子育て・児童虐待・家族・子育て支援・DV(ドメステッィクバイオレンス)を考える
空白 ポケットに夢をつめてのイメージ
空白
ホームのイメージ
子育ての本紹介のイメージ
子どものイメージ
日記のイメージ
blogのイメージ
リンクのイメージ

 

★子どもや若者に関する本の書評です

★★
搾取される若者たちnew
阿部 真大

宅配便がすっかり生活に根ざしたころ、いつの間にか「バイク便」というサービスもできた。書類を今日中に届けてほしいなんて、家庭生活では必要ないため「バイク便」を利用することはない。しかし当日届けて欲しい書類があるときには、とっても役に立つサービスだろう、便利な世の中になったものだと単純に感心していた。しかしこの本を読むと「単純に喜べない」現実がバイク便ライダーたちの間で起きていることが分かる。たとえばお給料も固定給と歩合給に分かれているらしく、当然仕事ができるようになると歩合給の人のほうが高級取りになる。バイク便ライダー間で「歩合給」のTOPはヒーローとなれる。おかげで歩合給のライダーたちはワーカーホリック(仕事依存)へと突き進む。しかしそれと隣りあわせで大きな危険が待ち受ける。たとえば車も間をすり抜けて、いかに早く品物を届けるかが要求されるため、排気ガスの海の中を一日中さまよい、体を壊す。また交通事故にあう可能性も高くなる。しかし労働災害にあっても何ら保障がない。今の世の中で「出世」が見えてこない若者にとって、「バイク便ライダーでヒーローになれるかもしれない」という夢を持てることに熱中してしまう怖さがあることを指摘している。自己実現がもてはやされる時代であるけれど、ある意味自己実現とは危険な思想なのかもしれないと思った。バイク便ライダーに限らず、「自己愛」を満たすものに夢中になる若者の怖さを感じることが多いだけに、今の若者の世界について色々と考えさせられた。

 

★★
ジェンダーフリー・性教育 バッシング
浅井 春夫・他

新聞で、最近「男女共生」や「ジェンダーフリー」を使わないようにという条例が少しずつ増えてきている、という記事が出ていて、ずっと気になっていた。「なぜ?・・・いや、分かる。」だって男が今まで持っていた既得権をそうやすやすと手放すとは思えない!家庭の中でも、子どもが生まれたって「俺は仕事で忙しい」といえば、お互いのお休みである日曜日も自分だけがゴロゴロできると思っているのに、「男女共生」などということを知った途端に「今日からお前と俺で半分ずつお休みにしような・・・」なんていう男が一体どれぐらい居るのか。所詮「男女共生推進」を条例で決めても、絵に描いた餅に終わることなんてたくさんあるのだ。しかし、だからといって、それを叩き潰そうとしているというのは、どういうことなのだろう?その辺りをQアンドA方式で、分かりやすく答えてくれている。ジェンダーの問題は、簡単に言えば男女の問題と思っていたが、共産主義やら、新しい歴史をつくる会やら、統一教会やらの、様々な話が飛び交って、壮大な社会問題・宗教問題 etc・・・につながっているらしいことは、分かってきた感じ。ジェンダーフリーの世界を考えるということは、なんだかスゴイことになってしまうのだ?


 

★★★
子どもは育ての親
天野 秀昭

プレイパークを知っているだろうか? 「冒険遊び場」とも言われている。 自分たちの責任で自由に遊ぶことをモットーにしている遊び場である。 “自分たちの責任で”ということは、たとえば子どもが怪我をして骨を折っても 「大人が見ていないからだ。責任を取れ!」というような訴えはできないという場所だ。 そのプレイパークの活動は外国で発生したが、 日本ではじめて世田谷で行われた。 そして、プレイリーダーと呼ばれる大人としての役割を日本で初めて担ったのが、 著者の天野秀昭さん。つまり、日本初のプレイリーダーの天野さんが書いた、 子どもに関する本だ。子どもに関する本だけれど、この中で書かれていることは、 なかなか奥が深い。今の子ども達の抱える「透明な存在感」「自己否定感」と 「遊び」がどんなに深く関わっているか。 子ども達が“生き生きと生きる”ということが、今の現代社会や私たち大人にとって、 どれだけ難しい要求であるかということが伝わる。子ども達は時代の最先端を行く。 それは昔から決まっている。古来から、 若者が今までの世の中を壊し新しい世界を創ってきた。 新しいものは「壊すこと」からしか始まらないという、 その意味を子ども達から大人は学ぶ。 しかし、どこにも壊す世界が用意されていない現代は、子ども自身が、 自分やより弱いものを壊すということで帳尻をあわせているのではないだろうか。 子ども達の持っているエネルギーが大人を脅かしたとしても、 それをどう生かしていくかを考えないと、 子ども達の「壊して創る」というエネルギーは闇にしか向かわないという気がする。 そんなことが実感できる本だ。

 

★★
大人の知らない子どもたち
今 一生

「プチ家出」は知っていたが、この言葉を作ったのが『今一生』だとは知らなかった。彼は、「家出」や「リストカット」を繰り返す若者に出会い、彼らの言葉 を拾い集めているライターであるらしい。「自傷らー」・・・リストカットを繰り返す当事者同士で呼び合う自分たちを形容する言葉らしい。そのほか「ココロ 系」(ネット上で精神医療・心理学関係の話題や自殺願望などを主にしたWEBや管理者をそう呼ぶらしい)「リタラー」「ドラパー」「OD(オーバードー ズ)」・・・何のことやら、さっぱり分からない人が多いだろう。この本を読んで、ここまで若者が病んでいるのかと気が重くなる。確かに、こういう世界を知 らずに清く明るく生きている若者も多い。その一方で「心」と「身体」のバランスが大きく崩れていることを楽しんでいる?若者がいることも事実である。楽し むといっても、明るく楽しむのではなく、どこか虚無感を伴い「死」と隣り合わせな楽しみ方?で生きている人たち。彼らをどう呼んだら良いのだろうか?多く の大人たちは子どもたちや若者達の間で進行しているこの「病」に気がついていないようで怖い。著者は彼らが再生なんて望めない「死」を楽しむだけの人間で 無いことを強調している。そんな彼の主張に多くの大人が納得し、若者たちが「生」を楽しめる世の中を作ろうとするのか私には分からない。しかし、彼の言う とおり大人が変わろうとしない限り、「死」に向かった本気とも遊びともとれる若者の刹那的な行動様式は変わらないと強く思った。

 

★★
生きちゃってるし死なないし
今 一生

リスト・カットや大量服薬(オーバードーズ)を繰り返す人が増えているのだろうか?私には分からないが、そういう人に会う機会が多くなるとそれも時代の流れ、「普通のこと?」なんて思ったりする。この本の副題が示すように「リストカット&オーバードーズ依存症」の人たちのことが当事者の視点から書いている本。それだけになかなかの臨場感が漂う迫力がある。専門家による分析はどこか他人事という視点が抜けない。しかし、著者も立派な?テレクラ依存症だっただけに、さすがに当事者の苦悩そして回復に向けての考え方に説得力を感じる。結局、専門家が提唱する「回復の方法」と根底では同じことだと思われたが、当事者だけにシビアーな内容もさらりと書かれていて参考になる。たとえば、リスラーたちは心の空虚を埋めるために「リストカット」などの依存症的なものにはまるのだから、自分の中にある空虚さをまず認めたうえでそこを脱する努力をすれば良いのだ。そのときに大切なことは誰のためでもなく、自発的に自ら必要だと思うことのみにこだわって行動するのが良い。簡単な回復のプロセスに感じるが、自発的な行動をどうすれば良いのかわからない人・学習していない人には至難の業であろう。しかし、「自発的な行動」以外に本物の回復はないという。そして、周りにいる人が「リストカットは止めて」と言えば言うほど止められないのだ、と当事者の立場から警鐘しているのだ。リストカットもその人の自発的な行動だと周りが認めれば、本当に「リストカットが好きな人」は続ければよいし、「誰かにとめて欲しくて(かまって欲しくて)リストカットをしていた人」は止めることになるのだ。「自分を救うのは自分しかいない」単純な結論だがその結論に至るまでは苦難の道のりが続いているのだろう・・・。

 

★★
悲しみのこどもたち
岡田 尊司

著者は医療少年院で精神科医として犯罪を犯したこども達と向かい合っている。 医療少年院といえば、神戸の児童誘拐殺人事件を起こした加害者(酒鬼薔薇聖斗を名乗った) が送られたことでも有名になった。 医療少年院に送られるのは、事件を起こした少年たちの中でも治療の必要性が大きいと 判定された子ども達。多動で暴力的な子ども達と言うと分かりやすいが、 今はどちらかと言うとそのような子どもよりも、普段は大人しくて「どうしてこの子が?」 と思われるような子どもが増えたという。そういう子ども達は大抵 自分の世界にこもっていて、他人との関わりをどこかで拒絶している傾向が強いと著者は言う。 確かにこのところの子どもが起こした事件を振り返っても、 「大人しいあの子が信じられない」と評されることが多い。 そういう子ども達にとって必要なことは、周囲の愛や仲間との交流、体力・基礎学力である ようだ。人間の成長にとって必要な関わりはとても単純で素朴ななものであるのかもしれない。 しかし、その単純で素朴な関わりが難しくなった世の中になってしまっていることを実感する ような一冊である。いかに「親の愛」が時代の影響で変化してしまったか、 「仲間の愛」と言うときの「仲間」の中身 が変質してしまったか? 犯罪を犯した親子や周囲の人だけの問題ではなく社会のいたるところに起きている問題のように 感じる。私も親であるが、現代は「子育て」そのものが難しくなったと感じることが多い。 著者は「忍耐」を覚えさせることが大切だと訴える一方で、ではどこでそれをつけることが できるのかを振り返った時、「忍耐」を覚えさせる社会になっていない事も同時に指摘する。 医療少年院に送られるような子どもにしてしまった親や家庭だけに責任を押し付けていても何も解決しない、と言う著者の主張に共感した。「人は人によって傷つくが、人によって癒されもするのだ」と思えるような内容の本である。

 

★★
17歳という病
春日 武彦

都立松沢病院医長である著者が語る、自分が体験した思春期の危うさを書いた本である。いまだに自分の問題も片付いていない者が人の心を治す医師をしている事自体に矛盾を感じているということも書かれていた。「医長」であるぐらいだから、実力がないわけではないだろうが、このような人でも「心も問題は不可解なもの」と発言していることに何かしら安堵感を覚える。つまり人が人の心を診断することなんてできないという事実をせめて心の専門家という人たちは肝に銘じるべきではないか?今、心理学ばやりである。そういう私も放送大学などで心理学を勉強しているし、臨床心理の資格を取るべきか?などと悩んでいる日々だけれど、それは就職試験対策のためである。臨床心理士になったからといって、相手のことがピタリと分かるわけでもない。人間のことが全て分かるわけでもない。しかし、なぜか今の風潮は精神科医や臨床心理士が「人格を判定する人」として公認されている。様々な意味でそういう人が必要な時もあるが、資格があれば肩書きがあれば相手のことが判り、その人の判断が唯一の正解としてまかり通っていくことが怖いと思う。誰しも、その人固有の体験をしているし、その人にしか分からない苦しみやつらさがあると思うが、その辺りを著者は自分自身の思春期以降の考えや行動を例にして“人を理解することの難しさ”を語った本であると思った。

 

★★
少年A矯正2500日全記録 
草薙 厚子

少年Aとは「神戸市須磨区で起きた連続殺人犯人」であり「酒鬼薔薇聖斗」と名乗った彼である。日本を揺るがした事件の犯人は14歳の少年だった。これをきっかけに大人たちは「少年法厳罰化」に向かい、同世代の少年少女の多くは、事件のすごさに驚きつつも「透明な存在のボク」に共感するという現象をもたらした。その彼は家庭裁判所の審判により「医療少年院」に措置された。その医療少年院での生活が詳しく書かれている。なぜ医療少年院なのか?そして迎える少年院の職員は何を目指して彼を矯正したのか? 「一刻も早く死にたい」という少年Aと「あんな恐ろしい奴は殺してしまえ」というような世間の風潮の中、それでも少年Aに対する「生きる意味」を見つけようとする少年院の職員たち。特に少年の持っている性的に偏った志向をどう矯正しようとしたのかが非常に読み応えがあった。彼は今、社会に戻って普通の生活をしているらしいが、本当に矯正されたのか?今後の彼が行動で示すしか答えはないけれど…少年という、未知数の大きい存在にとって“心の通い合う”「教育」や「子育て」がいかに大事であることを示してくれる一冊である。

 

★★
若者の法則
香山 リカ

 香山リカと言えば「若者の味方」というイメージがある。それだけにきっと若者の実態がリアルに浮かび上がるのだろうと思った。しかし、どれもこれも何とな く陳腐な感じがしてしまった。確かに「なるほど」と思う内容である。しかもどこから読み始めて良いコラム形式になっていて一編一編の文字数も少なく読みや すいが、あっさりと読めすぎて拍子抜けの感じである。何となく今の若者に近い著者だから、私のようにいろいろと考えすぎてしまう性格にはスマートに映った のかもしれない。とにかくどれもこれも「ふ〜ん」で終わってしまった本である。なぜだろう…、期待していたのに!

 

★★
この国は危ない
斉藤次郎・芹沢俊介

斎藤氏・芹沢氏両氏が「書簡」という形で、今感じていること・今問題と思ったこと・今自分に起きていることなどを徒然に綴っている。二人に共通するキーワードは「子ども」である。斎藤次郎さんといえば、大人年齢になってから「小学4年生になって編入」した人であり、変な人?である。しかし彼が昔から大人と子どもの関係性を考え続けた姿勢は、芹沢さんと共通しているのだろう。内容的にはかなり示唆にとんだものであるが、私には時々何を言っているのか、わからないことがある。それはおそらく、深く子ども問題に関わってきていないから。それにしてもこういう風に手紙という形式でそれぞれに文章を並列すると、二人の特徴が何となく伝わってくるものだと思う。私は斎藤さんの文章の方が好きだということが一番「わかった」点だったかもしれない。「子ども」という存在は大人を映す鏡のような存在なのだろう。子どもを通して自分を顧みる二人の姿勢が伝わるような一冊だった。

 

★★
「こども」の消滅
斉藤 次郎

昔は「子ども」という概念が無かった。「子どもを発見した」のはルソーだという人もいる。それ以来「子どもというものはこういうものだ」と論じられてきたかもしれないが、次郎さんに言わせれば「今の日本は『子ども』が消滅しつつある」という。なぜなら子どもの特権であった「遊び」の内容が変化した。マンガ・テレビ・ゲーム、どれをとっても子どもの特権でなく大人もこれらの遊びに興じている。「子ども」らしい悪さを許す世界もどんどん少なくなり、“大人子ども”した子どもが増えている。子どもが「子どもらしく」生きられない世界となった、そんな次郎さんの考えが伝わってくる。では、子ども時代が消滅した日本の大人たちはどういう大人なのだろうと私は考える。大人としての責任を今ひとつ図りかねている人が多い。子ども時代に「子どもらしく精一杯」生きてこられなかった人ほど、大人になって「子どものように」なってしまうような気がする。この本の中で一番納得したのは、「子どもというのは大人の理不尽な扱いを受けることを当然とした存在」で、「大人は子どもにそういう理不尽なことを押し付ける責任を十分取らなければいけない存在」だといこと。今の親たちは妙に子どもに物分りの良いフリ・子どもの要求を何でも受け入れることが良い親のように振舞ってしまうけれど、それは子どもが「乗り越えていく存在」を失うことに通じている。大人は責任を持って子どもに立ちはだかる存在で無ければいけないし、そのつらさを覚悟を持って引き受けるのが大人だという内容の文章に、胸のつかえが取れた感じがした。そう、物分りの良い親にならなくても良いんだ!「こんな親、捨ててやる!」と思えるような親を目指そう・・・。

 

★★
カーニヴァル化する社会new
鈴木 謙介

バイク便ライダーの本を読んで、つい社会学の本をたくさん読みたくなった。搾取される若者たち〜バイク便ライダーはみた〜の本は、具体的なバイク便ライダーの生活が中心に描かれているだけに留まっている感があるが、この本では今世の中全体が一瞬の刹那的な盛り上がりにのみ心を躍らせていく現象=カーニヴァル化する社会について論じている。現代と言う社会は「自己愛」が強くなっているという論調があるけれど、この本を読んでも「自分の中だけで完結する」世の中が出来上がりつつあることが指摘されている。携帯やインターネットにより、人とにつながりも「データーベース化」することになり、そのデーターベース化された情報とのやり取りの中で人間関係が形づくられていく様子を見事に説明してくれている。なんとなく未来に対して漠然とした不安を感じている若者たちが、一瞬のお祭り騒ぎに熱中していく。「サッカーワールドカップ」しかり「阪神優勝」しかり。すべてが目の前を盛り上げてくれる「ネタ」として消費されていく。しかしそれがバッシング的なものであった場合…大きな間違いを犯す危険性もはらんでいる。この本ではお祭り騒ぎ的な社会の今後は描かれていない。まずは現状を知ること・現状を分析することからはじめるという著者の姿勢。チョット物足りない気もするけれど、書かれている内容は今の世の中の現象を理解するための情報として十分面白かった。

 

★★
お芝居から生まれた子どもシェルター
坪井節子・東京弁護士会

東京弁護士会の人たちが中心になって毎年「もがれた翼」という劇を上演している。非行に走る少年少女と弁護士たちの物語である。数年前「カリヨン子どもセンター」という架空の子どもシェルターの物語を上演したことがきっかけで「カリヨン子どもの家」が誕生した。

前半はそこに至るまでの活動の軌跡を追った内容となっている。後半は「もがれた翼」を上映するに当たり、色々と突き当たってきた壁や、一般公募で応募した子ども役の子どもたちとの関わりなど、盛りだくさんな内容となっている。

一貫して「子どもを対等に扱うことの難しさと素晴らしさ」への思いがこの本から伝わる。「子どもの権利」という時に試されるのは大人の力だということがひしひしと感じる本であった。

 

★★
子どもの自己救出力
豊田 充

いじめ・自殺・子どもによる殺人事件…楽しくただ遊びまわっていた子ども時代はいつ終わってしまったのだろう?というぐらい子どもたちの問題は年々大きくなるような気がする。いじめも自殺も殺人も「暴力」の一種である。動物は生まれた時から生得的に暴力性を備えている。なぜなら身を守ったり獲物を獲ったりするために「力」で相手をねじ伏せなければならないから。人間といえども何人も自分の中にある「暴力性」をゼロにすることはできない。つまり自分の暴力性をどうコントロールし、それをどう表現するかが理性として問われることなのかもしれない。今の子どもたちは自分の中の暴力性を表現したりコントロールしたりすることがどんどん下手になっている気がする。地域との関係が薄くなるにつれて異年齢の集団遊びやけんかが減った。「同級生同士で仲良く」できることは良いことのようだけれど…けんかを通して自分の内なる暴力性に気がつくことも、それをコントロールすることも、上手に表現することも学べないまま成長を余儀なくされたのだ。この本では今子どもたちが置かれている「暴力性」の問題をいくつかの事例を挙げながら具体的に説明し、それにたいして周りの大人や子どもがその状況に対してどう打開しているのか?救出策を教えてくれている。特に暴力性も含めた子どもたちの「命」が生かされるということがどういうことなのか?がよく理解できる。しかも子どもたちへの大人のサポートのあり方を明確に示してくれている一冊である。子どもを救うのは子ども自身であるが、それをサポートする大人の存在は欠かせない。その両方が合わさった時に発揮される子どもたちの潜在能力の高さが伝わってきた。

 

★★★
思春期の危機を生きる子どもたち
中西 新太郎

今の子どもたちは何を考えているか分 からない!人々を驚かすような事件を少年・少女が起こすたびに、子どもたちが変わった と騒がれる。イジメ・不登校・学級崩壊にせよ、学校の中だけでは収まりきらない問題を ことさら嘆く大人たちは多い。物や金に価値を置く若者が増え、援助交際などお金のた めなら平気でやってしまう少女たち。プリクラ・携帯で希薄なコミュニケーションを楽し む若者・・・。彼らは、今の大人から見れば「わがまま自由に生きてる」代表なのだろう。 しかし、この著者が語る子どもたちの世界は、大人たちが思っているほど 「気楽で楽しい」世界ではない。いかに彼らが、 今の時代に乗り遅れまいと必死で戦っているのか?子どもたちが大人になるため に必要な形が、昔は学校と家庭を往復しながら成長する“振り子型”だった。 しかし、今は消費文化世界という新しい世界が加わったために“トライアングル型” の成長をしなければならなくなってしまった。それは今まで誰も経験をしていない成長の 形なのだ。消費文化というのは、大人の制約が少ない世界であるだけに、 子どもたちにとっては魅力が大きく、また一生を左右しかねないほどの影響力も 持っている。その世界が子どもたちにとって大きくなればなるほど、 子どもたちは家庭・学校の大人たちにとってコントロールの効かない存在になってしま うというのだ。しかし、その世界が彼らの文化である以上、そこから降りるということ は、仲間を全く作らないという事にもつながっている。消費文化の世界に生きる子どもた ちはコントロールが効かないため、大人は彼らに脅威を覚えるし、子どもたちは同世代 の文化についていこうと、必死に消費文化世界にどっぷりと浸ろうと頑張る。この本を読 むといかに子どもたちにとって、今という時代が生きづらいのかを教えてくれる。大人た ちが作った消費文化に翻弄される子どもたちを、大人たちは単純に非難できるのだろか ?大人たちが子どもの問題を真剣に考える時が来ているのではないかと 感じた

 

★★
「つながり」という危ない快楽new
速水 由紀子

[AERA]などに執筆しているフリージャーナリストが書いた現代社会論。ライブドアーのホリエモン・楽天の三木谷社長・オタク・『下流社会』・ミクシー・「デスノート」・小泉首相などなど、人々の話題をさらった出来事を通して、私たちが置かれている社会状況を解説。大衆がなんとなく「乗り」や「気分」で選んでいる社会現象の裏で起きている問題点を鋭く指摘していて非常に面白い。私たちは今を生きているだけに、目の前で起きている現象が歴史的にどういう意味を持つのか、よく分からない。バブル前とバブル崩壊後についても、私にとってそれほど大きな差があるように思えないのだけれど…、それだけに今地殻変動のように起きているさまざまな社会現象について、どう理解したらよいのか、一つの視点を与えてくれる一冊となった。時々理解できないところもあったけれど、「格差社会」の問題も単純な「賃金格差」ではないことをさまざまな現実を通して具体的に提示されているだけに、非常に説得力があった。特に若い世代がこれからどういう方向に向かえば良いのか考えるきっかけとして、大変参考になる本だろう。

 

★★
迷宮の少女たち 
保坂 渉

 今、少女たちは簡単に性を売ってお金を得られる。昨日までまじめに生きてきたはずの子どもがいとも簡単にキャバクラ嬢へと変身して、薬や妊娠に傷つきながらも金や男に走る。そんな少女とその家族を丹念に追ったノンフィクションである。問題のある家族とは思えないような夫婦仲良く子育ても熱心に関わってきたような子どもでさえ、子どもが荒れ始めるとこんなところにまで落ちるのか?と暗然としてしまう。とても他人事には思えない。一体どうしてこんなことになっていくのだろうと一人の親として心配になってしまう。子どもたちが悪いわけではなく、大人が作り出した社会の矛盾が子どもたちの世界に反映しているだけだと思う。結局子どもたちを救うのは「人と人との関係」である。親の価値観や大人の枠組みを押し付けるのではなく、人としてどれだけ相手を尊重して関われるかが大人に問われているのだろうと思った。

 

★★
子ども発:知りたい子どもの権利条約
三嶋 信行(他)

「子ども発」というだけに、一風変わった子どもの権利条約の本だろう。子どもといっても、 高校生か大学生ぐらいの若者3人が、対談形式で子どもの権利条約について、話し合っているような 内容である。たとえば第14条の「思想・良心・宗教の自由」についての章は「ぎょうざが大好き。」という 題名になっている。つまり、何が好きかというのを次々に挙げて「どんなことでも好きって思うことは 自由だし、たくさんあっていいんじゃない?」と言いたいのかな。それが第14条だよ、と 伝えたいのだろうかと思う。子ども発→子ども着の権利条約の本で、子ども達には分かりやすいのだろう。 でも、大人である私には、なかなか大変なことを定義されているという感じ。子どもの権利条約の 本の中でも、分かりやすい方だろうと思うが、2冊ほどしか読んでないので、 あまり大きなことは言えない。でも読みやすいのでぜひ読んで欲しい一冊。

 

★★★
おっぱいバレー 
水野 宗徳

 まず題名に驚きませんか?一体どんな内容だろうと興味がわき、読んでみま した。そして、文句なくお勧めしたい! という本になりました。

実話を基にした話のようで、舞台はある中学校。中学生の男の子たちにとっ て、一番の興味は「女の子」のこと。だって彼らは思春期ですから…。ある日、 「キモい部」と呼ばれる男子バレー部の前に若くかわいい新任女性教師が現れ 顧問に。そしてなぜか試合に勝てば、先生のおっぱいを見せてもらえるという 約束をとりつけ、練習に燃え出す部員たちの、汗と涙の感動物語です。

大人が眉をひそめるような「子どもっぽくてバカバカしい」動機が、子どもを 本気にさせ、その目的のために必死に頑張る姿。それは人間というものの持つ 面白さやくだらなさや崇高さを余すところなく伝えてくれている気がしました。

大人は子どもにやる気を出して頑張って欲しいと思っているはずなのに、動機 や目的が不純だと大人の枠で善悪の判断をしがちです。しかし、動機がどうで あれ子どもの持つパワーや活力は大人を元気にしてくれるものです。

「教育」というのは正しい方向を導くことではだけなく、子どもにやる気を出 させ、今まで知らなかった世界の新しい扉を開くきっかけを作り出すことかも しれません。この本は思春期の子どもたちとの付き合いに疲れている大人にぜ ひ贈りたい一冊です。

私は読み終えて…感動のあまり「お〜ぱい!お〜ぱい!お〜」と叫びたくなり ました。

 

★★★
若者が《社会的弱者》に転落する
宮本 みち子

今時の若者は、自分勝手でジコチュウ・・・少年犯罪も 低年齢化し、物は豊富で自由に暮らしているわりに、なぜか「息苦しい世の中だ」と引きこ もりも増えて“わがままで甘えている”と思っている人は少なくないだろう。しかし、 そんな表面から見える若者像からは見えてこない現代の若者が抱える問題を分かりやす く解説してくれている。社会学は、社会で起きている問題を歴史の流れや様々なデーター から総合的に考える学問なので、多角的に捉えるという点で非常に面白い視点を提示して くれる。この本も、様々なデーターを駆使して、今の若者は、なぜ結婚しないのか? なぜ子どもを産まないのか?から少子・高齢化がもたらす日本の未来像まで、 幅広く現代の日本が抱える問題点を指摘してくれている。若者が就職難であるという事が 、若者を持つ親にとって、大変な問題になりつつある。現代は“学歴社会”というが、 以前と違って、今の若者は学歴をつけたくて進学するというよりも、就職できないから 進学するというのが現実。大卒どころか大学院卒が珍しくない時代になりつつあるのは、 なぜなのか?今まで、単純に考えていたことが、実は根の深い問題をはらんでいるのだ という事に気付かされた。日本の未来が抱えるであろう問題を提示している。 ぜひ、読んで欲しい一冊。?

 

★★
天使のナイフ
薬丸 岳

元児童福祉司の人から非行や少年法のことを知るのにとてもよい本と奨められ読んでみた一冊。江戸川乱歩賞を受賞したミステリー小説である。少年3人に妻を殺された夫が主人公である。殺人という最も理不尽な暴力にあった主人公の癒されない怒り・・・。加害者である少年は少年法に守られ、被害者に何一つ情報を教えてもらえない。そんな中、主人公の職場の近くで加害少年の一人が誰かに殺された。その犯人として少年に恨みを持つ彼が疑われていく・・・。そんなストーリーもさることながら、妻が子どもの目の前で殺されるという最悪の暴力を受けた被害者にとっての立ち直りや癒しとは?そして可逆性が大きいといわれている「少年」という加害者にとっての「更正」「贖罪」とは?話の展開はミステリー仕立てなため最後まで飽きずに読めた。しかし書かれている内容は重い。少年や少女による殺人事件や幼い子どもをターゲットにした事件が次々に起きる、そんな時代を映した内容ということもあり、読み始めると一気に読んでしまいたくなるだろう。ぜひどんな人にも読んで欲しい一冊。しかもこれが初めて公表した小説だという作家の若さにも私は驚かされた!

 

★★
希望格差社会
山田 昌弘

著者は今時の若者の生態を「パラサイトシングル」という造語で見事に表現した社会学者である。この「希望格差社会」で若者の実態を鋭く描き出している。1950年代〜70年代の高度経済成長の時代は希望に満ちた社会であった。いや希望に満ちていると信じられる社会情勢が整った社会であった。ところが今の時代は「希望に格差のある社会である」