〜虚数の実在性と私たちの3次元〜 2006/05/01 晴れときどき雨
突然だが、虚数を実在として認めるかという問題は、実は深刻な問題をはらんでいるように思われる。
虚数とは言うまでもなく、実数を代数的に体拡大したものである。そこから受けられる恩恵は、確かに虚数を"物理的な意味でも"実在であると認めたくなってしまうくらい大きい。つまり、現実に虚数の対応物があると考えてしまうくらい大きい。
そこで複素ベクトル空間というものが登場する。すなわち、虚数平面は2次元ユークリッド空間に特殊な代数構造を入れたものであるはずが、スカラー倍を複素数によって定義することで、1次元に見えてしまうわけである。
すると、3次元で問題が生じる。
空間はなぜ3次元なのであろうか。空間が同時存在の尺度、時間が非同時存在の尺度というのは確かライプニッツが言った言葉だが、なぜ両者の次元が異なっていなければならないのか?IQ
185とも言われるライプニッツはいち早くことの本質を見抜き、3次元的な運動量保存の直接的帰結として予定調和説を打ち立てた。一見オカルトっぽいこの「神による予定調和」の理論が、よくよく考えると現代の物理をも丸裸にしてしまう(というか適用できてしまう、というか)ことは面白い。ライプニッツのこの理論がオカルトっぽく見えるということは、つまり現代物理にそぐっていないということである。簡単に言えば、現代物理は形而上学の問題を最初から相手にしていないの
である(どこぞのトンデモさんみたいなことをいうが、まぁ事実は事実である)。つまりこの分野では、ライプニッツの死んだ290年前(2006年現在)からあまり進歩していない。それが進歩しうる分野か、という問題はおいておいて。
で、空間がなぜ3次元で時間が1次元なのかだが、こういう風に考えるのはどうだろう。3次元ユークリッド空間に限ったことでは無いが、この類の空間は数学的に言うと「等質空間」としての構造を持っている。簡単に言えば、ある剰余類群と同型という事である。全ての3次元ベクトルは単位ベクトル(1,0,0)の回転で作られるから、記号を乱用させてもらえば、R^3⊆O(3)である。で、O(3)のうちの(1,0,0)の固定部分群はSO(2)であることは言うまでもない。よって、R^3〜O(3)/SO(2)が成り立ち、全てのベクトルはO(3)/SO(2)代数を用いた"スカラー倍"で表せる1次元だという訳。
ここでした議論は果たして虚数を実在と認めることとなんら差異があるだろうか?(例えば、iを行列でかいてやればいい。)私には最近、この両者の違いがますます分からなくなってきているのである。
そう、このコーナーは私のくだらない悩みを吐露するコーナーなのだ(笑)

|