| 虻名おじさんの叡智 |
| 「所長、お客様です」 「どなた?」 「虻名(アブナ)さまという方なんですが、あの……その方、ちょっと何と言うか……」 「ああ、いいよ。わかってる。アレでも私の血縁なんだ。通して」 「は、はい。承知しました」 怪訝そうな顔で職員が去って行くと、私は持病の偏頭痛が酷くなるのを感じながら、虻名おじさんを待った。 虻名おじさんは、父の姉のツレアイにあたる。 小柄だが貫禄があって、広めの額に血色のよい顔。一代で財を成した建築関係の実業家で、お酒に造詣が深く…… ああ、やめだ。こんな欺瞞は言っても仕方ない。 要するに背が低くて太っていて、髪が薄くて赤ら顔。おまけに土木&土地成金の上、完璧なアル中だ。 学者肌で控えめな人間が多いうちの親戚の中では異色の、押しの強い、つまり、かなりあつかましい部類の人間である。 とにかく金と暇を持て余してるから、なんにでも首を突っ込んで引っ掻き回す。小さい体のどこから出てくるのか、バカでっかいドラ声でわめくように話すので、はじめて会ったときは「この人は何でいつも怒っているんだろう?」と、不思議だったのを覚えている。 所長室の扉が開くと、虻名おじさんが一升ビンをぶら下げて意気揚揚と入ってきた。この人は大抵いつもご機嫌だ。 「いよぅ!まー坊!元気そうだな?」 「おじさんの方がよっぽど元気そうですよ。それで?今日はどうしたんです?」 「ん?暇つぶしだ。気にするな。がははははは」 「いや、むしろおじさんが気にしてくださいよ。私はコレでも忙しい……」 「相変わらずココはいつ来ても、何やってるんだかカイモク見当がつかねえな」 「おじさんも、相変わらず人の話を聞きませんね。はぁ、参ったなぁ……」 「なんだよ。そんなに嫌がるなって。嫌がってるってのは、逆に言えば俺のコトがスキだってことだぞ?なはははは」 「いや、そうじゃないんですよ。おじさんはおじさんで、確かに頭の痛い問題なんですけど、それより頭の痛い問題が持ちあがっちゃってて」 「あん?なんだ?おじさんに言ってみな?おじさんが解決してやるよ、まー坊」 専門家20人が寝食を忘れて取り組んでるのに、解決の糸口さえ見つけられない問題である。おじさんにどうにかできるわけはない。 しかし、私は子供の頃から何か問題が起きると、おじさんに相談していたのも事実だ。おじさんは何かと言うと力とかお金で物事を片付ける人だが、その強引な介入を止めているうちに、ふいに他のいい解決策が浮かんだりすることがあって、知らず知らずに、私はおじさんに助けられていることが多いのである。 「おじさんに任しときな、まー坊」のヒトコトは、私にとって魔法の呪文と言ってもいいかもしれない。今回も、おじさんに話しているうちに、いい解決が思い浮かぶといいのだが。 「んじゃ、一応、話してみますか。ところでおじさん、我々の仕事がなんだかわかってます?」 「電気屋だろ?」 「ああ、やっぱりその辺から説明しなきゃならないのか。気が遠くなるなァ」 「大丈夫だよ、まー坊。おじさん暇だから」 「私は暇じゃないんですがね。ま、しかたないか。え〜とね、おじさん。私達は人間の脳の働きを研究するための研究グループの一つなんです。巨大なコンピュータを使って、システム的な脳の働きを再現しようと言う試みをしてるんですよ。いずれは、有機的なコンピュータを作ろうとしているグループなどと協力して……っておじさん!ね、寝てませんか?」 「ん?あ……終わった?」 「信じられない!人が一生懸命……」 「アレだよ。コンピュータとか言われたら、おじさんお手上げだよ。もうちっとかいつまんで、判りやすく教えてくれねえかな?」 「ふ〜……わかりました。要は頭だけのロボットを作っているんですよ。それでですね、実験は大成功したんです。凄く頭がよくて、インターネット……いや、あちこちに電話をかけて、何でも知りたいことを自分で調べたり出来るロボットが出来たんです」 「おう、こんだぁ、判りやすいな」 「それで、哲学的な……いや、もうちょっと人間っぽいことを考えさせようとして、色々やらせてたんですね。そうしたら、あろうコトかそのロボットが自我を持った……つまり命令を聞かなくなってしまったんです」 「そいつぁ、命令を聞かないで、何してるんだ?酒でも飲んでるのか?」 「まさか、おじさんじゃないんですから。自己の存在理由、つまり、自分は何のために生まれてきたのか?とか、自分は何をすべきなのか?とかそう言った問題を考え始めているんです」 「へえ、神経内科にでも電話してるのか?」 「いや、それは無理ですけどね、さすがに。今は、宗教関係のサイトを、片っ端から閲覧してますね。文字を認識する能力がありますから」 「宗教、自分とは、何をすべきか……ね。ああ、判った。そりゃ簡単だよ」 どうせろくでもないことを思いついたんだろうが、こちらももう対処しようがなくなっているところだ。藁をも掴む気持ちで、私はおじさんの話を聞いた。 「まー坊、そのロボットは一台だけなのか?」 「ええ、もちろん試作機はほかにいっぱいありますけど、性能は大分落ちますから、まあ、あれ一台って言っていいでしょうね」 「なんでそう、おまえらは持って回った言い回しをするのかねぇ。ま、いいや。それじゃ、その試作のヤツのなかから、適当なのを一台見繕ってくんな」 「居酒屋でツマミ頼んでるんじゃないんですよ?まったくもう。ええと、それで何をするんです?」 「いや、簡単だよ。例の大将をそいつと繋いでやんな。そん時、もう一台のほうをワガママな性格にして」 数次間後、正常に動き出したコンピュータの前で、おじさんは一升ビンを傾けていた。 問題解決してもらった弱みで、さすがに文句も言えず、私は半分呆れながらもおじさんの前に座っていた。 「な?まー坊。簡単だったろ?」 「脱帽です。しかし、どうしてもう一台繋げば治ると思ったんです?こういう問題は、なるべく単純にしていくのが当たり前なのに」 「ばっかだな、まー坊。いいか?大体ウチの若い衆達もそうなんだけどよ、人生だ生き方だって、訳の判らねえ小難しいこと考えてるヤツってのは、まあ九分どおりガキなんだよ。まともな大人なら、仕事だの嫁さんだのに忙しくて、そんな金にもなんないようなコトを考えてる暇は、これっぽっちもねえハズなんだ」 「……」 「そう言うガキは惚れた女が出来りゃ、そいつに夢中になって余計なことは考えなくなるもんさ。まして、そいつがワガママな女だとしたら、もう一日中そのことで頭がいっぱいになるんだよ。ワガママな女ほど可愛いからな」 「それじゃぁ」 「ああ、ヤツは嫁さんのために一生懸命働くだろうよ。ガキが出来てもいいように、たくさん働かして、いっぱい稼がせてやんな。今ぁガキ育てるにも、結構金がかかるからな。がははははは」 おじさんはドラ声で笑うと、私の肩をバンバン叩きながら、ご機嫌に杯を傾けた。まあ確かに、助かったコトは間違いないんだが…… 「なあ、まー坊。キャバクラ行こうぜ?」 おじさんは酔っ払った顔で、ご機嫌にわめいた。私は、のどまで出かかった断りのセリフを飲みこんで少し考えた。 うん、そうだな。 たまには、おじさんと飲んでみよう。 |