| ベルの能力 |
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道端に老人が一人、殴り倒されていた。 倒れた老人の横で男がひとり、哄笑しながら立ち尽くしている。彼の胸に下げられた純銀製のベルが、男の笑いに合わせてちりんちりんと涼しげな音を立てていた。
俺の名前はベル。院長先生がつけてくれた名前だ。どこのって、もちろん俺が育った孤児院のさ。 本当の名前やそのほか、何一つ知らない。何度か院長先生に教えてくれるように頼んだんだけれど、結局はっきりした答えは一度ももらうことができなかった。 なぜって、生来短気な俺は、その答えを知る前に院長を殺してしまったんだよ。どうやってかって? 簡単なことさ。 俺にはほかの人間にない、超能力があるんだ。それを使えば、ほかの人間の数倍の速度で動くことができるし、誰より早く状況を知ることもできる。神様が俺に与えた、すばらしい能力なんだ。 俺は孤児院で、その能力に開花した。院長先生は、その力はやがて俺を滅ぼすから、慎重に、人のために使わなくてはならないと俺を諭した。もちろん、俺はそんなもの無視して、自分の思うように生きると決めてたがね。 いや、そうじゃないな。 最初は俺だって、この能力を人の役に立てようと思ったさ。だが、人間ってのはまったく度し難い愚か者が多くてね。自分と違うってだけで彼らは俺を差別し、自分にない能力を持っているという理由で、俺を忌み嫌った。 彼らってのはもちろん、孤児院にいた連中さ。連中は最初、俺を馬鹿にして知恵遅れにとるような態度をとった。だが、少々の時間があれば、どちらが優れているか証明するのは、きわめて簡単なことだ。 俺はちっとも怖くなかったよ。彼らがもたもたと襲い掛かってきたって、俺は十分余裕を持ってそれをかわすことができたし、強烈な反撃を加えることさえできるんだから。 もちろんすぐに彼らもその事実に気づいた。そして、自分たちが決して俺にかなわないことを悟ると、彼らはすべて俺の軍門に下った。 院長先生は俺を非難した。 「君には人と違うところがあるが、それは恥ずべきものでも誇るべきものでもない。君は君のあるがまま、穏やかに慈愛の心を持って生きなさい。 君が人のために生きるなら、君の能力や欠点は他人を助けるだけでなく、自分自身をも救うだろう。だが、君が悪意や怒りを持って人々に接すれば、君は人々だけでなく、自分自身を滅ぼすことになるよ」 とまあ、その手の毒にも薬にもならないような説教を、院長先生は俺の手をとって熱心に説いた。その間、俺は鼻くそをほじっていたんだけど。 宿舎に帰った俺は、周りの連中の持ち物から現金や金目のものをかっぱらい、孤児院を脱走することにした。 やつらの荷物をあさっていたら、勘のいい何人かがやってきてひと悶着あったが、誰だって俺にかなうわけがない。俺はやつらの全員にコブシを叩き込んで眠らせると、金を持って悠々と表に出た。 しばらく歩いてゆくと、俺の後ろから院長先生が追いついてくる。俺はそれを無視して行こうとしたが、勘の鋭い院長は、俺の位置をかなり正確に把握し、がっしりと腕をつかむ。 そして、俺に殴られながらも、必死で俺の手に指文字を書き続けた。俺はいらいらして院長をはり飛ばす。 まったく、イラつくぜ、こいつらは。 俺はこいつらと違って「光を感じる」ことができるんだ。光の反射を使って、一瞬にして相手の位置や姿を把握することができるんだ。 俺だけが、そんな神のごとき能力を持っている。この世界の法律や常識は、俺を縛ることができないんだ。俺は、こいつらより上位の人間なんだ。 そんな俺様に対して、この院長は生意気にも説教しやがるんだぜ? 頭にくるのもわかるだろう? だから俺は、院長を殴り殺したのさ。 俺は目の見えない愚民どもを従えるため、世界征服の野望に向かって、その一歩を踏み出すのだ。はははは!
男は笑いながら、老人のそばを去った。死んだと思われていた老人は、しかし、虫の息ながらも生命をつないでいたようだ。のそのそと這いずりながら、かすれた声でつぶやく。 「だが、ベル。お前は……音が聞こえないのだ」 音というものの存在を知らないベルは、いつものように胸に下げた純銀製のベルをちんちりんと鳴らしながら、意気揚々と去ってゆく。 もちろん、胸のベルの音も老人の声も、ベルには届かない。 |