| すれちがい |
| ナイフの刃が、あの子の胸に吸い込まれてゆく。 それでも僕は、何も出来ずに全てを見ているしかなかった。いや、もちろん叫んだよ?僕の全身全霊を傾けて、彼女を襲う恐ろしい魔の手に向かってあらん限りの叫びをあげたさ。 でも、それ以外に僕の出来ることはなかった。 だから、結局は何もしていないのといっしょだろう。僕は拘束された牢屋の中で、彼女の身体が切り裂かれていくのを、気の遠くなるような絶望を抱きしめて、ただ、ただ見つめているしかなかったんだ。 鉄格子を強く握り締め、あらん限りの叫び声を上げて悪魔をののしり、手の届かない歯がゆさに、自分の頭を何度も床に叩きつけた。悪魔どもは、そんな僕にはお構いなしに、恐ろしいほどの冷静さで、彼女を切り刻む。 やがて彼女の胸に、真っ赤な花が咲いたように、血液があふれ出した。 僕は、自分が切り裂かれる以上の苦しみを持って、その光景を眺めつづける。ああ、出来ることなら僕が変わりに切り裂かれたい。僕は歯をむき出してヤツラを威嚇しながら、虚しい叫びを上げつづけた。 やがて悪魔の祭典は終わりを告げ、彼女は奥の部屋に引き連れていかれる。次は僕の番だろう。彼女の敵(かたき)に、せめてヤツラにひと太刀浴びせてやりたい。 僕はみなぎる力をためて、その瞬間を待ちつづけた。
「さて、メスが終わったから、今度はオスのほうを片付けよう」 「しかし、オスのほうはずいぶんと興奮していますね。やっぱり、手術には立ち合わせなかったほうがよかったのでは?」 「いや、我々がメスを治したことを、きちんと認識させなければならない。大丈夫、こいつらにはそれだけの頭があるんだから」 「そうでしょうか?それは確かに、人間と言うのはこの星で一番進化した生物ですが、私にはただの好戦的な下等生物にしか思えません。これほど好戦的な生物を、なにもこんな手間をかけて調査しなくても、単純にこの星系に押し込めておけばいいのではないでしょうか?」 アルファ星の最高権威を持つ博士の言葉に、若いスタッフは反論した。しかし若者の言うことは、アルファ星のたいていの人が思っていることでもある。 博士たち全宇宙の平等と平和を唱える良識者たちは、この偏見と常に戦いながら、幾多の原始的民族を、絶滅の危機から救ってきたのである。 「例え最下等な文明である物質文明の域を出ていないとしても、彼らの自由は制限されるべきではない。彼らは確かに好戦的だが、彼らだって自力で宇宙に出るだけの文明を築いたのだ。そこには敬意を払わなくてはならんだろう」 博士の言葉に、若いスタッフはしぶしぶうなずく。彼の不満もわからないわけではない博士は、若者にやさしく話し掛けた。 「それに、姿かたちは我々とかけ離れているが、体力的にそれほどの差があるわけじゃない。危険はないさ」 そう言いながら、檻をあける。 とたんに飛び出した実験体は、ものすごい膂力で彼らに襲い掛かる。伴侶を殺されたと思い込んだ彼の怒りは、ただでさえ強力な四肢に、とてつもない力を与えたのだ。 研究員の最後のひとりを葬った後、彼は透明なケースに収められた恋人の前で、いつまでも泣きつづけた。やがて、研究員の連絡がないことを不思議に思い母星からやってきた、アルファ星人たちによって殺されるまで。
その後、地球人を原始的かつ凶悪な生物と判断した彼らは、太陽系全域をシールドして、彼らの外宇宙進出を防ぐことに決定した。 それによって地球人は、それ以降一切、地球外生命体との接触をすることはなかった。 アルファ星人と地球人が余りにかけ離れた姿かたちをしていたために、彼らには人類とゴリラの区別がつかなかった、と言う事実は、どちらにとっても不幸であったとしか言いようがない。 |