ボディ
あの日、俺は母に抱かれて震えていた。

父は、俺と母を後ろにかばってバットを握り、店に入った強盗を睨みつけていた。ふたりとも殺気立って目が血走っていて、ガキだった俺は怖くて目を開けていられなかったよ。

「帰れ!俺の店だ!」

そう叫んだ父の姿は、子供心にとても勇ましく見えた。もっとも今にして思えば、これははっきりと蛮勇だと言い切れるがね。

父は苦労して出した店を、めちゃくちゃにされたくなかったんだろう。小さな雑貨屋だったけど、父の人生のすべてといってもいい、念願の店だったから。

そう言うわけで、父は幾つかの缶詰のために死んだんだ。

俺は店の隅でぶるぶる震えていたよ。床に転がっている、かつては父だったモノから目を離せずにいた。父が死んで悲しいというより、あの時は、とにかくこの恐ろしい状況から逃げ出したい、と言うことしか考えてなかったと思う。

母は強盗に連れ去られた。

その後で何があったかは知らないし、知りたくもない。数日後、警察に遺体を引き取りに行った時には、すでに専門の業者が母の遺体を綺麗にして、薄化粧までしてくれていた。

だから俺は綺麗な母親しか覚えていないんだ。

それで充分だろう?

そいつは悪徳業者といわれていた。二人の葬式のあと気づいたら、残った財産をすべてこいつらに巻き上げられていたんだ。

だから悪徳なのは間違いないと思う。でも俺はこいつらが、不思議とどうしても憎めなくてね。

金なんかあとでいくらでも稼ぐことはできる。けど、思い出っていうのはそうはいかないだろう?俺はあの金で、母親の美しい死に顔を買ったと思ってるよ。

思い出に残った母の顔が美しいと言うのは、それだけで万金に値すると思わないか?

それくらい薄化粧した母は綺麗だった。

そして俺はその日から、生きた人間を愛せなくなった。

周りの人間は、父への想いや強盗に対する憎しみが、俺を警察官にしたと思っている。だが実際は、そこまで憎みつづけてきたわけじゃない。誰かを長いあいだ憎みつづけると言うのは、アレでなかなか体力が要るんだよ。

俺が警察官になった理由は単純明快。

のんびりと平和に暮らすことに耐えられないからだ。あの日、俺の心に刻まれた父親の死に様と母親の死に顔。俺が平和に暮らそうとすると、こいつらが心の淵の暗闇から浮かんできて俺を責めるんだ。

両親は俺の幸せを望んでいる?判ったようなこと言わないで貰いたいね。そんなことは、俺がいちばんよく判っているよ。彼らが責めるって言ったのは言葉の綾だ。俺の心の奥に非日常を望む思いが、無意識ながらあるんだろうよ。それは否定しない。

ただ、のんびりした時間の中にいると、すごく不安になるんだ。何かしら行動を起こしていないと、言いようのない焦燥感に襲われる。そんな時、必ずと言っていいほど、ボロキレのようになった父と美しい母を思い出す。それだけのことだ。きっと、因果関係なんかないんだろう。

犯罪者を追いかけて、追いつめる時だけ俺は生きている。自分の命を危険にさらさないと、生きていることが実感できないんだ。それを異常だと言うなら言えばいい。ノーリスクの生き方を堅実さと形容するなら、俺はそんなもの要らない。

俺は狩人だ。獲物を狩ることで、生きてゆくのだ。

俺にとっては人間なんて獲物でしかない。憎いとか嫌うとかそう言う感情はまるっきりないし、セックスだって死体としかしない。獲物として以外には、生きた人間に興味がもてないんだよ。

だからあのときの強盗の事を憎んでいるかと言えば、心底どうでもいいって言うのが本音だな。そんなものより美しい少女のなきがらの方が、俺にとっては何倍もスリリングでステキな代物なんだよ。いまさら探し出して復讐しようなんて、カケラも思っていないさ。

ところでどうだい?その酒の味は。うまいだろう?なに?体がしびれてきた?そりゃあそうだ、そう言う薬を入れたんだから。

判ってるんだぜ?おまえがあのときの強盗だってことはな。気づいたからこそ、こうしていっぱい奢るフリをして、しびれ薬を盛ったんじゃないか。

え?なんでそんなもの持ち歩いているかって?

言ったろう?俺は死体にしか興味がないんだ。いい獲物がいたら、しびれさせて自由を奪い、家に帰って死体にしてからゆっくり遊んでやるんだよ。いつステキな獲物に出会ってもいいように、薬くらいは持ち歩いているさ。狩人のたしなみとでも言おうか、はははっ。

しかしなぁ……大人しくしていればいいものを、わざわざこの町まで出向いてくるなんて、おまえも大概ヌケてるぜ。探し出してまでは復讐する気ないけど、こんなに近くにいちゃあ、つい、ちょっかい出したくなるじゃないか。

さあ、それだけしびれればしゃべれまい。どこから見てもただの酔っ払いだな。じゃあ、肩を貸してやるから、俺の家に行こうじゃないか。だいじょうぶ、友達もいっぱいいるんだ。寂しくないよ。

そんな顔して心配するな。殺したりしない。

俺に人間の死体という、この世でいちばん美しいものを愛する喜びを教えてくれたんだ。ある意味、おまえは俺にとって神みたいなものなのさ。これ以上ない、最高の待遇で迎えてやるよ。

美味い食い物だってあるんだぜ?俺が作った缶詰。この世でいちばん美味しくて、美しくて、神秘的な缶詰。それ食いながら、二人で楽しくやろうじゃないか。

勘違いしないでくれよ?復讐する気なんか、これっぽっちもないんだ。さっきも言ったように、むしろ感謝しているくらいなんだから。だからおまえにも教えてやろうと思ってさ。

死体と暮らす喜びを。

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