これが曲者でさ。

さっきの例で言えば、女優にずっとインペリアル社専属のSPが張り付いていたり、契約した国でクーデターが起こりそうなときには、私設軍隊で軍事介入までするんだ。

まあ、女優は話題集めのために契約したらしくて、その甲斐あってハリウッドデヴュー出来たはいいけど、未だに保険料の残金を支払っているって言うし、国の方は逆に戦争としてはすごい安価でクーデターの制圧が出来たってワケ。

とにかくあの会社はある意味、愚直なまでに保険屋なんだよ。政治にも軍事にもまったく色目を使わない、純粋な保険屋さ。集まった莫大な保険料を運用してさらに巨大な会社になること以外には、まったく興味を持たないんだよ。

で、なんでこんな話をしてるかって言うとだ。

モルグがその保険屋と契約したんだよな。いや、なにに掛けたとか、いくらの掛け金かとかは全然判らないんだけど。とにかくその掛け金が滞りがちらしいんだよ。

担当が入金の催促しようとして、何人も消されちまったんだってさ。相変わらずモルグってな、めちゃくちゃなヤツだよな。それで、ついにやってきたのが、インペリアル最強の外交員、クレイジーロウって訳さ。

年は三十そこそこなんだが、こいつがまったく喰えない。

細身の体を紺のスーツにつつんで、頭は坊ちゃん刈り。いつもニコニコ笑ってて、どこに行くにも軽トラック。

な?こいつがモルグから金を引っ張り出そうって言うんだ。冗談じゃなく、街のみんな全員が同情したね。

それこそあの万年酔っ払いの乱暴者、マッドウォーターでさえ「クレイジーだ」ってため息をついたくらいなんだから、相当な暴挙だってことはおまえさんにだってわかるだろう?

あ?ああ、そうだよ。それでやつはクレイジーロウと呼ばれるようになったんだ。え?ああ、そうさ。もちろん、本名なんて誰もおぼえちゃいない。クレイジーロウで通るんだから、それでいいじゃないか。

 

「クレイジーロウ!」

「酒と暴力が酸素の代わり」などと言われて、ここいらの酒場では無駄に有名な乱暴者、マッドウォーターが叫んだ。もっともこの男は大抵、叫ぶような大声で話すんだけど。

「おや、マッドウォーターじゃないですか。どうしたんです?血相を変えて。この間貸した酒代でも返してくれるんですか?」

「そうじゃねえよ。モルグだ。どうやらやっこさん、本格的におまえを潰しにかけるらしいぞ。どうも最近、ここいらがキナくせえから、おかしいと思って若い衆にちょっと調べさせたんだ」

「ほほう、そうですか。それでは気をつけないといけませんね」

ヤバいってんで血相を変えて飛んできたのに、当の本人がちっとも慌ててないもんだから、マッドウォーターは拍子抜けしてしまった。いつも冷静なロウと違って、こいつはいつもこんな感じで空回りしている。間抜けと言えば、まあ、間抜けな男さ。

「おまえなぁ……まあ、おまえのキモが座っているのはわかってるけど、もう少し警戒したってよさそうなモンだろう?おめーがおっ死んじまえば、俺は酒代を返さなくて済むんだから、構わないけどよ」

そんなこと言いながら、心配で大騒ぎしていたんだから、マッドウォーターも本音ではロウのことが好きなんだ。本人に言ったら、ムキになって否定するのは間違いないけれど。

「ですがね、モルグが私を狙っているのは、今に始まったことじゃありませんし、来るとしても闇討ちするようなことはないでしょう?あの人はプライドのカタマリですからね」

「まあな。コソコソおまえを闇討ちするなんて、モルグならやらねえだろう。でもよ、ヤツは違うぜ?モルグの右腕、陰険ヤロウのテックならよ」

「ああ、テックですか。まあ、彼ならやりかねませんね。でも、来るとしても彼が直接って事はないでしょう。まずは、手下を使って様子を見るんじゃないですか?私に監視でもつけて」

「なるほど。それで、おまえの生活パターンを調べ尽くしてから、隙を狙って手下をけしかけてくるか。うん、きっとそうだ。もしかしたらもう監視がついているかもしれないぞ?」

「う〜ん。今のところ大丈夫そうですけどね」

そう言ってロウは笑った。

 

連絡を受けて集まった人間は、5人。みんな、テックの手下だ。テックは神経質そうに縁ナシのメガネを拭きながら、感情のこもらない声で確認する。

「では、間違いなく今夜、ロウのやつはひとりになるんだな?ジンペー、おまえの情報に、この作戦の成否がかかっているんだぞ?」

「間違いありませんや。木曜の夜はかならずヒノトリカフェで一杯やって、その後、誰に誘われても断って家に帰ります」

テックはにやりと笑うと、他の4人に声をかけてゆく。どう見てもマネキンが笑ってるようにしか見えない、薄気味悪い笑顔だ。

「ジュン、女のおまえが最初に近寄って、ヤツを油断させ、この路地に連れ込むんだ。そのとき周りに仲間がいないか、一応確認しろ」

テックはジュンから視線を移動して、他のヤツラへ指を突きつける。

「完全にヤツがひとりだとわかったら、ケン、ジョー、リュウ、おまえらがやつを片付けるんだ。見た目と違って腕が立つから、気をつけろ。万が一にもやりそこなうなよ?ジンペーは見張りだ。人が来たら、うまいこと言って、決して路地には近づけるな」

全員が声をそろえて返事をすると、満足そうな顔でテックはその場を後にした。とにかく何でも詳細に計画を立てて、台本どおりに行かないと気の済まない男なんだ。

もっとも本人は頭の切れるモルグの作戦参謀を気取っちゃいるが、このお粗末な計画からもわかるように、実際おつむの方はそれほど大した事はない。モルグよりはマシ、って程度だ。

やがて、あたりは暗くなる。

一杯機嫌でのんきにペットショップボーイズなんか歌いながら、ロウがふらふらと歩いてきた。計画通り、ジュンが色っぽい格好でシナを作りながら、ロウに近寄ってゆく。

「ねえ、お兄さん。ちょっと遊んでいかない?」

「おや、これはまた随分と色っぽいお姉さんの登場だ。こんな場所でそんな格好をしていると、荒っぽい男たちに襲われてしまいますよ?」

「ふふふ、同じ襲われるんなら、あなたの方がいいわね」

「ほう、随分と変わったご趣味ですな」

「そうかしら?ねえ、それより、ちょっとこっちにいらっしゃいよ」

ジュンはその手の作戦要員だけに、こう言うときはべらぼうに色っぽい。普段のヒステリーの影など、微塵も見せないのだからたいしたものだ。もっとも、いくら女とはいえジュンもテックの手下だから、腕っ節だって相当なものなんだが。

「そうですか。それじゃ、ちょっとお付き合いしましょうかね」

まあ、ジュンみたいな色っぽい女からの、この手のお誘いに対抗できる男は、まずいないだろうな。特にこのヒエンシティには。

調子に乗ってひょいひょいとジュンの後をついてきたクレイジーロウは、行き止まりの路地へ連れ込まれてしまった。まさに作戦どおり。

ひゅっ!

突然、背後から襲い掛かられ、ロウは間一髪その凶刃をかわす。と、次の瞬間には猛烈な蹴りが、ケンの下腹部を襲った。

ぷげぇ!

男にしかわからない地獄の激痛に、奇妙な悲鳴をあげたまま白目をむいたケンは、後頭部からその場にぶっ倒れる。カランと音を立て、ケンの持っていたナイフが転がった。

その身体を乗り越えるようにして、ジョーが襲い掛かる。革の袋に砂を詰めたブラックジャックと言う得物を、見えづらい下から繰り出してくる。

ロウは何とかそれをかわしたが、薄暗い路地で黒い皮製のブラックジャックが見えづらいのか、反撃できない。

「逃げ場はないぞ?」

低い声で言ったのは、2メーターを超える大男、リュウだ。言葉と同時にロウの後ろへ回り、路地の唯一の出口をふさぐ。ロウが一瞬そちらに気をとられた隙に、ジョーがブラックジャックの一撃を繰り出した。

ぼす!

柔らかい打撃音がして、ロウがうめいた。今度はかわせずに、左の腕でジョーの一撃を受けたのだ。チャンスとばかりに、ジョーはブラックジャックを連打する。

ぼす!ぼすっ!ぼすっ!

急所をかばって攻撃を受けつづけるロウの腕が、見る見る腫れあがって来た。やがてあまりの痛みに、腕を上げていられなくなる。もはやロウの命はここまでだろう。

と。

路地に向かって歩いてくる人影。

それもひとりはふたりじゃない。この辺り一帯の、酒場と言う酒場から、屈強な男たちが現れたのだ。男たちは完全に殺気立っていて、もはや誰も止められそうにない。

剣呑な気配にいち早く気付いたリュウが、驚いて振り向くのと、マッドウォーターの鉄パイプの一撃がリュウをぶん殴ったのは、ほぼ同時だった。

「クレイジーロウ!大丈夫か?」

「大丈夫じゃありませんよ。ま、なんとか生きてはいますがね」

行き止まりに追い込まれたのは、テックの手下の方だった。股間の激痛に耐えて立ち上がったケンを中心に、寄り集まって震えている。それでも、一応リーダーらしいケンは、虚勢を張って叫んだ。

「おまえら、こんなことしてモルグさんが黙ってると思っているのか?」

それを聞いたロウは、小首を傾げて笑った。小憎らしい笑顔だ。

「おや?どうしてここにモルグさんが出てくるんです?彼がこんなコソコソしたやり方をするわけないじゃないですか?もちろん、彼の忠実な右腕であるテックさんだって、こんな卑怯なやり方を好むとは思えません。あなたたちこそ、モルグさんの名前を騙って悪さをして、このまま済むと思ってるんですか?」

ケンは返す言葉がない。そりゃあそうだ。こうなったらテックだってほっかむりをして知らん振りを決め込むに決まってる。闇討ちしたなんてばれたら、自分がモルグに殺されちまうからな。

つまりケンは、仲間を集めて勝手にロウを襲っただけで、この話にはモルグもテックも関係ない、って言わなければならなくなってしまったワケ。

もっとも、そう言ってモルグとテックの名誉(笑)を守ったとしても、結局失敗したわけだから、あとでキツイお仕置きが待ってることには変わりないんだけれど。

真っ青になって震えているケンたちを連れて、マッドウォーターたちは酒場に戻ってゆく。モルグの仲間の威張りっぷりには、日ごろからみんなトサカに来ているから、きっとケンたちはひどい目に会うだろう。まあ、自業自得ではあるのだけれど。

ひとり残ったロウは、突然、路地の奥に向かってしゃべりだした。

「見張られていたのは、最初から気付いてましたよ。ですから、わざと生活パターンを変えて、木曜日には早く帰るようにしたんです。明かりを消してあなたが帰るのを確認してから、マッドウォーターたちと連絡を取って計画を進めていたんですよ」

ロウはにっこりと笑う。

「彼らもモルグやテックには、随分腹を立てていましたからね。大喜びで参加してくれました。なんたってモルグたちの報復を心配することなく、やつの手下を思いっきりぶん殴れるんですから」

そう言ってさもおかしそうに笑い声を上げたあと、ロウは話を続けた。

「ケンたちは散々ぶん殴られた後、こちらの仲間になってもらおうと思ってます。どうせ、テックのところには帰れないでしょうから。あなたも、もう、帰れないんじゃないですか?それなら出てきて、こっちの仲間になりなさい。ちょっと痛い思いをするかもしれないけれど、その後は街のみんなと仲良くやれますよ?いい加減、モルグやテックの下にいるのは嫌になっているのではないんですか?ジンペー」

こうなれば仕方ない。

はゆっくりと姿を見せた。

この後ぶん殴られるのは嫌だなぁとは思うが、これでモルグの下から逃げ出せると思えば、まあ、順当な代価だろう。

「実はあなたのことは、最初から狙っていたんです。あなたなら、私の部下として優秀な働きをしてくれそうなんでね。モルグに社員を随分減らされてしまって、ヒエンシティ支社は手が足りないんですよ」

そう言ってクレイジーロウは笑う。

まったく、こいつだけは食えない。

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