子育て・児童虐待・家族・子育て支援・DV(ドメステッィクバイオレンス)を考える
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★不登校・いじめに関する本の書評です。

★☆★ 
不登校を乗り越えるnew
磯部 潮

個人的に磯部さんの本が好きなので、なんとなく買ったけれど、非常に良い内容だった。なぜなら著者自身が不登校気味だったり、集団に関わるのが苦手だったり、先生や親に理解されない自分に悩んだ経験があり、その経験がいつか生かされるという確信を持って書かれているから。「不登校はマイナスではない」というメッセージとともに冷静な不登校の起きる原因や対応策が具体的に提示されていて、非常に役立つ一冊。特に親や教師が陥りがちな子どもとの会話を具体的に挙げ、良い対応とは?が提示されている点が分かりやすくて参考になる。ますますこの著者が好きになった。不登校に悩んでいる親や教師にぜひ読んでもらいたい一冊。。

 

★★ 
スクールカウンセラーの仕事
伊藤美奈子

学校にスクールカウンセラー制度が導入され、少しずつ定着している感がある。しかし実際は誰がどのように利用しているのか?よく分からない。少なくとも我が子の学校に配属されているスクールカウンセラーに存在感を感じることは少ない。でもこの本を読むとスクールカウンセラーの微妙な立場がよく分かる。カウンセラーは「心の専門家」と言われる(私はこの言い方が好きではない!)が、学校側がその専門性をどのように受け止めようとしているのか、その辺りも学校単位でマチマチなのだろう。それは著者の端々の話からも学校という場で「治療としてカウンセリングを行う」ということに限界が多いと感じていることが伺われる。むしろスクールカウンセラーの役割は「カウンセリング=治療」というより、先生とは違う立場で子どもたちの話をじっくり聴いてくれる人がいるということだろう。また学校の先生が気軽に相談できるのも良い点なのだと改めて発見できた。「専門家」として多くのことができるようでいて、できない現実。しかし「話を聴く」ということは小さなことのようでいて、大きな影響を与えるきっかけにもなりうるスクールカウンセラーの仕事が分かりやすく書かれていた。

 

★★ 
学校から子どもを守るお母さんの手紙
小寺 やす子

なんとなく題名からかもし出される優しい雰囲気と大違いの内容である。 「子どもを守る母親」は強くなければやっていけないことが実感できる本である。 しかし、強いだけではダメ!演技派女優になれなければいけない。 時にはヨイショのうまい母・泣き落としのできる母、 そしてそれでもダメなら大声で怒れる母でなければいけない。 特に圧巻なのは、いじめ・不登校などで学校との関係がこじれてしまった時の具体的 な学校に出す手紙のほかに、教育委員会へ出す手紙なども具体的に載せられていることだ。 本気で“子どもが不登校になった時の「学校への手紙」”を書くかどうかは そこまでして学校に行かせたいと思えるかどうかが分かれ目、という気もするが、 小寺さんは学校に行かせることにこだわっている訳ではないと、最後まで読んで気がついた。 子どもにトラブルが起きた時、本気で大人がそれに立ち向かおうとすることが 子どもにとって大きな生きる勇気を与えるのだ、 という思いで真っ向勝負を学校に挑む小寺さんの生き方に感服させらた。 学校に行くことが大事か大事ではないか、 という問題よりも大人が本気で問題解決に向かおうとする姿勢が 大切なのだと伝えてくれる本であった。

 

★★
学校と家庭を結ぶ不登校対応
小澤 美代子・他

不登校の現場にいる人たちで書かれているため、非常にわかりやすい内容となっている。たとえば「登校刺激は与えない方がよい」という題目に対して、成功した例と失敗した例を具体的にあげ、何が成功に有効だったのか?失敗した原因は何だったのかを分析した上で、「登校刺激を与える・与えない」の目的や意味を洗い出し、有効な対応を行うための考え方を示してくれている。特に不登校になる原因の分析について、現実の不登校から分析しているだけに自分の持っている不登校というものの実体と同じで、非常に役立つ本であると思った。

 

★★★ 
不登校選んだわけじゃないんだぜ!
貴戸理恵・常野雄次郎

「不登校は病気であり、学校に行かないのは悪い!」VS「不登校は病気ではない。子どもは学校に行かない、ことを選択したのだ!学校なんていかなくても良いんだ」。不登校を語るときに必ずこの二つのいずれかの立場から語られることが多い。しかし私は子育て支援という仕事を通してさまざまな家庭の現状を知るにつれて、それだけで「不登校」という問題を片付けてよいのだろうか?と疑問を持っていた。そんな私の疑問に不登校を経験した著者の言葉は「不登校を好きで選んだわけじゃない!」だった。そして「選択した明るい不登校物語」「成功する不登校物語」に真っ向から勝負?を挑んだ内容となっている。「不登校」を語るのは専門家であり親であり、親子を支える支援者であり、でも当事者の思いとどこかズレていると考え続けてきた著者。当事者ではない人の不登校論ではなく、「当事者だった自分にとって不登校とは何だったの?」を追求した本である。私が一番心に残ったのは、それを好きで選んだわけでもないのに、そうなってしまったという人間(不登校・障害者・女・子どもなどなど)を周りの人が簡単に分かったフリをすることへの偽善性を問う一冊であるということだった。人を支援するという現場にいる人間として、「理解した気になるのは怖い」と改めて自戒をこめて読ませてもらった一冊。

 

★★★ 
引きこもるという情熱
芹沢 俊介

2年間の不登校生活を経て、 普通?の生活(学校に行く)に戻った我が家の息子のことを改めて振返って、 大いにうなずける面が多かった。ひきこもりをしている人たちにとって、 自分自身との戦いが一番過酷だという芹沢氏の視点は、 不登校の子どもたちを理解している大人たちにとっても、 実感をもって受け入れられる視点ではないだろうか? 不登校・ひきこもりの理解に苦しんでいる人たちにぜひ読んで欲しい一冊。

 

★★★ 
居場所のちから
西野 博之

私たちは自分の存在を認めてくれる「居場所」を必要としています。小さい 頃は家庭がその役割を担っているのかもしれません。しかし年齢が高くなる につれて、家庭外に居場所を必要とするのが「人間」ではないのでしょうか?

地域力が生きていた頃は、学校に居場所がなくても家に帰ってくると生き生 きする子どもたちがたくさん居ました。しかし現代は学校に居場所の見つけ られない子どもたちは、生きる場を失うことに直結する気がします。

この本は学校という居場所を失った不登校の子どもたちの物語であり、子ど もと大人の関係を問うエッセイであり、人として生きるということを考えさ せてくれるメッセージであります。

子どもが本来持っている力を発揮するには、そこにいる大人の「まなざし」 にかかっていると言っても過言ではないのでしょう。子どもを“導き教える 未熟な存在”として認めるのか、“自らで育て伸ばす一人の人格”として認 めるのか? 大人の姿勢によって違ってくるのだと思います。

私はこの本を読んで、子どもたちの力を信じられる大人になりたいと強く思 いました。それは意思と信念がないと継続することが難しい気がします。そ してその思いを共有する仲間が必要なのです。

大人同士の関係が子ども同士の関係を育てる。「居場所のちから」とは、つ まるところ大人・子どもに関係なく「人として育ち合う・育て合う力を育む 人間関係」が存在する空間ということなのかもしれません。私たち一人一人 はそんな「力をもらえる居場所」を持っているのでしょうか?

 

★★ 
いじめを許す心理
正高 信男

どの本の執筆中に行ったアンケートだったか、忘れてしまったが、ある本のた めにとったアンケート調査の結果を見て、「いじめ」を傍観している子どもたちの心 理には一定の特徴が見られるということに気がついて、この本ができ上がったはず (記憶があいまいでスイマセン)。母子密着型の育児を正高さんが「良くない」 思っている根拠が、この本の中にたっぷりと書かれている。いじめは、 いじめる人といじめられる人がいて成立しているのは当たり前だけれど、 それが自殺にまで追い込まれるほどのいじめになるのは、いじめを傍観する人がいる からである。いじめを傍観する人たちは、結局「悪いと思うけれど、それをやめさせ ようとする勇気や正義感や人に意見をいう力が育っていない」ということでもある。 母子密着型で育っている子どもほど「親も意見が同じはず」と思っている、という アンケート結果が表れた。親は親、自分は自分と思っている人ほど、「悪いことは悪 いと言うべき」という社会性が育っている。しかし、専業主婦で子育てが一番の仕事 と思っているような家庭の子どもほど、親の意見と自分の意見は違うと思っている 割合が少ないし、自分の取っている行動は親も容認してくれるとか、親も同じ行動 をすると思うと、考えているというのだ。子どもを「いじめる人」にも「いじめられ る人」にも、そしてそれをほったらかしにして「傍観する人」にもしたくなければ、 子どものことだけを生きがいにしないことかもしれない。

 

★★ 
私の居場所はどこ?〜保健室で受けとめた子どものサイン〜 中学生編
山咲 さくら・澤地 妙

私が小さい頃、保健室の先生=養護教諭は健康診断をしてくれたり、具合が悪い時や怪我をした時に手当てをしてくれるというイメージだった。しかし近年は身体の手当てだけではなく、心の手当てもしてくれることを期待する存在となった。

保健室はさまざまな身体と心の不調を訴える生徒でごった返していることもある。特に中学生は身体と心のバランスを崩しがちなだけに、養護教諭の関わりは子どもたちにとって大きな意味を持つと言えるのだろう。相談室は相談がなければ入れないけれど、保健室は色々な理由をつけて自由に入ることができる。 

この本を読んであらためて、大人として子どもを支える・応援するということの意味を考えさせられた。日々の忙しい業務の中で身体と心に暖かいメッセージを送り続けている養護教諭の力量には圧倒される。さまざまなケースが具体的に書かれているので非常にわかりやすく、先生と生徒の交流がストレートに伝わってくる。と同時に教師との連携の難しさは相談室の相談員も保健室の先生も同じなのだと感じた。

結局大人同士の連携やつながりの薄さが子どもたちのコミュニケーションのつたなさにつながっている気がしてならない。

 

★★★
心配しないで不登校
渡邉 広史・他

不登校経験者が語る不登校の本。東京シューレから出している子どもが語る 不登校の経験談を読むのはこれで3冊目だ。「学校に行かない僕から学校に行かない君へ」 「僕らしく君らしく自分色」そして「心配しないで不登校」。心配しないで…、などと 言われても不登校を心配しない親なんていないだろう。 しかし、それは心配する親の心の裏には「子どもの持つ力」を 信じられないということがあるから。不登校になった子どもに「あなたの力を信じて いるから、学校になんて行かなくても大丈夫」などと言える親なんてそうそういない。 当然、親子でパニックになる。いや、すでに子どもの方が先にパニックなのだけれど…。 この本を読んで、いかに子ども自身が「不登校している自分に苦しんでいる」か、ということだ。 決して「不登校が良い」と最初から信じて不登校になっている訳ではない。最終的に 「不登校を選んだ自分は良かった」として受け止めるようになっただけで、不登校している自分を 受け入れるのにどれほど苦しんでいるかが、よく分かる。大人の中には 学校に行かないことをわがままとか甘えと捉える人が大勢いるが、 ここまで苦しいことを「わがまま」や「甘え」で押し通せるのだろうか。もちろん、 彼らの不登校がすべての不登校の子どもたちを語っているとは思わないが、 不登校を選んだ子ども達の一端を知ることができる。学校に行っている・行っていないに関わらず、 子どもたちが日々「気楽」に生きているように見えて、それほど「気楽に生きる」存在 ではないということを、大人はもっと知るべきだと思う。