クラリネット踏んじゃった

僕の大好きなクラリネット。パパからもらったクラリネット。とっても大事にしてたのに壊れてしまった。いや、壊されてしまった。僕は教室で立ちすくみ、しばらく呆然。

でも、大丈夫。犯人はわかっているんだ。僕の素敵なクラリネットを羨ましそうに見ていた、ケンイチに決まってる。あいつは貧乏なくせに、いつも楽器屋のショーウインドウの前で色んな楽器を眺めているんだ。あいつに決まってるさ。

昨日、あんまりケンイチがじろじろと僕のクラリネットを見ているから、なんだか頭に来て殴ってやったんだ。

ケンイチは、もちろん僕を殴り返すことなんて出来ない。あの細い目でじろりとにらみ返すのが関の山さ。もっともジャップは普段からあんな目だから、にらんでたかどうかも本当のトコは判らないんだけどね。

でも、間違いない。昨日殴られたのを根に持ったケンイチが、僕の大切なクラリネットに細工したに違いないんだ。まったく陰気で粘着気質の嫌なやつだ。

ケンイチは今日も僕の家に来るはず。有名なオーケストラのクラリネット奏者である、僕のパパのところにクラリネットを教わりに来ているんだ。どうせ才能なんかないのに、バカなヤツ。ほんとむかつく。

自宅の教室でクラリネットを抱きしめたままそんなことを考えていると、ケンイチが来た。

「やあ、ディーンこんにちは」

ちぇ、すっとぼけて何が「こんにちは」だい。僕はクラリネットをやつに突きつけて怒鳴った。

「ケンイチ!おまえがやったんだろう?」

ケンイチは一瞬驚いたあと、ばつの悪そうな顔で目をそむける。やっぱり、ケンイチが犯人だったんだ。僕は、ケンイチに向かってあらん限りの罵声を浴びせた。

健一は困った顔で助けを求めるみたいに、きょろきょろとあたりを見回す。僕はもう自分の言葉に興奮してしまって、とにかく頭に浮かんだ全ての悪口を叫びつづけた。

「どうしたんだ、ディーン?何を怒っているんだ?」

パパだ!

大好きなパパが、来てくれたんだ!僕は慌ててパパの元に走りよってゆくと、その大きな胸に顔をうずめて泣きながら、いかにケンイチが卑怯なやつかを切々と訴えた。

言いたいことを言ってすっきりした僕は、パパから貰った大事なクラリネット持って教室を出る。自分の部屋に行くと、宝箱を開けて大事なクラリネットをしまいこんだ。

箱の中にはクラリネットが五本、仲良く並んで納まっている。それを眺めながら僕は、幸せな気持ちになっていた。このクラリネットはパパの僕への期待だ。パパが僕の才能を見込んで買ってくれた、大事なクラリネットなんだ。

それをケンイチのやつったら、まったくなんてひどい……

 

「ケンイチ君、いつも済まないね?またディーンにクラリネットを持って行かれてしまった。代わりはすぐにあげるよ」

「いえ、病気なんですからしかたありません」

「あれが病気になってしまったのは、私のせいなんだ。幼い頃から仕込んできたが、あれには才能がなかった。それであれは、いつも悩んでいたのだよ。それなのにあれを見限った私のせいで、おかしくなってしまった」

「いえ、やはり直接の原因は、僕が先生のクラリネットを貰ったと知ったからだと思います。その話を聞いてから、ディーンはあんな風になってしまったんですから」

二人は顔を見合わせて哀しげにため息をつく。それから、どちらからともなくディーンの部屋の扉を見つめた。

扉の向こうからは、ディーンの調子っぱずれのクラリネットが、聞こえてくる。ネコ踏んじゃったの最初の部分だけを、いつまでもいつまでも繰り返している。

とても楽しそうに。

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