| 流刑星の繭(まゆ) |
恋の季節、春。僕らの恋は、春に始まった。 優しい風の中でスカートをひるがえす彼女の姿が、木漏れ日に輝いている。すらりとのびたキレイな脚。抱き寄せたら、折れてしまいそうなウエスト。細い身体に、意外なほどヴォリュームのある胸。小さな顔とつややかな髪。 無邪気に微笑む彼女がまぶしくて、僕はちょっと目を細める。自分が犯罪者であることなど忘れてしまいそうなほど、素敵な一瞬に満ちあふれていたあの時。 彼女と過ごした春の思い出は、僕の宝物だ。
情熱の夏。楽しい時間は、流刑星の夏のように短い。 照りつける太陽の中、自由になる短い時間にやりくりをつけて、僕と彼女は夏の中で踊った。波間に踊る彼女の姿。高原の風の中でゆれる彼女の髪。 見慣れた風景でさえ、彼女といれば初めて見る景色に早変わりしてしまう。海岸で食べた魚や貝。高原で飲んだ新鮮なミルク。どんなごちそうよりも、僕にとっては最高の味だった。 僕は恋に浮かれて舞い上がる。 世界は二人だけのためにあるんだ!
憂いの秋。どれだけ素敵な時間にも、必ず終わりが来る。 物憂げにふせられた彼女の長いまつげは、怯えるように震えている。おいしい食べ物がたくさんある季節なのに、僕達はまるで義務のように、ヒトコトも口をきかないで黙々と食べた。 微笑むことも少なくなり、恋の終わりが見えてくる。 心まで凍てつかせる、冬はもうすぐそこ。
そして、ある吹雪の夜。ついに、終わりの時が来る。 彼女は変わり果ててしまっていた。 折れそうだったウエストは、僕の腕が回らないほど太くなり、丸太のような手足は、今にもハジケそうだ。見つめられると心臓が爆発しそうだった瞳は、上下のまぶたに乗っかった脂肪で、まともに開くことも出来ない。 過ぎ去った時間は、脂肪だけを残していったようだ。 彼女は寂しそうに、冬が来るね、と言った。僕は黙ってうなずきながら、それでも彼女とは目を合わせられない。やがてまた、彼女がポツリとつぶやく。 「もう、さよならだね?」 僕は答えられない。すると、黙っている僕の手を芋虫のような指でまさぐりながら、彼女はニッコリと笑った。 「また、会えるかな?」 即答できずに、気まずい沈黙が流れる。僕は胸に苦しい痛みを感じながら、ようやく答えた。 「ああ、会えるさ」 「でも……」 「約束するよ」 ひとときの安らぎのために、僕は嘘をつく。沈黙の間を、吹雪の音が吹きぬけてゆく。不意にもれた彼女の声が、僕の胸を刺す。 「約束なんて、本当は出来ないでしょう?アナタは優しいね。でも私は大丈夫。太り始めた頃から、覚悟していたコトだもの。あなたのせいじゃない」 僕は泣き笑いのような顔をしていた。 荒れ狂う吹雪の音を聞きながら、消毒した針を彼女の左腕の静脈にゆっくりと刺し込む。 薬剤と一緒に、覚醒とは程遠い感覚が襲ってきたのだろう。彼女はゆっくりと目を閉じて、永い眠りについた。 僕は枯れ果てた心を抱えて、その寝顔を見つめている。 僕は、しばらくその幸せそうな顔を見つめていたが、やがて自分の腕にも点滴の針を刺す。表から聞こえる吹雪の音は、ますます激しさを増してゆく。 犯罪者が送られる流刑星の冬は、地球の人間には想像できないほど厳しい。だからこの星の人間は、冬になるまでに蓄えられるだけ脂肪を蓄え、長い厳しい冬を眠って越えるのだ。 人工冬眠システム、通称「繭(まゆ)」の中で。 もっとも、吹雪で送電線が切れたり、何かトラブルが起きれば、そのまま2度と目覚めることは無い。実際、ひと冬に何人かは、春になっても顔を見ることが出来ないことが多い。 今はただ、来春も彼女に会えることを祈るばかりだ。冬の間に蓄えた脂肪を使い果たし、まぶしいほど美しくなった彼女と。 点滴をセットした後、尿道にカテーテルを挿入し、全ての計器が正常に作動していることを確認した僕は、彼女と同じく芋虫の様に太った手で、ゆっくりと繭を閉じた。 となりの繭ののぞき窓から、彼女の安らかな寝顔が見えてくる。来年も、彼女と素敵な日々を過ごせるのだろうか? 春まで、生きていたい…… |