カート

カートマン、それがジムの仕事だった。

シティの最下層に住み、最低の仕事をしながら、その日一日をどうにか生きている、いわゆるヒトケタってヤツだ。IDナンバーの住所のを示す十桁うち、シモ四桁にゼロが三つ並ぶ、ヒトケタ階の住人のこと。

彼らの出来る仕事といったら、マシンにやらせるのさえコストが合わないようなクソ仕事しかないが、それでもまあ、仕事があるだけマシだろう。

少なくとも死体袋に入ってしまうよりは。

そりゃあ中には、すごい幸運を捕まえてフタケタ市民をやっているヤツや、三桁の上流市民をやっているヤツもいることはいる。だが、そんなのは スーパーロトに当たるくらいの奇跡だ。

そんな幸運を本気で夢見ていたら早晩、シティの最下層で絶望に殺されることは間違いない。

上の階層の人間がダストシュートから落とすゴミや、複雑なレイアウトのダストシュートに引っかかったのをスクレッパーが掻き落としたゴミ。そんなのが毎日、集塵場にトン単位で落っこちてくる。

ジムたちカートマンはそいつをカートに積んで、焼却施設やリサイクル施設や埋立地に運ぶのが仕事だ。

ゴミの分別は安いマシンには出来ないから、彼らが手作業で分別する。ゴミの分別が出来るほど優秀なマシンなら、もうちょっと上等な仕事が別にあるってワケだ。

 

その日もジムはいつものようにパワーアームのついたカートに乗って、数百階上から落っこちてくるゴミを分別していた。焼却場に持っていくために、鼻が曲がりそうな臭いを放つ生ゴミをせっせと分別する。

午前中いっぱい、ひたすら働いたところで、カートのコンピュータが昼休みのアラームを鳴らした。作業の手を止めてカートのそばを離れる。

いくら最下層のクズでも、生ゴミのそばを離れて昼飯にする自由くらいはあるのだ。

風上の臭いの少ない場所まで行くと、バッグの中から弁当を出して急いでかきこむ。早く食って昼寝しておかないと、午後からの作業がきつい。昼過ぎから出る生ゴミをより分けて焼却場に持って行くのは、週のうちでも一番キツイ仕事なのである。

で、ジムがそんな風にがつがつ昼飯を食っていると、向こうからウォーカーマシンがやってきた。彼は嫌な予感がして、急いで弁当をやっつけ立ち上がる。厄介事にはかかわりたくない。

百階以上の上層部には、ビルの合間を縫うようにハイウェイが張り巡らされているから、未だにタイアの付いたマシンが走っている。

だが、日の当たらないゴミ捨て場みたいな最下層には、100メータ以内で50センチ以下の段差の場所なんて、数えるほどしかない。

この最下層は、大開発時代、バカみたいにビルを重ね続けた結果、地盤沈下の博覧会みたいになっているのだ。もっともビル同士は百階以上で複雑につながれているから、少しばかり地盤沈下がおきたって、どうって事はない。中にはほとんど宙に浮いているビルもあるくらいだ。

とにかくそう言うわけで、最下層ではタイアのついた乗り物なんてクソの役にも立たない。ここらで使う乗り物と言えば、もっぱら二足か三足歩行のウォーカーマシンだ。ジムのカートも型遅れの三足歩行車である。

やってきた二足歩行のごついウォーカーマシンを尻目に、彼はとっととカートにもどった。エンジンを立ち上げて、ゴミの分別作業に取り掛かる。

とにかく生ゴミの日は忙しいから、余計な事で時間を食いたくなかったのだ。

「そこの作業員、IDを」

端的な命令の中に、他者に命令することに慣れきった人間特有の傲慢さを含ませて、ウォーカーマシンのスピーカから女の声が聞こえてくる。ジムは不運を呪いながら、それでもしぶしぶカートのエンジンを切った。

誰もが百階以上の楽園に住める訳じゃないし、誰もが貴族になれるわけじゃない。だからこそ、そこに住んでいる人間は特権階級であり、下層の人間は貴族のお世話をして喰っていくしかないわけだ。

そんなことはジムだって充分わかっている。

ただ、想像の中で貴族に毒づいているのと、実際目の当たりにして命令されるのでは、腹の立ち具合は雲泥の差だ。

ジムたちがいなければ明日からの生活にも支障をきたすくせに、三桁の人間たちは神様にでもなったかのような尊大さで下層の住民を見下す。

上層市民とフタケタ、いわゆる普通市民の間の差別なんて、そりゃあ酷いものだ。普通市民は上層に住む事を夢見ているから、上層市民に言いがかりをつけられても、泣き寝入りするしかない。

裁判を起こしたって勝てるわけはないし、そんなことでIDに傷がついたら、それこそ一生上へ行けなくなってしまうのだから。

しかし、その点ジムたち最下層はハナから失う物がないから、普通市民だろうが上層市民だろうが、刑務所覚悟で反抗することもある。だから上層の市民は、彼らには関わろうとしない。弱いやつには絡んでも、狂犬には近づかないってワケだ。

ジムは仏頂面でカートを降りると、ウォーカーマシンの前に行ってIDを暗誦した。

向こうがその声を拾って照合している間に、ポケットからタバコを出して火をつける。半分は緊張を落ち着けるため、半分は嫌がらせのためだ。

上層市民には喫煙の習慣がないから、彼らはタバコの煙をひどく嫌う。だが、さすがに最下層まで入りこんできておいて、タバコの煙に文句をつけることは出来ない。

下層に下りた上層、もしくは普通市民が、そのまま行方不明になるなんて「事故」はよくある話だからだ。

ウォーカーマシンから降りてきたのは、ジムよりふた周り以上は小さい女だった。小さな身体を黒いパンツとシルバーのシャツにつつんだ姿は、抱きしめたら折れそうなほど繊細な感じを与える。

間違いなく、肉体労働など考えたことさえない上流階級の人間だ。

「ジム・ヒジカタ・マイナー…日系だね?」

ジムは驚いた。

日系なんて言葉、彼自身でさえ忘れかけてたのに。

「マイナーにしてはハッキリした血統ね。好感が持てるよ。ま、それはどうでもいいんだけど。さて、ジム」

「ミスターが抜けてるぜ?」

不敵な笑いに見える様に気を付けながら、ジムはワザと絡んでみた。

法的には彼らとの間に身分的な差はないので、例え上層市民でも形だけは敬称をつけるのが普通だ。たまにそれを忘れていつもの調子で尊大に構えた市民が、最下層の埋立地に埋まっていると言う話も珍しくはない。

「あれ? 私が知らないうちに法律が改正されたの? ロアーがアッパーに対して敬称を要求するなんて」

慌てて敬称をつけるところを笑ってやろうと構えていたジムは、そのひとことで飛び上がった。

相手は上層「市民」などではなかったのだ。

電光石火でタバコを消すと、片膝をついて胸に右手を当てる。「ロアー」が「アッパー」に対するときの共通の敬礼だ。

アッパー。

1000番代の階層に住む一握りの者達。シティどころかユニバース、この世界そのものを作り、動かしている本当の選民。

アッパーの彼らに対して、上層、普通、下層市民は、ひとくくりに「ロアー」と呼ばれる。

いくら上層市民が貴族だなどと息巻いていても、彼らアッパーからしてみればジム達とほとんど違いがないといっていい。「しょせんロアー」なのだから。

「まあ、そんなに硬くならなくていいよ。あなたが敬称を要求するから意地悪してみただけだもの。ジムと呼んでいいかしら?」

「もちろんご随意に。ミス……」

「ユマ・トクガワ・ルーラよ。ユマでいいわ」

支配階級の女は、その立場からすれば信じられないくらいの好意的な態度でそう言った。

マイナーのジムとは、間にメジャー、ロイヤルをはさんで最高位に属するルーラーだ。

経済的な優位性だけで威張り腐っているロイヤルと違い、ルーラーはその気になればロアーの三階層などには頼らずとも十分にやっていける。

むしろ本当なら、彼らだけで社会を築いた方が、安全で豊かな生活を送れるだろう。

それでもあえて彼らルーラーは、本来奴隷にすることさえ可能なロアーに市民権を与え、あまつさえ法律で守った。

ウォーカーマシンを含めて、今現在この世界で使われている技術のすべてを惜しげもなく与え、彼らの要求には充分に答え、なおかつよほどのことがない限り干渉してこない。

アッパーとは、まさにロアーにとっては親とも言うべき存在なのだ。

ジムは下層市民の中でも取り立てて頑固でヘソ曲がりだから、メジャー(市民)やロイヤル(上流市民)にはすぐに食ってかかる方だったが、そのジムだってさすがにルーラーには噛み付けない。一方的にこちらが依存しているのだから。

それでも、もちろん、気に入らないことこの上ないのには変わりないのだが。

「わかるかしら? 私も日系なのよ。だからあなたにはちょっと親近感を感じるわね。だから、と言うわけでもないのだけれど、お願いがあるの。聞いてもらえるかな?」

ルーラーは大抵こうだ。その立場から言ったら無視してもいいかのような存在にさえ、闇雲にめちゃくちゃな命令を出すことはない。もちろん命令することが多いし、態度が傲慢な人間はいっぱいいる。

それでもロイヤルと違って実力や結果を伴った傲慢さだから、ロアーの人間は比較的素直にその言うことを聞く。もちろんジムほどひねくれていると、その態度さえカンに触るのだが、それでも相手はルーラーだ。並みの権力者ではない。

一応形だけは素直にうなずくと、次のセリフを待った。

「千階のダストシュートに、誤ってストーンを落としてしまったの。急いでそのあたりのスクレッパーに捜してもらったんだけど、見つからないの。それで、配管図をたどってみるとここに落ちた可能性が一番高いの。大切なストーンだから、是非とも見つけてもらえないかしら?」

逡巡しているジムの様子に、ユマは慌てて言い足した。

「もちろん生ゴミは別のダクトにバイパスしてあるわ。今日はもうこれ以上生ゴミが落ちてくることはないよ?」

それだけ準備したのなら、後はジムに命令すればことは足りるだろうに。律儀にお伺いを立ててくるユマの態度に、ジムは好感を持った。

すでにユマの言うことを聞いてやる気にはなっていたのだが、しかし、そこは生来の天邪鬼。余計な意地悪を言う。

「お願いって、もし俺が嫌だといったらどうする気です?」

途方にくれるユマの顔を想像していたジムの期待は、あっけなく裏切られた。

「それならカートを貸して。自分で捜すから」

おそらく作業用のカートなんて一度も使ったことがないに違いない。ユマの乗ってきたウォーカーマシンだって最高級の自走式なのだから。

そんなルーラーが旧式のウォーカーマシン「カート」を操って、何千トンもあるゴミの山の中から小さな宝石を捜すことなど出来るわけない。ベテランのジムにだって出来るかどうか怪しいものだ。

それなのに探し出せることを微塵も疑っていないユマの無邪気さに、ジムは思わず顔をほころばせた。なれない敬語を忘れ、つい、親しげな口調で話し掛けてしまう。

「はは、そいつは無理だ。そんな細かい作業は俺くらいベテランでも、かなりてこずるだろう。だからって、カートの使い方なんて俺に聞いてもダメだぜ? どっちにしろ、あんたにゃ扱えないよ」

途方にくれたようなユマの顔を見ながら、ジムはユマの大切な宝石を見つけてやろうと決心していた。

「あんたにゃ無理。だから、俺が見つけてやる」

短く言うと振り向いて駆け出し、ジムはカートに飛び乗った。

普段はめったに繋がないコンピュータにアクセスすると、現在のゴミ置き場の画像をスキャンさせる。数秒してカートのモニターに映し出された鳥瞰図に、縦横のラインを引いてナンバーを振り、Aの1からZの26まで、あっという間にブロック分けする。

それが済むとジムはユマを振り返って怒鳴った。

「で? いったいどんなストーンなんだい?」

ユマは慌てて叫び返す。

「ターコイズよ! 周りにシルバーをあしらったペンダント!」

ジムはうなずいて親指を立てると、小さく独りごとを言った。

「さてと、この腐れゴミの山の中から、ペンダントを見つけんのか…… ンじゃ、Aの1から順番にやっつけようか」

早さ優先のいつもの作業とは違い、ゴミの中から小さなペンダントを見つけるのだ。ほじくり返すのは表層だけで済むとは言え、作業の困難さはいつもの何十倍である。

それなのにジムは笑っていた。いつもの先の見えない仕事ではなく、この、妙にフランクな可愛らしいルーラーのための仕事だからだろう。

なんだか気持ちが浮き立ってくる。

しかし、もちろんそれは、恋とはまるで違った感情だ。

ひとは神を崇拝する事は出来ても、神と恋愛する事はない。あるいは、どれだけ可愛く思っていようと、犬や猫とは恋愛しない。

自分を卑下したり、彼女を必要以上に持ち上げているのではなく、単純にそのくらいかけ離れた存在であるということ。つまりは、そういうことだ。

三時の休憩時間近くなってきた。ごみの山の探索も三分の一ほどは終わったが、ユマのペンダントは見つからない。ぐっしょりとかいた汗をぬぐって、ジムはカートから降りる。

走り寄ってきたユマに向かって手を上げつつ、カートの後ろのトランクを開けた。中からくたびれてはいるが綺麗に洗濯されたシャツを取り出し、汗をぬぐった裸の身体に直接着込む。

それからまたトランクに手を突っ込んで、缶ビールを取り出すと、のどを鳴らして一気に半分ほど流し込んだ。ユマはその様子を半分あきれ、半分笑いながら見ている。

「いつも仕事中にお酒を飲むの?」

「ああ、生ごみは特に醗酵して熱を持つからな。B.Dのころみたいに季節があるならともかく、一年中同じ温度のドームの中じゃ、酒でも飲まなきゃ暑くて仕事にならねえよ」

「あなたはドームが嫌いなの?」

「そう言うわけじゃないさ。ドームがなきゃ、あっと言う間にみんなおっ死んじまうんだから、好きだの嫌いだの言うもんでもないだろう? ただ、図書館で見たVD(ヴィディオディスク)に昔のことが出ててさ。水が凍っちまうほど寒いのとか、アスファルトが溶け出すほど暑いってのはいったいどんな気持ちなんだろうと思ったことはあるよ」

ジムの答えにしばらく小首を傾げて考えていたユマは、不意に口元をほころばせると、小鳥が囀るように可愛らしい声で言った。

「そうね。放射能から人間を守るために作られたドームだけれど、もう100年も前から放射能のレベルは無害なところまで落ちているから、ドームの外に出て暮らすことも不可能ではないわね。もちろん、あなたも含めて私たちの身体は、ドームの外の厳しい自然環境には、すでに耐えられないだろうけど」

「へえ、そう言うものなのか? やっぱりルーラーは何でも知ってるんだなぁ。まったくすげえや」

手放しで誉められて、ユマは少し顔を赤らめながら、慌てて手を振る。

「別に私がすごいわけじゃないの。私はそう言うことを教育機関で学んで、知識として知っているだけ。その知識だってB.D(ビフォアドーム……ドーム以前)の遺物を掘り起こして得られる、化石みたいな知識よ。生活に根付いた知恵に関しては、あなたのほうがよっぽどすごいわ」

「俺は学校なんか行ってないから、何にも知らないよ。俺に出来るのは、カートをうまく操ることだけさ。ガキの頃から、それしかやってこなかったからな」

言い放って立ち上がると、ジムはズボンについたホコリを払い落として、カートに向かって歩き出す。

「さーて、もう一息がんばるか」

「ありがとう、ジム」

ジムはその声に振り向くと、にっこり笑ってウインクした。

と。

突然、爆音が響き、ジムの顔が一瞬で険しくなる。爆音がさらに大きくなったと思った矢先、ビルの陰から一台のウオーカーマシンが現れた。

四足歩行の大型の車体に、パワーアームがついた、通称「ケンタウロス」と呼ばれる軍事用ウオーカーマシンである。

「なんだぁ? ケンタウロスじゃねえか。なんだってまた、こんな狭いところに入り込んできやがったんだ? 演習中、道にでも迷ったのか?」

「道に迷うわけはないわ。軍事用のマシンにはナビがついているもの。あれはきっと、私を追いかけてきたんだと思う」

ジムは驚いて振り向く。

「なんで? 追われてるのか?」

ユマは一瞬逡巡した後、意を決したように大きくうなずいた。

「彼らは、私とペンダントを狙っているの」

「なんでまた?」

「事情は複雑なんだけど、ルーラーは今、ある事情で大きく二分されて、ルーラー同士でもめているの。彼らは私の所属する勢力と対抗する勢力が差し向けたものだと思う」

「んじゃ、間違いなく敵ってことか。ヤバいじゃねえか」

「まあ、殺されたりはしないけれど、あんまり快適な待遇は望めないでしょうね。そう言うわけだから、あなたは逃げて。彼らは私を殺すことはないけれど、あなたはそうじゃないわ。軍事用ウォーカーマシンを持ち出すような連中だもの、あなたを殺すことも厭わないかもしれない」

「でも、あんただって殺されないにしても不愉快な思いをすることは間違いないんだろう?」

ジムの言葉にユマがうなずく。それを見て取るとジムは、にやりと笑って親指を突き出した。

「だったら、利害は一致するな? あんたといれば俺は殺されない。武器で狙われれば一撃だけど、殺さないようにって言うんなら、こっちにもチャンスはある。いっしょに逃げようぜ?」

「……なるほどね、やってみる価値はありそうだわ」

ユマがそう言うか早いか、ジムはユマを抱え上げ、カートに向かって走り出した。マイナーのたくましい腕に抱えられて、ユマはビックリしたまま連れられてゆく。

カートまできたジムはユマを助手席に放り込むと、カートのエンジンを始させる。

「そこの作業員。貴様が連れているのはルーラーの女性だ。カートのエンジンを切って、速やかに両手を上げてこちらへ来い」

「嫌なこった!」

作業アームで器用に中指を立てて見せると、ジムの乗ったカートはバルンバルンと排気音をあげて駆け出した。

歩行と作業を兼用する一本の前足と、歩行と車体の固定をまかなう後ろ足二本の、合わせて三本足で駆ける様は、まるっきり狩人に追いかけられるウサギである。

後ろから追うケンタウロスの狩人とあいまって、まるではるか昔の貴族の狩り遊びのように見える。

「停まれ。停まらないと攻撃する」

「やれるもんなら、やってみやがれ」

ジムが毒づくのと同時に、大口径のマシンガンから放たれた火線が、カートの足元をひと薙ぎする。何発かが足にあたったが、幸い角度がよかったようで、うまくはじかれた。

「おいおい、ヤツら当てに来てるぞ? なんか、話が違わないか?」

不安そうな顔でこちらを見たユマは、消え入りそうな声で答えた。

「ごめんなさい。考えが甘かったみたい。おそらく彼らは私を殺してあなたに罪をかぶせる気だと思うわ。ねえ、私を下ろして逃げて! このままじゃ、あなた殺されちゃう」

ユマの言葉にカートを操りながら振り返ったジムの顔は、あきらかに怒っていた。

「冗談言うな! いまさらおろしたからって、はいそうですかって勘弁してくれるわけはないだろが。あんたを殺そうとしたことが明らかな以上、ヤツラは降りてきたあんたを殺して、その上で俺も殺すに決まってる!」

「だから! 私がつかまっているうちに、あなたは逃げるのよ。大丈夫、まだペンダントを見つけていないことは、彼らは知らないんだもの」

「うるせえ!」

ジムの怒鳴り声に、ユマはビックリして黙った。

「もう遅いんだよ。俺がルーラーならそうするさ。でもな、俺は残念ながらマイナーなんだ! 最下層の人間なんだよ! 俺がもし逃げたとしたら、ヤツラは俺が出て行くまで、この最下層の人間をひとりづつ殺してゆくに違いないんだ」

「ま、まさか…いくらなんでもそこまでは」

「ルーラー様は、そんな恐ろしいことはしないってか? 甘いよ、お嬢さん。権力の上にあぐらをかく者は、どれほど清廉な者であっても、いつの間にかその権力の存在を当然と思うようになるんだ。簡単に言や「おまえらクズとは違う」って意識さ」

ジムは顔を真っ赤にして怒っている。

「ルーラーは俺たちを生かすシステムを作ってくれたし、ウォーカーマシンもくれた。だから、ロイヤルみたいに、金の力で威張ってるわけじゃないのはわかってる。だが、こと、そう言うことに関しては、メジャー、ロイヤル、ルーラー、みんな同じだ」

「だからと言って、あなたひとりを殺すために、他の市民を皆殺しだなんて」

「やるさ。彼らの優越性の拠り所である「身分」をわきまえない者は、つまり、彼らの世界を破壊する者だ。自分の権利を守るためになら、人は徹底的に残酷になれる。その権利の正当性なんて考える前に、な」

実際の体験を根拠にしたジムの言葉は、強い説得力を持っていた。

ユマは黙ったまま、肩を落とす。

そのへこみっぷりを見て、少し可哀想になったジムは、慌てて言葉を継いだ。

「ま、あんたは違うかも知れねえとは思ってるよ。だが、ヤツラはあんたが考えてるほど、紳士でも賢人でもない。少なくとも俺に対してはな」

それだけ言うとジムは、自分を殺すために躍起になっている連中を、モニタ越しに睨み付けた。ユマは黙ってその横顔を見つめている。

ガン! ガン!

懸命に走るジムのウォーカーマシンは、一般工事用だ。弾丸の直撃を喰らえば、あっという間に動かなくなる。

しかし、この場所はジムの庭みたいなものだ。巨体をもてあます「ケンタウロス」を尻目に、ジムの操るカートはひょいひょいとビルの谷間を縫ってゆく。

ケンタウロスは、集団で行動することを前提として作られた、重装甲の戦略機動兵器である。

戦車の天敵であるヘリコプターを地上から攻撃したり、ウォーカーマシン同士の集団戦をしたり、市街地で歩兵を掃討するための兵器であり、単機でゲリラ戦をするようには出来ていない。

敵はその巨体から来る圧倒的な威圧感からケンタウロスを選んだのだろうが、まさか一般工事用のウォーカーマシンでケンタウロスに楯突いてくるとは、想像もしていなかったのだろう。

入り組んでることではこの星一番とも言えるシティの最下層で、明らかに戦いあぐねていた。

ジムはハタから見るほど不利な戦いではないな、と感じ始めていた。敵が大層に抱えている強力な兵器のほとんどは、ここで使うことの出来ない、言わば飾りでしかないことに気付いたからだ。

なんと言って、ここは彼らの住む世界の基礎部分なのである。自分の家の床下で、爆弾を使うバカはいない。

攻撃に手間取っている敵を尻目に、ジムはどんどんと迷路の奥に入り込んでゆく。

最下層の人間が住むこのあたりは、あまりものの廃材などで、次々に新しい住居が作られ、あるいは壊されてゆく。衛星の目も届かないような、幾重にも積み重ねられた廃物の下に、一ヶ月前とはまったく異なる迷路が作りつづけられているのだ。

「どうしてそんなにめまぐるしく環境を変化させるの?」

ジムの説明に、ユマは疑問を口にした。生まれてからずっと同じところで暮らしているユマには、彼らの浮動性が理解できない。

「そうしないと、殺されるからさ」

ジムはこともなげにそう言って、薄く笑った。その笑みは、しかし、獣の酷薄さを備えている。

「同じところに長く居つづけるってのは、それだけで危険なんだ。待ち伏せ、狙い打ち、爆破、なんでもござれだからな。おっと」

飛んできた弾丸が頭上の廃材を削り、その破片がおちてきたのを器用にかわしながら、ジムはユマを見た。

「最下層の人間は大抵誰かに命を狙われている。みんな身に覚えがあるんだ。そうでもしなきゃ、生きてゆけないんだから、仕方ないだろう? もちろん俺だって、恨まれるタネには事欠かない」

戦場で生きるものに、命の尊さを説く無意味さを理解して、ユマは黙り込む。ここは彼女の世界ではないのだ。

「よし、ここだ!」

叫ぶと同時に、ジムのカートは小さなトンネルにもぐりこんだ。

廃材で出来たそのトンネルは、しかし、彼らを守ってくれるほど、頑強には見えない。今にも崩れ落ちそうなそのトンネルに入って、ジムは速度を落とした。

「大丈夫……なの?」

心配そうなユマに向かって、今度ははっきりと優しい笑みを浮かべて、ジムは胸を叩く。

「ああ、大丈夫だ。まあ、見てな」

ジムがそう言うのとほぼ同時に、トンネルの入り口にケンタウロスが立つ。

機関砲を連打するが、さすがに当たるまで距離が近いわけではない。ケンタウロスのドライバーは、仕方なくその大柄な車体を、トンネルの中にねじ込んできた。

「来た来た。これで横に逃げられる心配はなくなったな」

ジムは子供のようにはしゃぎながら、トンネルを、奥へ奥へと進んでゆく。やがて反対側の端に出ると、そこはスクラップの山に囲まれた空間だった。

「さて、こいつでどうにかなるだろう」

ジムはカートから飛び降りると、ガラクタの方に向かって走り出す。トンネルからはガシャンガシャンとケンタウロスの近づく音。ユマはどうしていいかわからずに、カートの中で呆然と座っていた。

「さあ、来い。もう少し、もう少し……いいぞ……いまだ!」

ジムは叫びながら何かのレバーを思いっきりひいた。

ボシュッ!

轟音と共に、目の前にあったガラクタの山の一部が、ものすごい勢いで飛び出した。そのまままっすぐに、ケンタウロスに向かって飛んでゆく。

秒速30メーターの速度で飛び出したそのガラクタの総量は3トン。ケンタウロスの総重量と、ほぼ同じである。

いかに軍事用ウォーカーマシンであっても、ほぼ同じ重量の物体に時速100キロ強でぶち当たられてはどうしようもない。

ケンタウロスはもんどりうって倒れた。

ごろごろと転がり、トンネル出口の廃ビルにぶち当たって止まる。しかし、それでもその分厚い装甲はわずかなゆがみしか見られなかった。

「くわーっ! あんだけ喰らって、ほとんど外傷無しかよ。アレを作った奴は、絶対イカレてるな」

「ダメだったの?」

あっけにとられて固まっていたユマが、ようやく我に返って聞く。ジムはケンタウロスを眺めながら、まだブツブツと設計者に文句を言っていたが、ユマにそう聞かれて振り向いた。

「あ? ああ、いや、大丈夫だ。3トンの大型ウォーカーマシンが、アレだけ派手にすっ転がったんだ。マシンは平気でも、中の人間はもちゃしない。生きてたって、追いかけてくる元気はねえさ」

「いったい、何をしたの?」

その言葉に、待ってましたと胸を張るジム。

「すげえだろ? 俺が見つけて修理したんだ。なんに使うんだかはカイモク見当がつかないんだけど、火薬の力でああやってモノを吹っ飛ばす機械があったんだよ。このジャンクの山の中に」

「火薬の力で?」

「ああ。試してみたら、3トンの重さまでは吹っ飛ばせることがわかったんだ。あれか? 昔の人間は、こんなむちゃくちゃな方法で荷物を運んだのか?」

しばらく考えていたユマは、やがて笑い出した。

「ふふふ、まさか。それはね、荷物を運ぶものじゃないの。カタパルトって言うのよ」

「カタパ……なんだ、そりゃ?」

「航空母艦の上から、飛行機を飛ばす装置……っていってもわからないよね? 船……も知らないか。あーどこから説明しよう」

ユマの顔を見るジムの目が、キラキラ輝き始めている。カタパルトを目的もわからず修理したことから判るように、ジムは機械が大好きなのだ。

「なんだかわからねえけど、面白そうだ。俺の家でゆっくり聞く事にしよう」

「あなたの家? でも、あなたたちはひとつの所に住まないんじゃ?」

「まあね。だから、いくつかある俺のねぐらのひとつ、さ」

「そう……で、そこは遠いの?」

ジムはにっこりと笑うと、大仰に礼をしてみせる。

「いらっしゃい。ここが我が家です」

ユマはぽかんと口を開けて、ガラクタに囲まれた周りを見回す。それから、くすくすと笑い出した。ジムも吹きだし、二人は大笑いをする。

それからジムはユマを促して、ガラクタの家の入り口へ向かった。

と、突然ユマが足を止める。

「どうした?」

「ねえ、あのウォーカーマシン、あのままにして大丈夫かしら? 追っ手が来たら、すぐにここがバレてしまうんじゃない?」

ジムは方眉を吊り上げて、小首をかしげる。

「まぁ……大丈夫じゃねえだろうな」

「それじゃあ……」

「ま、いいから見てみな」

その言葉にユマが振り向くと、ぶっ倒れたウォーカーマシンの前には、黒山の人だかりが出来ていた。もちろん、近所に住むマイナーたちだ。

「どれだけでかいウォーカーマシンだって、あいつらにかかれば、モノの半日で跡形もなく消えうせる。もちろん、乗っていたヤツラもな」

その言葉どおり、早くもケンタウロスは装甲をはがされ始めていた。軍事用ウォーカーマシンと言う上等な獲物にありついたピラニアたちは、ジムの言葉通り、あっという間に全てを引っぺがして持ち去ってしまうだろう。

乗っている人間の臓器だって、ここでは金になるのだ。

「いいかいユマ、ここいらの人間はな」

呼びかけられて視線を戻したユマに向かって、ジムはイタズラっぽい瞳で言った。

「世界で一番たくましいんだぜ?」

 

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